ポストコロナはインフレ、そしてスタグフレーションの時代か?

ポストコロナはインフレ、そしてスタグフレーションの時代か?

                                2022年2月27日

◆世界はインフレに突入

 日本の物価上昇が止まらない。ハム、マヨネーズ、食パン、カップ麺等の食料品、ティッシュペーパー等の日用品、そしてガソリンなど、多くの商品の小売価格が値上げまたは値上げ予定となっている。消費者物価指数(生鮮食品を除く総合指数、コアCPI)は、2021年12月に前年同月比0.5%、22年1月0.2%上昇し、5カ月連続のプラスとなった。通信料(携帯電話料金)の大幅値下げの影響が消える4月には、日銀が目標とする2%を超えるかもしれない。

 消費者物価指数の上昇に先立って、企業物価指数が歴史的高水準を記録している。2021年を通じて上昇率は過去最大の4.8%、3月以降は11カ月連続プラス、11月は前年同月比9.2%(41年ぶり)、12月8.5%、2022年1月8.6%と高止まりとなっている。これに対して企業はこれまでは、仕入れ費用の上昇を小売価格に転嫁すると売上が落ちることを危惧し、利益を削って内部で吸収してきたが、それも限界にきたということだろう。

企業物価指数の高騰は輸入物価指数の急上昇の反映である。輸入物価指数の上昇率は、2021年を通じて22.7%、年末の11月、12月とも40%以上、22年1月37.5%ときわめて高い水準を続けている。

 現在のところ、日本の消費者物価指数は目標の2%に届かず、世界的にみれば依然として低い水準にあるが、米国は40年ぶりの激しいインフレに見舞われつつある。2021年初頭からの物価上昇は、当初はコロナ禍の需給不均衡による一時的な現象とみられていたところ、消費者物価指数(総合)は目標の2%を超えて上がり続け、12月に7.0%、2022年1月に7.5%に達した。

 欧州もまた米国から遅れながらも後を追う動きを示しており、2022年1月には過去最高の5.1%に達した。イギリスのCPIは2022年1月に5.5%に上昇し、30年ぶりの高さに達した。OECD加盟国平均でみても30年ぶりとなる歴史的なインフレの到来といえる。

 

◆インフレ要因は複合的

 世界的な物価上昇の要因はコロナ禍に起因する需給不均衡と、より長期的な気候変動の影響との複合であり、一時的な現象にとどまらない。したがって、ワクチンの普及によってコロナの流行が下火になったとしても、単純に元に戻るとは思われない。

確かにきっかけはコロナによる供給不足(物流の停滞、サプライチェーンの分断など)だった。影響は原油、金属、穀物等の国際商品にも及び、19品目総合指数は2021年の1年間で5割近く上昇し1995年以降で最大の上げ幅となった。

なかでも原油価格の上昇は目立っており、2021年1月に1バレル50ドル(WTI原油先物)だったのが、ウクライナ危機の影響も加わって2022年2月末には100ドルを突破するほどに跳ね上がった。コロナによる需要減少を見込んで産油国が協調減産を行って供給量を絞った結果だが、需要回復に見合った産出量の回復が生じていない。そこには長期的な脱炭素潮流を見込んで、産油国が開発投資に消極的になることが影響している。

 穀物等の農産物価格の上昇も、コロナ禍の労働者不足による減産と、気候危機による不作が重なったものだ。たとえば、ブラジルは90年ぶりの少雨によってトウモロコシの減産に見舞われた。米国とカナダは夏の熱波(高温乾燥)によって小麦の減産を余儀なくされた。さらに、脱炭素に向けたバイオ燃料需要の増加も大豆や砂糖の価格を押し上げている。

 こうした世界的なインフレ要因に加えて、特に米国では労働力供給の逼迫による賃金上昇が注目される。米国の失業率は2020年の7%台から2021年12月3.9%へと低下した。2022年1月の平均時給上昇率は前年同月比5.7%上昇、これはデータが残る2006年以降で最高に近い数字だという。景気回復を見越して、高賃金を求める自発的離職者が400万人を超え、求人と採用のギャップが拡大している。こうした高インフレ要因が、FRBの金利引上げへの圧力となっている。

 一方日本では、円安が輸入物価の上昇を招き、重要なインフレ要因となっている。円相場は2021年1月に104円前後であったのが、2022年1月には115円まで下落、さらに下がるかもしれない。輸入物価の上昇は輸入企業によって吸収される傾向があるが、さすがにそれにも限度があり、次第に消費者物価に反映するようになっていく。

 

◆米国金融政策の転換とその衝撃

 インフレを放置すると政治危機を招く可能性がある。FRB(連邦準備制度理事会)の2021年夏ごろの認識は、インフレは一過性のものであって、いずれ供給サイドが回復して落ち着くというものだった。ところが、21年末になるとFRBの認識に変化が生じ、供給制約、労働力不足は長期化し、物価と賃金が並行して上昇する本格的なインフレモードに入ったと判断するようになった。2022年1月、FRBは金融政策の大転換を表明、70年代末のボルカー議長時代以来40年ぶりのインフレ抑制政策の導入に踏み切った。

 政策金利は2022年3月から連続して引き上げる予定という。政策金利はリーマンショック後のゼロ金利政策が2015年に終了し、小刻みに2.5%まで引き上げられてきたが、コロナ禍で再びゼロ金利(0~0.25%)に回帰していた。3月から段階的に利上げを繰り返し、2022年中に5回、1.25%程度引き上げると予想されている。

一方、国債や住宅ローン担保証券を買い上げる量的緩和政策は、リーマン危機後に導入され、2017年にようやく資産縮小に向かったが、2020年3月に再び量的緩和に進み、FRBの 総資産は19年末4兆ドルが22年1月には9兆ドルへと膨脹した。資産購入量は21年11月から削減に着手し、22年3月終了したのち、7月からは資産の圧縮に取り組むとされている。

インフレ抑制政策は、強すぎれば景気を落ち込ませ、バブル状態の金融市場を攪乱させる。しかし、弱すぎればインフレを阻止できず、政治の側から強い圧力がかかってくる。景気を持続させつつインフレを抑制することは至難の業といえる。

金融引締め政策の影響は多方面に及ぶ。第一に、長期金利の上昇(債券価格の下落)を招き、債券市場を冷え込ませる。特に低金利下の米国では、低格付け社債の発行が、2020年5700億ドル、2021年6700億ドルと過去最高の規模に達し、バブル状況になっている。金利が引き上げられれば、数年後に訪れる借換が困難になるし、変動金利が組み込まれている場合は債務不履行になるリスクがある。

第二に、株式市場が暴落するリスクがある。将来の株価上昇に過剰に期待してバブルになっていたハイテク株は、すでに値下がりを開始している。株式市場の混乱は実体経済に波及していくだろう。世界的にみてもコロナによる財政出動、金融緩和によって株式市場は水ぶくれし、株式時価総額はコロナ前の80億ドル台が2021年末には119億ドルまで膨脹しており、下落は避けられそうもない。

第三に、米国の金利上昇は、ドル債務を抱える新興国の利払負担を増やすとともに、資金流出を招き、通貨安、輸入物価上昇を通じてインフレを増幅する。新興国の抱える債務は、前回FRBが利上げした2015年に54.2兆ドルだったが、21年9月には92.6兆ドルに膨張している。資金流出を抑制するため、すでにブラジル、ロシア、メキシコ、インドネシア、南アフリカなどは金利の引き上げに踏み切っているが、これは国内経済を冷え込ませるだろう。

 欧州もまた金融政策の転換に踏み切りつつある。イギリスは消費者物価指数が21年12月5.4%、22年1月5.5%と30年ぶりの高水準を記録し、イングランド銀行は21年12月に政策金利を0.15%、続いて2月に0.25%引き上げた。景気回復が鈍いユーロ圏でも物価上昇率が21年12月5.0%、22年1月、5.1%とユーロ発足以来最高の水準に達した。欧州中央銀行はFRBよりも慎重な構えだが、債券の緊急買取政策を3月で打切り、以後は購入量を段階的に減らしていく。政策金利の引き上げも2022年中に開始となる見通しだ。

 

◆日銀はどうするのか

 日銀は物価目標2%を掲げ、2016年9月から長短金利操作付き量的・質的緩和政策を導入し、短期金利はマイナス0.1%、長期金利(10年物国債)は0%近辺(変動幅は上下0.25%)、資産購入は国債年間80兆円、ETF(上場投資信託)12兆円と設定してきた。しかし、一向に効果が現れないなかで、副作用が目立つようになってきている。

 量的緩和政策はその限界を露呈させており、2021年末の国債保有残高は前年比14兆円減少(2008年以来13年ぶり)、ETF買入額は前年の8分の1に縮小した。政策の軸足は金利操作に移っているが、そこにインフレ、金利上昇圧力が押し寄せ、金融緩和政策の転換を迫られている。

ただし黒田日銀総裁は、物価目標2%の達成はまだ遠い先のこととして、緩和政策の転換を強く否定している。長期金利上昇の圧力に対しては、10年物国債を利回り0.25%で無制限に購入する(指値オペ)という強硬な金利抑圧策を繰り出した(2月14日)。中央銀行が長期金利をどこまで制御できるのか、未知の領域である。日銀は10年物以外の国債に同様の策をとるわけではないので、債券市場全体がどのように動いていくのか、きわめて不透明な状況になりつつある。

もしこの先、物価水準が2%に達したとして、日銀はどうするのだろうか。おそらく金利引上げにはきわめて消極的だろう。金利上昇は、低金利状態に慣れてしまった政府、金融機関に衝撃を与える。金利1%上昇により政府の国債費は3.8兆円増加、金融機関保有債券は9兆円の評価損をもたらすという推計もある(日経21年12月25日)。日銀自身も400兆円を上回る国債価格下落によってバランスシートの悪化が不可避となる。株価も当然大幅に下落し、景気は冷え込むだろう。

とはいえ、金融政策を変えないままでは、米欧の高金利への転換のため、金利差が拡大し、日本からの資金流出、円安の加速が生じる可能性がある。そうなれば輸入物価は一段と上昇し、国内のインフレを増幅させる。今後、一定の名目賃金上昇があるとしても、それが物価上昇に追いつかないならば、実質賃金の下落をもたらし、日本経済は不況下のインフレ、スタグフレーションに陥るかもしれない。