トランプ政権とグローバル覇権の展望

トランプ政権とグローバル覇権の展望

                                      (『季刊ピープルズプラン』77号、2017年8月)

 

トランプ政権が成立してから半年が経過した。予想どおりというべきか、政権基盤は不安定であり、当初掲げていた政策課題の多くを実現できていない。それどころか、特別検察官が設置され、弾劾の可能性が取り沙汰される、先の見えない状況が続いている。

 アメリカのグローバル覇権国からの後退は長期的に続くのだろうが、そのプロセスは一本道ではない。国際政治、軍事、国際経済、通貨金融などの諸領域において、アメリカの存在感は依然として大きい。覇権構造の転換という長期的文脈を探ることを念頭に置きつつ、トランプ政権のこれまでの道筋を中間的にとりまとめ、今後の展望を試みたい。

 

■トランプ政権は何を実現できたのか

 アメリカ第一を掲げ、メキシコ国境に壁建設、イスラーム圏からの入国規制、TPP離脱、NAFTA見直し、オバマケア撤廃、大規模減税と大型インフラ投資、製造業の復権、中国を為替操作国に認定など、派手な公約を繰り出したトランプ政権だが、そのほとんどは実現できていない。

 達成できた公約の第一はTPP離脱だ。これは発効以前、まだ動き出していない枠組みから抜けるだけであるから、大統領就任直後に大統領令を発するという簡単な手続きで実現できた。ただし、それに代る2国間通商交渉には着手できていない。

第二に、地球温暖化対策の「パリ協定」からの離脱がある。こちらは協定発効(2016年11月)から時間が経過しており、まず3月末に国内の石炭産業保護、火力発電所規制撤廃の大統領令に署名し、それに続いて6月初めにパリ協定離脱を表明した。離脱決断までに時間を要したのは、政権内に反対派が存在したからであり、また離脱表明後も一部の州や都市がパリ協定の独自実施を宣言するなど、反対論は根強い。アメリカの離脱によってTPPは消滅したが、パリ協定は存続する。いずれにせよ、両協定からの離脱は、アメリカが国際的枠組みのリード役を降りる象徴的事態といえる。

 次に、着手したものの実現には至っていない公約をみると、第一はイスラーム圏からの入国規制だ。1月の大統領令で中東・アフリカ7カ国国民の一時入国禁止を発令したが、司法判断により効力停止となり、3月にイラクを除く6カ国対象の新入国禁止令に切り替えたが、これも司法により効力が停止された。この件では6月に連邦最高裁が条件付で大統領令を認める判断を示した。これは最終結論までの暫定的判断というが、保守色のつよい最高裁としての妥協の産物とみることができる。

第二に、オバマケアの撤廃である。これもトランプ政権の目玉政策だが、議会対策が難航した。3月に代替法案を準備したものの、完全撤廃を要求する強硬派と制度の急変を避けたい穏健派の両者に挟撃され、採決を見送り、修正案が5月になって下院をわずかな票差で通過した。しかし、上院の通過は現時点で不透明である。これは弱者切捨ての性格を伴っている。

ほとんど着手できていない分野も多い。NAFTA見直しなどの通商交渉は、新設された国家通商会議(NTC、ナバロ議長)の廃止、通商代表部代表の議会承認の遅れなど、交渉体制がなかなか整わなかったことから、交渉の入口にとどまっている。メキシコ国境の壁建設は、議会が予算計上を認めず先送り、大規模減税と大型インフラ投資については、予算教書を示したものの、議会が決定権をもっているだけに実現の見通しは立っていない。ただし、富裕層優遇、貧困層切捨て(フードスタンプ削減など)という格差拡大姿勢は鮮明に打ち出している。

さらに、対外政策面では振幅の激しい展開が目に付く。たとえば、中国政策をみると、政権発足当初は、二つの中国論をちらつかせてみたり、為替操作国と認定する可能性を示唆してみたりなど、対決姿勢を打ち出していた。ところが、4月の米中首脳会談あたりから融和的姿勢への転換がうかがわれるようになった。これは、北朝鮮の核開発に対する経済制裁を中国にやらせようとする意図によるものと思われる。その後、中国の経済制裁の水準が思ったほど上がっていないとみて、6月の米中外交・安保対話を経て、中国の銀行への制裁、台湾への武器供与など、中国に対する姿勢を再度転換する兆候を示し、貿易不均衡問題を改めて持ち出そうとしている。

ロシアに対する姿勢も大きく揺れている。選挙戦中からプーチンを高く評価するなど、ロシアとの協調的関係を表明していたが、いわゆる「ロシアゲート」問題が広がるにつれて、ロシア接近策は消え去り、「米ロ関係は史上最低」といった発言すら飛び出すようになった。フリン大統領補佐官の更迭、FBI長官の解任、司法省による特別検察官設置など、権力の基盤を揺るがす国内事情のために、対外政策が振り回される事態といえよう。

 

■トランプ政権の性格をどうみるか

 混乱が続くようにみえるトランプ政権について、どのように評価すべきなのか。トランプという人物の特異性の次元にとどまらず、アメリカという超大国がグローバル覇権国家から後退していくプロセスに出現した特殊歴史的性格をもった政権としてみておく必要があろう。

 トランプ政権の性格を端的に表現すれば、統合能力の欠如といえる。政権発足当初から支持率は50%以下であり、歴代大統領のなかで最低を記録している。その後、支持率はさらに低下し、半年にして30%代へと下落した。貧富の格差の拡大、移民排斥といった社会的分断の深まりのなかで、巧妙に選挙戦を勝ち抜いたトランプ大統領だが、就任後に分断された社会を統合していく言動がみられない。富裕層減税の一方、オバマケア撤廃など貧困層切捨てを打ち出し、格差拡大を促進している。理念的にも、無内容な「アメリカ・ファースト」を繰り返すのみで、普遍性をもった言葉が一切語られていない。むしろ、マスメディアとの不毛な対立を続けて、ロシアゲートの泥沼に追い込まれている。議会共和党との関係もうまく築けていない。

 統合能力の欠如は、政権中枢の不統一にも現れている。一方に、極右のバノン大統領首席戦略官・上級顧問、反中国のナバロ国家通商会議議長、イスラーム敵視のフリン安全保障担当補佐官を配置し、他方に、経済界出身のティラーソン国務長官、ムニューチン財務長官、ロス商務長官らを任命した。こうした2系統のバランスのうえに政権が発足したが、バノン戦略官の国家安全保障会議(NSC)常任メンバーからの降板、ナバロ議長の通商製造政策局長への格下げ、フリン補佐官の更迭など、ナショナリスト系の後退が目立っている。

 それでは、アメリカ政財界の主流が政権を動かすようになったかといえば、そうともいえない。エクソンモービルCEO出身のティラーソン国務長官を別にすれば、ムニューチン財務長官、ロス商務長官、さらにはコーン国家経済会議(NEC)議長にしても、問題 資産を買い叩いて強引な手法で再生させるといった「ハゲタカ投資家」的取引で腕をふるってきたような面々である。その特徴は、一貫した信念に基づいて政策に取り組むのでなく、機会主義的に簡単に方針を変更する無定見なふるまいをすることだ。この点はトランプ大統領と共通しており、政策のぶれはほとんど問題として意識されないように思われる。

 

■グローバル覇権構造の変容

 このような変則的な政権が登場した背景について、やや長期的文脈でみておくとすれば、経済グローバル化の先頭を走っていたアメリカが、そのマイナスの側面に耐えられない時代に入ったということであろう。

 リーマンショックからの回復過程を通じて、グローバル資本がさらに成長する一方、ウォール街占拠、1%対99%などの言葉に象徴されるように、格差の拡大は深刻さの度合を増した。民主党ではサンダース、共和党ではトランプといった非主流の人物が大統領選で活躍する点に時代の大きな変化が現れている。そうした社会の変化を受けて打ち出される「アメリカ第一」といった保護主義的言説は、アメリカが覇権国家を降りる意思の表明といえる。

しかし、他国に抜きん出た核戦力、基軸通貨ドルの存在、IT・金融資本の隆盛など、覇権国家の能力はなお維持されている。その一方、財政赤字、経常収支赤字は拡大を続けており、ドルの価値下落、ドル離れは長期的には不可避であろう。今後、長い時間をかけながら覇権国家の能力が分野ごとに徐々に低下し、それに対応してナショナリスト的言説が幅をきかすことになるのだろう。

それでは、アメリカが覇権国家から降りるとして、中国がそれに代ることはあるのか。

ダボス会議での習近平の自由貿易擁護発言、パリ協定をEUとともにリードする姿勢は、次の覇権国の地位をうかがっているようにもみえる。しかし、「一帯一路政策」に示される中国の国際戦略は、自国の利益と緊密に結びついた地域覇権獲得の動きであって、普遍的理念を掲げてグローバル覇権を担うだけの意思は見出されない。新中華帝国というナショナリスティックな地域覇権国家を目指しているのが現実であろう。その先には、十全な覇権国家の意思と能力を欠いた米中の相互補完的複合覇権といった構図も一時的には現れるかもしれないが、それはきわめて不安定なものと思われる。

覇権構造が不透明になるとして、2016年を画期とするグローバリズムからナショナリズムへの転換傾向―イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ政権登場、ヨーロッパ各国のナショナリストの台頭―は、今後も続くのだろうか。この間の動きが、新自由主義型グローバリゼーションの行詰りを現していることは間違いないが、単純に1国主義に回帰することにはなるまい。アメリカのなかにも、イギリスのなかにも、グローバル化を志向する勢力は強固に存在する。国境を越えて運動するグローバル資本が、国民国家の枠内に戻ってくることは考えられない。グローバル化の方向は不可逆的であって、問われるべきは、グローバル化の負の側面を克服していくビジョンと方法である。

 

■グローバリゼーションのパラドクスをいかに克服するか

トルコ出身のアメリカで活躍する国際経済学者ダニ・ロドリックは、国民国家の民主主義原理がグローバル資本主義によって危機に瀕している状況を捉えて、「世界経済の政治的トリレンマ」仮説を提起している(ダニ・ロドリック『グローバリゼーション・パラドクス』白水社、2014年)。すなわち、ハイパーグローバリゼーション、民主主義、国家主権の3者を同時に満たすことはできないとして、考えられる三つの組合せを提示する。A.国家主権と民主主義(グローバリゼーションの否定、国民国家システム)、B.グローバリゼーションと国家主権(民主主義の否定、新自由主義)、C.グローバリゼーションと民主主義(国家主権の否定、世界政府システム)の3択問題である。

ロドリックは、民主主義に価値を置く観点から、現状のBは望ましくない、Cが理想のようにみえるが実現不可能、かつ原理的に疑問があるとして、Aを選択している。しかし、歴史的にはグローバリゼーションはAからBへと進行しており、いまさらAに戻ることはありえず、Cの道を模索するしかないのではないだろうか。国民国家システムから世界政府システムに一足飛びに移行するわけではないが、様々な中間的なシステムの試み、たとえばEUのような地域的超国家システムを想定していくべきではないか。

なお、水野和夫氏は、最新作『閉じていく帝国と逆説の21世紀経済』(集英社新書、2017年)において、ロドリックの三つの道は、いずれも現代の「資本主義の終焉」という危機を乗り越える選択肢にはなりえないと主張している。その要点は、国民国家システムはグローバル資本主義を制御する枠としては狭すぎる、といって地球規模のシステムは広すぎるというサイズ論的アプローチであり、「地域帝国サイズ」が適切と結論づける。水野氏の議論は、「閉じた経済圏」(資本主義でない市場経済)、地域帝国と地方政府の二層システムなど、独特の世界観に基づく興味深い論点を提起しているが、あまりに先進資本主義国中心の見方であり、資本主義の根強い成長力を過小評価している点に疑問がある。ただし、国民国家システムを超えた地域帝国というカテゴリーは注目に値する。

ロドリックの仮説を活かしつつ、そのBからCへの超長期的移行過程をさらに分節化し、様々な領域における超国家機関の地域的あるいは世界的形成に着目していくなかで、

新自由主義型グローバリゼーションの規制・制御を実現していくべきではないか。ロドリック自身も「健全なグローバリゼーション」と表現している。すでに、グローバルな課題解決のためにグローバルな活動に課税するグローバル連帯税構想、国家の課税権の隙間をすり抜けるオフショア・タックスヘイブンシステムに対する各国共同の取り組み(OECDのBEPSプロジェクト)など、限界をもちつつも新たな仕組みづくりが進行している。アメリカの覇権国家からの退場にあたっては、次なる覇権国家システムをあれこれと予想するよりも、グローバル・ガバナンスを創出する契機と捉えていくべきではないだろうか。