多国籍企業とタックスヘイブン ―租税回避額の推計を中心に―

経済のグローバル化によって多国籍企業のタックスヘイブンを利用した租税回避が拡大している。また、デジタル経済の発展とともにIT多国籍企業が高収益をあげる反面、納税額が少ないことが問題になっている。現代世界経済の変容に対して、従来の国際課税のルールは十分な対応ができていない。こうした問題意識から、OECDおよびG20は、多国籍企業のタックスヘイブンを利用した租税回避への包括的な対策(BEPSプロジェクト)に取り組んでいる。

 このような課題に対処する前提として、多国籍企業による租税回避額の規模の推計が不可欠であろう。タックスヘイブンの秘密主義、租税回避範囲の曖昧さなどから、明確な規模の測定は困難であるが、すでに多くの調査報告が公表されている。ただしそれらの成果をみると、推計対象、使用データ、分析方法、推計結果などが種々様々であり、諸推計を比較・検討する必要がある。また富裕層の租税回避の規模についても、同様の検討が求められている。

以下では、富裕層・多国籍企業の租税回避額を推計した主な調査報告について、方法論の違いをもとに3区分したうえで各調査報告の概略を示し、現時点における推計作業の到達点を明らかにしていきたい。

 

◆オフショア資産アプローチ

 オフショアとは金融規制のゆるい(当局の監視が及びにくい)市場を指し、ここでは広義のタックスヘイブンとしておく。富裕層がオフショア市場に保有している金融資産の量から租税回避額を推計するのがこのアプローチである。

 タックスヘイブン問題に取り組む代表的なNGOであるタックス・ジャスティス・ネットワーク(TJN)は2012年にThe Price of Offshore Revisitedを発表した。IMF国際収支統計、BIS資金移動統計、大手50銀行財務諸表等を資料とし、公式統計の不整合、オフショア資産の自己増殖、投資家の資産運用モデル、大手50行のオフショア資産量など、複数の推計手法を併用し、オフショア預金7兆ドル、有価証券・ファンドでの運用はその2~4倍とみて、総額21~32兆ドルを算出している(2010年)。21兆ドルの運用利回り3%、税率30%と仮定し、所得税1890億ドルが回避されたと結論づける。

 世界の貧困問題に取り組むNGOであるOXFAMは、世界の富裕層の資産額を推計し、貧富の格差拡大を証明する報告を毎年発表している。2019年1月発表のPublic Good or Private Wealth?では、世界の上位1%の超富裕層が世界全体の資産の47%を占有し、最上位26人が下位50%(38億人)と同等の資産を有していることを明らかにした。租税回避の推計は後述のズックマンに依拠しており、提言としては富裕層への富裕税強化、上位1%の資産85兆ドル(2015年)に0.5%課税で4000億ドル以上の税収増と主張している。

 ピケティの弟子にあたる経済学者ズックマンは、『失われた国家の富』(NTT出版、2015年)のなかで、富裕層のオフショア金融資産を5.8兆ユーロ、そのうち税務申告されない部分を4.7兆ユーロと推計し、それによって所得税、相続税、財産税計1300億ユーロの税収損失が発生したと計算している。彼は、TJNの推計は大きすぎると批判し、オフショア銀行預金1兆ユーロ、国際収支統計の対外資産・負債差額(隠された資産)4.8兆ユーロ、計5.8兆ユーロという数字の方が正確だと主張する。ズックマンは対象を限定しすぎており、実態は、TJN推計よりは少なく、ズックマン推計よりは多いといえよう。

 

◆直接投資・税率格差アプローチ

 多国籍企業の直接投資・収益率と世界各国・地域の法人税収・税率格差に着目し、オフショアを利用した法人税の租税回避額を推計する方法である。統計学的分析ツールを多用して結論を導いており、その限りではオフショア資産アプローチより緻密であるといえる。

 IMFは2014年、各国の法人税制が直接投資に及ぼす影響度を検討したポリシーペーパーSpillovers in International Corporate Taxationを公表した。この報告は、IMFが保有する1980~2013年、173カ国の直接投資と法人税に関するデータを用いて、各国の租税政策が他国の課税ベース(直接投資・利益移転動向)あるいは法人税率の水準に与える影響を検討している。OECD諸国と発展途上国を区分し、租税切下げ競争やタックスヘイブンの悪影響は途上国の方が大きいことを強調している。税収に関しては、世界全体では現在の法人税収の5%、途上国のみでは13%程度の損失が生じていると推計する。

 UNCTADは、World Investment Report 2015年版のなかで国際課税の問題を取り上げ、多国籍企業のオフショア投資を通じた租税回避額の推計を試みている。IMFとUNCTADの統計を使い2009~2012年における世界の直接投資の動向を追跡しているが、世界各国を非オフショア、SPE(オランダ、ルクセンブルクなどの投資中継国)、タックスヘイブン(低税率国)に3分し、SPEの役割を強調していることが注目される。こうした区分を使って投資経路別の投資額と収益率の関係を測定し、利益移転額と税収損失額を算出して、途上国660~1200億ドル、先進国1050億ドル、全世界で約2000億ドルの法人税損失額を導出している。

 BEPSプロジェクトに取り組むOECDは、2015年に公表した行動計画11のレポートMeasuring and Monitoring BEPSで綿密な租税回避額の推計を行っている。そこではORBISという全世界の企業データベースに基づき、6項目のBEPS指標(多国籍企業グループにおける低税率国への利益の集中、非多国籍企業との実効税率格差等)を用いながら、税率格差、国内優遇税制などの要因を考慮して税収損失の総額を計算している。それによると、2014年の世界の法人税収は、4~10%(1000~2400億ドル)の損失を生じているという。

 以上のような国際機関による推計は、手法の違いにもかかわらずほぼ1000~2000億ドル程度の租税回避額で一致している。それに対して、その後、より多くの租税回避額を算出する研究が現れている。

IMFのスタッフであるE. Crivelliらは2016年に Base Erosion, Profit Shifting and Developing Countries, IMF Working Paperを発表し、IMFの2014年の報告と同様のデータ、問題意識のもとに、推計方法に工夫を加え、平均実効税率の動きに注目しつつ、BEPS規模の新推計を試みている。それによると、先進国では4000億ドル(GDP比1%)、途上国では2000億ドル(GDP比1.3%)、合計6000億ドルの税収損失が生じているという。

これに対して、TJNメンバーであるA. Cobhamらは、2017年にGlobal distribution of revenue loss from tax avoidance, UNU-WIDERを発表し、Crivelliらの方法を継承しつつ、政府歳入データベースの活用、タックスヘイブンの範囲と平均実効税修正により、先進国3000億ドル、途上国2000億ドル、合計5000億ドルの税収損失を算出した。この報告では国別に税収損失額を示している点が目新しく、日本は米国、中国に次いで第3位、468億ドル(GDP比0.93%)の損失とされている。

 

◆その他のアプローチ

米国のNGO、Global Financial Integrityは、2017年にIllicit Financial Flows to and from Developing Countries: 2005-2014を公表した。これは世界貿易統計における輸出と輸入の食い違いを根拠に、途上国の資金流出入における不正な量を推計したもので、2005~2014年平均で流出の4.6~7.2%、流入の9.5~16.8%、金額ベースでは6000億~2兆ドル規模の不正資金移動があるとする。ただし、そのなかの租税回避部分の割合は明らかでない。

 同じく米国の団体であるU.S.PIRG、ITEPは、Offshore Shell Games 2017を公表し、米国多国籍企業のタックスヘイブンを通じた租税回避について、個別企業の金額を推計した。納税情報の得られる58社の金額をあげており、第1位のアップルは767億ドル回避とする。こうしたミクロベースの積み上げ作業とマクロレベルの推計とをいかに接合していくかが今後の課題となろう。

                (政治経済研究所『政経研究時報』21-4、2019年4月)