米中経済戦争の経過と展望

3月から本格化した米中経済戦争は、関税引き上げ合戦を繰り広げるとともに、ファーウエイを焦点としたハイテク覇権争いへと展開し、世界経済を二分する「新冷戦」突入の様相を呈している。6月末のG20大阪サミットにおける米中首脳会談では、関税合戦の拡大は回避され、通商交渉が再開となったが、事態が収束する見通しはつかない。

 以下では、関税引き上げとハイテク覇権争いという二大戦線の経過と現況を整理し、今後の方向を展望してみたい。

 

◆関税合戦の展開

 米国の中国に対する要求は多方面にわたっているが、要約すると次の3点だろう。①米中貿易不均衡の是正(対中貿易赤字の縮小)、②知的財産の保護(技術移転強要の中止、違法な技術流出の防止)、③国家による過剰な産業保護の抑制(補助金の中止、ハイテク産業育成戦略「中国製造2025」の阻止)。これらの目的達成を目指し、追加関税の設定、またハイテク企業に対する貿易・投資規制を行い、交渉を有利に運ぼうとしている。

 追加関税の設定は2018年3月に予告し、5月に交渉が進展したかにみえたが、トランプ大統領は強硬姿勢を貫き、まず中国からの輸入品500億ドル相当の品目に25%の関税引上げを発動した。一般的には7月に第1弾340億ドル、8月に第2弾160億ドルと分けているが、もともと500億ドル(当初は600億ドル)を標的としたもので、一括して把握することができる。これに対して中国側も340億ドル、160億ドル相当の米国からの輸入品に25%の報復関税で対抗した。

これを第1ラウンドとすれば、第2ラウンド(一般に第3弾)において米国は2000億ドルへと金額を4倍に増やし、9月に10%、2019年1月から25%という2段階の追加関税を設定した。中国の米国からの輸入品はそこまで多くないため、とりあえず600億ドル相当の品目に5~10%の引上げで応じた。同額・同税率で対抗できない点に、関税合戦における中国側の劣位が示されている。

2018年12月1日の米中首脳会談によって、1月からの25%への引上げは延期され、90日間で集中的に通商交渉を行う運びとなった。その期限が延期され、4月末には大筋で合意が成立しかけたが、土壇場で決裂した。詳細は明らかでないが、妥結後の関税引き下げの手順(即時か段階的か)、産業補助金の扱い(地方政府による補助金の可否)あたりが、妥協成立の最後の障害だったようだ。

こうして米国は5月に第2ラウンド2000億ドル品目の第2段階25%への引上げを実行し(中国もこれに対抗)、さらに第3ラウンド3000億ドル(一般に第4弾、10%、25%の2段階)の準備へと進んだ。しかし、第3ラウンドの中国からの輸入品には消費財(スマホ、パソコン、家具、衣類、履物など)が多く、米国内の反対の声が強いため、これが実行されるかどうかは明確でない。6月の大阪サミットにおける米中首脳会談では、当面第3ラウンドへの突入は延期され、交渉再開の合意が成立した。

 

◆関税合戦の影響

米中という世界1位、2位の経済大国間の関税合戦が拡大すると、その影響は米国・中国の貿易・国内経済のみならず、世界経済全体に大きな影響を及ぼすことになる。IMFは、世界の経済成長率は2018年3.6%から2019年2.9%に下落、中国の成長率低下は米国よりも大きいと試算している。貿易依存度(GDPに対する貿易額の比率)は中国が米国より高いことが、この違いをもたらしていると考えられる。

2018年7月から2019年4月までの貿易実績では、中国の対米輸出額は前年同期比180億ドル(14%)減少、米国の対中輸出額は230億ドル(38%)減少であった(日経19年7月6日)。これまでのところ米国側の減少が大きいが、これは中国の対米輸出では駆け込み需要が多かったためであり、今後はマイナスの影響が目立ってくると思われる。

個別品目をみると関税合戦の影響はきわめて大きい。米国から中国への大豆輸出は、2018年8月~19年3月に前年同期比9割減少し、中国の調達先はブラジル、ロシアに転じた。米国から中国へのLNG輸出は7割減少、ワインや木材も大幅に減少した。中国から米国への流れでは、機械・部品、電気機器・部品などが半減し、中国からベトナム、台湾、メキシコへ、そしてそこから米国への輸出が前年に比べて大幅に増加している。もし、米中貿易のすべての品目に25%の関税引上げが実施された場合、この動きは一段と加速されよう。

中国を生産拠点として工業品の対米輸出をしていた多国籍企業は、生産設備を東南アジアなどに移転するとともに、サプライチェーンの張替えに着手している。中国にスマホなどの生産を集中させていたアップルは、完成品の製造工場を中国外に分散させ、それに合わせて部品メーカーに対応するように、大慌てで指示を発した。パソコンを中国で生産しているHPやデルも、製造委託企業に中国外生産へのシフトを要請している。

今後、関税合戦が長期化すれば、中国から工場を移転する企業が続出し、「世界の工場」としての中国の役割が変化していく可能性がある。外資ばかりでなく、中国企業もベトナム、タイなどへ大挙して移動しつつある。米国の関税合戦には中国をサプライチェーンの結節点から外していく意図が感じられる。

それでは、関税合戦で主導権を握った米国は、その成果を享受できるのだろうか。仮に合戦が第3ラウンドまで進むと国内経済への打撃は相当に大きくなり、200万人以上の雇用減少と推計されている。もし実施したとしても、長期化は無理であろう。また対中貿易赤字の縮小については、中国からの輸入の減少は国内生産の増加で埋め合わされるのでなく、ベトナム、タイ、台湾、メキシコなどからの輸入に置き換えられてしまい、米国の貿易赤字削減には至らないと思われる。

 

◆ハイテク覇権争いの展開

 米国の関税戦争の究極の目標は、中国のハイテク覇権国化の阻止(「中国製造2025」の中止)であり、ハイテク企業に対する様々な貿易・投資規制を繰り出してきている。

 第一は、中国企業に対する供給規制である。まず2018年4月、携帯通信インフラの世界シェア4位であるZTEに対して、イラン・北朝鮮への不正輸出を理由に米国からのコア半導体の供給を禁止した。その結果、ZTEは生産停止、経営危機に追い込まれ、習近平がトランプに電話で解決を依頼し、罰金支払い、経営陣入れ替えによって供給禁止が解除された。この「成功体験」をふまえ、米国側の第二、第三の攻勢がかけられた。中国は半導体の自給率が低いため、半導体量産企業JHICCの育成を目指したが、同社に対して米国は半導体製造装置の輸出を規制し、米国企業からの技術窃取を理由に訴追したため、同社の量産計画は挫折に追い込まれた。

こうした供給規制の法的根拠は、米国の安全保障に反する企業への輸出を規制する輸出管理改革法であり、商務省は要注意企業をEL(エンティティー・リスト)、未確認リストの2段階で把握している。2019年5月、5G技術首位のファーウエイをELに加え、米国からの輸出を事実上禁止した。第三国の企業による米国製部品・ソフトを使った製品のファーウエイへの供給も禁止され、厳しい兵糧攻めが開始された。さらに6月にはスパコン大手・中科曙光など5団体もELに追加となった。なお、大阪サミットにおける米中首脳会談でファーウエイへの制裁が一部解除されたようであるが、どの範囲までなのかは明らかでない。

 第二は、中国企業からの調達規制である。2018年8月成立の国防権限法により、安全保障上の理由から、ファーウエイ、ZTE、監視カメラのハイクビジョン、ダーファ、警察・軍事用無線のハイテラなど、中国のハイテク企業5社の製品を政府調達から排除した。この調達規制は、米国の民間企業、同盟国の政府・民間企業にも拡大していくことになる。実際、日本政府は重要インフラ14分野の民間企業に対して、情報通信機器の調達では中国製を除外するように要請し、これまでファーウエイと取引していたソフトバンクも他社製品への切り替えを迫られた。

 第三は、投資規制の強化である。2018年8月、対米外国投資委員会(CFIUS)の権限を強化する法改正がなされ、外国企業による米国企業の買収・合併が厳しくチェックされるようになった。中国移動通信の米国事業申請は却下され、すでに進出している中国電信の免許取消しも視野に入っているという。また、米国企業の中国投資も監視が強化されていく。

 その他、中国人技術者の産業スパイ取締り強化(司法省にチャイナ・イニシアチブなる対

策チーム設置)、中国企業が関与する産学共同研究の規制、中国人留学生に対するビザ発給

の制限など、ありとあらゆる規制策がとられつつある。

 

◆2大陣営への分岐は生じるのか

 米国がファーウエイに攻撃の的を絞ったのは、5G通信技術が、AI、自動運転、IoT、ロ

ボット、3Dプリンタなど、今後の先端技術群を結合する役割をもち、米国の安全保障体

制に脅威を与える(軍事技術に転用される)可能性を感じ取っているからだろう。それでは、

米国の中国企業封じ込め策は成功するのか。

短期的には、中国の半導体、半導体製造装置、基本ソフトなどの自給能力は低いため、中

国側が苦境に追い込まれるのは間違いない。しかし、中長期的にみれば、中国には自主技術開発の潜在的基盤が形成されており、ハイテク覇権国への上昇は十分に可能と思われる。たとえば、先端技術の国際特許出願件数では中国が米国に肉薄しており、特に5Gの標準必須特許の出願では中国がトップを走り、企業別ではファーウエイが傑出している。AIを駆使した画像処理、顔認証技術でも中国が優位にあり、共産党体制によってビッグデータの収集が容易なこともその裏づけとなっている。AI関連の研究人材・研究論文の数においても、中国の台頭は著しい。

そうなると、米中2大ハイテク覇権国が並立し、世界の技術体系は2分されていくのだろ

うか。米中以外の諸国は、いずれの技術体系を取り入れるのか、踏み絵を踏まされることになるのか。おそらく、経済グローバル化が深化する現代世界では、かつての米ソ2大陣営への分岐に類する事態は起こらないだろう。たとえば、中国のネット検索大手である百度が進める自動運転の開発プロジェクト(アポロ計画)には、フォルクスワーゲン、トヨタ、ホンダ、フォード、インテルなど、有力多国籍企業が共同参加している。米中企業の相互乗り入れはすでに相当の規模に達しており、これを解消することは容易でない。まして、EU、日本など第三国の企業が一方の陣営に囲い込まれることは想定しがたい。結局、仮に2大ハイテク大国が並立する事態になったとしても、二股をかける多国籍企業が続出し、世界は多極化の方向に向かうのではないだろうか。            (2019年7月7日)