米中覇権争いと日本の隘路

中国共産党第20回党大会において習近平総書記は、「中国の特色ある大国外交を推し進め、覇権主義と強権政治に反対」すると述べた。覇権主義は米国を指すと思われるが、「中国の特色ある大国外交」もまさに覇権主義に相当するだろう。習近平報告の数日前、バイデン米政権は「国家安全保障戦略」を発表し、中国を「国際秩序を塗り替える意図と能力を持つ唯一の競争相手」と規定した。

 トランプ政権期に表面化した米中覇権争いは、今後長期に渡って継続すると考えられるが、グローバル経済下の「米中新冷戦」はかつての米ソ冷戦とは性格を異にしている。以下では米中経済関係の対立と依存の入り組んだ構造を概観し、その狭間で埋没しつつある日本経済の位置を明らかにしたい。

 

◆米中新冷戦の陣形

 中国の勢力圏づくりは、安全保障面では上海協力機構、経済面では「一帯一路」構想に即して進行してきた。中国、ロシア、中央アジア諸国で2001年に結成された上海協力機構は、その後インド、パキスタンをメンバーに加え、最近はイラン、トルコ、さらにエジプト、サウジアラビアなどへの拡大を志向し、総じてユーラシアにおける非米国家連合の趣きを呈してきている。

 一方、中国中心の経済圏構築を目指す「一帯一路」構想は、中国の資金、資材、労働力等を用いて各地にインフラを建設するプロジェクトとして展開しつつあり、その範囲は東欧、アフリカにも及んでいる。中国が2000~2017年に世界各国に供与した開発協力資金は8000億ドルを超え、米国を凌いだと推計されている。こうした融資によって、GDPの10%以上の対中国債務を抱えた国が44カ国に達したという調査もある(日経新聞10月13日、11月5日)。

 ただし、高利の過剰な融資によって返済が滞るケースが相次ぎ、「債務の罠」の悪評が生じるとともに、中国側の資金事情も悪化したため、近年は規模を縮小させている。習近平の報告で「「一帯一路」建設の質の高い発展を進める」と述べたのも、そうした事情の反映と思われる。

 この他、東アジアについては、RCEP(東アジア地域包括的経済連携)が15カ国によって2022年に発効しているが、経済・貿易規模の点で、中国が中核に位置することは明らかだ。日本はインドを加えて中国を牽制する狙いであったが、インドは参加を見送っている。

 こうした中国の対外拡張政策に対して、米国は「自由で開かれたインド太平洋」構想を対置し、中国の影響力拡大の抑制を試みている。その表れが、軍事面ではAUKUS(米英豪)、外交・経済安全保障面ではQuad(日米豪印)、経済面ではIPEF(インド太平洋経済枠組み)14カ国の組織化だ。IPEFに先立って、TPP(環太平洋パートナーシップ)が結成され、当初は米国主導のもと、中国を牽制する狙いであった。しかし、トランプ政権が離脱を決定し、バイデン政権もこれを継承する一方、中国が加盟の意向を表明するなど、性格が変わってきている。

 以上のような中国と米国の陣形配置は、かつての米ソ2大陣営の対立構造とはかなり異なっている。第一に、イデオロギーに基づく結集というよりは、国益に基づく集合であり、それぞれの凝縮力はそれほど強固でない。民主主義と権威主義の対立という図式もあるが、境界線は曖昧だ。第二に、グローバル経済の時代を反映して、経済活動では貿易と投資の相互乗り入れが活発に行われている。デカップリング、ブロック化を過大にみるべきではない。

 

◆米中経済分断の進行と限界

 トランプ政権が発動した米中関税合戦は、バイデン政権下でも継続しているが、ここにきて高インフレ対策として見直しに着手する動きが出ている。ただし中間選挙等の政治情勢に規定され、具体化には至っていない。

 他方、軍事利用に直結する情報通信関連のハイテク覇権争いは一段と激化しつつある。トランプ政権は、中国最大の通信機器メーカーであるファーウエイを標的とし、米国からの半導体など中核部品の供給と完成品の調達を厳しく規制した。中国側は半導体の自給化を進めたが、高機能品の代替は進まず、ファーウエイは事業基盤を海外から国内にシフトせざるをえなくなった。

さらにバイデン政権は、人工知能やスーパーコンピューターなどの開発に要する先端半導体、製造装置、技術者等が中国へ流出しないように全般的に規制を強化した。日本、オランダなど、半導体製造装置の有力メーカーを擁する国家にも同調を要請している。

こうした措置によって中国の先端半導体開発は遅れをとるであろうが、それが中国の「製造強国」化を大きく制約するとは考えられない。中国が技術開発を推進する潜在力は非常に大きい。たとえば、文部科学省科学技術・学術政策研究所が最近公表した国別科学技術指標によれば、中国の科学技術論文は量的にも質的にも米国を抜いて首位に立っている(ちなみに日本は10位以下に沈んでいる、日経新聞8月10日)。毎年卒業する理工系学生数は400万人規模という。

中国が米国と鎬を削る分野はいくつもある。宇宙開発では中国独自の宇宙ステーションが完成に近づきつつあり、次世代高速通信(6G)の中核技術の特許出願数では中国が米国を上回っている。自動運転技術では米国が中国を一歩リードしているが、その差はわずかだ。

中国の経済力の大きさが、米国による中国抑制策を限界づけている。中国の貿易規模は2013年以降、米国を抜いて世界最大であり、各国とも中国への依存度は高い。米国にしても、関税合戦にもかかわらず、中国からの輸入は2018年1~9月と2022年1~9月を比較すると、国別比率では21%から17%へと低下したものの、絶対額では増加しており、依然として最大の輸入相手国であることに変わりはない。中国の比率低下の穴を埋めたのはベトナムをはじめとする東南アジア諸国であるが、そこへは中国の輸出が伸びており、東南アジア経由で対米輸出ルートを築いた可能性もある。中国への対抗を意図したIPEFにしても、そのメンバー国のすべてで中国は米国を凌ぐ貿易相手国となっている。

覇権争いの主戦場である半導体をみても、米国企業が中国市場から撤退するわけではない。11月に上海で開催された中国国際輸入博覧会には、クアルコム、AMD、インテル、TI等の有力メーカーが規制対象外の半導体売り込みを狙って参加をしている。製造装置メーカー、ソフトウエア大手も同様だ。

 

◆日本経済の中国依存度の深化

 2021年、中国のGDPは日本の3.6倍、貿易規模は4倍に達している。米中対立の狭間にあって、軍事的に米国に依存する日本は、経済的には長期的に中国への依存度を深めている(以下は拙稿「2010年代における日中経済関係の深化」『中央学院大学現代教養論叢』4巻1号による)。2000年から2019年にかけて、日本の貿易相手国として米国と中国の比率がどう変化したかをたどってみると、輸出では米国が29.7%から19.8%へと減少する一方、中国は6.3%から19.1%へと大きく上昇した。香港を含めると23.8%となり、米国を上回る。輸入では米国が19.0%から11.0%へと低下する一方、中国は14.5%から23.5%へと増加した。

 注目すべきは中国からみた日本の比率の変化だ。同じ期間に輸出では16.7%から5.7%へ、輸入では18.4%から8.3%へと日本の地位は低下している。かつては中国の対日依存度が大きかったが、今や日本の対中依存度が上昇する反面、中国からみた日本の存在感は大幅に下がっているのだ。

 品目別にみると、中国依存度の上昇はさらに明らかになる。輸出品の中分類上位10品目では、中国比率30%以上は2010年の2品目が2019年に4品目(半導体等製造装置、プラスチック等)へと増加した。輸入品では2019年の中分類計38品目のうち中国比率70%以上が2品目(通信機、電算機類)、50~69%が7品目もある。食料品輸入に占める中国の割合もきわめて高い。野菜、加工魚の50%以上が中国産だ。肥料も50%以上を中国から輸入しており、コメの生産に欠かせないリン酸アンモニウムはほぼ全量中国が供給している(日経新聞10月20日)。仮に台湾有事などで日中貿易が途絶するとすれば、その打撃は計り知れない。2022年の中国のゼロコロナ政策程度でも日本が受けた影響は大きかった。

 日本企業の進出先としての中国の位置もきわめて重要だ。製造業の直接投資残高を国別にみると、2019年時点で全世界80兆円のうち、米国20兆円、中国9兆円であり、米国が中国の2倍以上ある。しかし、投資収益をみると2019年の場合、中国1.6兆円、米国0.9兆円となり、中国が米国を上回る。自動車と電気機器産業がその主要部分を占めている。

 このような日本経済の中国依存度の深まりをみるならば、米中対立の構図のなかで米国側につき、中国との軍事的緊張を高め、経済的に断絶する選択(ゼロチャイナ)は考えられない。中国が対日牽制策として、日本が不可欠とする品目の供給を規制してきた場合、日本側が負うべきコストは甚大なものとなる。経済安全保障政策(サプライチェーンの貼替え)ですべてをカバーできるべくもない。そうである以上、長期に渡る米中覇権争いのなかで、中国との軍拡競争に陥ることなく外交力を発揮し、東アジア規模での総合安全保障構想を打ち出していくことが求められているといえよう。    (『現代の理論』2023年冬号)