時代は富裕層課税を求めている
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- Published: Wednesday, 01 January 2025 14:46
衆議院選挙では国民民主党とれいわ新選組が躍進した。米国大統領選挙ではトランプ元大統領が圧勝した。共通するのは大規模減税の訴えであり、背景には中間層の両極分解、格差の拡大という問題がある。しかし、減税だけでは財政がもたない。格差を是正する増税策をセットで提起すべきだろう。格差是正の有力な手段は富裕層への課税強化ではないか。
◆富裕層の資産増加が続いている
野村総合研究所の調査(2023年3月1日公表)によれば、2021年の日本の超富裕層(純金融資産5億円以上)は、9万世帯、資産総額105兆円にのぼっている。2011年には5万世帯、45兆円だったので、10年間に世帯数は1.8倍、資産総額は2.3倍に増加したことになる。富裕層(1億円以上5億円未満)は同じ期間に76万世帯から139.5万世帯へ、資産は144兆円から259兆円へとそれぞれ1.8倍の増加となった。一方、資産3000万円未満のマス層は、4048万世帯から4213万世帯へ、資産は500兆円から678兆円へと増加幅はわずかにとどまり、相対的にみて格差は広がったと認められる。
世界的にみると、超富裕層による富の独占はさらに著しい。毎年1月、ダボス会議に合わせてOXFAMが調査を発表しているが、2023年1月の発表では、世界の富裕層1%が富の43%を保有、2024年1月の発表では、過去10年間で世界の超富裕層1%が増大した富のうち半分を獲得したという。
こうした富裕層への富の集中は、グローバル化とデジタル化の進行のなかで、資本所得が労働所得を上回る状態が続いているためだろう。1980年代以降続いている新自由主義による法人税切下げ、所得税フラット化もこれを促進した。
日本では、アベノミクスによる異次元の金融緩和が格差の拡大をもたらした。緩和マネーは株式市場に向かい、日経平均は4倍ほどに上昇した。日銀のETF大量買入れ、海外ファンドの参入がこの趨勢を支えた。円安による大企業の利益増大もまた株価上昇を引き起こし、株式を大量に保有する富裕層の資産は増大した。しかし、この間、実質賃金は横這いを続け、GDP成長率は低水準にとどまった。株価上昇は経済成長と結びつかず、資本所得と労働所得の格差拡大が続いた。
◆税制の格差是正機能が低下している
格差を是正するうえで税制の役割は大きいはずだが、有効に機能していない。所得税は1980年代には税率が15段階に区分され、最高税率は70%(地方税を加えると88%)に達していた。しかし、バブル崩壊後の1990年代末には4段階、最高税率37%(同50%)へと下がった。現在は若干修正され、7段階、最高税率45%(同55%)へと上がったが、累進性は弱まっているといえる。
一方、法人税の基本税率は1980年代の45%が2010年代には23%へと半減した。地方税を加えると29%ほどとなる。これは世界的な法人税引下げ競争の影響を受けたもので、租税特別措置による減税が加わり、実効税率はさらに低下する。このような法人税減税は企業の純利益を増やし、手厚い配当と内部留保の蓄積をもたらし、株価を上昇させた。これも富裕層に有利に作用したことはいうまでもない。
所得税、法人税の減税によって減少した税収を埋めたのが消費税だ。過去40年ほどの国の税収構成の推移をみると、消費税導入前の1980年代後半は所得税37%、法人税35%程度だったのが、2020年代には所得税31%、法人税21%、消費税32%となっており、逆進性の強い消費税の割合が増えて格差拡大を強めていると考えられる。
さらに問題なのは、金融所得(利子、配当、株式譲渡益等)に対する課税で源泉分離方式がとられ、一律15%(地方税を加えて20%)と低率であるため、金融所得が多い富裕層は所得階層が上がれば上がるほど所得税負担率が下がる傾向にあることだ。所得額が300万円以下の階層の所得税負担率は2%台で、所得が増えるとともに負担割合は増加し、だいたい1億円で27%台の水準に達する。ところがそれを超えると負担率は下がっていき、100億円の階層では17%まで低下する。これを「1億円の壁」と呼んでいるが、負担能力のある階層の負担が軽減されている不公平税制の典型的事例といえる。
◆金融所得課税を強化すべきだ
金融所得課税をめぐる不公平感には自民党政府も問題を感じているようで、かつて岸田首相は分配重視の「新しい資本主義」構想を提起し、その目玉として金融所得課税を強化しようとした。しかし、これに対して株式市場が敏感に反応し、株価が急落する「岸田ショック」に見舞われると、早々にこの政策を棚上げしてしまった。石破首相も同様に金融所得課税を提起したが、またしても株価が下落する「石破ショック」に遭遇し、当面の政策課題から外してしまったようだ。
この不公平税制を解決するには、金融所得を源泉分離課税ではなく総合課税の対象に統合することが望ましい。とはいえ現状では、多数の金融機関口座に分散している情報を集約することは容易でない。マイナンバーを銀行口座に紐づけすれば情報を統合できるが、それには抵抗が強く、実現には相当の政治エネルギーを要するだろう。
当面可能なのは、地方税を含めて20%という税率を引き上げることだ。G7主要国をみると、ドイツは26.4%、フランスは30%、米国は段階税率で最高34.8%、イギリスは配当課税が段階税率で最高39.4%など、いずれも日本より高い税率だ。日本でも経済同友会の新浪代表幹事などは25%を提唱している。政府は「資産運用立国」の方針に反するとして消極的だが、富裕層にあたらない新NISA利用者は非課税制度の枠内にある限り影響はない。
ただし、政府が何もしないわけではなかった。2023年度税制改正では、新NISA非課税枠の大幅拡充と同時に、非常に限定的な「富裕層ミニマム税」を導入した。この制度は、年間所得3.3億円以上の富裕層を対象にして、租税負担率が22.5%に満たない場合には22.5%になるまで差額を追加徴収する措置であり、実際には所得が30億円を超える超富裕層に適用される見込みだ。きわめて例外的な措置であり、対象者はわずか200~300人、税収は550億円程度と予測されている。いかにもアリバイ作りのような富裕層課税であり、今後は対象者を広げ、22.5%という最低税率を引き上げていく必要があるだろう。
◆富裕税への挑戦
富裕層課税の本命は所得への課税ではなく資産への課税だ。相続税・贈与税の最高税率引上げも一案だが、継続的に徴収できるわけではない。富裕層の資産に着目して毎年恒常的に課税する富裕税案は共産党が提示している。対象者は純資産5億円超の富裕層として、5億円を超える資産に0.5~3%の累進税率で毎年課税する案だ。税収は1兆円以上と見込んでいる。
視野を世界に広げれば、国際協調によって世界の超富裕層の資産に課税するグローバル富裕税の構想が提起されている。2024年G20議長国のブラジルは、財務相会合の議題に超富裕層課税を取り上げるべく、フランスのガブリエル・ズックマンに報告書作成を委託した。ズックマンはトマ・ピケティの指導を受けた経済学者であり、長年にわたりタックスヘイブンに隠された富の所在を追究し、世界規模の金融資産台帳を作成して課税する方法を提案してきた(『失われた国家の富』NTT出版、2015年、参照)。
2024年6月に公表された報告書はまず、世界の超富裕層(資産10億ドル超)の現状を分析し、巧妙な課税軽減策が駆使されているために効果的な課税ができず、実効税率が逆進的になっている事実を指摘する。そのうえで、世界共通基準として保有資産に2%課税すれば、年間2000~2500億ドルの税収をあげることができるとする。実施上の問題については、超富裕層がタックスヘイブンに資産を隠すとしても、課税権力のグローバルな連携が進んでおり、金融口座情報の自動交換ネットワークなどを使って課税逃れは防止できる、また共通基準に参加しない国に移住するとしても、原居住国が課税権を拡張して対応できるとして、制度の有効性を主張している。
年間2000~2500億ドルは世界のODA総額に匹敵する規模だ。対象を資産1億ドル超の富裕層約6万人に広げ、税率を3%に引き上げれば、税収は6000億ドルへと増加する。実現すればSDGs達成に大きく寄与するだろう。
2024年7月のG20財務大臣会合における「国際租税協力に関するリオデジャネイロ閣僚宣言」には超富裕層課税の課題が盛り込まれ、10月のG20財務大臣・中央銀行総裁会議の声明にも継承された。また、進展しつつある「国際租税協力に関する国連枠組み条約」の準備プロセスでは、今後の交渉項目の一つとして超富裕層課税が提示され、COP28を契機に発足したフランス・バルバドス・ブラジルが主導する「グローバル連帯税タスクフォース」でも検討課題の一つに取り上げられている。
このように格差是正のための富裕層課税は、国内的にも国際的にも関心を集めつつある。実現に至るまでにはかなりの時間がかかるかもしれないが、時代がそれを求めていることは確かだろう。 (『言論空間』2025年冬号)