多極化世界への移行を促す米国第一主義

トランプ政権の米国第一主義によって国際秩序は大きく変容しつつある。西側主要国を結集したG7では米国と他の6カ国との間に亀裂が生まれる方、中国・ロシア陣営はグローバルサウスを糾合してBRICSを拡大している。米国第一主義は経済面では国際機構から米国を離脱させる一方、軍事面では国家間連携を維持しつつ、軍事負担の肩代わり、世界的軍拡を進めている。

 

グローバルサウスをBRICSに追いやるトランプ政権

 6月のG7カナナスキス・サミットは、ウクライナ支援、ロシア非難を打ち出したい6カ国と抵抗する米国との不一致が露呈し、しかもトランプは会議途中で帰国してしまい、首脳宣言を発出できなかった。分野別の共同声明が採択されたとはいえ、G7の結束力の低下が明白となった。

 

 G7に対抗する中ロは、グローバルサウスの有力国を集め、BRICSの拡大を推進している。設立当初のインド、ブラジルを含む4カ国から10カ国へと加盟国を増やし、さらに周辺にパートナー国を集めている。新たに参加するグローバルサウス諸国は、反米色を薄め、米中両極の中間に位置取りする思惑をもつが、7月のBRICSリオデジャネイロ・サミットでは、ウクライナのロシア市民攻撃を非難するロシア寄りの首脳宣言を採択した。

 

 トランプ政権はG7で孤立するとともに、関税政策の圧力でグローバルサウスをBRICS側に押しやっている。最近BRICSに加盟したインドネシアは、G7サミットに招待されたにもかかわらず、それに参加せず、同じ時期にロシアで開かれた国際経済会議(ロシアのダボス会議)に出席した。BRICSはドルに依存しない通貨・決済圏創出を目指しているためトランプはBRICSを敵視し、「反米政策」に同調する国には10%の追加関税を課すと威圧している。

 

 今後注目すべきはG20の動向だ。G7とBRICSの主要国が参加するG20サミットは、今年の議長国が南アフリカであるためBRICS寄りの運営がなされると予想されるが、来年の議長国は米国であり、どのような内容になるか見当もつかない。

 

米の国際経済機構離脱で自由貿易システム再編へ

 トランプ関税は経済グローバル化を推進してきたWTO体制の否定であり、自由貿易システムは再編を迫られている。米国抜きの国際システム構築を意図するEUは、すでに米国抜きで運営されてきたCPTPP(包括的・先進的環太平洋経済連携協定、12カ国)との連携を提起、合わせて南米、中東、アフリカ諸国との関係を強め、WTOに代わる国際貿易機関の創出を模索している。一方、CPTPP加盟の意向を表明している中国は、ASEAN、さらに中東との連携を強化すべく、5月に中国・ASEAN・GCC首脳会議を開いた。こうした連携の動きに米国がどう対応するかは明らかでなく、新たな国際経済秩序の定着には時間を要するだろう。

 

 米国第一主義は開発援助体制にも大きな影響を与えた。OECD開発援助委員会主導のODAシステムはSDGsを支える重要な役割を果たし、米国は長年ODAの最大供給国の地位にあったが、トランプ政権は米国際開発庁(USAID)を解体し、ODA予算を大幅に削減した。これによって世界で人道上の危機が高まり、今後5年間で1400万人以上の死者が出ると予測されている。また米国は6月末にセビリアで開催された第4回国連開発資金国際会議でも開発資金創出の積極策に抵抗したあげく、途中で会議から離脱した。

 

 国際課税ルールの策定でも米国の妨害が顕著だ。グローバル・デジタル経済に対応した国際課税制度を目指し、OECDとG20はBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトを推進してきた。2021年、2本柱(デジタル課税、グローバル・ミニマム法人税)の新ルールが140カ国によって合意された。しかしデジタル課税の多国間条約は米国が拒否したため成立せず、各国は国ごとのデジタルサービス税導入に動くが、米国は報復関税の脅しをかけ阻止する構えだ。グローバル・ミニマム法人税は、国ごとに実施に移りつつあるが、米国はこれに対しても米国企業に課税した場合には報復すると宣言している。また、より包括的なルール形成を目指す国連の国際租税協力枠組条約交渉からも、米国は早々に離脱している。

 

米国主導で進む軍拡

 軍事機構では米国は1国主義をとらず、多国間連携を維持しながら米国の負担を各国に肩代わりさせる作戦に出ている。ウクライナ戦争を契機に軍拡に進むNATOは、6月の首脳会議で米国の要請を受け入れ、軍事費をGDP比5%(インフラ整備等1.5%を含む)に引き上げる目標に合意した。米国は戦力を欧州からアジアにシフトさせる方針であり、イギリスとフランスは核兵器の運用で連携をとる方向に踏み出した。

 

 アジア太平洋では、AUKUS(米英豪)をはじめ、米国を軸に日本、韓国、フィリピン、オーストラリア等との複数国間軍事連携の枠組みを保ち、対中国包囲網を強化しながら、そのなかで各国に軍事費の増大を迫っている。日本には軍事費のGDP比2%への引き上げを受け入れさせ、さらにそれ以上への引き上げの圧力をかけている。

 

 米国自体も2026会計年度に1兆ドルを上回る空前の予算(前年度比13%増)を計上し、対抗して中国もロシアも軍備を一段と増強、世界的に大軍拡の時代を迎えつつある。世界の軍事産業は肥大化し、各地に軍事紛争が激発することになるかもしれない。

 

 米国第一主義は多極化世界への移行を促しているが、その過程では国際秩序は不安定にならざるをえない。国連機能を強化し、公正な経済連携、軍縮の流れを作ることが求められる。              (POLITICAL ECONOMY. No.288, 2025年7月15日)

トランプ政権の再登場で世界情勢はどうなるか

2025年1月20日、第二次トランプ政権(トランプ2.0)が成立する。「米国第一主義」を掲げるトランプ政権の目玉政策は、関税引き上げ、移民排除、大型減税、エネルギー政策転換、規制緩和などだ。いずれも第二次政権誕生を支えた中間層・低所得層の利害関心を意識した政策だが、一時的な効果はあるとしても持続可能とは考えられず、いずれ米国経済を棄損し、世界経済に大きな混乱をもたらすかもしれない。以下では、長期的な覇権構造の変貌も視野に入れながら、トランプ2.0の行方を展望したい。

 

◆トランプ2.0の政策見通し

 1.関税引き上げ

トランプが第一次政権期に中国にかけた追加関税はバイデン政権期にも継続し、税率は20%程度に達している。これにさらに10%上乗せし、最大60%まで課税するという方針が表明されている。一方、3国間自由貿易協定によって市場統合したメキシコ、カナダからの輸入品に対しては、貿易赤字・「不法移民」・麻薬流入等を理由にして25%の関税をかけるという。その影響でカナダのトルドー首相は辞任に追い込まれた。その他の国からの輸入品にも10~20%の課税を提案している。これらの保護主義に基づく関税引き上げが実施されれば、対抗して報復関税がかけられ、世界貿易の縮小、世界経済への打撃をもたらす。米国は関税収入が増えて財政赤字に縮小効果を生む反面、輸入品価格が上昇してコストプッシュインフレを招き、消費の減少などを通じてGDP成長率は1%程度低下すると予測される。ただし、トランプは関税引き上げを2国間取引の手段とみており、そのまま実施されるとは限らない。どの程度実行するか、先行きは不透明だ。

 2.移民排除

トランプは大統領就任初日に国境を閉鎖し、数百万人と見積もられる「不法移民」の流入をストップさせると主張している。そのうえで国境の壁を建設して非正規の移民を完全に遮断し、並行してすでに流入している約1100万人と推計される「不法移民」を強制送還するとの方針だ。しかし、大規模な強制送還はそもそも実施困難なうえ、すでに農業、サービス業などの低賃金労働に従事している人々を排除した場合、労働力不足から賃金上昇が起こり、インフレをもたらすことになる。

 3.大型減税

トランプが第一次政権期に実施した所得税減税は2025年に期限切れになる。これを恒久的に延長するとともに、すでに35%から21%へと引き下げている法人税率をさらに15%まで下げるのが新しい減税政策だ。これによって米国経済は活性化するだろうが、財政赤字の拡大は避けられず、連邦政府債務残高の対GDP比は2024年の99%が2035年には143%に達すると試算されている。基軸通貨ドルの信認を低下させ、持続可能な政策とは考えられない。

4.エネルギー政策転換

バイデン政権は脱炭素政策を展開してきたが、トランプはこれを180度転換、「石油を掘りまくる」と叫び、パリ協定から再び離脱すると予想される。実施中の温暖化ガス排出規制、EV推進策は廃止され、石油・ガス産業に減税などの優遇措置がとられ、増産効果によってエネルギー価格は引き下げられるだろう。これも米国経済を勢いづかせる政策だが、世界的な脱炭素潮流に逆行する施策が果たして持続可能なのか疑問符がつく。

5.規制緩和

イーロン・マスク担当で新設される政府効率化省(DOGE)による規制改革(規制削減、行政改革、予算圧縮)もトランプ2.0の目玉だ。公務員を大幅に整理し、連邦政府予算を3割減少させるきわめて野心的な計画だが、社会保障費の削減を不可避とするものであり、果たして実現可能だろうか。実行した場合、かなりの混乱が起こるのではないか。この他、連邦取引委員会(FTC)、連邦通信委員会(FCC)、連邦準備制度理事会(FRB)等の独立規制機関の大統領権限下への取り込み、テック企業規制(反トラスト法)の緩和、AI開発促進、金融規制緩和など、全般的に規制改革を進める方針のようだ。テスラの自動運転車の普及はその象徴となろう。

総じてトランプ2.0の政策は、対外的にはモノとヒトの自由な移動を制約する保護主義(反自由主義)、国内的には減税・反脱炭素・規制緩和の新自由主義であり、相反する方向性を米国第一主義で統合するという矛盾をはらんだ体系だ。一時的には米国経済の一人勝ち、株高、ドル高をもたらしうるが、やがてはインフレ昂進と財政赤字拡大を引き起こすだろう。そうとすれば一部の政策は意外に早く放棄するかもしれない。2年後の中間選挙まで当初の政策が継続するか注目される。

 

◆米中関税合戦の継続

 トランプ2.0の政策には不確かな面があるが、米中経済戦争がさらに激化することは間違いあるまい。戦線は関税合戦とハイテク覇権争いの2領域で構成される。

関税合戦の経過を簡単にふり返っておこう。第1次トランプ政権は、対中貿易赤字の縮小を狙い、知的財産権侵害を理由に(1974年通商法301条)、中国からの輸入品に対して、2018年7月に第1弾、340億ドル相当の品目に税率を25%引き上げる制裁関税をかけた。続いて8月に第2弾160億ドル、25%、9月に第3弾2000億ドル、10%(2019年5月から25%に引き上げ)へと拡大した。さらに第4弾3000億ドル、10~25%が準備され、ほぼすべての品目が追加関税の対象となった。2019年9月には第4弾の一部が発動され(税率15%)、輸入品全体の7割をカバーするほどの規模に達した。

この間、中国側からも対米輸入品に対して相応の報復関税が発動され、関税合戦が激化する一方、政府間の通商交渉が断続的に行われ、2019年12月、経済・貿易協定の合意に至った。内容は、中国が知的財産保護など米国の要求を一定程度受入れ、合わせて対米輸入の拡大によって貿易不均衡を是正するというもので、第4弾の残りの発動が回避され、実施部分については税率が15%から7.5%に下げられた。しかし、第1~3弾の2500億ドル、25%追加関税はそのままとされた。

2021年1月のバイデン政権成立後も、関税引き上げ措置は継続された。一方、人権問題を重視したバイデン政権は、2021年12月にウイグル強制労働防止法を成立させ、ウイグル産とみなされる物品の輸入差し止め措置を講じた(2022年6月施行)。対象品目はアパレル製品、農産物、化学品など広範な分野に及んだ。さらに2024年に入ると、中国が生産量を増やして価格が低下したEV、太陽光パネルなどの輸入が増加すると見込まれたため、EVには100%、太陽光パネル、旧世代の汎用半導体には50%という高率の関税を課すと決定した。これは大統領選挙対策の意味もあると思われ、中国側は強く反発した。

関税合戦は米中間貿易にどのような影響を与えたのか。米国の対中輸入総額は2000年以降増加基調で推移し、2018年5397億ドルがピークとなり、2019年以降、一時的な増加を挟みながら減少基調に転じ、2023年には4269億ドルへと低下した。米国の輸入全体に占める中国の割合は2017年21.6%から2023年13.9%へと下落し、国別順位は2023年にメキシコに首位の座を明け渡した。米国の対中貿易赤字は2018年の4196億ドルから2023年の2791億ドルへと縮小を記録した。

ただし米国の貿易赤字総額が減少したわけではなく、2018年の8748億ドルが2023年には1兆0621億ドルへと増加している。貿易赤字は、メキシコ、カナダ、EU、それにベトナムをはじめとする東南アジア諸国など、多くの国との間で拡大した。そのなかには、中国からの輸入の迂回経路となった国もあると思われる。たとえばベトナムは中国で操業していた外資系企業および中国企業の移転先として注目されるが、米国の対ベトナム貿易赤字は2016年に比べて2023年には3.3倍に拡大し、1000億ドルを突破している。

高関税による中国からの輸入の抑制、国内製造業の発展を意図した米国の試みは成功したとはいえない。むしろ中国の報復関税によって輸出産業の雇用が減少したという事実が報告されている。

第2期トランプ政権は、中国からの輸入品に対してさらに関税を引き上げようとしている。選挙期間中、一律60%の追加課税を表明したが、仮にこれが実施された場合、米国の消費者物価は1.4~5.1%上昇すると試算されている。おそらく、通商交渉の取引材料としてこうした関税引き上げ策を使っていくのだろう。

 

◆米中ハイテク覇権抗争の拡大

 先端技術をめぐる覇権争いは、軍事覇権と結びつく意味をもつだけに、米国は中国に対する攻勢を強めている。中国のハイテク企業を標的に、調達(輸入)、供給(輸出)、技術供与、投資等の様々な局面で規制を強化し、技術開発を押さえ込もうとしてきた。有力な手法は商務省の輸出禁止措置対象企業リスト(エンティティ―リスト:EL)への登録だ。2016年、まず国営通信機器企業ZTEをリストに載せ、トランプ政権期には通信機器大手ファーウエイと多数の関連企業を追加した。ファーウエイについては第三国からの再輸出も禁止した。また国防総省による中国軍事企業の指定も規制の手法だ。ファーウエイに加えて最近ではネットサービスのテンセント、車載電池のCATLが中国軍と関係する軍事企業に指定され、米国企業との取引が制約されるようになった。

中国企業は先端半導体の調達を輸入に依存していたため、この規制を受けて半導体の国産化に力を注ぐが、今度は半導体製造装置の供給を規制し、有力企業を擁するオランダ、日本にも同調を強要した。バイデン政権下では、輸出規制に加えて投資規制を強化し、先端半導体だけでなく量子コンピューター、人工知能(AI)に関わる対中投資を禁止する措置を準備した。また、情報操作を理由として、人気のある動画投稿アプリ「TikTok」(中国のバイトダンスが運営)の禁止にも踏み込んだ。

こうした米国の攻勢に対して、中国も対抗して対米輸出規制、投資規制、EL作成などに取り組んだ。たとえば米国半導体大手マイクロンを標的に同社製品の調達を停止した。さらに、半導体材料の重要鉱物であるガリウム、ゲルマニウム、アンチモニー、黒鉛などの輸出規制をとった。また、米国側の規制による技術開発の困難に対しては、第三国を介した迂回調達ルートの開拓、外国人技術者の好待遇での受入れなど様々な手段で巻き返しを図った。

その結果、ファーウエイを先頭にして半導体関係のハイテク企業群が成長しつつある。ファーウエイは、先端半導体の調達を阻まれたにもかかわらず、5G対応のスマホの製造に成功し、エヌビディアが独占しているAI半導体についても独自開発も進めている。半導体製造装置やシリコンウエハーを製造する企業も着々と力をつけてきている。いずれは川上から川下までの半導体サプライチェーンを国内で完成させるだろう。またファーウエイは急成長する中国EVを支える有力なサプライヤーとなった。米国による規制がかえって中国のイノベーションを加速する意味をもったといえる。

 

◆グローバル覇権構造の変容

 トランプ2.0は「米中新冷戦」を激化させ、世界を分断していくのだろうか。軍事面ではそうした傾向が生じるとしても、経済を含めた総体としては2大陣営に分かれたブロック化は起こらないのではないか。

 第一に、米国は覇権国(世界のリーダー)としてふるまう役割を放棄し、求心力が低下するだろう。米国第一主義の立場から、軍事力・経済力(GDP規模、基軸通貨ドル)世界1位という超大国の地位は維持するとしても、陣営づくりへの関心は弱まる方向だ。欧州でもアジア太平洋地域でも、軍事負担の肩代わりを強要し、G7(OECD)諸国との距離が開き、結束力が下がる可能性がある。トランプは温暖化防止のパリ協定離脱だけでなく、WHO、WTO、ユネスコ、国連人権理事会などの国際機構からの脱退をほのめかしており、脱退までいかなくとも非協力的になるだろう。

 中国との対抗については、軍事面でAUKUS(米英豪)、米日韓、米日比等の連携枠組みは一応維持するだろうが、経済面では、オバマが注力したTPPから離脱したように、バイデンが創設したIPEF(インド太平洋経済枠組み)からは離脱するのではないか。中国の一帯一路構想に対抗して企画された「インド・中東・欧州経済回廊」構想についても、米国がどこまで関与するかわからない。

 第二に、中国の陣営づくりも見通しは不確定だ。中国は人口減少期に入り、経済成長率は低下しつつあり、GDPが米国を抜く見通しは低くなった。そうしたなかで習近平政権は上海協力機構、一帯一路構想などを通じて、地域覇権国としての地位を高めてきた。地域安全保障を目的とする上海協力機構は正規加盟国が発足時の6カ国から10カ国へと拡大し、オブザーバーなどの参加国は20カ国を超え、中央アジア、中東、東南アジアへとネットワークを拡大した。一帯一路構想を通じた経済圏拡大は、国内不況の長期化に規定されて一時ほどの勢いはないが、中国の経済的影響力はユーラシアからアフリカ、ラテンアメリカに広く及んでいる。貿易金融通貨として人民元はユーロを上回る地位に達した。

 さらに中国は非米連合組織BRICS拡大にも注力してきた。BRICS参加国は当初の中国、ロシア、インド、ブラジルの4カ国から10カ国へと増加し、2024年10月にロシアで開催されたBRICSサミット参加国は36カ国へと拡大した。BRICSはドルに依存しない決済システム、共通通貨、OPECのような穀物取引機構等の創出を追求しており、米国の覇権構造に対抗する性格をもっている。

しかし、上海協力機構やBRICSに集まった諸国の多くは、必ずしも米国(西側)陣営に対抗して中国(およびロシア)の陣営に加わったとはいえない。たとえば、インドは上海協力機構とBRICSの正式加盟国だが、同時にQUAD(米日豪印)という米国主導の枠組みにも加わっている。またインドネシアはBRICS入りの一方、OECD加盟を目指している。ASEANや中東諸国は米国と中国の2大陣営の中間に位置し、国力増強の観点から対外関係のバランスをとっていると考えられる。

BRICSの拡大はグローバルサウスの台頭という意味をもっている。グローバルサウスは、西側先進国に対抗するという観点から中国と歩調を合わせることはあるとしても、第三勢力として独自の存在感を発揮し、多極化時代への道を拓いていくだろう。多極化時代はイアン・ブレマーのいう「Gゼロ」、つまりリーダー不在の世界だが、国際社会が分断され、混迷を深めるとは限らない。トランプ2.0は保護主義を拡散し、世界の分断を加速する恐れがあるが、それに対抗して国際社会が結束を強める可能性も否定できない。グローバルサウスが国連に結集し、欧州諸国を糾合してグローバルガバナンスを創出する方向が考えられる。そこには政府だけでなくグローバルな市民社会運動の参加も不可欠の要素となる。グローバル課題である気候危機や国際課税(国際租税協力枠組み条約)への取り組みが、その可能性を切り拓くのではないだろうか。

 

時代は富裕層課税を求めている

衆議院選挙では国民民主党とれいわ新選組が躍進した。米国大統領選挙ではトランプ元大統領が圧勝した。共通するのは大規模減税の訴えであり、背景には中間層の両極分解、格差の拡大という問題がある。しかし、減税だけでは財政がもたない。格差を是正する増税策をセットで提起すべきだろう。格差是正の有力な手段は富裕層への課税強化ではないか。

 

◆富裕層の資産増加が続いている

 野村総合研究所の調査(2023年3月1日公表)によれば、2021年の日本の超富裕層(純金融資産5億円以上)は、9万世帯、資産総額105兆円にのぼっている。2011年には5万世帯、45兆円だったので、10年間に世帯数は1.8倍、資産総額は2.3倍に増加したことになる。富裕層(1億円以上5億円未満)は同じ期間に76万世帯から139.5万世帯へ、資産は144兆円から259兆円へとそれぞれ1.8倍の増加となった。一方、資産3000万円未満のマス層は、4048万世帯から4213万世帯へ、資産は500兆円から678兆円へと増加幅はわずかにとどまり、相対的にみて格差は広がったと認められる。

  世界的にみると、超富裕層による富の独占はさらに著しい。毎年1月、ダボス会議に合わせてOXFAMが調査を発表しているが、2023年1月の発表では、世界の富裕層1%が富の43%を保有、2024年1月の発表では、過去10年間で世界の超富裕層1%が増大した富のうち半分を獲得したという。

 こうした富裕層への富の集中は、グローバル化とデジタル化の進行のなかで、資本所得が労働所得を上回る状態が続いているためだろう。1980年代以降続いている新自由主義による法人税切下げ、所得税フラット化もこれを促進した。

 日本では、アベノミクスによる異次元の金融緩和が格差の拡大をもたらした。緩和マネーは株式市場に向かい、日経平均は4倍ほどに上昇した。日銀のETF大量買入れ、海外ファンドの参入がこの趨勢を支えた。円安による大企業の利益増大もまた株価上昇を引き起こし、株式を大量に保有する富裕層の資産は増大した。しかし、この間、実質賃金は横這いを続け、GDP成長率は低水準にとどまった。株価上昇は経済成長と結びつかず、資本所得と労働所得の格差拡大が続いた。

 

◆税制の格差是正機能が低下している

格差を是正するうえで税制の役割は大きいはずだが、有効に機能していない。所得税は1980年代には税率が15段階に区分され、最高税率は70%(地方税を加えると88%)に達していた。しかし、バブル崩壊後の1990年代末には4段階、最高税率37%(同50%)へと下がった。現在は若干修正され、7段階、最高税率45%(同55%)へと上がったが、累進性は弱まっているといえる。

一方、法人税の基本税率は1980年代の45%が2010年代には23%へと半減した。地方税を加えると29%ほどとなる。これは世界的な法人税引下げ競争の影響を受けたもので、租税特別措置による減税が加わり、実効税率はさらに低下する。このような法人税減税は企業の純利益を増やし、手厚い配当と内部留保の蓄積をもたらし、株価を上昇させた。これも富裕層に有利に作用したことはいうまでもない。

所得税、法人税の減税によって減少した税収を埋めたのが消費税だ。過去40年ほどの国の税収構成の推移をみると、消費税導入前の1980年代後半は所得税37%、法人税35%程度だったのが、2020年代には所得税31%、法人税21%、消費税32%となっており、逆進性の強い消費税の割合が増えて格差拡大を強めていると考えられる。

さらに問題なのは、金融所得(利子、配当、株式譲渡益等)に対する課税で源泉分離方式がとられ、一律15%(地方税を加えて20%)と低率であるため、金融所得が多い富裕層は所得階層が上がれば上がるほど所得税負担率が下がる傾向にあることだ。所得額が300万円以下の階層の所得税負担率は2%台で、所得が増えるとともに負担割合は増加し、だいたい1億円で27%台の水準に達する。ところがそれを超えると負担率は下がっていき、100億円の階層では17%まで低下する。これを「1億円の壁」と呼んでいるが、負担能力のある階層の負担が軽減されている不公平税制の典型的事例といえる。

 

◆金融所得課税を強化すべきだ

 金融所得課税をめぐる不公平感には自民党政府も問題を感じているようで、かつて岸田首相は分配重視の「新しい資本主義」構想を提起し、その目玉として金融所得課税を強化しようとした。しかし、これに対して株式市場が敏感に反応し、株価が急落する「岸田ショック」に見舞われると、早々にこの政策を棚上げしてしまった。石破首相も同様に金融所得課税を提起したが、またしても株価が下落する「石破ショック」に遭遇し、当面の政策課題から外してしまったようだ。

 この不公平税制を解決するには、金融所得を源泉分離課税ではなく総合課税の対象に統合することが望ましい。とはいえ現状では、多数の金融機関口座に分散している情報を集約することは容易でない。マイナンバーを銀行口座に紐づけすれば情報を統合できるが、それには抵抗が強く、実現には相当の政治エネルギーを要するだろう。

 当面可能なのは、地方税を含めて20%という税率を引き上げることだ。G7主要国をみると、ドイツは26.4%、フランスは30%、米国は段階税率で最高34.8%、イギリスは配当課税が段階税率で最高39.4%など、いずれも日本より高い税率だ。日本でも経済同友会の新浪代表幹事などは25%を提唱している。政府は「資産運用立国」の方針に反するとして消極的だが、富裕層にあたらない新NISA利用者は非課税制度の枠内にある限り影響はない。

 ただし、政府が何もしないわけではなかった。2023年度税制改正では、新NISA非課税枠の大幅拡充と同時に、非常に限定的な「富裕層ミニマム税」を導入した。この制度は、年間所得3.3億円以上の富裕層を対象にして、租税負担率が22.5%に満たない場合には22.5%になるまで差額を追加徴収する措置であり、実際には所得が30億円を超える超富裕層に適用される見込みだ。きわめて例外的な措置であり、対象者はわずか200~300人、税収は550億円程度と予測されている。いかにもアリバイ作りのような富裕層課税であり、今後は対象者を広げ、22.5%という最低税率を引き上げていく必要があるだろう。

  

◆富裕税への挑戦

 富裕層課税の本命は所得への課税ではなく資産への課税だ。相続税・贈与税の最高税率引上げも一案だが、継続的に徴収できるわけではない。富裕層の資産に着目して毎年恒常的に課税する富裕税案は共産党が提示している。対象者は純資産5億円超の富裕層として、5億円を超える資産に0.5~3%の累進税率で毎年課税する案だ。税収は1兆円以上と見込んでいる。

 視野を世界に広げれば、国際協調によって世界の超富裕層の資産に課税するグローバル富裕税の構想が提起されている。2024年G20議長国のブラジルは、財務相会合の議題に超富裕層課税を取り上げるべく、フランスのガブリエル・ズックマンに報告書作成を委託した。ズックマンはトマ・ピケティの指導を受けた経済学者であり、長年にわたりタックスヘイブンに隠された富の所在を追究し、世界規模の金融資産台帳を作成して課税する方法を提案してきた(『失われた国家の富』NTT出版、2015年、参照)。

 2024年6月に公表された報告書はまず、世界の超富裕層(資産10億ドル超)の現状を分析し、巧妙な課税軽減策が駆使されているために効果的な課税ができず、実効税率が逆進的になっている事実を指摘する。そのうえで、世界共通基準として保有資産に2%課税すれば、年間2000~2500億ドルの税収をあげることができるとする。実施上の問題については、超富裕層がタックスヘイブンに資産を隠すとしても、課税権力のグローバルな連携が進んでおり、金融口座情報の自動交換ネットワークなどを使って課税逃れは防止できる、また共通基準に参加しない国に移住するとしても、原居住国が課税権を拡張して対応できるとして、制度の有効性を主張している。

 年間2000~2500億ドルは世界のODA総額に匹敵する規模だ。対象を資産1億ドル超の富裕層約6万人に広げ、税率を3%に引き上げれば、税収は6000億ドルへと増加する。実現すればSDGs達成に大きく寄与するだろう。

 2024年7月のG20財務大臣会合における「国際租税協力に関するリオデジャネイロ閣僚宣言」には超富裕層課税の課題が盛り込まれ、10月のG20財務大臣・中央銀行総裁会議の声明にも継承された。また、進展しつつある「国際租税協力に関する国連枠組み条約」の準備プロセスでは、今後の交渉項目の一つとして超富裕層課税が提示され、COP28を契機に発足したフランス・バルバドス・ブラジルが主導する「グローバル連帯税タスクフォース」でも検討課題の一つに取り上げられている。

 このように格差是正のための富裕層課税は、国内的にも国際的にも関心を集めつつある。実現に至るまでにはかなりの時間がかかるかもしれないが、時代がそれを求めていることは確かだろう。                    (『言論空間』2025年冬号)

軍拡路線で急成長する軍事産業

◆世界的な軍拡潮流に呼応する日本

 ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻が長期化するなかで、世界的な軍備拡張の潮流が生じている。NATOは加盟国32カ国のうち23カ国が軍事費のGDP比2%目標を2024年に達成する見込みという。

ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、2023年の世界の軍事費は前年比6.8%増の2.4兆ドルと過去最高に達した。1位の米国は2.3%増の9160億ドル、2位の中国は6.0%増の2960億ドルだったが、3位のロシアは24%増の1090億ドル、8位のウクライナは51%増の648億ドルへと急増した。その影響で日本は10位から11位に順位を下げたが、11%増の502億ドルと過去最大の増加率を記録した。

 2022年末の安保3文書閣議決定を契機に軍拡路線に突入した日本の防衛関係予算は、2022年度の5.2兆円が23年度は6.6兆円へと当初予算ベースで27.4%増、さらに24年度は7.7兆円へと17.0%の増加だ。軍拡予算の規模は2023~2027年度の5年間総額で43兆円と見積もられているが、1ドル=108円と想定した計画であるため、おそらくさらに大幅な増額になるだろう。軍拡予算の使途は自衛隊員の生活・勤務環境の改善まで含めて多方面に渡るが、ミサイル・戦闘機などの兵器増強が中核となることはいうまでもない。

 

◆「防衛特需」で潤う軍事産業

 安保3文書では軍事産業を「いわば防衛力そのもの」と位置づけ、その育成・強化を強調している。そのための手段として、軍事産業への手厚い利益保証(営業利益率15%)、輸出促進等の様々な支援策を打ち出している。それらは2022年4月に経団連が公表した「防衛計画の大綱に向けた提言」の内容を受ける形で制定されたと考えられる。

 軍事産業の対応は迅速だった。三菱重工は2023年11月に開催した「防衛事業説明会」で、スタンドオフミサイル、統合防空ミサイル(PATRIOT、SM-3、イージス艦等)、無人兵器(航空、海洋、陸上)、次期戦闘機、宇宙機器等の重点事業を説明し、2026年度までに売上高倍増、それに対応して人員2~3割増といった経営方針を表明した。また2024年5月に行った2023年度決算説明では、全体として受注高、売上高、当期利益は過去最高、特に「航空・防衛・宇宙」部門は受注高が7000億円から2兆円へと3倍近く増加したと報告している。これに続く事業計画説明でも、泉澤社長は「国家安全保障へのニーズの急激な高まりに応えることで事業を拡大する」と言明した。三菱重工の株価は2023年末と比較して2024年6月時点で8割高に達し、PBR(株価純資産倍率)は2倍を超えた。

 川崎重工は防衛省向け受注高を2022年度2628億円から23年度5530億円へと2倍以上伸ばした。同社の主力製品は航空機、ヘリコプター、潜水艦などで、決算説明では防衛省向けが「抜本的な防衛力強化という防衛省の方針のもと、需要増や採算性の改善が期待できる」と記している。IHIは23年度決算説明資料で、防衛省向け航空エンジン・装備品の受注高が2022年度の1156億円から23年度の2684億円へと2.3倍に増加して過去最高を記録、24年度はさらに上回る見通しと説明した。また「成長事業について(民間エンジン・防衛・宇宙事業)」と題する資料では、「防衛力強化」の7つの重点分野を示し、「当社の強みが発揮できる分野に特に大きく予算が割り当て」と期待を滲ませている。

 その他、NEC、三菱電機、日本製鋼所なども受注を伸ばしている。軍事産業の裾野は広く、戦闘機1100社、戦車1300社、艦船8300社にのぼるといわれており、「防衛特需」の影響は多方面に及ぶと想定される。

 

◆際限のない武器輸出へ

 軍拡予算に対応して生産能力を増やした軍事産業は、海外市場への輸出拡大を追求することになる。第二次安倍政権は発足早々、「武器輸出3原則」を「防衛装備移転3原則」へと変更したが、殺傷兵器の輸出に関しては抑制的だった。ところが岸田政権は安保3文書の閣議決定とともに、3原則運用指針の全面的転換へと踏み込み、自民党・公明党の一部議員の検討を経て、23年末には一部殺傷兵器輸出の限定的解禁、さらに24年3月には戦闘機の輸出容認に至った。これには、イギリス・イタリアとの国際共同開発品に限るなどの条件が付与されたが、そんなものは今後いくらでも変更できるだろう。問題は、こうした重要な政策変更を閣議決定のみで進めていることだ。米国などは兵器輸出について議会がチェックする仕組みをもっており、日本も国会にそのような役割をもたせるべきではないか。

 この間、防衛省は軍事産業に働きかけ、内外の兵器展示会・商談会への参加を促してきた。

国内では2022年から在日米軍との取引を想定した商談会「インダストリーデー」を開催、また中小企業の軍事産業関与を狙って「防衛産業参入促進展」を東京・大阪で開いている。

海外では、23年9月、ロンドンで開かれた欧州最大の兵器展示会「DSEI」に日本企業8社が出展、11月にはシドニーで開催された展示会「インド・パシフィック」に初めて日本企業10社が参加した。さらに24年2月の航空機関連展示会「シンガポール・エアショー」に初めてブースを設け、日本から13社が出展した。

 このような防衛省と軍事産業の一体化した武器輸出に向けた動きに対しては、厳しく監視していく必要があろう。   (POLITICAL ECONOMY、264号、2024年7月1日)