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Published: Tuesday, 06 December 2022 15:48
新型コロナによる経済難への対策として各国が財政・金融政策を通じて救済資金を潤沢に供給した結果、世界中に過剰資金が形成され、株価・不動産価格が上昇する一方、政府・民間の債務が膨張することになった。過剰資金の存在を背景に、コロナからの回復過程における需要と供給の不均衡、エネルギー資源と食料の価格高騰、それにロシアのウクライナ侵攻が加わり、インフレの波が世界を襲っている。
迫りくるインフレに対して、米国FRBを先頭に、各国中央銀行は相次ぐ金利引上げで対処しており、引上げ回数は2022年9月までにのべ160回に達したという。金利引上げの影響で、4月から9月にかけて、世界の株式時価総額は24兆ドル(減少率22%)、債券残高は20兆ドル(14%)、合計44兆ドル減少した。これは世界GDPの半分に達する空前の規模だ(日経新聞10月2日)。
低金利から高金利への転換は、過剰な債務を抱えた国家、企業、家計の破綻を招かざるをえない。その本格的発現は2023年になってからと見込まれるが、9月から11月にかけて発生した二つのショックはその先駆けといえる。
一つは9月にイギリスで生じたトラスショックだ。ジョンソン政権から交代したトラス政権は、エネルギー高対策として半年で600億ポンド(9.3兆円)の財政出動、総額450億ポンド(7兆円)と推計される50年ぶりの大型減税を打ち出した。その財源は国債発行しかない。しかし、イングランド銀行はインフレ対策として金利引上げ、国債売却を進めており、これに逆行する財政膨張は金融市場の混乱を招き、長期金利の高騰(国債価格急落)、ポンド暴落を引き起こした。緊急事態に直面してイングランド銀行は売却方針から一転して国債の無制限買入れに踏み切り、ひとまず混乱は収束したが、トラス政権は史上最短の
在任期間で崩壊した。危機の要因には、年金基金の破綻懸念があった。年金基金は低金利下で利益を出すためにリスクのある資産運用を行っており、金利急騰・国債暴落で資金繰りがつかなくなるという事態が進行した。MMT(現代貨幣理論)の破綻がここに現れたといえる。
もう一つは、11月に発生した米国のFTXショックだ。仮想通貨(暗号資産)交換業大手のFTXトレーディングは、杜撰な経営実態が明らかになり、資金繰りに行き詰まって破産に至った。負債総額は現時点で不明だが 100~500億ドル規模と推定されている。これは
仮想通貨業界で過去最大の経営破綻という。担当弁護士は「米国の企業経営史上、最も突然で困難な破綻」と称した(日経新聞11月24日)。FTXには有力なベンチャーキャピタルが出資しており、ソフトバンクもその一つだ。全世界に100万人以上の顧客がいるとされ、影響は仮想通貨業界にとどまらず、金融市場全体に拡大する可能性がある。これも、低金利下で膨らんだバブルが、高金利への移行に伴って崩壊した一例だろう。
日本はどうなのか。日銀はイールドカーブ・コントロール(YCC)という低金利政策を2016年9月から6年も続けているが、すでに消費者物価は今秋連続して目標の2%を超え、10月には3.6%に達した。エネルギー、食料等の輸入品の高騰と日米の金利差拡大による円安が物価上昇の二大要因であり、この対策としての利上げ圧力はかつてなく高まっている。すでに住宅ローン金利は上がり始めている。
日銀は、金利を引き上げた場合、新規国債発行の困難、既発国債の価格下落による日銀・民間銀行・保険会社・年金基金等の財務内容の悪化が生じることを懸念して、政策転換ができない。出るに出られない袋小路に追い込まれている。しかしいつまでも動かないわけにはいかず、近い将来、YCCを少し手直しして、若干の金利引上げに踏み切らざるをえないだろう。そのタイミングは最も早ければ2023年4月、黒田総裁が次の総裁に交代する時点と考えられる。
その時何が起きるのか。よほどうまく切り替えなければ、投機的な円・国債の売り浴びせが生じ、債券と為替の急落、さらには株式市場の混乱が起こりうる。日銀には当座預金付利が保有国債からの受取利子を上回る逆ザヤが生じうる。また国債価格の下落は日銀・民間銀行・保険会社の資産構成を悪化させるだろう。日本財政と円への信認が低下し、資本の海外逃避によって円安が一段と進行、輸入インフレが激化する可能性がある。
円安の度合いは、経常収支の見通しにかかっている。経常収支黒字の存在が、巨額債務を抱える日本財政と日本円に対する信頼をこれまでつなぎ止めてきた。しかし、日本経済の輸出力は低下しつつあり、この先貿易赤字の拡大が所得収支の黒字(海外投資収益の還流)をもってしてもカバーしきれなくなれば、実力の低下した日本経済に厳しい試練が訪れるかもしれない。経常収支黒字を維持するために、長期的にエネルギーと食料の自給度を高めていくことが必要だろう。 (Political Economy, No.226、2022年12月1日)
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Published: Sunday, 27 February 2022 13:16
ポストコロナはインフレ、そしてスタグフレーションの時代か?
2022年2月27日
◆世界はインフレに突入
日本の物価上昇が止まらない。ハム、マヨネーズ、食パン、カップ麺等の食料品、ティッシュペーパー等の日用品、そしてガソリンなど、多くの商品の小売価格が値上げまたは値上げ予定となっている。消費者物価指数(生鮮食品を除く総合指数、コアCPI)は、2021年12月に前年同月比0.5%、22年1月0.2%上昇し、5カ月連続のプラスとなった。通信料(携帯電話料金)の大幅値下げの影響が消える4月には、日銀が目標とする2%を超えるかもしれない。
消費者物価指数の上昇に先立って、企業物価指数が歴史的高水準を記録している。2021年を通じて上昇率は過去最大の4.8%、3月以降は11カ月連続プラス、11月は前年同月比9.2%(41年ぶり)、12月8.5%、2022年1月8.6%と高止まりとなっている。これに対して企業はこれまでは、仕入れ費用の上昇を小売価格に転嫁すると売上が落ちることを危惧し、利益を削って内部で吸収してきたが、それも限界にきたということだろう。
企業物価指数の高騰は輸入物価指数の急上昇の反映である。輸入物価指数の上昇率は、2021年を通じて22.7%、年末の11月、12月とも40%以上、22年1月37.5%ときわめて高い水準を続けている。
現在のところ、日本の消費者物価指数は目標の2%に届かず、世界的にみれば依然として低い水準にあるが、米国は40年ぶりの激しいインフレに見舞われつつある。2021年初頭からの物価上昇は、当初はコロナ禍の需給不均衡による一時的な現象とみられていたところ、消費者物価指数(総合)は目標の2%を超えて上がり続け、12月に7.0%、2022年1月に7.5%に達した。
欧州もまた米国から遅れながらも後を追う動きを示しており、2022年1月には過去最高の5.1%に達した。イギリスのCPIは2022年1月に5.5%に上昇し、30年ぶりの高さに達した。OECD加盟国平均でみても30年ぶりとなる歴史的なインフレの到来といえる。
◆インフレ要因は複合的
世界的な物価上昇の要因はコロナ禍に起因する需給不均衡と、より長期的な気候変動の影響との複合であり、一時的な現象にとどまらない。したがって、ワクチンの普及によってコロナの流行が下火になったとしても、単純に元に戻るとは思われない。
確かにきっかけはコロナによる供給不足(物流の停滞、サプライチェーンの分断など)だった。影響は原油、金属、穀物等の国際商品にも及び、19品目総合指数は2021年の1年間で5割近く上昇し1995年以降で最大の上げ幅となった。
なかでも原油価格の上昇は目立っており、2021年1月に1バレル50ドル(WTI原油先物)だったのが、ウクライナ危機の影響も加わって2022年2月末には100ドルを突破するほどに跳ね上がった。コロナによる需要減少を見込んで産油国が協調減産を行って供給量を絞った結果だが、需要回復に見合った産出量の回復が生じていない。そこには長期的な脱炭素潮流を見込んで、産油国が開発投資に消極的になることが影響している。
穀物等の農産物価格の上昇も、コロナ禍の労働者不足による減産と、気候危機による不作が重なったものだ。たとえば、ブラジルは90年ぶりの少雨によってトウモロコシの減産に見舞われた。米国とカナダは夏の熱波(高温乾燥)によって小麦の減産を余儀なくされた。さらに、脱炭素に向けたバイオ燃料需要の増加も大豆や砂糖の価格を押し上げている。
こうした世界的なインフレ要因に加えて、特に米国では労働力供給の逼迫による賃金上昇が注目される。米国の失業率は2020年の7%台から2021年12月3.9%へと低下した。2022年1月の平均時給上昇率は前年同月比5.7%上昇、これはデータが残る2006年以降で最高に近い数字だという。景気回復を見越して、高賃金を求める自発的離職者が400万人を超え、求人と採用のギャップが拡大している。こうした高インフレ要因が、FRBの金利引上げへの圧力となっている。
一方日本では、円安が輸入物価の上昇を招き、重要なインフレ要因となっている。円相場は2021年1月に104円前後であったのが、2022年1月には115円まで下落、さらに下がるかもしれない。輸入物価の上昇は輸入企業によって吸収される傾向があるが、さすがにそれにも限度があり、次第に消費者物価に反映するようになっていく。
◆米国金融政策の転換とその衝撃
インフレを放置すると政治危機を招く可能性がある。FRB(連邦準備制度理事会)の2021年夏ごろの認識は、インフレは一過性のものであって、いずれ供給サイドが回復して落ち着くというものだった。ところが、21年末になるとFRBの認識に変化が生じ、供給制約、労働力不足は長期化し、物価と賃金が並行して上昇する本格的なインフレモードに入ったと判断するようになった。2022年1月、FRBは金融政策の大転換を表明、70年代末のボルカー議長時代以来40年ぶりのインフレ抑制政策の導入に踏み切った。
政策金利は2022年3月から連続して引き上げる予定という。政策金利はリーマンショック後のゼロ金利政策が2015年に終了し、小刻みに2.5%まで引き上げられてきたが、コロナ禍で再びゼロ金利(0~0.25%)に回帰していた。3月から段階的に利上げを繰り返し、2022年中に5回、1.25%程度引き上げると予想されている。
一方、国債や住宅ローン担保証券を買い上げる量的緩和政策は、リーマン危機後に導入され、2017年にようやく資産縮小に向かったが、2020年3月に再び量的緩和に進み、FRBの 総資産は19年末4兆ドルが22年1月には9兆ドルへと膨脹した。資産購入量は21年11月から削減に着手し、22年3月終了したのち、7月からは資産の圧縮に取り組むとされている。
インフレ抑制政策は、強すぎれば景気を落ち込ませ、バブル状態の金融市場を攪乱させる。しかし、弱すぎればインフレを阻止できず、政治の側から強い圧力がかかってくる。景気を持続させつつインフレを抑制することは至難の業といえる。
金融引締め政策の影響は多方面に及ぶ。第一に、長期金利の上昇(債券価格の下落)を招き、債券市場を冷え込ませる。特に低金利下の米国では、低格付け社債の発行が、2020年5700億ドル、2021年6700億ドルと過去最高の規模に達し、バブル状況になっている。金利が引き上げられれば、数年後に訪れる借換が困難になるし、変動金利が組み込まれている場合は債務不履行になるリスクがある。
第二に、株式市場が暴落するリスクがある。将来の株価上昇に過剰に期待してバブルになっていたハイテク株は、すでに値下がりを開始している。株式市場の混乱は実体経済に波及していくだろう。世界的にみてもコロナによる財政出動、金融緩和によって株式市場は水ぶくれし、株式時価総額はコロナ前の80億ドル台が2021年末には119億ドルまで膨脹しており、下落は避けられそうもない。
第三に、米国の金利上昇は、ドル債務を抱える新興国の利払負担を増やすとともに、資金流出を招き、通貨安、輸入物価上昇を通じてインフレを増幅する。新興国の抱える債務は、前回FRBが利上げした2015年に54.2兆ドルだったが、21年9月には92.6兆ドルに膨張している。資金流出を抑制するため、すでにブラジル、ロシア、メキシコ、インドネシア、南アフリカなどは金利の引き上げに踏み切っているが、これは国内経済を冷え込ませるだろう。
欧州もまた金融政策の転換に踏み切りつつある。イギリスは消費者物価指数が21年12月5.4%、22年1月5.5%と30年ぶりの高水準を記録し、イングランド銀行は21年12月に政策金利を0.15%、続いて2月に0.25%引き上げた。景気回復が鈍いユーロ圏でも物価上昇率が21年12月5.0%、22年1月、5.1%とユーロ発足以来最高の水準に達した。欧州中央銀行はFRBよりも慎重な構えだが、債券の緊急買取政策を3月で打切り、以後は購入量を段階的に減らしていく。政策金利の引き上げも2022年中に開始となる見通しだ。
◆日銀はどうするのか
日銀は物価目標2%を掲げ、2016年9月から長短金利操作付き量的・質的緩和政策を導入し、短期金利はマイナス0.1%、長期金利(10年物国債)は0%近辺(変動幅は上下0.25%)、資産購入は国債年間80兆円、ETF(上場投資信託)12兆円と設定してきた。しかし、一向に効果が現れないなかで、副作用が目立つようになってきている。
量的緩和政策はその限界を露呈させており、2021年末の国債保有残高は前年比14兆円減少(2008年以来13年ぶり)、ETF買入額は前年の8分の1に縮小した。政策の軸足は金利操作に移っているが、そこにインフレ、金利上昇圧力が押し寄せ、金融緩和政策の転換を迫られている。
ただし黒田日銀総裁は、物価目標2%の達成はまだ遠い先のこととして、緩和政策の転換を強く否定している。長期金利上昇の圧力に対しては、10年物国債を利回り0.25%で無制限に購入する(指値オペ)という強硬な金利抑圧策を繰り出した(2月14日)。中央銀行が長期金利をどこまで制御できるのか、未知の領域である。日銀は10年物以外の国債に同様の策をとるわけではないので、債券市場全体がどのように動いていくのか、きわめて不透明な状況になりつつある。
もしこの先、物価水準が2%に達したとして、日銀はどうするのだろうか。おそらく金利引上げにはきわめて消極的だろう。金利上昇は、低金利状態に慣れてしまった政府、金融機関に衝撃を与える。金利1%上昇により政府の国債費は3.8兆円増加、金融機関保有債券は9兆円の評価損をもたらすという推計もある(日経21年12月25日)。日銀自身も400兆円を上回る国債価格下落によってバランスシートの悪化が不可避となる。株価も当然大幅に下落し、景気は冷え込むだろう。
とはいえ、金融政策を変えないままでは、米欧の高金利への転換のため、金利差が拡大し、日本からの資金流出、円安の加速が生じる可能性がある。そうなれば輸入物価は一段と上昇し、国内のインフレを増幅させる。今後、一定の名目賃金上昇があるとしても、それが物価上昇に追いつかないならば、実質賃金の下落をもたらし、日本経済は不況下のインフレ、スタグフレーションに陥るかもしれない。
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Published: Friday, 17 January 2020 10:22
6月18日にフェイスブックが新しい仮想通貨リブラの構想を公表し、2020年前半の運用開始を宣言して以来、その成り行きに注目が集まっている。2009年に登場したビットコイン以降、世界では2000種類以上(時価総額3000億ドル)の仮想通貨が発行されたというが、大半は狭い範囲での流通であり、既存の金融システムへの影響は限られていた。
しかし、リブラ(古代ローマ帝国の通貨名称)は従来の仮想通貨とは決定的に異なる性格をもっている。第一に、発行主体が巨大企業の集合であり、多数の利用者が見込まれる。世界27億人のユーザーをもつフェイスブックを中心に、決済業界最大手のビザ、マスターカード、ペイパル、さらにライドシェアのウーバーテクノロジーズ、音楽配信のスポティファイ等が参加するという。ビットコインなどは不特定多数の分散型ネットワーク(パブリック・ブロックチェーン)で送金コストを下げているが、リブラは加盟社のネットワーク(プライベート・ブロックチェーン)を用いる。
第二に、通貨価値の安定を図るために、ドル、ユーロなどの準備金に裏づけられた発行をする(ステープルコイン)。これによって、投機的商品となっていたビットコインとは異なり、流通範囲が広がる。金融庁は、価値の裏づけのない仮想通貨を法定通貨(または法定通貨建て資産)でない一種の金融資産とみていたが(従って暗号資産と命名)、法定通貨とのリンクが確認できれば、仮想通貨とは異なるデジタル通貨として扱われることになろう。
リブラ構想の発表に対する通貨当局の反応は迅速だった。米下院金融サービス委員会の委員長は直ちに、議会・当局の審査が必要であり、開発停止を求めるとの声明を発した。イングランド銀行のカーニー総裁は高度の規制が必要と述べ、FRBのパウエル議長は、審査には1年以上かかると発言した。金融安定理事会(FSB)の議長は、6月のG20サミット参加の各国首脳に、高い基準の規制の検討を要請した。国際決済銀行(BIS)の報告書は、巨大IT企業の金融業進出に対する包括的検討の必要性を指摘した。G20、G7の財務相・中央銀行総裁会議でも問題が提起され、IMFは7月半ばにデジタル通貨に関する報告書を作成した。
このような当局のすばやい反応は、リブラのインパクトの大きさを物語っている。提起されている懸念は多岐に渡るが、整理すると次の4点になる。
第一に、匿名取引の問題である。資金洗浄、脱税等の不正防止には、取引の本人確認が必要だが、リブラではそこに抜け道が生じるとする。
第二に、個人情報保護への懸念である。フェイスブックは大量の個人情報を流出させた「前科」があるだけに、資金移動に関する情報流出の懸念が拭えない。
第三に、金融業界の送金、決済業務が奪われ、やがては預金、融資なども侵食される可能性、またリブラが通貨発行益を得るとすれば、中央銀行の通貨発行益が侵食されてしまう。
第四に、金融システムへの影響である。無利子のリブラの流通量が増大すれば、通貨当局の金融政策の有効性が損なわれ、またインフレの進行が予測される国から大規模な資本逃避が生じる可能性もある。
今後、各国政府・通貨当局は連携してリブラ発行への規制策を策定していく。フェイスブックはこれへの協力を表明している。規制と効率・コストとは両立しないが、いずれ妥協が成立するだろう。
その先の世界を考える場合、二つの点に注目しておきたい。第一は、IT業界と金融業界にまたがるデジタル通貨競争の激化である。そのなかでリブラが勝ち進んでいくならば、まずは国境を越える小口の送金、決済の分野で支配的シェアをとる。それは既存の金融業務の一部への進出にすぎないが、そこで優位に立てば、次に預金・貸出業務にも進出し、中央銀行の統制が及ばない存在になりうる。そうなると金融政策が機能しなくなり、中央銀行の歴史的役割が終わる世界が到来するという事態も、あながち夢物語とはいえなくなるだろう(岩村允『中央銀行が終わる日』)。
第二は、ドル基軸体制からSDR基軸体制への転換である。リブラ構想が注目されるのは、その価値を維持するために、主要通貨のバスケット、つまりSDRを想定している点である。ドルに代わり、SDRを国際通貨システムの基軸にすえるべきだとする意見は、リーマンショック後に、IMF、中国などが唱えてきた。それに加えて、イングランド銀行のカーニー総裁も、8月のジャクソンホール会議(各国中央銀行総裁が参加)において同趣旨の提起を行った。ドルの過剰発行による世界的な金融不安、株価の乱高下、金価格上昇が続く中、リブラはドル体制からSDR体制への転轍機の役割を果たすかもしれない。トランプはリブラについて「支持や信頼性はほとんど得られないだろう」として、ドルが一番と発言したが、ドル体制の終焉を直感したからではないだろうか。
(Political Economy 148号、2019年8月8日)