- Details
-
Published: Tuesday, 06 December 2022 15:48
新型コロナによる経済難への対策として各国が財政・金融政策を通じて救済資金を潤沢に供給した結果、世界中に過剰資金が形成され、株価・不動産価格が上昇する一方、政府・民間の債務が膨張することになった。過剰資金の存在を背景に、コロナからの回復過程における需要と供給の不均衡、エネルギー資源と食料の価格高騰、それにロシアのウクライナ侵攻が加わり、インフレの波が世界を襲っている。
迫りくるインフレに対して、米国FRBを先頭に、各国中央銀行は相次ぐ金利引上げで対処しており、引上げ回数は2022年9月までにのべ160回に達したという。金利引上げの影響で、4月から9月にかけて、世界の株式時価総額は24兆ドル(減少率22%)、債券残高は20兆ドル(14%)、合計44兆ドル減少した。これは世界GDPの半分に達する空前の規模だ(日経新聞10月2日)。
低金利から高金利への転換は、過剰な債務を抱えた国家、企業、家計の破綻を招かざるをえない。その本格的発現は2023年になってからと見込まれるが、9月から11月にかけて発生した二つのショックはその先駆けといえる。
一つは9月にイギリスで生じたトラスショックだ。ジョンソン政権から交代したトラス政権は、エネルギー高対策として半年で600億ポンド(9.3兆円)の財政出動、総額450億ポンド(7兆円)と推計される50年ぶりの大型減税を打ち出した。その財源は国債発行しかない。しかし、イングランド銀行はインフレ対策として金利引上げ、国債売却を進めており、これに逆行する財政膨張は金融市場の混乱を招き、長期金利の高騰(国債価格急落)、ポンド暴落を引き起こした。緊急事態に直面してイングランド銀行は売却方針から一転して国債の無制限買入れに踏み切り、ひとまず混乱は収束したが、トラス政権は史上最短の
在任期間で崩壊した。危機の要因には、年金基金の破綻懸念があった。年金基金は低金利下で利益を出すためにリスクのある資産運用を行っており、金利急騰・国債暴落で資金繰りがつかなくなるという事態が進行した。MMT(現代貨幣理論)の破綻がここに現れたといえる。
もう一つは、11月に発生した米国のFTXショックだ。仮想通貨(暗号資産)交換業大手のFTXトレーディングは、杜撰な経営実態が明らかになり、資金繰りに行き詰まって破産に至った。負債総額は現時点で不明だが 100~500億ドル規模と推定されている。これは
仮想通貨業界で過去最大の経営破綻という。担当弁護士は「米国の企業経営史上、最も突然で困難な破綻」と称した(日経新聞11月24日)。FTXには有力なベンチャーキャピタルが出資しており、ソフトバンクもその一つだ。全世界に100万人以上の顧客がいるとされ、影響は仮想通貨業界にとどまらず、金融市場全体に拡大する可能性がある。これも、低金利下で膨らんだバブルが、高金利への移行に伴って崩壊した一例だろう。
日本はどうなのか。日銀はイールドカーブ・コントロール(YCC)という低金利政策を2016年9月から6年も続けているが、すでに消費者物価は今秋連続して目標の2%を超え、10月には3.6%に達した。エネルギー、食料等の輸入品の高騰と日米の金利差拡大による円安が物価上昇の二大要因であり、この対策としての利上げ圧力はかつてなく高まっている。すでに住宅ローン金利は上がり始めている。
日銀は、金利を引き上げた場合、新規国債発行の困難、既発国債の価格下落による日銀・民間銀行・保険会社・年金基金等の財務内容の悪化が生じることを懸念して、政策転換ができない。出るに出られない袋小路に追い込まれている。しかしいつまでも動かないわけにはいかず、近い将来、YCCを少し手直しして、若干の金利引上げに踏み切らざるをえないだろう。そのタイミングは最も早ければ2023年4月、黒田総裁が次の総裁に交代する時点と考えられる。
その時何が起きるのか。よほどうまく切り替えなければ、投機的な円・国債の売り浴びせが生じ、債券と為替の急落、さらには株式市場の混乱が起こりうる。日銀には当座預金付利が保有国債からの受取利子を上回る逆ザヤが生じうる。また国債価格の下落は日銀・民間銀行・保険会社の資産構成を悪化させるだろう。日本財政と円への信認が低下し、資本の海外逃避によって円安が一段と進行、輸入インフレが激化する可能性がある。
円安の度合いは、経常収支の見通しにかかっている。経常収支黒字の存在が、巨額債務を抱える日本財政と日本円に対する信頼をこれまでつなぎ止めてきた。しかし、日本経済の輸出力は低下しつつあり、この先貿易赤字の拡大が所得収支の黒字(海外投資収益の還流)をもってしてもカバーしきれなくなれば、実力の低下した日本経済に厳しい試練が訪れるかもしれない。経常収支黒字を維持するために、長期的にエネルギーと食料の自給度を高めていくことが必要だろう。 (Political Economy, No.226、2022年12月1日)
- Details
-
Published: Sunday, 27 February 2022 13:16
ポストコロナはインフレ、そしてスタグフレーションの時代か?
2022年2月27日
◆世界はインフレに突入
日本の物価上昇が止まらない。ハム、マヨネーズ、食パン、カップ麺等の食料品、ティッシュペーパー等の日用品、そしてガソリンなど、多くの商品の小売価格が値上げまたは値上げ予定となっている。消費者物価指数(生鮮食品を除く総合指数、コアCPI)は、2021年12月に前年同月比0.5%、22年1月0.2%上昇し、5カ月連続のプラスとなった。通信料(携帯電話料金)の大幅値下げの影響が消える4月には、日銀が目標とする2%を超えるかもしれない。
消費者物価指数の上昇に先立って、企業物価指数が歴史的高水準を記録している。2021年を通じて上昇率は過去最大の4.8%、3月以降は11カ月連続プラス、11月は前年同月比9.2%(41年ぶり)、12月8.5%、2022年1月8.6%と高止まりとなっている。これに対して企業はこれまでは、仕入れ費用の上昇を小売価格に転嫁すると売上が落ちることを危惧し、利益を削って内部で吸収してきたが、それも限界にきたということだろう。
企業物価指数の高騰は輸入物価指数の急上昇の反映である。輸入物価指数の上昇率は、2021年を通じて22.7%、年末の11月、12月とも40%以上、22年1月37.5%ときわめて高い水準を続けている。
現在のところ、日本の消費者物価指数は目標の2%に届かず、世界的にみれば依然として低い水準にあるが、米国は40年ぶりの激しいインフレに見舞われつつある。2021年初頭からの物価上昇は、当初はコロナ禍の需給不均衡による一時的な現象とみられていたところ、消費者物価指数(総合)は目標の2%を超えて上がり続け、12月に7.0%、2022年1月に7.5%に達した。
欧州もまた米国から遅れながらも後を追う動きを示しており、2022年1月には過去最高の5.1%に達した。イギリスのCPIは2022年1月に5.5%に上昇し、30年ぶりの高さに達した。OECD加盟国平均でみても30年ぶりとなる歴史的なインフレの到来といえる。
◆インフレ要因は複合的
世界的な物価上昇の要因はコロナ禍に起因する需給不均衡と、より長期的な気候変動の影響との複合であり、一時的な現象にとどまらない。したがって、ワクチンの普及によってコロナの流行が下火になったとしても、単純に元に戻るとは思われない。
確かにきっかけはコロナによる供給不足(物流の停滞、サプライチェーンの分断など)だった。影響は原油、金属、穀物等の国際商品にも及び、19品目総合指数は2021年の1年間で5割近く上昇し1995年以降で最大の上げ幅となった。
なかでも原油価格の上昇は目立っており、2021年1月に1バレル50ドル(WTI原油先物)だったのが、ウクライナ危機の影響も加わって2022年2月末には100ドルを突破するほどに跳ね上がった。コロナによる需要減少を見込んで産油国が協調減産を行って供給量を絞った結果だが、需要回復に見合った産出量の回復が生じていない。そこには長期的な脱炭素潮流を見込んで、産油国が開発投資に消極的になることが影響している。
穀物等の農産物価格の上昇も、コロナ禍の労働者不足による減産と、気候危機による不作が重なったものだ。たとえば、ブラジルは90年ぶりの少雨によってトウモロコシの減産に見舞われた。米国とカナダは夏の熱波(高温乾燥)によって小麦の減産を余儀なくされた。さらに、脱炭素に向けたバイオ燃料需要の増加も大豆や砂糖の価格を押し上げている。
こうした世界的なインフレ要因に加えて、特に米国では労働力供給の逼迫による賃金上昇が注目される。米国の失業率は2020年の7%台から2021年12月3.9%へと低下した。2022年1月の平均時給上昇率は前年同月比5.7%上昇、これはデータが残る2006年以降で最高に近い数字だという。景気回復を見越して、高賃金を求める自発的離職者が400万人を超え、求人と採用のギャップが拡大している。こうした高インフレ要因が、FRBの金利引上げへの圧力となっている。
一方日本では、円安が輸入物価の上昇を招き、重要なインフレ要因となっている。円相場は2021年1月に104円前後であったのが、2022年1月には115円まで下落、さらに下がるかもしれない。輸入物価の上昇は輸入企業によって吸収される傾向があるが、さすがにそれにも限度があり、次第に消費者物価に反映するようになっていく。
◆米国金融政策の転換とその衝撃
インフレを放置すると政治危機を招く可能性がある。FRB(連邦準備制度理事会)の2021年夏ごろの認識は、インフレは一過性のものであって、いずれ供給サイドが回復して落ち着くというものだった。ところが、21年末になるとFRBの認識に変化が生じ、供給制約、労働力不足は長期化し、物価と賃金が並行して上昇する本格的なインフレモードに入ったと判断するようになった。2022年1月、FRBは金融政策の大転換を表明、70年代末のボルカー議長時代以来40年ぶりのインフレ抑制政策の導入に踏み切った。
政策金利は2022年3月から連続して引き上げる予定という。政策金利はリーマンショック後のゼロ金利政策が2015年に終了し、小刻みに2.5%まで引き上げられてきたが、コロナ禍で再びゼロ金利(0~0.25%)に回帰していた。3月から段階的に利上げを繰り返し、2022年中に5回、1.25%程度引き上げると予想されている。
一方、国債や住宅ローン担保証券を買い上げる量的緩和政策は、リーマン危機後に導入され、2017年にようやく資産縮小に向かったが、2020年3月に再び量的緩和に進み、FRBの 総資産は19年末4兆ドルが22年1月には9兆ドルへと膨脹した。資産購入量は21年11月から削減に着手し、22年3月終了したのち、7月からは資産の圧縮に取り組むとされている。
インフレ抑制政策は、強すぎれば景気を落ち込ませ、バブル状態の金融市場を攪乱させる。しかし、弱すぎればインフレを阻止できず、政治の側から強い圧力がかかってくる。景気を持続させつつインフレを抑制することは至難の業といえる。
金融引締め政策の影響は多方面に及ぶ。第一に、長期金利の上昇(債券価格の下落)を招き、債券市場を冷え込ませる。特に低金利下の米国では、低格付け社債の発行が、2020年5700億ドル、2021年6700億ドルと過去最高の規模に達し、バブル状況になっている。金利が引き上げられれば、数年後に訪れる借換が困難になるし、変動金利が組み込まれている場合は債務不履行になるリスクがある。
第二に、株式市場が暴落するリスクがある。将来の株価上昇に過剰に期待してバブルになっていたハイテク株は、すでに値下がりを開始している。株式市場の混乱は実体経済に波及していくだろう。世界的にみてもコロナによる財政出動、金融緩和によって株式市場は水ぶくれし、株式時価総額はコロナ前の80億ドル台が2021年末には119億ドルまで膨脹しており、下落は避けられそうもない。
第三に、米国の金利上昇は、ドル債務を抱える新興国の利払負担を増やすとともに、資金流出を招き、通貨安、輸入物価上昇を通じてインフレを増幅する。新興国の抱える債務は、前回FRBが利上げした2015年に54.2兆ドルだったが、21年9月には92.6兆ドルに膨張している。資金流出を抑制するため、すでにブラジル、ロシア、メキシコ、インドネシア、南アフリカなどは金利の引き上げに踏み切っているが、これは国内経済を冷え込ませるだろう。
欧州もまた金融政策の転換に踏み切りつつある。イギリスは消費者物価指数が21年12月5.4%、22年1月5.5%と30年ぶりの高水準を記録し、イングランド銀行は21年12月に政策金利を0.15%、続いて2月に0.25%引き上げた。景気回復が鈍いユーロ圏でも物価上昇率が21年12月5.0%、22年1月、5.1%とユーロ発足以来最高の水準に達した。欧州中央銀行はFRBよりも慎重な構えだが、債券の緊急買取政策を3月で打切り、以後は購入量を段階的に減らしていく。政策金利の引き上げも2022年中に開始となる見通しだ。
◆日銀はどうするのか
日銀は物価目標2%を掲げ、2016年9月から長短金利操作付き量的・質的緩和政策を導入し、短期金利はマイナス0.1%、長期金利(10年物国債)は0%近辺(変動幅は上下0.25%)、資産購入は国債年間80兆円、ETF(上場投資信託)12兆円と設定してきた。しかし、一向に効果が現れないなかで、副作用が目立つようになってきている。
量的緩和政策はその限界を露呈させており、2021年末の国債保有残高は前年比14兆円減少(2008年以来13年ぶり)、ETF買入額は前年の8分の1に縮小した。政策の軸足は金利操作に移っているが、そこにインフレ、金利上昇圧力が押し寄せ、金融緩和政策の転換を迫られている。
ただし黒田日銀総裁は、物価目標2%の達成はまだ遠い先のこととして、緩和政策の転換を強く否定している。長期金利上昇の圧力に対しては、10年物国債を利回り0.25%で無制限に購入する(指値オペ)という強硬な金利抑圧策を繰り出した(2月14日)。中央銀行が長期金利をどこまで制御できるのか、未知の領域である。日銀は10年物以外の国債に同様の策をとるわけではないので、債券市場全体がどのように動いていくのか、きわめて不透明な状況になりつつある。
もしこの先、物価水準が2%に達したとして、日銀はどうするのだろうか。おそらく金利引上げにはきわめて消極的だろう。金利上昇は、低金利状態に慣れてしまった政府、金融機関に衝撃を与える。金利1%上昇により政府の国債費は3.8兆円増加、金融機関保有債券は9兆円の評価損をもたらすという推計もある(日経21年12月25日)。日銀自身も400兆円を上回る国債価格下落によってバランスシートの悪化が不可避となる。株価も当然大幅に下落し、景気は冷え込むだろう。
とはいえ、金融政策を変えないままでは、米欧の高金利への転換のため、金利差が拡大し、日本からの資金流出、円安の加速が生じる可能性がある。そうなれば輸入物価は一段と上昇し、国内のインフレを増幅させる。今後、一定の名目賃金上昇があるとしても、それが物価上昇に追いつかないならば、実質賃金の下落をもたらし、日本経済は不況下のインフレ、スタグフレーションに陥るかもしれない。
- Details
-
Published: Saturday, 02 November 2024 15:32
2023年11月、国連総会(第二委員会)において「国連における包摂的かつ効果的な国際租税協力の促進」と題するナイジェリア提案が、賛成125、反対48、棄権9で採択された。賛成したのはアフリカ・アジア・中南米の途上国(グローバルサウス)、反対したのは日本を含む先進国(OECD諸国)だ。国際課税制度はこれまでOECDがルール形成を主導してきたが、ナイジェリア提案は「国際租税協力枠組条約」を創設し、国連のもとに国際課税ルールを形成することを意図している。この国連決議は国際課税制度構築の主導権の歴史的転換を意味するかもしれない。
以下では、国際課税制度の歴史的変遷をたどり、今回の決議の背景と意義を検討したうえで、今後の見通しを述べていきたい。
◆租税条約に関する二つのモデル
「国際租税協力枠組条約」は、気候変動枠組条約の国際租税版であり、目標・原則などの大枠を取極め、具体的な内容は政府間交渉による議定書作成を通じて決定するという二段構えの条約形式だ。そこでまず、国際課税問題を扱う基本形態である租税条約の歴史を簡単にふりかえっておこう。
経済活動の国境を越えた展開、先進国から途上国への資本輸出の増大とともに、多国籍企業への課税が1国の範囲を超える問題が生じる。途上国への事業投資の利益について、企業本社所在国(先進国)と投資先(途上国)がそれぞれ課税するという「二重課税問題」が発生する。この問題を調整するため、2国間の租税条約が締結されることになる。
20世紀前半、国際連盟の時代に租税条約のモデルが提示された。当初は多国間条約モデルが模索されたが成立せず、1928年に2国間租税条約のマドリード・モデルが成立した。しかし、これは先進国優位のモデルであったため、途上国は対抗して1943年にメキシコ・モデルを成立させた。
このように国際課税ルールをめぐる対抗は早くも国際連盟のなかで生じていたが、第二次大戦後、先進国はOECD、途上国は国連を基盤としながら、一面では連携しつつ他面では対抗する状態に入っていく。主導権を握ったのはOECDだった。1963年、OECD財政委員会は「所得及び資本に関するモデル租税条約」を提示した。これに対して途上国は1970年代に入るとパワーを増大させ、1974年国連総会での「新国際経済秩序」宣言、その流れで1980年国連租税条約モデルの公表に至る。
冷戦終結後、経済(金融)グローバル化の進展とともに、多国籍企業や富裕層のタックスヘイブンを利用した租税逃れが活発になっていく。各国の税制の違いを利用して課税の抜け穴を見つけ出し、どこからも課税されない「二重非課税問題」の発生だ。OECD租税委員会は1998年、「有害な租税競争」と題する報告を作成し、悪質なタックスヘイブンのリストを公表して租税逃れ対策を強化していく。
それに加えてOECDは、途上国を巻き込んで税務行政の国際的ネットワーク構築に取り組んだ。第一に、1988年成立の税務行政執行共助条約であり、各国税務当局が連携して国境を越える納税者に関する税務情報の共有、文書送達、徴税代行などを行う仕組みを整えていった。第二に、「租税の透明性と情報交換に関するグローバル・フォーラム」の形成であり、2006年発足以降拡大を続け、いまや160カ国・地域の参加のもと、税務情報交換制度の強化、各国別審査や支援などに取り組んでいる。第三に、金融口座情報の自動交換制度であり、各国税務当局間で共通の報告基準に基づいて非居住者の口座情報を共有できるシステムが2014年G20サミットで承認された。
こうした課税権力の国境を越えた連携は、国際課税制度の構造的転換に向けた基盤づくりの意義をもつといえる。
◆OECDのBEPSプロジェクトの展開
21世紀に入り、デジタル技術を駆使したGAFAなどのグローバル企業が急成長していく。インターネットを通じて国境を超えた情報サービスを提供し、高収益をあげていく新産業に対して、従来の製造業をベースにした国際課税制度は有効な対応ができず、各国の税務当局は連携して対策を講じる必要に迫られていく。
特に2008年のリーマンショック、それに続くユーロ危機のなかで、巨額の利益を計上しながら巧妙な課税逃れスキームを構築し、納税額がきわめて少ないグローバル企業に対する批判が強まっていく。税負担の不公平、格差の拡大、税収逸失額の増加を放置できなくなったOECD租税委員会は、国際課税制度の大がかりな見直し作業に着手する。それが2012年にスタートするBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトだ。OECDは先進国だけのグループであるため新興国・途上国を巻き込む必要があり、BEPSはOECDとG20の共同プロジェクトに格上げされ、約40カ国の参加のもと急ピッチで行動計画の策定が進展した。その結果、2015年には15項目の行動計画をまとめた最終報告書が公表され、G20サミットで承認された。
15項目の行動計画は、デジタル経済への対応(行動1)、租税回避を防止する国際的ルールの統一化・明確化(行動2~10、従来から存在する外国子会社合算税制・移転価格税制等の再定義)、多国籍企業情報の収集・開示・文書化(行動11~13)、相互協議・多国間条約(行動14~15)に大別される。このなかで注目されるのは、多国籍企業グループの経営実績(売上高、利益、従業員数、納税額等)の国別報告書作成だ。これは課税逃れの実態把握にとって重要な情報の提供という意義がある。
BEPS行動計画全体は比較的短期間にまとめられたが、肝心のデジタル経済への対応(行動1)は積み残しとなった。そこで2016年、デジタル企業への新たな課税制度を創出すべく、参加国・地域を約140に広げ、「BEPS包摂的枠組」(BEPS2.0)が開始された。OECD事務局は、各国の様々な提案を集約し、論点整理をしたうえで2本柱の新しい国際課税制度の提案を行った。
第1の柱はデジタルサービスを消費する市場国への一定の課税権の配分だ。従来のルールでは事業所・支店などの物理的拠点が存在しない国には課税権はないという原則だったが、デジタル経済の時代には拠点のない市場国も一定の課税権をもつとした。対象となる企業は、年間売上高200億ユーロ超かつ利益率10%超のグローバル企業(約100社)に限定し、通常の利益率とみなされる10%を超える超過利益について、その25%を売上高に応じて各市場国に課税権を配分した。
第2の柱は世界の法人税率を実質15%以上とするグローバル・ミニマム課税だ。対象は売上高7.5億ユーロ以上の多国籍企業(約1000社)で、仮に子会社が税率15%以下の軽課税国で納税したとしても、15%との差額は親会社から徴収することにし、タックスヘイブンの利用を無意味にする。これによって国際的な法人税切下げ競争に一定の歯止めをかける意義がある。
2本柱の提案は各国政府・関係団体の意見をふまえ、2021年10月に最終合意となった。それに続くプロセスをみると、第2の柱は実施に向けて動きつつあるが、第1の柱は米国議会の反対が強く、米国が不参加となれば成立しないことになる。多国間条約の締結予定期限は過ぎており、このままでは不成立に終わるかもしれない。
◆SDGsと国際課税の結合
BEPS2.0は140カ国・地域に拡大した「包摂的枠組」だが、途上国は概して批判的だ。手続面では課題設定、意思決定がOECD主導で行われ、途上国が実質的に関与できない、実体面では途上国にメリットが少なく、ルールが複雑すぎて実施できないといった点だ。
それゆえ途上国は、国連によるより包括的な国際課税ルールの創出を目指すことになる。日本では国際課税問題といえばOECD主導のデジタル課税のことだと思われているようだが、国連を舞台とするルール作りの胎動が生じている点に注目すべきだろう。
起点はBEPS成立と同じ2015年だ。この年、国連で2030年に向けた17項目のSDGsが採択され、目標17は持続可能な開発に向けたグローバル・パートナーシップの活性化と設定された。そして目標17の1には、課税・徴税能力向上のための途上国への国際的支援が書き込まれた。
また、これに先立って、第3回国連開発資金会議がエチオピアで開催され、そこで打ち出された「アディスアベバ行動目標」のなかに、国際租税協力による課税・徴収能力の強化が盛り込まれている。ここに途上国が関心を寄せる開発資金と国際租税協力の結合を見ることができる。2016年には、国連・OECD・IMF・世界銀行が連携し、途上国の税制改革、税務能力向上を支援する「税の協力プラットフォーム」(PCT)が組織された。
一方、国連には経済社会理事会のもとに以前から国連租税委員会(租税協力専門家委員会)が設置されていたが、そのデジタル課税小委員会が2019年にBEPS2.0に対する意見書を提出した。そこでは、途上国への課税権配分、簡素な制度設計、執行能力への配慮などを要請している。
2020年には国連総会議長のもとにFACTI PANEL(SDGs達成のための、国際的資金の説明責任・透明性・公正性に関するハイレベル・パネル)が17人の委員によって組織された。このパネルは2021年に14項目の勧告を含む報告書を作成している。その勧告2には、多国間国連租税条約の締結、勧告14Bには、各種の租税協力機構の国連のもとへの統合という文言が書き込まれた。
このような動きをふまえ、特にアフリカ諸国は活発な活動を展開し、2022年12月、二つの国連総会決議に至る。一つは12月14日採択の「持続可能な開発促進のため、不正な資金の流れに対抗し、資産回収を強化する国際協力の促進」だ。「不正な資金の流れ」とは、不公正な貿易や資金貸借、脱税、密輸、汚職などの不正行為によって、本来途上国の開発に投じるべき資金が国外に流出しているという問題であり、かねて途上国が対策に悩んできた課題だ。
もう一つは12月30日採択の「国連における包摂的かつ効果的な国際租税協力の促進」だ。このナイジェリア提案は、途上国のルール形成への参加を実質的に保障、持続可能な開発のための資金確保、不正な資金の流れの抑止、価値創造地点での課税等を骨子とするものだった。具体的なプロセスとして、包摂的な政府間フォーラムによる国際租税協力の枠組創出、国連事務総長による選択肢を示した報告書の作成を提起している。
ナイジェリア提案に対して、ルール形成の主導権がOECDから国連に移ることを懸念したためか、米国は修正案を提出したものの失敗に終わった。
◆国際租税協力に関する枠組条約への道
2022年末の国連総会決議に基づき、国連事務総長は「国連における包摂的かつ効果的な国際租税協力の促進」と題する報告書を作成し、2023年8月に公表した。報告書はまず、国際租税協力における国連とOECDの役割を実体面と手続面から比較検討し、OECDのBEPS2.0は途上国の参加のうえで問題があると指摘する。実体面では途上国の課題・能力などの状況に適合しない取組みであり、包摂性・実効性に問題があると述べる。手続面ではOECD非加盟国は課題設定や意思決定に実質的に参加できていないと批判する。一方、国連については包摂的かつ効果的な国際租税協力の促進が可能だと評価する。
そのうえで、進め方について三つの選択肢を示している。第1は「多国間租税条約」の締結であり、法的拘束力のある標準的な多国間条約の成立を想定する。第2は「国際租税協力に関する枠組条約」の締結であり、国際租税協力の原則、ガバナンスなどの大枠について法的拘束力のある条約を成立させ、そのうえで具体的な内容は政府間交渉を通じた議定書採択をもって決定するという二段構えの構想だ。第三は「国際租税協力に関する枠組」の設定であり、主要な原則や取組みについて法的拘束力をもたない形で策定するという選択肢だ。いずれの場合も政府間特別委員会が草案を作成すると提案している。
こうした2023年夏までのプロセスを経て、冒頭に記したように秋の国連総会の場で、事務総長報告書の第2の選択肢をベースにしたナイジェリア提案が採択された。これに対して先進国側は、すでに国際租税協力の機構はいくつも存在しているし、OECDのプロジェクトが進展しているので、新たな仕組みを作る必要はない、無駄な行為であるとして、英国が修正案を提出したが、賛成55、反対107、棄権16で否決された。なお日本はナイジェリア提案に反対、英国提案に賛成している。
ナイジェリア提案では、枠組条約の付託事項の草案を策定する政府間特別委員会の設置を求めている。特別委員会委員は地域やジェンダーのバランスを考慮して20人以内で構成し、2024年8月までに各国政府・国際機関・市民社会組織等の意見をきいて草案を作成、9月の国連総会に提出するとした。
2024年1月、特別委員会は設置され、4~5月、7~8月の2回の集中審議を経て8月16日に草案採択(賛成110、反対8、棄権44、日本は反対)に至った。この間、多数の意見が寄せられ、審議の様子はオンラインでライブ配信されるオープンな方式だったことも特筆されてよい。
予定では2024年末に付託事項が総会で承認され、2025~27年に枠組条約本文が交渉・決定されることになる。また枠組条約の交渉と並行して、デジタルサービス税、グローバル富裕税等の議定書交渉が進められる可能性がある。
このプロセスが順調に進むのか、OECD側の抵抗や非協力がどのようになるのか、予断を許さない。とはいえ、グローバルサウスの台頭により、先進国主導だった国際課税制度が変革期を迎えていることは間違いあるまい。 (季刊『言論空間』2024年秋号)
- Details
-
Published: Thursday, 07 March 2024 14:28
Streamlining the Architecture of International Tax through a UN Framework Convention on Tax Cooperation
By Abdul Muheet Chowdhary and Sol Picciotto
South Centre, Tax Cooperation Policy Brief, No.21, November 2021, www.southcentre.int
国際課税のグローバルな機構(ITO:International Tax Organization, 国際租税機構)の必要性は、2001年の「国連開発資金に関するハイレベルパネル」(UN High-level Panel on Financing for Development)の報告書で提起されていた。経済のグローバル化とデジタル化が進むなか、多国籍企業のタックスヘイブンを利用した租税回避に直面し、先進国はOECD租税委員会を中心にして取組を進め、「税の透明性及び税務目的の情報交換に関するグローバルフォーラム」(Global Forum on Transparency and Exchange of Information for Tax Purposes)を発足させ、租税情報の交換システムを機能させることになった。続いて、BEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトをG20と協働で立ち上げ、15項目の行動計画を策定した(40カ国)。さらにそれを包摂的枠組へと拡張し、多国籍企業課税の革新的ルール(デジタル課税、最低法人税率の2本柱)の創出を進めている。
こうした先進国主導の国際課税改革に対して、グローバルサウスはルール形成に実質的に参加できず、不利益を被っていると批判している。BEPS包摂的枠組は140カ国が参加するフォーラムへと拡大したとはいえ、事務局はOECD租税委員会が掌握しており、決して民主的ではない、その結果、2本柱の改革案ではアメリカ、イギリス案が採用され、インド案が採用されず、グローバルサウスはメリットを得られないといった批判だ。
そこでグローバルサウス側は、国連租税委員会(UNTC: The Committee of Experts on International Cooperation in Tax Matters)を拠点にして対抗策を打ち出そうとしている。その流れのなかで、SDGsを推進する国連FACTIパネル(UN High Level Panel on International Financial Accountability, Transparency Integrity for Achieving the 2030 Agenda)報告書に示されるように、現存する様々な租税機構・租税条約を包括する国連租税協力枠組条約(UNFCTC: UN Framework Convention on Tax Cooperation)という構想を提起していく。これは気候危機に関する国連気候変動枠組条約(UNFCCC: UN Framework Convention on Climate Change)と同様に、締約国会議(COP: Conference of Parties)を通じてすべての参加国が意思決定に参加することを可能にする仕組みだ。
Abdul Muheet ChowdharyとSol Picciottoは、UNFCTCはUNFCCCと同様にCOPを通じて法的正当性、政治的裏付けを獲得し、様々な国際課税ルール・租税条約を統合して税制におけるグローバルガバナンスを実現できるだろうと主張する。この提案に対しては、すでに機能している機構との整合性がとれない、余計な負担が増えるだけだ、政治的利害が優越して課税主権が侵害される、などの批判が想定されるが、国際的協力と協調を実現しようという政治的意思を結集すれば、そうした批判を乗り越えられるだろうと論じている