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Published: Sunday, 27 February 2022 13:16
ポストコロナはインフレ、そしてスタグフレーションの時代か?
2022年2月27日
◆世界はインフレに突入
日本の物価上昇が止まらない。ハム、マヨネーズ、食パン、カップ麺等の食料品、ティッシュペーパー等の日用品、そしてガソリンなど、多くの商品の小売価格が値上げまたは値上げ予定となっている。消費者物価指数(生鮮食品を除く総合指数、コアCPI)は、2021年12月に前年同月比0.5%、22年1月0.2%上昇し、5カ月連続のプラスとなった。通信料(携帯電話料金)の大幅値下げの影響が消える4月には、日銀が目標とする2%を超えるかもしれない。
消費者物価指数の上昇に先立って、企業物価指数が歴史的高水準を記録している。2021年を通じて上昇率は過去最大の4.8%、3月以降は11カ月連続プラス、11月は前年同月比9.2%(41年ぶり)、12月8.5%、2022年1月8.6%と高止まりとなっている。これに対して企業はこれまでは、仕入れ費用の上昇を小売価格に転嫁すると売上が落ちることを危惧し、利益を削って内部で吸収してきたが、それも限界にきたということだろう。
企業物価指数の高騰は輸入物価指数の急上昇の反映である。輸入物価指数の上昇率は、2021年を通じて22.7%、年末の11月、12月とも40%以上、22年1月37.5%ときわめて高い水準を続けている。
現在のところ、日本の消費者物価指数は目標の2%に届かず、世界的にみれば依然として低い水準にあるが、米国は40年ぶりの激しいインフレに見舞われつつある。2021年初頭からの物価上昇は、当初はコロナ禍の需給不均衡による一時的な現象とみられていたところ、消費者物価指数(総合)は目標の2%を超えて上がり続け、12月に7.0%、2022年1月に7.5%に達した。
欧州もまた米国から遅れながらも後を追う動きを示しており、2022年1月には過去最高の5.1%に達した。イギリスのCPIは2022年1月に5.5%に上昇し、30年ぶりの高さに達した。OECD加盟国平均でみても30年ぶりとなる歴史的なインフレの到来といえる。
◆インフレ要因は複合的
世界的な物価上昇の要因はコロナ禍に起因する需給不均衡と、より長期的な気候変動の影響との複合であり、一時的な現象にとどまらない。したがって、ワクチンの普及によってコロナの流行が下火になったとしても、単純に元に戻るとは思われない。
確かにきっかけはコロナによる供給不足(物流の停滞、サプライチェーンの分断など)だった。影響は原油、金属、穀物等の国際商品にも及び、19品目総合指数は2021年の1年間で5割近く上昇し1995年以降で最大の上げ幅となった。
なかでも原油価格の上昇は目立っており、2021年1月に1バレル50ドル(WTI原油先物)だったのが、ウクライナ危機の影響も加わって2022年2月末には100ドルを突破するほどに跳ね上がった。コロナによる需要減少を見込んで産油国が協調減産を行って供給量を絞った結果だが、需要回復に見合った産出量の回復が生じていない。そこには長期的な脱炭素潮流を見込んで、産油国が開発投資に消極的になることが影響している。
穀物等の農産物価格の上昇も、コロナ禍の労働者不足による減産と、気候危機による不作が重なったものだ。たとえば、ブラジルは90年ぶりの少雨によってトウモロコシの減産に見舞われた。米国とカナダは夏の熱波(高温乾燥)によって小麦の減産を余儀なくされた。さらに、脱炭素に向けたバイオ燃料需要の増加も大豆や砂糖の価格を押し上げている。
こうした世界的なインフレ要因に加えて、特に米国では労働力供給の逼迫による賃金上昇が注目される。米国の失業率は2020年の7%台から2021年12月3.9%へと低下した。2022年1月の平均時給上昇率は前年同月比5.7%上昇、これはデータが残る2006年以降で最高に近い数字だという。景気回復を見越して、高賃金を求める自発的離職者が400万人を超え、求人と採用のギャップが拡大している。こうした高インフレ要因が、FRBの金利引上げへの圧力となっている。
一方日本では、円安が輸入物価の上昇を招き、重要なインフレ要因となっている。円相場は2021年1月に104円前後であったのが、2022年1月には115円まで下落、さらに下がるかもしれない。輸入物価の上昇は輸入企業によって吸収される傾向があるが、さすがにそれにも限度があり、次第に消費者物価に反映するようになっていく。
◆米国金融政策の転換とその衝撃
インフレを放置すると政治危機を招く可能性がある。FRB(連邦準備制度理事会)の2021年夏ごろの認識は、インフレは一過性のものであって、いずれ供給サイドが回復して落ち着くというものだった。ところが、21年末になるとFRBの認識に変化が生じ、供給制約、労働力不足は長期化し、物価と賃金が並行して上昇する本格的なインフレモードに入ったと判断するようになった。2022年1月、FRBは金融政策の大転換を表明、70年代末のボルカー議長時代以来40年ぶりのインフレ抑制政策の導入に踏み切った。
政策金利は2022年3月から連続して引き上げる予定という。政策金利はリーマンショック後のゼロ金利政策が2015年に終了し、小刻みに2.5%まで引き上げられてきたが、コロナ禍で再びゼロ金利(0~0.25%)に回帰していた。3月から段階的に利上げを繰り返し、2022年中に5回、1.25%程度引き上げると予想されている。
一方、国債や住宅ローン担保証券を買い上げる量的緩和政策は、リーマン危機後に導入され、2017年にようやく資産縮小に向かったが、2020年3月に再び量的緩和に進み、FRBの 総資産は19年末4兆ドルが22年1月には9兆ドルへと膨脹した。資産購入量は21年11月から削減に着手し、22年3月終了したのち、7月からは資産の圧縮に取り組むとされている。
インフレ抑制政策は、強すぎれば景気を落ち込ませ、バブル状態の金融市場を攪乱させる。しかし、弱すぎればインフレを阻止できず、政治の側から強い圧力がかかってくる。景気を持続させつつインフレを抑制することは至難の業といえる。
金融引締め政策の影響は多方面に及ぶ。第一に、長期金利の上昇(債券価格の下落)を招き、債券市場を冷え込ませる。特に低金利下の米国では、低格付け社債の発行が、2020年5700億ドル、2021年6700億ドルと過去最高の規模に達し、バブル状況になっている。金利が引き上げられれば、数年後に訪れる借換が困難になるし、変動金利が組み込まれている場合は債務不履行になるリスクがある。
第二に、株式市場が暴落するリスクがある。将来の株価上昇に過剰に期待してバブルになっていたハイテク株は、すでに値下がりを開始している。株式市場の混乱は実体経済に波及していくだろう。世界的にみてもコロナによる財政出動、金融緩和によって株式市場は水ぶくれし、株式時価総額はコロナ前の80億ドル台が2021年末には119億ドルまで膨脹しており、下落は避けられそうもない。
第三に、米国の金利上昇は、ドル債務を抱える新興国の利払負担を増やすとともに、資金流出を招き、通貨安、輸入物価上昇を通じてインフレを増幅する。新興国の抱える債務は、前回FRBが利上げした2015年に54.2兆ドルだったが、21年9月には92.6兆ドルに膨張している。資金流出を抑制するため、すでにブラジル、ロシア、メキシコ、インドネシア、南アフリカなどは金利の引き上げに踏み切っているが、これは国内経済を冷え込ませるだろう。
欧州もまた金融政策の転換に踏み切りつつある。イギリスは消費者物価指数が21年12月5.4%、22年1月5.5%と30年ぶりの高水準を記録し、イングランド銀行は21年12月に政策金利を0.15%、続いて2月に0.25%引き上げた。景気回復が鈍いユーロ圏でも物価上昇率が21年12月5.0%、22年1月、5.1%とユーロ発足以来最高の水準に達した。欧州中央銀行はFRBよりも慎重な構えだが、債券の緊急買取政策を3月で打切り、以後は購入量を段階的に減らしていく。政策金利の引き上げも2022年中に開始となる見通しだ。
◆日銀はどうするのか
日銀は物価目標2%を掲げ、2016年9月から長短金利操作付き量的・質的緩和政策を導入し、短期金利はマイナス0.1%、長期金利(10年物国債)は0%近辺(変動幅は上下0.25%)、資産購入は国債年間80兆円、ETF(上場投資信託)12兆円と設定してきた。しかし、一向に効果が現れないなかで、副作用が目立つようになってきている。
量的緩和政策はその限界を露呈させており、2021年末の国債保有残高は前年比14兆円減少(2008年以来13年ぶり)、ETF買入額は前年の8分の1に縮小した。政策の軸足は金利操作に移っているが、そこにインフレ、金利上昇圧力が押し寄せ、金融緩和政策の転換を迫られている。
ただし黒田日銀総裁は、物価目標2%の達成はまだ遠い先のこととして、緩和政策の転換を強く否定している。長期金利上昇の圧力に対しては、10年物国債を利回り0.25%で無制限に購入する(指値オペ)という強硬な金利抑圧策を繰り出した(2月14日)。中央銀行が長期金利をどこまで制御できるのか、未知の領域である。日銀は10年物以外の国債に同様の策をとるわけではないので、債券市場全体がどのように動いていくのか、きわめて不透明な状況になりつつある。
もしこの先、物価水準が2%に達したとして、日銀はどうするのだろうか。おそらく金利引上げにはきわめて消極的だろう。金利上昇は、低金利状態に慣れてしまった政府、金融機関に衝撃を与える。金利1%上昇により政府の国債費は3.8兆円増加、金融機関保有債券は9兆円の評価損をもたらすという推計もある(日経21年12月25日)。日銀自身も400兆円を上回る国債価格下落によってバランスシートの悪化が不可避となる。株価も当然大幅に下落し、景気は冷え込むだろう。
とはいえ、金融政策を変えないままでは、米欧の高金利への転換のため、金利差が拡大し、日本からの資金流出、円安の加速が生じる可能性がある。そうなれば輸入物価は一段と上昇し、国内のインフレを増幅させる。今後、一定の名目賃金上昇があるとしても、それが物価上昇に追いつかないならば、実質賃金の下落をもたらし、日本経済は不況下のインフレ、スタグフレーションに陥るかもしれない。
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Published: Thursday, 03 November 2022 09:18
世界のNGO紹介シリーズ 第1回
ICRICT(The Independent Commission for the Reform of International Corporate Taxation;
国際企業課税改革独立委員会) https//:www.icrict.com
◆設立趣旨:グローバル時代における公正な企業課税(多国籍企業課税)の実現に向けて提言を行う国際NGO。2015年設立。
◆主な委員:ジョセフ・スティグリッツ(コロンビア大学教授、ノーベル経済学賞受賞)
2022年共同議長
『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』徳間書店、2002年
『プログレッシブ・キャピタリズム』東洋経済新報社、2020年
ジャティ・ゴーシュ(マサチューセッツ大学教授)、2022年共同議長
ホセ・アントニオ・オカンポ(元国連事務次長、コロンビア大学教授)前議長
トマ・ピケティ(社会科学高等研究院EHESS教授、パリ経済学院教授)
『21世紀の資本』みすず書房、2014年
ガブリエル・ズックマン(カリフォルニア大学バークレイ校教授)
『失われた国家の富:タックスヘイブンの経済学』NTT出版、2015年
『つくられた格差:不平等税制が生んだ所得の不平等』(エマニュエル・サエズとの共著)光文社、2020年
◆主な報告書と概要
*An Emergency Tax Plan to Confront the Inflation Crisis, September 2022
[はじめに]
・世界経済はコロナ禍でエネルギー、食料等の価格高騰、成長率の低下、財政赤字と債
務の拡大といった危機に直面している。その負担は、特に脆弱な貧困層、貧困国に加
重されている。
・一方、巨大多国籍企業や富裕層は巧妙に課税を逃れて富を蓄積しており、課税を強化することが求められている。
[超過利潤税]
・世界経済がインフレに進むなかで、エネルギー、食料、製薬、金融等の価格支配力をもつ独占的多国籍企業は、超過利潤を取得している。それに対する課税は国際協調のもとで進めるべきであるが、その交渉は遅れている。
・我々は、そうした交渉の妥結を待つことなく、緊急に超過利潤税を実施すべきであると考える。
[グローバル課税交渉は前進しているのか]
・多国籍企業の課税逃れは年間2400~6000億ドルに達し、特に中低所得国の喪失額が大きい。
・2021年10月に合意された2本柱のグローバル企業課税ルールは、従来の方式の転換という意義をもつとはいえ、きわめて不十分な内容だ。グローバル最低税率15%では、増収が少ないばかりか、むしろそれが国際標準とされ、法人税依存度の高い途上国にとってマイナスに作用する恐れがある。
・合意が前進しているかといえば、EUと米国内に抵抗があり、実施が遅れている。それゆえ、各国は自国でできる公正な課税を実施すべきだ。2本柱の多国間合意が実行段階に入るまでは、それに代わる1国ベースの措置をとるべきである。
[第1の柱の代替案]
・第1の柱(課税権の配分)は、物理的拠点のない市場国にも一定の課税権を配分する考えを打ち出した。しかし、対象企業が総売上高200億ユーロ以上、売上高利益率10%以上の巨大企業(およそ140社)に限定され、しかも課税権の配分は10%を超える超過利潤のうちの25%に限られ、利潤の大部分は従来の方式で課税される。新方式での税収はせいぜい60~150億ドルだろう。
・新方式での課税は多国籍企業の総利潤に適用するユニタリータックスとすべきである。その場合、国別配分の基準は売上高のみでなく、従業者数、物理的資産も指標に加える必要がある。現行案は、小規模、複雑性、不平等などの点で是認できない。加えて、各国議会での承認のハードルは高い。
・次のような代替案が考えられる。
- 累進的デジタルサービス税。すでにいくつかの国で採用されており、新方式実施に際しては廃止されることになるが、それまでは活用できる。
- サービス支払の源泉徴収課税。自動的デジタルサービスにも源泉徴収はできる。
- サービスの純利益への課税。
- 無形資産を利用した所得移転への課税。
- 租税政策と租税条約の修正。
[第2の柱について]
・第2の柱であるグローバル最低税率は、法人税切下げ競争に歯止めをかける意義をもつが、実効税率15%に満たない場合の追加課税は多国籍企業本国で徴収され、価値が創出される途上国は利益を得られない可能性がある。途上国は代替策を検討する必要がある。
・代替ミニマム税は利益に代わって売上高や資産を対象に課税する方式であり、脱税や租税回避を抑止するうえで有効性をもつ。
・既存の優遇税制の見直しも有効であり、多国籍企業誘致のための税制優遇は、国内企業と同等とするように改められるべきである。
[だれがルールを決めるのか]
・多国籍企業課税ルールの決定は、公平性、透明性、説明責任、安定性等の原則が尊重されるべきである。OECD/G20は途上国を含めた「包摂的枠組み」へと拡大してきたが、途上国の参加は行動指針が合意された後であり、途上国の意向は軽視されている。国際課税のルール策定は国連のもとでの国際条約交渉へと発展させるべきである。また、国連にグローバル租税機構を創設する議論も進めるべきである。
[結論]
・今回の合意は先進国に有利で途上国に不利なものだが、より包括的な解決策への足掛かりになりうる。この合意が実施されないようであれば、各国は独自の代替案を導入し、真に公正なグローバル税制に向けて圧力をかけるべきである。途上国の経済危機に立ち向かうためには、公正なグローバル・ガバナンスが必要とされている。
*It is Time for a Global Asset Registry to Tackle Hidden Wealth, April 2022
コロナ危機とウクライナ戦争、世界的な物価上昇のなかで、オフショアに隠された富への課税が急務となっている。グローバル資産台帳という一種のデータベースの構築が求められている。その特徴は第一に、富のあらゆる形態を包括すること、第二に、資産の真の所有者を特定すること、第三に、情報が公開されることである。1国レベルでの資産台帳はEU、米英などで整備が進んでいる。1国単位の資産台帳は、EUのような地域レベルの台帳へと発展させる必要がある。
*Who Owns What? Making UK Wealth Ownership More Transparent through a National Asset Register, December 2020
「グローバル資産台帳」は世界的な富の分布、不正な資金移動を把握し、効果的な課税策を講じる有効なツールとなる。それは各国の資産台帳を統合して作成される。この報告では、イギリスにおける資産台帳創出の試みとして、各種の登記情報、公式記録などを総合し、不動産・無形資産・金融資産等の資産状況の概要を検討している。
*International Corporate Tax Reform, October 2019
公正で包括的な多国籍企業課税はユニタリータックスでなければならない。現在OECDが提起している案は、それにはほど遠い。国際最低税率は25%とすべきである。現在の案では、通常の利益への課税は従来通りであるし、超過利益の課税権配分は売上のみを基準としている。
また、今回の合意は終着点ではなく、さらなる改革への入口である。それはOECDでなく、国連システムのもとでなされなければならない。
*A Roadmap for a Global Asset Registry, March 2019
世界的に貧富の格差が拡大するなかで、富裕層の富は巧妙に隠されている。各国の税務当局間の情報交換システムは近年整備されてきているので、そうした現存するデータを結合し、隠された富を表に出す「グローバル資産台帳」の設置を提案したい。
ピケティ、ズックマンの提起を受けての提案。
*The Fight against Tax Avoidance, January 2019
多国籍企業は価値を生み出すところで税を納めず、低税率国に利益を移転している。OECDのBEPSプロジェクトは多国籍企業の国別報告書作成などの成果をあげたが、子会社間の「価格移転システム」を利用した税逃れは放置している。これを防ぐには、多国籍企業グループ全体に対するユニタリータックスを導入するべきである。同時に、グローバル最低実効税率20~25%を設定すべきである。
*A Roadmap to Improve Rules for Taxing Multinationals, February 2018
BEPSプロジェクトによる多国籍企業の国別報告書は有益であり、その一般公開が望まれる。多国籍企業課税では、従来の子会社ごとの課税方式(独立企業原則)を捨て、単一統合課税(ユニタリータックス)に移行すべきであり、課税ベースの国別配分は資産、雇用、売上等の要素を組み合わせた公式を用いることが望ましい。長期目標がそうであるとして、短期的にはEUの共通連結法人税(CCCTB)を採用することを要請する。また多国籍企業課税問題は先進国主導のOECDでなく、国連で扱うべきである。
*Four Ways to Tackle International Tax Competition, November 2016
国際課税問題の解決のためには、グローバルな最低税率の設定、タックスヘイブンなど税逃れの仕組みの廃絶、海外企業への優遇税制廃止、市民への企業課税情報の公開という4項目を実現していく必要がある。
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Published: Wednesday, 02 June 2021 10:42
◆コロナ禍から「バイデン革命」へ
コロナ禍を契機に、世界的に新自由主義、市場原理主義の見直しが進行している。WHOの提案するコロナワクチンの特許権停止は以前では考えられなかった策であるし、米英の増税政策への転換もそうである。特にバイデン政権は、1980年代のレーガン財政に始まった小さな政府路線を覆し、大きな政府路線に進もうとしている。
バイデン政権はまずコロナ禍対策の「米国救済計画」として、1人最大1400ドルの追加給付など総額1.9兆ドル散布を打ち出したが、これだけならばコロナ対策の大型財政出動として各国で実施されている。だが、バイデン政権はそれを超えてさらなる財政拡大を提起した。第一に、インフラ投資(道路・鉄道、EV設備、半導体供給網等)を柱とする2兆ドル超の「米国雇用計画」である。財源は法人税の増税であり、連邦法人税の21%から28%への引き上げ、多国籍企業の海外収益への増税などで15年間に2.5兆ドルの確保を目指すという。第二に、所得格差是正をねらった「米国家族計画」であり、10年間で財政出動1兆ドル(幼児教育、介護支援等)、子育て世帯減税8000億ドルを見込み、その財源として富裕層への増税(所得税、キャピタルゲイン増税等)10年間1.5兆ドルをあてるという。5月28日に公表された2022会計年度予算教書は歳出総額6兆ドルと戦後最大規模となった。
この「バイデン革命」、バイデノミクスともいわれる野心的な提案には議会、大企業、富裕層の抵抗が予想され、その通りに実現するものではないだろう。実際、法人税の28%への増税は25%に削減する動きも出ている。また、インフレ、金利上昇による混乱の懸念も指摘されている。とはいえ、減税、小さな政府路線が格差を拡大してきた現状を転換させる意義は大きい。加えて、法人税増税はOECDが提起している多国籍企業課税構想を前進させる画期的な意義をもっている。
◆OECDの多国籍企業課税構想の進展
課税は1国主義が原則であるため、国外に事業展開する多国籍企業への課税をめぐっては長い歴史がある。20世紀には本社立地国と海外子会社立地国との間で二重課税問題が生じたため、これを解決する2国間租税条約が締結された。21世紀になると、経済のグローバル化、デジタル化によって、タックスヘイブンを利用した多国籍企業の課税逃れ、二重非課税問題がクローズアップされた。20世紀型の製造業中心の課税モデルでは、無形資産が価値を生むGAFAなどの新興デジタル企業の巧妙な利益移転作戦に対応できなくなったためである。
2000年代初頭には、タックス・ジャスティス・ネットワークなどのNGOが問題を提起し、多国籍企業の課税逃れは年間5000億ドルに及ぶという推計を発表した。対策として、多国籍企業の利益合算課税(独立企業原則の否定)、法人税の最低税率の設定などのアイディアが早くも提出されていく。
2008年のリーマンショック以後、各国政府も問題の重要性を認め、本格的に取り組むようになった。ここで中心的役割を担ったのはOECD租税委員会である。2011年、財務省国際租税課長であった浅川雅嗣氏が租税委員会議長になり、その幹部会(ビューロー)で米国の委員が二重非課税を許してはならないと問題提起したことが発端であった(浅川雅嗣『通貨・租税外交』日本経済新聞出版、2020年、191頁)。OECD租税委員会は2012年に「税源浸食と利益移転」(BEPS)プロジェクトをG20と共同で46カ国の規模で開始し、2015年に15項目の行動計画を作成した。このなかには、多国籍企業に税務当局への詳細な経営情報の提出を義務づけるといった画期的な内容が含まれている。
◆巨大デジタル企業への課税
2016年以降、BEPS行動計画で積み残されたデジタル課税問題についてBEPS包摂的枠組み会合(IF)が組織され、参加国は140カ国・地域へと拡張した。この取り組みのなかで、巨大デジタル企業への課税方式として、利用者の企業利益への貢献度に応じて各国で課税する英国案、収益を生む無形資産が作られた国で課税する米国案、売上高・資産・従業員数などに応じて各国で課税するインド案の3案が提起され、2019年10月には米国案をベースにして、連結売上高7.5億ユーロ以上のグローバル企業を対象にして、3段階で課税する方式(1.通常の利益率10%を超過する無形資産による利益を抽出、2.その利益を各国の売上高に応じて分割、3.分割された利益に対して各国で課税)にまとめられた。また、それに合わせて、タックスヘイブン対策として、各国共通の法人税最低税率を設定する案も提起された。
これらの案が2020年には正式に140カ国の間で合意されるはずであったが、2020年1月、米国が現行課税方式と新方式を企業が選択できるとする提案を持ち出し、合意は遠のくことになった。これはトランプ政権の米国第一主義を反映した提案だが、この結果各国がばらばらにデジタル課税を導入する動きが強まっていった。
こうして2011年以来のOECD租税委員会の取組みは中断しかけたが、バイデン政権の登場により、米国国内の法人税引上げに合わせて、国際最低税率の設定、グローバル企業への新課税方式が復活することになった。米国は最低税率を21%とする案を示したが、アイルランドなど低税率国の反発に配慮して15%へと下げるもようである。グローバル企業への課税では、売上高100億ドル以上、利益率15~20%以上などの基準で世界100社程度を想定した提案となっている。
この提案に対して、最低税率は15%では低すぎる、対象企業が100社では少なすぎるなどの批判が寄せられている。2021年中の合意に向けて各国政府・NGOの間で折衝が進行するだろう。
◆グローバル税制への第一歩
GAFAの課税逃れは巨額である。世界の主要企業5万社の平均税負担率25.1%と比べて、15.4%と6割しか負担していない(日経新聞2021年5月9日)。米国をはじめ各国が新方式に取り組むのは、グローバル企業の課税逃れへの対策を確立し、増税政策を全体として推進していくためだろう。
米国の新提案は不十分だという批判もあるが、長期の視点でみれば、新方式は国際法人税の課税原則の大転換を意味している。もちろん、旧方式は存続しており、新方式はごく一部に導入されるにすぎないが、少なくともグローバル企業への課税が1国主義から多国間主義へと転換することは、グローバル税制への一歩前進を意味する。
企業活動のグローバル化に対応して、課税権力もグローバル化する必要がある。その方式には、課税権力のネットワーク化と超国家機関の創出の2ルートがあるといわれるが(諸富徹『グローバル・タックス』岩波新書、2020年)、その第1ルートが現実化しつつあると考えられる。第2ルートについては、EUが近い将来財政同盟をつくるとしても、それは国民国家の拡大であって超国家機関とはいえない。第2ルートは第1ルートが実績を積み上げた後に、いずれ姿を現すことになるだろう。
(POLITICAL ECONOMY, No.190, 2021年6月1日に加筆)