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Published: Friday, 06 August 2021 12:41
2021年1月に成立した米国のバイデン政権は、格差是正に取り組むなかで抜本的な税制改革を提起し、同時に多国籍企業に対する新たな課税ルールの創出を主導しつつある。その意義と限界について検討してみたい。
◆バイデン税制改革は米国経済に何をもたらすか
バイデン大統領は就任直前に1.9兆ドル規模(約200兆円)の「米国救済計画」を打ち出した。これはコロナによって打撃を受けた低中所得層の支援を目的としたもので、現金直接給付、失業保険給付期間の延長のほか、子育て世帯に対する税額控除を使った「子ども手当」の毎月支給など、ベーシックインカムに近い給付の実施を目指している。3月に、共和党が反対したため民主党単独で可決した。
続いて打ち出されたのが、中長期の「米国雇用計画」と「米国家族計画」である。「米国雇用計画」は8年間に2.3兆ドルを投じ、インフラ整備(高速道路、通信網、水道等)、産業強化(電気自動車、半導体、クリーンエネルギー等)、生活基盤向上(学校、保育施設、低所得者住宅等)を図るという。「米国家族計画」は10年間に1.8兆ドルを投入し、教育支援(幼児教育、コミュニティカレッジ、マイノリティ教育等)、育児・介護支援、家計支援(子育て世帯の税額控除)を進める構想となっている。
3つの計画を合わせると総額6兆ドル、日本のGDPを超えるほどの大きさになる。財源はどうするのか。「米国雇用計画」では、法人税の引き上げ(21%から28%へ)、多国籍企業の海外収益への課税強化などで10年間1.75兆ドル、15年間2.75兆ドルの税収を確保する目算だ。「米国家族計画」では、個人所得税の最高税率引き上げ(37%から39.6%へ)、キャピタルゲイン課税の引き上げ(20%から39.6%へ)のほか、税務当局による徴税強化などによって10年間1.5兆ドルを調達するという。
1930年代のニューディール期に匹敵する財政の大膨脹、大企業・富裕層に増税し、中低所得層に回す所得再分配政策、これはまさに1980年代のレーガン政権時代に始まった新自由主義、市場原理主義、「小さな政府」路線の180度転換であり、格差是正、「大きな政府」路線への回帰といえる。こうした転換は、米国社会の格差拡大が極限まで達していることの帰結にほかならない。
しかし、これらの計画はどこまで実現可能なのか。民主党左派の主張に近い増税政策に対して、共和党だけでなく民主党の一部議員も同意していない。「米国雇用計画」について、超党派の上院議員団は、8年間1.2兆ドルに圧縮、使途は道路等の旧来型のインフラ整備を主とし、財源には法人税増税をあてないといった妥協案を早くも作り上げた。
今後の見通しとして、おそらく大幅な増税は議会が認めず、財政赤字が膨らむことになるだろう。しかしそうなると、インフレの高進は避けられず、といってFRBが金融引締め、金利引上げに動けば金融危機を招きかねない。FRBの舵取りをめぐって米国経済は混迷を深めていくかもしれない。
◆なぜ国際課税ルールは革新されなければならないのか
バイデン政権による法人税引上げ政策は、多国籍企業に対する国境を超えた新たな課税ルールの実現を促すことになる。新たなルールへの道筋をふり返ってみよう。
戦前の国際連盟の時代から、国境を越えた事業活動に対する課税の問題は検討が重ねられてきた。そこでは、多国籍企業の本社所在国と海外子会社立地国の課税権の配分が焦点になり、二重課税の調整を図る2国間租税条約のモデルが作成された。第二次大戦後、多国籍企業の活動が活発になるにつれて、二重課税を回避しつつ課税権を確保する租税条約と国内租税法体系の整備が図られていった。国際的な議論の場としてはOECDと国連の二つがあったが、主導権は先進国クラブであるOECDが握っていた。
この当時の国際課税の原則は、製造業を想定して、独立企業原則(多国籍企業グループの子会社を独立した企業とみなす)と、PE原則(PE=物理的拠点の存在する国に課税権がある)が柱になっていた。ところが21世紀に入り、GAFAというグローバル・デジタル企業が登場すると、こうした原則では税収を確保できないことが明らかになっていく。GAFAはPEをもたずに世界中で売り上げを伸ばし、利益をあげていく。利益源となるのは無形資産(ビジネスモデル、ブランド、知的財産権)であり、これは開発した本社からタックスヘイブンの子会社に移転できるため、企業グループ内の取引を通じてタックスヘイブンに利益を集め、課税を回避できる。最近の調査によれば、世界の主要企業5万社の税負担率平均25.1%に対して、GAFAは15.4%と6割しか負担していない(「日本経済新聞」2021年5月9日)。
このような状況に対して、英国を拠点とする有力NGOのタックス・ジャスティス・ネットワークなどが問題を提起し、多国籍企業の課税逃れは年間5000億ドルという推計を発表した。対策として、多国籍企業グループの利益を合算したうえで各国に一定の方式で合算利益を配分し、それぞれ課税する方法(独立企業原則、PE原則の否定)、各国の法人税率の共通最低ラインの設定(タックスヘイブンの否定)などの提案を行った。
リーマンショック以後、問題を放置できなくなったOECDは2012年にG20と共同して46カ国の規模でBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトを立ち上げ、2016年に15項目の行動計画を策定した。これによって多国籍企業の活動・納税実績の国別報告書作成が義務づけられるなどの成果が生まれたが、税逃れを十分に捕捉する実効性あるルール制定は残された課題となった。
そこでOECDとG20は139カ国・地域が集まる「拡張された枠組み」を創出し、多国籍企業課税の新ルールの形成を目指した。2018年には、①多国籍企業の総利益に対する課税権の国別配分、②法人税の国際最低税率の設定という2本柱からなる方策がまとめられた。ところが、米国のトランプ政権がこれに同意せず、新ルールの実現は暗礁に乗り上げた。そこにバイデン政権が登場し、国内の法人税増税政策に連動する形でOECD提案を米国主導で推進することになった。新ルールは、①法人税の共通最低税率を15%以上とする、②多国籍企業の超過利潤のうち20~30%について、売上のある各国に課税権を配分するというもので、2021年10月のG20サミットで最終合意に至る見通しである。
◆新しい国際課税ルールはどこまで評価できるか
新しい国際課税ルールは、これを求めてきた国際NGOや労働組合からはあまり評価されていない。
第一に、対象となる多国籍企業の範囲が狭く、税収増加が見込めない。現時点の案では、年間売上高200億ユーロ(約2.6兆円)以上、利益率10%以上の巨大高収益企業のみが対象になる。業種では銀行・保険、資源企業は除かれている。該当企業は世界全体で100社程度と想定されている。GAFAのうちアマゾンは利益率が10%未満であるため除外される。
第二に、課税範囲が限定され、利益配分方式が偏っている。新方式は利益全体に及ぶのでなく、利益率10%までの利益および10%を超える超過利益の70~80%は従来の課税方式のままであり、超過利益のうち20~30%にしか適用されない。この部分が売上高に応じて各国に配分され、各国の税率で課税される。すでに独自にデジタル・サービス税を導入して売上高に課税しているインドなどからみれば、減収になるかもしれない。
第三に、最低税率が低すぎて、タックスヘイブンを容認することになる。現時点では少なくとも15%以上という低いラインが設定されている。そのうえ実効税率を計算する分母にあたる利益の算出に抜け道が用意され、従来どおりの税負担でも計算上の税率が高くなり、最低法人税率が意味をもたないことになる。
第四に、総じて途上国の声が反映されていない。現在の案が実施された場合、途上国側に税収増加のメリットはあまり期待できない。先進国主導のルール作りでなく、国連のもとで途上国の発言力が保障された場でルールが策定されるべきだという批判がある。
このような問題点をあげて、いま拙速に決定してしまうと今後当分の間変更されないため、もう少し時間をかけて検討すべきだとして、早期妥結に反対する意見が提起されている。しかし、現在の改革機運を逃すならば、現状を変える機会が失われ、現行の欠陥ルールが生き続けることになる。今回の新ルールは様々な限界をもつとしても、法人税切下げ競争にブレーキをかけ、多国籍企業の課税回避を抑制する第一歩として意義をもつのではないか。
グローバルに活動する多国籍企業に対して、課税権力も主権国家の枠を超えてグローバル化していく必要がある。諸富徹『グローバル・タックス』(岩波新書)は、グローバル化の方式には、課税権力のネットワーク化と超国家機関の創出の2ルートがあると論じているが、その第1ルートが現実化しつつあると考えられる。グローバルな課題に対処するためには、1国主義を超える様々なグローバル・ガバナンスの道が開拓されなければならない。課税問題にとどまらず、多国籍企業規制(「ビジネスと人権」)、気候変動、感染症などの課題に連携して取り組んでいくことが求められている。(「テオリア」107号、2021年8月)
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Published: Monday, 01 July 2024 17:34
◆世界的な軍拡潮流に呼応する日本
ロシアのウクライナ侵攻、イスラエルのガザ侵攻が長期化するなかで、世界的な軍備拡張の潮流が生じている。NATOは加盟国32カ国のうち23カ国が軍事費のGDP比2%目標を2024年に達成する見込みという。
ストックホルム国際平和研究所(SIPRI)によれば、2023年の世界の軍事費は前年比6.8%増の2.4兆ドルと過去最高に達した。1位の米国は2.3%増の9160億ドル、2位の中国は6.0%増の2960億ドルだったが、3位のロシアは24%増の1090億ドル、8位のウクライナは51%増の648億ドルへと急増した。その影響で日本は10位から11位に順位を下げたが、11%増の502億ドルと過去最大の増加率を記録した。
2022年末の安保3文書閣議決定を契機に軍拡路線に突入した日本の防衛関係予算は、2022年度の5.2兆円が23年度は6.6兆円へと当初予算ベースで27.4%増、さらに24年度は7.7兆円へと17.0%の増加だ。軍拡予算の規模は2023~2027年度の5年間総額で43兆円と見積もられているが、1ドル=108円と想定した計画であるため、おそらくさらに大幅な増額になるだろう。軍拡予算の使途は自衛隊員の生活・勤務環境の改善まで含めて多方面に渡るが、ミサイル・戦闘機などの兵器増強が中核となることはいうまでもない。
◆「防衛特需」で潤う軍事産業
安保3文書では軍事産業を「いわば防衛力そのもの」と位置づけ、その育成・強化を強調している。そのための手段として、軍事産業への手厚い利益保証(営業利益率15%)、輸出促進等の様々な支援策を打ち出している。それらは2022年4月に経団連が公表した「防衛計画の大綱に向けた提言」の内容を受ける形で制定されたと考えられる。
軍事産業の対応は迅速だった。三菱重工は2023年11月に開催した「防衛事業説明会」で、スタンドオフミサイル、統合防空ミサイル(PATRIOT、SM-3、イージス艦等)、無人兵器(航空、海洋、陸上)、次期戦闘機、宇宙機器等の重点事業を説明し、2026年度までに売上高倍増、それに対応して人員2~3割増といった経営方針を表明した。また2024年5月に行った2023年度決算説明では、全体として受注高、売上高、当期利益は過去最高、特に「航空・防衛・宇宙」部門は受注高が7000億円から2兆円へと3倍近く増加したと報告している。これに続く事業計画説明でも、泉澤社長は「国家安全保障へのニーズの急激な高まりに応えることで事業を拡大する」と言明した。三菱重工の株価は2023年末と比較して2024年6月時点で8割高に達し、PBR(株価純資産倍率)は2倍を超えた。
川崎重工は防衛省向け受注高を2022年度2628億円から23年度5530億円へと2倍以上伸ばした。同社の主力製品は航空機、ヘリコプター、潜水艦などで、決算説明では防衛省向けが「抜本的な防衛力強化という防衛省の方針のもと、需要増や採算性の改善が期待できる」と記している。IHIは23年度決算説明資料で、防衛省向け航空エンジン・装備品の受注高が2022年度の1156億円から23年度の2684億円へと2.3倍に増加して過去最高を記録、24年度はさらに上回る見通しと説明した。また「成長事業について(民間エンジン・防衛・宇宙事業)」と題する資料では、「防衛力強化」の7つの重点分野を示し、「当社の強みが発揮できる分野に特に大きく予算が割り当て」と期待を滲ませている。
その他、NEC、三菱電機、日本製鋼所なども受注を伸ばしている。軍事産業の裾野は広く、戦闘機1100社、戦車1300社、艦船8300社にのぼるといわれており、「防衛特需」の影響は多方面に及ぶと想定される。
◆際限のない武器輸出へ
軍拡予算に対応して生産能力を増やした軍事産業は、海外市場への輸出拡大を追求することになる。第二次安倍政権は発足早々、「武器輸出3原則」を「防衛装備移転3原則」へと変更したが、殺傷兵器の輸出に関しては抑制的だった。ところが岸田政権は安保3文書の閣議決定とともに、3原則運用指針の全面的転換へと踏み込み、自民党・公明党の一部議員の検討を経て、23年末には一部殺傷兵器輸出の限定的解禁、さらに24年3月には戦闘機の輸出容認に至った。これには、イギリス・イタリアとの国際共同開発品に限るなどの条件が付与されたが、そんなものは今後いくらでも変更できるだろう。問題は、こうした重要な政策変更を閣議決定のみで進めていることだ。米国などは兵器輸出について議会がチェックする仕組みをもっており、日本も国会にそのような役割をもたせるべきではないか。
この間、防衛省は軍事産業に働きかけ、内外の兵器展示会・商談会への参加を促してきた。
国内では2022年から在日米軍との取引を想定した商談会「インダストリーデー」を開催、また中小企業の軍事産業関与を狙って「防衛産業参入促進展」を東京・大阪で開いている。
海外では、23年9月、ロンドンで開かれた欧州最大の兵器展示会「DSEI」に日本企業8社が出展、11月にはシドニーで開催された展示会「インド・パシフィック」に初めて日本企業10社が参加した。さらに24年2月の航空機関連展示会「シンガポール・エアショー」に初めてブースを設け、日本から13社が出展した。
このような防衛省と軍事産業の一体化した武器輸出に向けた動きに対しては、厳しく監視していく必要があろう。 (POLITICAL ECONOMY、264号、2024年7月1日)