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Published: Tuesday, 18 April 2023 08:43
ウクライナ戦争の長期化、米中対立=「新冷戦」の激化と台湾有事の懸念、こうした背景のもと日本の軍拡を容認する世論が醸成され、財政経済の軍事シフトが急速に進行している。過去10年、9条改憲をゴールにして法制度の改定、法解釈の変更が重ねられてきたが、ここにきて岸田政権の軍拡への暴走が明らかになってきた。
◆安保3文書決定から軍拡予算へ
2022年12月に閣議決定された安保3文書(「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」)は、戦後日本の「安全保障政策」を大転換し、軍拡への道を開く画期となった。3文書はきわめて総合的・体系的な内容を備えており、2023年度予算決定、その後の関連法制定を通じて具体化されつつある。問題点を3点指摘したい。
第一に、「専守防衛」路線から敵基地攻撃能力保有への転換が決定的に重要だ。いわゆる「抑止力」理論によってこれが正当化されているが、外交戦略を欠いた軍事力強化は、「米中新冷戦」への日本の「参戦」、東アジアにおける際限なき軍拡競争への突入を意味するだろう。
第二に、「防衛費」の突出した増額だ。NATO諸国並みのGDP比2%への引上げが目標とされており、GDP550兆円ならば11兆円、2022年度予算の2倍に達する。これを基準にして2023~27年度の5年間で43兆円の増額となる。その財源として増税と国債増発の組み合わせが不可避となろう。
第三に、軍事産業の育成だ。「国家安全保障戦略」には、「防衛生産・技術基盤の強化」「防衛装備移転の推進」が掲げられ、「国家防衛戦略」では、「防衛産業は国防を担うパートナー」と持ち上げ、その利益保証を約束している。
◆武器輸出規制の解除へ
戦後日本の武器輸出規制は、1967年に佐藤首相が表明した3原則(共産圏、国連決議により禁止されている国、紛争当事国への輸出禁止)、1976年に三木首相が表明したその拡大(武器輸出の原則的禁止)が長期間堅持されてきたが、2014年、安倍政権のもとで「防衛装備移転3原則」へと名称変更され、紛争当事国等への禁止、日本の安全保障に資する場合は容認、目的外使用等は規制という新3原則へと改定された。
しかし、共同開発の場合を除き、輸出できる装備品は救難、輸送、警戒、監視、掃海の5分野に限定されていた。そのため、部品・構成品は別として完成品の輸出はフィリピンへの警戒管制レーダー1件にとどまっていた。武器輸出3原則以来の規制力がなお機能していたと考えられる。
経団連は2022年4月の「防衛計画の大綱に向けた提言」において、武器輸出ルールの再検討、政府による支援を要請した。これを受けて「国家防衛戦略」には、3原則・運用指針の見直し、官民一体での武器輸出推進のため基金の創設という方針が盛り込まれた。その具体化を目指して岸田政権は、「防衛省の装備品等開発生産基盤強化法案」を国会に上程し、広範な装備品を官民連携のもとで生産・輸出する体制を築こうとしている。装備品の範囲を、従来抑制されてきた殺傷能力のある艦船、戦闘機などへと拡張する意見が政府・自民党内に出てきている。
◆ODAの変質とOSAの創設
途上国の経済社会開発を目的とするODAも、軍事化の波をかぶっている。日本のODA政策は、1992年の「政府開発援助(ODA)大綱」によって平和主義を基調とする理念が明確化され、2003年の改定でもその基調は維持された。
ところが、安倍政権下、2015年に大綱の名称が「開発協力大綱」へと変更されるとともに、「積極的平和主義」のもと国家安全保障戦略と関連づけられ、非軍事的目的であれば相手国の軍に対しても支援できるように扱いが変更された。
2022年、「開発協力大綱」の改定作業が進められ、23年4月に改定版の案が公表された。それによると、国家安全保障戦略の策定をふまえ、「同志国」等との連携を深めて戦略的に実施するという方針が示されている。ただし「非軍事原則」は維持されており、軍事援助には歯止めがかけられている。
しかし岸田政権は、新しい途上国支援の枠組みとして、OSA(政府安全保障能力強化支援)という軍事援助の方式を打ち出した。OSAはODAの制約を乗り越えるべく、「同志国」の軍に防衛装備品を無償で供与する方式であり、2023年度はすでにフィリピン、マレーシア、バングラデシュ、フィジー島への供与が予定されている。「同志国」とは、FOIP(自由で開かれたインド太平洋)の理念を共有する諸国のことのようであり、日本からみれば中国包囲網形成の意図をもつが、その定義はあいまいだ。際限なく拡大されるかもしれない。また、供与する装備品は当面、救難・輸送等、武器輸出3原則改訂版に沿っているが、ウクライナへの殺傷兵器供給策も視野に入っており、3原則の見直しに対応して拡張されていく可能性が十分にある。
このように岸田政権の軍拡路線は、国内・対外の両面に渡る包括的なものであり、増税といった国内の財源問題だけに目を奪われてしまってはならないだろう。
(Political Economy, No.235、2023年4月15日)
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Published: Friday, 06 August 2021 12:41
2021年1月に成立した米国のバイデン政権は、格差是正に取り組むなかで抜本的な税制改革を提起し、同時に多国籍企業に対する新たな課税ルールの創出を主導しつつある。その意義と限界について検討してみたい。
◆バイデン税制改革は米国経済に何をもたらすか
バイデン大統領は就任直前に1.9兆ドル規模(約200兆円)の「米国救済計画」を打ち出した。これはコロナによって打撃を受けた低中所得層の支援を目的としたもので、現金直接給付、失業保険給付期間の延長のほか、子育て世帯に対する税額控除を使った「子ども手当」の毎月支給など、ベーシックインカムに近い給付の実施を目指している。3月に、共和党が反対したため民主党単独で可決した。
続いて打ち出されたのが、中長期の「米国雇用計画」と「米国家族計画」である。「米国雇用計画」は8年間に2.3兆ドルを投じ、インフラ整備(高速道路、通信網、水道等)、産業強化(電気自動車、半導体、クリーンエネルギー等)、生活基盤向上(学校、保育施設、低所得者住宅等)を図るという。「米国家族計画」は10年間に1.8兆ドルを投入し、教育支援(幼児教育、コミュニティカレッジ、マイノリティ教育等)、育児・介護支援、家計支援(子育て世帯の税額控除)を進める構想となっている。
3つの計画を合わせると総額6兆ドル、日本のGDPを超えるほどの大きさになる。財源はどうするのか。「米国雇用計画」では、法人税の引き上げ(21%から28%へ)、多国籍企業の海外収益への課税強化などで10年間1.75兆ドル、15年間2.75兆ドルの税収を確保する目算だ。「米国家族計画」では、個人所得税の最高税率引き上げ(37%から39.6%へ)、キャピタルゲイン課税の引き上げ(20%から39.6%へ)のほか、税務当局による徴税強化などによって10年間1.5兆ドルを調達するという。
1930年代のニューディール期に匹敵する財政の大膨脹、大企業・富裕層に増税し、中低所得層に回す所得再分配政策、これはまさに1980年代のレーガン政権時代に始まった新自由主義、市場原理主義、「小さな政府」路線の180度転換であり、格差是正、「大きな政府」路線への回帰といえる。こうした転換は、米国社会の格差拡大が極限まで達していることの帰結にほかならない。
しかし、これらの計画はどこまで実現可能なのか。民主党左派の主張に近い増税政策に対して、共和党だけでなく民主党の一部議員も同意していない。「米国雇用計画」について、超党派の上院議員団は、8年間1.2兆ドルに圧縮、使途は道路等の旧来型のインフラ整備を主とし、財源には法人税増税をあてないといった妥協案を早くも作り上げた。
今後の見通しとして、おそらく大幅な増税は議会が認めず、財政赤字が膨らむことになるだろう。しかしそうなると、インフレの高進は避けられず、といってFRBが金融引締め、金利引上げに動けば金融危機を招きかねない。FRBの舵取りをめぐって米国経済は混迷を深めていくかもしれない。
◆なぜ国際課税ルールは革新されなければならないのか
バイデン政権による法人税引上げ政策は、多国籍企業に対する国境を超えた新たな課税ルールの実現を促すことになる。新たなルールへの道筋をふり返ってみよう。
戦前の国際連盟の時代から、国境を越えた事業活動に対する課税の問題は検討が重ねられてきた。そこでは、多国籍企業の本社所在国と海外子会社立地国の課税権の配分が焦点になり、二重課税の調整を図る2国間租税条約のモデルが作成された。第二次大戦後、多国籍企業の活動が活発になるにつれて、二重課税を回避しつつ課税権を確保する租税条約と国内租税法体系の整備が図られていった。国際的な議論の場としてはOECDと国連の二つがあったが、主導権は先進国クラブであるOECDが握っていた。
この当時の国際課税の原則は、製造業を想定して、独立企業原則(多国籍企業グループの子会社を独立した企業とみなす)と、PE原則(PE=物理的拠点の存在する国に課税権がある)が柱になっていた。ところが21世紀に入り、GAFAというグローバル・デジタル企業が登場すると、こうした原則では税収を確保できないことが明らかになっていく。GAFAはPEをもたずに世界中で売り上げを伸ばし、利益をあげていく。利益源となるのは無形資産(ビジネスモデル、ブランド、知的財産権)であり、これは開発した本社からタックスヘイブンの子会社に移転できるため、企業グループ内の取引を通じてタックスヘイブンに利益を集め、課税を回避できる。最近の調査によれば、世界の主要企業5万社の税負担率平均25.1%に対して、GAFAは15.4%と6割しか負担していない(「日本経済新聞」2021年5月9日)。
このような状況に対して、英国を拠点とする有力NGOのタックス・ジャスティス・ネットワークなどが問題を提起し、多国籍企業の課税逃れは年間5000億ドルという推計を発表した。対策として、多国籍企業グループの利益を合算したうえで各国に一定の方式で合算利益を配分し、それぞれ課税する方法(独立企業原則、PE原則の否定)、各国の法人税率の共通最低ラインの設定(タックスヘイブンの否定)などの提案を行った。
リーマンショック以後、問題を放置できなくなったOECDは2012年にG20と共同して46カ国の規模でBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトを立ち上げ、2016年に15項目の行動計画を策定した。これによって多国籍企業の活動・納税実績の国別報告書作成が義務づけられるなどの成果が生まれたが、税逃れを十分に捕捉する実効性あるルール制定は残された課題となった。
そこでOECDとG20は139カ国・地域が集まる「拡張された枠組み」を創出し、多国籍企業課税の新ルールの形成を目指した。2018年には、①多国籍企業の総利益に対する課税権の国別配分、②法人税の国際最低税率の設定という2本柱からなる方策がまとめられた。ところが、米国のトランプ政権がこれに同意せず、新ルールの実現は暗礁に乗り上げた。そこにバイデン政権が登場し、国内の法人税増税政策に連動する形でOECD提案を米国主導で推進することになった。新ルールは、①法人税の共通最低税率を15%以上とする、②多国籍企業の超過利潤のうち20~30%について、売上のある各国に課税権を配分するというもので、2021年10月のG20サミットで最終合意に至る見通しである。
◆新しい国際課税ルールはどこまで評価できるか
新しい国際課税ルールは、これを求めてきた国際NGOや労働組合からはあまり評価されていない。
第一に、対象となる多国籍企業の範囲が狭く、税収増加が見込めない。現時点の案では、年間売上高200億ユーロ(約2.6兆円)以上、利益率10%以上の巨大高収益企業のみが対象になる。業種では銀行・保険、資源企業は除かれている。該当企業は世界全体で100社程度と想定されている。GAFAのうちアマゾンは利益率が10%未満であるため除外される。
第二に、課税範囲が限定され、利益配分方式が偏っている。新方式は利益全体に及ぶのでなく、利益率10%までの利益および10%を超える超過利益の70~80%は従来の課税方式のままであり、超過利益のうち20~30%にしか適用されない。この部分が売上高に応じて各国に配分され、各国の税率で課税される。すでに独自にデジタル・サービス税を導入して売上高に課税しているインドなどからみれば、減収になるかもしれない。
第三に、最低税率が低すぎて、タックスヘイブンを容認することになる。現時点では少なくとも15%以上という低いラインが設定されている。そのうえ実効税率を計算する分母にあたる利益の算出に抜け道が用意され、従来どおりの税負担でも計算上の税率が高くなり、最低法人税率が意味をもたないことになる。
第四に、総じて途上国の声が反映されていない。現在の案が実施された場合、途上国側に税収増加のメリットはあまり期待できない。先進国主導のルール作りでなく、国連のもとで途上国の発言力が保障された場でルールが策定されるべきだという批判がある。
このような問題点をあげて、いま拙速に決定してしまうと今後当分の間変更されないため、もう少し時間をかけて検討すべきだとして、早期妥結に反対する意見が提起されている。しかし、現在の改革機運を逃すならば、現状を変える機会が失われ、現行の欠陥ルールが生き続けることになる。今回の新ルールは様々な限界をもつとしても、法人税切下げ競争にブレーキをかけ、多国籍企業の課税回避を抑制する第一歩として意義をもつのではないか。
グローバルに活動する多国籍企業に対して、課税権力も主権国家の枠を超えてグローバル化していく必要がある。諸富徹『グローバル・タックス』(岩波新書)は、グローバル化の方式には、課税権力のネットワーク化と超国家機関の創出の2ルートがあると論じているが、その第1ルートが現実化しつつあると考えられる。グローバルな課題に対処するためには、1国主義を超える様々なグローバル・ガバナンスの道が開拓されなければならない。課税問題にとどまらず、多国籍企業規制(「ビジネスと人権」)、気候変動、感染症などの課題に連携して取り組んでいくことが求められている。(「テオリア」107号、2021年8月)