米中貿易戦争の行方―グローバル経済と覇権をめぐって

米中貿易戦争の行方―グローバル経済と覇権をめぐって

                                    

はじめに

2018年に勃発した米中貿易戦争は、トランプ政権の米国第一主義による通商戦略の発動であり、短期的には中間選挙対策の意味をもっていた。中間選挙後、次の大統領選挙に向けて戦局は新たな段階に入るだろう。また、通商戦略は全世界的に実施されたが、特に中国に対しては知的財産権の侵害に焦点を合わせた強硬な制裁関税の発動へと進んだ。これは、貿易赤字の問題だけでなく、次世代の先端技術をめぐる長期的な覇権争いの側面をもっている。

このような通商戦略、対中貿易戦争は、米国がIMF、WTOなどの国際機関の運営を主導して、グローバル経済における覇権を行使する時代の終りを告げている。WTOからの離脱すらほのめかし、WTOルール違反を意に介さない米国の姿勢は、自国の目先の利害を優先させ、国際システムを維持する責任を放棄するものである。

現在の米国の対外政策は、トランプ大統領の独特の個性に由来するものであり、ポスト・トランプの時代には元の状態に戻るとする見解もあるかもしれない。しかし、トランプの個性がどうであれ、根本にあるのはトランプを生み出した米国の変質なのであり、これまでの米国中心のグローバル覇権構造は長期的に変容していかざるを得ないだろう。

以下では、2018年に進行した事態の整理に主眼を置き、まずはトランプ政権の通商戦略に基づく全方位貿易戦争の推移をたどる。次いで米中貿易戦争について、関税引上げ合戦と技術覇権争いの二つの側面から検討を加える。そのうえで、今後のグローバル覇権の動向について若干の展望を試みたい。

 

1.トランプ政権の通商戦略

 トランプ政権の通商戦略は、政権発足間もない2017年3月の米国通商代表部(USTR)の議会通知に明瞭に現れていた。その要点をあげてみよう。

 第一に、通商政策において米国の国家主権を優先する。つまり、WTOの決定よりも米国の国家主権を優先させることであり、WTOルールに縛られないとする立場である。

 第二に、通商法を厳格に執行する。トランプ政権の眼から見ると、世界の主要な市場は政府補助金、知的財産権侵害、為替操作、国営企業などの「不正行為」によって歪められているというわけであり、これに対処する行動は正当化される。

 第三に、海外市場を開放するために、あらゆるレバレッジ(てこ)を活用する。米国に有利な状態にもっていくために、制裁関税、通商協定における為替条項(競争的な通貨切下げ操作の禁止)の導入などの手法を用いると宣言している。

 第四に、主要国と新たな通商協定の交渉をしていく。多国間協定からは離脱し、米国の主張を通しやすい2国間通商協定を推進する立場の表明である。

 このような内容の通商戦略は、大統領選挙期間中の2016年9月に政策ブレインであったピーター・ナバロ(政権発足時は国家通商会議委員長、現在は通商担当大統領補佐官)が作成した「ナバロ・ペーパー」に基づくものであり、米国第一主義、国際主義の放棄の立場を鮮明に表明していた。

 こうした観点から米国はTPP離脱、パリ協定脱退、イラン核合意からの離脱など、国際連携の枠組みから撤退していく。それはWTO無視、国連関係機関の各種分担金支払中止にも現れており、結果としてG7、G20における孤立を招いている。

 通商戦略の発動は、全方位貿易戦争として韓国、メキシコ、カナダとの2国間交渉から開始され、やがてEU、日本との交渉へと進展していく。そこでは自動車関税の引上げなどを脅しの材料として、相手国に譲歩を迫る手法がとられる。関税引上げを正面に掲げるため、これを保護主義とする見方があるが、相手国には関税引下げ、市場開放など自由主義を迫るものであって、自国第一のご都合主義と評するべきだろう。

 

2.全方位貿易戦争の展開

 トランプ政権の全方位貿易戦争は、2018年3月1日、鉄鋼25%、アルミニウム10%の輸入関税引上げ方針表明をもって開始された。その法的根拠は通商拡大法232条、米国の安全保障への脅威を理由とした輸入制限であった。なぜ安全保障が理由になるのかといえば、鉄鋼・アルミニウムの輸入増加によって米国の当該産業が衰退し、国産兵器製造に支障をきたすといった無理なこじつけである。ねらいは、鉄鋼・アルミ産業関係者向けの選挙対策と2国間通商交渉のカード作りと考えられる。

3月23日、関税引上げは実施段階に入るが、韓国、カナダ、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、オーストラリア、EUは、個別交渉を前提に一定期間適用除外とされた。日本、ロシア、中国、トルコ等は適用除外からはずされた。日本政府は、日米同盟がある以上、安全保障を理由とする日本への適用はないとみていたが、見事にあてがはずれてしまった。適用除外国のうち、韓国、ブラジル、アルゼンチン、オーストラリアは早期収拾を図り、輸出数量制限を受け入れて決着をつけた。それに対してカナダ、メキシコ、EU、中国などは報復関税、WTO提訴などの対抗措置をとり、日本は静観のかまえをみせた。

鉄鋼とアルミが全方位貿易戦争の第一弾であったとすれば、第二弾は5月に表明された乗用車への25%追加関税であった。ここでも通商拡大法232条が根拠法として持ち出された。鉄鋼・アルミに比べて乗用車の貿易規模は大きく、発動となればメキシコ、カナダ、EU、日本などへの影響は深刻になると予想された。トランプ政権は乗用車関税引上げを直ちに実施するのでなく、これを脅しの武器として2国間通商交渉を有利に運ぶ作戦をとっていく。

2国間交渉が最も早く妥結したのは韓国であった。韓国との間には米韓FTAが締結されていたが、米国は2018年1月から再交渉を開始し、3月末には合意に持ち込んだ。その要点は、①米国の韓国製トラック輸入関税撤廃期限の延長、②米国車の韓国輸出枠の拡大、③韓国からの鉄鋼輸入数量の制限など、米国に有利な項目が多く、加えて付帯協定では為替条項が盛り込まれた。こうした韓国に不利な協定が早期に締結されたのは、在韓米軍撤退の脅しが効いたのではないかと報じられている(日経2018年9月26日)。

続く2国間交渉はメキシコとの間で行われた。NAFTA(北米自由貿易協定)見直しは2017年から提起されていたが、米国はまず立場の弱いメキシコを先に攻め、2018年7月1日の大統領選挙で対米強硬左派のロペスオブラドールが当選(12月就任)すると、7月末から交渉を加速し、約1ヵ月で合意に到達した。その要点をみると、焦点の自動車関税をゼロにする条件として、①原産地規則(域内の部品調達比率の62.5%から75%への引上げ)、②賃金条項(時給16ドル以上の地域で製造した部材を40~45%使用)、③数量制限(対米輸出台数が240万台を超過した場合関税25%)、④為替条項など、全体として域外からの部品調達の制限、米国製部品の使用優先が明確にされた。

これを受けて、カナダとの2国間交渉が本格化し、カナダも相当抵抗したものの、結局は9月末にメキシコとほぼ同様の内容で妥結せざるをえず、NAFTAを改訂したUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)が成立することになった。協定名称から「自由貿易」がはずされた点に象徴されるように、管理貿易の色彩の濃い協定に変質している。メキシコとカナダは米国経済への依存が大きく、交渉力が不足していたと思われる。

それではEUとの交渉はどうであったか。米・EU間では、2013年からTTIP(環大西洋貿易投資協定)の交渉に入っていたが、トランプ政権はそれに代る新たな枠組みを打ち出した。その際、韓国との交渉で効果を発揮した安全保障カードを使い、NATOでの防衛義務の放棄をほのめかしたと伝えられている(朝日2018年4月27日)。それとともに自動車関税の引上げを振りかざし、7月25日のユンケル欧州委員長との首脳会談で米・EU通商交渉入りで合意した。本格的な交渉は今後のことになるが、ロス商務長官は、交渉入り自体を評価して、「自動車関税で脅迫しなかったら、こんな結果にならなかっただろう」と発言している(日経2018年7月28日)。

最後に日本であるが、これまでは米国のTPP入りを追求する一方、2国間交渉については、麻生・ペンスの日米経済対話、それに続く茂木・ライトハイザーの新通商会議などで時間稼ぎをしていたものの、結局2018年9月の日米首脳会談で交渉開始に追い込まれた。安倍首相は、FTAとは異なるTAG(物品貿易協定)の交渉と強弁しているが、内容をみればサービス貿易、投資事項を含む交渉そのものであることは明らかである。2019年早々に開始される日米交渉において、韓国・メキシコ・カナダとの交渉で戦果をあげてきた米国は、日本の対米自動車輸出に対する数量制限、農産物市場の開放、為替条項による日銀の円安政策の牽制などを迫ってくるだろう。この攻勢に対して日本側がどこまで抵抗できるのか、見通しはきわめて厳しいとみなければなるまい。

 

3.米中貿易戦争の開戦

 米国にとって中国は貿易赤字の半ばを占める経済大国であるとともに、米国が誇る技術や軍事の覇権に挑戦する強国でもあり、他の国とは区別された通商戦略を行使していく。すなわち通商拡大法232条による鉄鋼・アルミ関税の引上げと並行して、通商法301条、知的財産権侵害を根拠とした、中国からの輸入品全般に対する関税引上げの実行である。

 2018年3月22日、米国は中国からの輸入品600億ドル(その後500億ドルに変更)に25%の追加関税を設定する方針を公表した。知的財産権侵害の内容は、中国に進出した米国企業に対する技術移転の強要、米国企業の買収による先端技術の取り込み、サイバー攻撃を通じた技術情報の窃盗などとされた。また米国は、対中貿易赤字の削減策として、自動車・半導体等の関税引下げ、金融市場の開放、貿易赤字の1000億ドル削減などの要求を提示した。

 これに対して中国は、米国からの輸入拡大(LNG、自動車、半導体)、乗用車関税の25%から15%への引下げ、金融市場の一定の開放など、それなりの譲歩策を打ち出し、5月から6月にかけての閣僚級通商交渉では休戦が成立するかにみえたが、トランプ大統領の強硬論により合意には至らなかった。

 7月6日、米国は制裁関税第一弾として、中国が力を入れるハイテク製品(生産財)など340億ドル相当の輸入品に25%の追加関税を発動した。これに対抗して中国は、トランプの支持基盤を狙い撃ちにすべく、大豆、綿花、食肉等の輸入品340億ドルに25%の関税を上乗せした。その後、米中間の協議が行われたものの成果はなく、米国は8月23日に第二弾として160億ドル相当の輸入品に25%追加関税を設定し、中国も直ちに同額同率の報復関税を打ち出した。

 9月に入ると米国側の攻勢は一段と強まり、9月24日、第三弾として2000億ドル相当の輸入品に10%(2019年1月からは25%)の追加関税を発動した。対象品目には電子機器、家具、農水産物等、消費財が広範に含まれ(ただし、スマホ、パソコンは除外)、中国からの輸入品のほぼ半分に関税が上乗せされることになった。そうなると、いずれ米国の輸入インフレ、消費者の負担増は避けられなくなるが、11月の中間選挙までであれば、その影響はまだ表面化しないと予測された。これに対して中国は、米国からの全輸入品に追加関税を設定しても2000億ドルには達しないため、とりあえず600億ドル相当に5~10%の報復関税を発動した。

 トランプ政権は、第四弾として残りの全品目(約2670億ドル)への追加関税をほのめかし、中国側に譲歩を迫っている。中国は妥協策を模索し、中間選挙終了後の11月中旬、142項目の行動計画を米国側に通知した。その内容は本稿執筆時点(11月26日)では公表されていないが、トランプ大統領は、「非常に完成度が高い」と一定の評価を与えつつ、なお未解決の問題が残されていると指摘している。11月末にアルゼンチンで行われる米中首脳会談で何らかの妥協が成立し、関税合戦は一時休戦となる可能性がある。しかし、仮に休戦になったとしても、技術覇権をめぐる争いが続く以上、米中貿易戦争は長期化せざるをえず、戦線は拡大するとみるべきだろう。

 

4.ハイテク覇権をめぐる攻防

 そもそも貿易戦争を仕掛けた米国側の意図は、米中貿易の不均衡の是正だけでなく、中国がハイテク超大国となり、やがて軍事超大国となってグローバル覇権を握ることを阻止しなければならないという危機意識だろう。ナバロの米中戦争論はその端的な表明である。2015年、中国は「中国製造2025」と称する長期的産業開発戦略を提起した。2025年、2035年、2049年の3段階で中国を世界最高のハイテク先進国にするという壮大な国家戦略であり、それは中国がグローバル覇権国の座に就くことを意味している。

 米中通商交渉の場で米国は中国に対して、市場開放だけでなく、ハイテク企業への政府補助金の廃止、つまりは「中国製造2025」の中止という、中国側がとうてい受け入れられない要求を突きつけた。そのうえで、一方では中国のハイテク企業との取引停止に着手した。たとえば通信機器大手の中興通訊(ZTE)に対して、イラン制裁への違反を理由にしてコア半導体の販売を禁止し、同社を生産停止状態に追い込んだ。困窮した中国側は、制裁金支払、経営陣交代などで何とか取引停止を解除してもらったが、中国側の対米技術依存を強く印象づけた。また、中国を代表するハイテク企業・華為技術(ファーウェイ)の製品購入規制にも踏み込んでいる。

 他方では、米中間のハイテク関連の資本取引への規制を強めた。対米外国投資委員会(CFIUS)の審査権限を強化し、中国企業による米国ハイテク企業の買収・合併を規制し、合わせて米国企業の対中国投資にも制限をかけることにした。

 しかし、このような取引規制が中国の技術開発を阻止する効果は限られている。すでにハイテク人材、特許出願件数、ハイテク製品の世界シェアなどの指標からみて、中国の総合的な技術開発力はかなり高い水準に達している。もちろん、最先端技術では、なお米国が優位にある部門が多いわけだが、たとえばビッグデータの収集能力では共産党体制の中国が圧倒的に有利であって、中国が米国を追い抜くのは時間の問題だろう。

 

おわりに―グローバル覇権構造の展望

 米国が握ってきたグローバル覇権は、トランプの米国第一主義、中国の超大国志向の両面から変容過程に入りつつある。米国は、世界システムを維持する覇権国の役割を放棄し、G7、G20でも孤立を深めている。他方中国は、上海協力機構、一帯一路構想など、中国を盟主とする地域覇権国の地位を固めつつ、自由貿易体制の推進を表明している。今後、米中の総合国力が接近し、G2体制になるとともに、米中対立の側面が際立ってくる可能性がある。                                          

(『現代の理論』2019年冬号)