経済産業省の相次ぐ失態

安倍政権の経済政策を主導しているのが経済産業省であることは広く知られている。首相側近の今井秘書官を筆頭に、アベノミクスの成長戦略は経産省を中心にして立案、実行されてきた。しかし、2018年の終りにきて、経産省の失態が相次いでいる。

第一は、産業革新投資機構(JIC)の崩壊である。JICは、2003年設立の産業再生機構、それに続く2009年設立の産業革新機構を引き継ぐ形で2018年9月に発足した国策投資ファンドである。成長戦略の目玉として2兆円規模の政府資金を動員し、革新的な産業・企業の育成を推進することが目的とされた。しかし、発足直後に、役員の高額報酬(業績連動報酬を含め1億円超)の約束が撤回されたことが発端になり、取締役11人(社外取締役5人を含む)中、官僚出身の2人を除く9人全員が辞任という異例の事態を招いた。経産省の約束撤回は、菅官房長官の意向の反映という指摘もみられる。

辞任の原因は、報酬をめぐる対立だけでなく、官民ファンドという仕組みに対する認識のギャップも大きかったようだ。経産省側は、政府資金を活用する以上、投資先の選定に対する認可権限を行使し、子ファンド、孫ファンドの情報開示を求める姿勢を示した。それに対して民間出身の経営陣は、投資事業に対する政府の介入、以前の官民ファンドにみられた国策的な不採算企業救済の圧力を感じたようである。結局、官と民との「いいとこ取り」をねらいながら、官民間のギャップを埋められず、成長戦略の推進装置と期待された大型ファンドの試みは、あえなく頓挫することになった。

第二は、原発輸出戦略の破綻である。国内の原発新規建設ができないなか、経産省と原発メーカーは輸出に活路を求めていたが、何年もかけて合意に持ち込んだ案件が次々に断念に追い込まれている。福島原発事故以前から話が進んでいた案件では、2012年リトアニア(日立)、2014年台湾(日立、東芝、三菱重工)、2016年ベトナムなど、計画中止が続いた。にもかかわらず、その後も、トルコ(三菱重工)、英国(東芝、日立)の計画は推進された。

しかし、2018年12月に至り、トルコ原発は建設費高騰のため中止せざるをえなくなった。英国についても総事業費がふくらみ、英国側に追加支援を要請することになったが、まず実現は無理とみられる。トルコ、英国の挫折によって原発輸出計画は全滅状態になった。世界的に再生可能エネルギーへと転換が進む状況下、時代遅れの事業の挫折は当然

といえる。

 以上2件の失態に加えて、これから問題になりそうな事案として、消費増税対策としてのポイント還元策と日産のゴーン追放事件があげられる。今回の消費増税では、はじめて食品など一部の商品に軽減税率が導入され、制度が複雑になる。それに加えて消費の落ち込みを回避すべく、様々な対策が盛り込まれる。そのなかで経産省は、キャッシュレス決済の促進という別の目的を紛れ込ませ、クレジットカードや電子マネーによる支払に5%のポイントを付ける奇策を提起した。ポイント還元の期間は2019年10月から2020年6月までの9ヵ月間に限定されており、2019年10月にそれまでの8%から5%に減税された後、2020年7月には5%から10%へと一気に増税される仕組みである。このような税率の激変はとうてい健全な税制とはいえない。それだけでなく、準備が間に合わずキャッシュレス化に対応できない零細商店、あるいは低所得層にとっては不利益以外のなにものでもない。

日産のゴーン追放事件は、ゴーン独裁、ルノーへの従属を嫌った社内勢力のクーデターであり、社外取締役に経産省出身者が就任しているとはいえ、経産省の関与は薄い。基本的には日産のガバナンスの問題だが、それに東京地検特捜部が司法取引を通じて介入したこと、またルノーの筆頭株主がフランス政府であることから、政府間の事案に発展する可能性がある。

おそらく経産省には、ゴーン逮捕の事前連絡はあっただろう。事件発覚直後に経産大臣が登場し、フランス政府との間でやりとりをしている。今後、金融商品取引法違反(役員報酬の有価証券報告書虚偽記載)、会社法違反(特別背任)の2件で裁判がはじまるとして、果たして有罪となるのか、専門家の評価は分かれている。仮に無罪となれば、経産省も相当の影響を受けざるをえない。

2018年末、東京株式市場は大暴落に見舞われた。それに先立って生じた経産省の相次ぐ失態は、2019年の安倍政権の厳しい前途を予兆しているのではないだろうか。

(Political Economy 2019年1月1日)

【概説】日本のODA―歴史と特徴

【概説】日本のODA―歴史と特徴                

                                                                  2017年9月

 ODA(政府開発援助)とは、先進国が発展途上国に対して、経済開発や福祉の向上を目的として資金や技術を提供することである。先進国グループのOECD(経済協力開発機構)のもとにあるDAC(開発援助委員会)が枠組みを決めており、ODAの形態には2国間の贈与(無償資金協力、技術協力)と貸付、国際機関(世界銀行、アジア開発銀行等)への出資・拠出などがある。

 ODAの目的は、建前としては貧困国に対する人道的な支援であるが、実際には先進国の国益追求の手段という性格が強い。日本の場合、友好・協力国の拡大という外交的目的と、輸出振興を通じた経済成長の促進という経済的目的があり、経済大国として国際的発言力を高めるというねらいをもっている。

 日本のODAは、第二次大戦後の東南アジア諸国に対する戦争賠償からはじまった。賠償は本来、敗戦国が戦勝国に支払う補償金であったはずだが、日本の賠償は無償資金・技術協力の意味をもち、その後のODAにつながっていった。日本の高度成長を通じた経済大国化とともにODAの規模は増大し、1990年代にはアメリカを抜いて世界最大の供与国の地位についた(ODA大国)。しかし、その後は経済成長の停滞、財政赤字の拡大のためODA予算は縮小し、世界第5位に後退している。

 日本のODAの特徴は第一に、アジアへの集中である。2国間ODAの地域別分布をみると、1960年代はアジアが90%以上を占め、その後徐々に比率を下げたものの、2000年代半ばまで50%以上に達していた。アジアのリーダーになろうとする外交的目的、また企業進出、貿易などを通じたアジアとの経済関係強化を果たす目的で、ODAが利用されたためである。アジアのなかではインドネシア、タイ、フィリピン等が中心であったが、1990年代には中国、2000年代に入るとベトナム、インドの割合が高くなっていく。

 第二に、分野の経済インフラづくりへの集中である。医療、教育等の社会インフラづくりの割合は低く、道路、鉄道、港湾、空港、発電所、通信施設など、経済活動の基盤づくりが優先された。それを前提にして外国企業の進出が促進され、工業化と経済成長が達成されていくことになった。

 第三に、貸付が多いことである。ODA供与国の大部分は、貸付ではなく贈与を中心としており、日本は例外的に貸付が多かった。貸付の場合、いずれ利子をつけて返済されるため、少ない資金で多くのODAを提供できる。途上国からみれば債務が生じるわけで、負担が重くなる。日本のODA拡大は貸付中心であったため、アメリカを抜く規模に達することができた。しかし、贈与比率を高めるべきだというDACの方針に従い、1990年代半ば以降、贈与が貸付を上回るようになった。その背景には、返済期限の到来とともに、新規貸付から返済分を差し引いた正味の資金供給が減少するという事態があった。実際、2000年代に入ると、タイ、インドネシア、フィリピン、中国など、かつて最も多くのODAを受け取っていた諸国は、いずれも返済が新規受取を上回る状態に転じている。

欧州金融取引税の歴史的意味

欧州金融取引税の歴史的意味

                   POLITICAL ECONOMY 16号

                   2014年4月30日

 

 2011年9月、EUの行政府である欧州委員会が、EU加盟国に対して金融取引税の導入を要請するEU指令案を発出した。2008年のリーマン・ショック、2010年以降のユーロ危機のなかで、金融機関に対して大量の公的資金を投入してきた見返りとして、応分の税負担を求める趣旨の指令案である。要点は、EU域内の金融機関が取引する金融商品(株式、債券、デリバティブ等)に広く薄く課税し(税率は証券0.1%、デリバティブ0.01%)、金融危機に備える財源とすることであった。当初の予想税収はおよそ570億ユーロとされた。

 グローバル金融危機を発端とする金融機関への新規課税案は、まずG20の場で提起され、IMFが様々な手法を検討したが、時間が経ち、危機感が薄れるにつれて取り組みは曖昧なものになっていった。そうしたなかで欧州委員会は、EU独自の課税案を提起したわけである。

 この提案に対して、イギリスを筆頭として反対の声があがり、EU全体としての実施は無理となったものの、積極的な11カ国が先行実施することになった。そのなかには、ドイツ、フランス、イタリア、スペインなどEU内の主要国が含まれており、国の数でこそ過半数に満たないが、GDPでは9割に達するという。

 

  • ドイツとフランスが主導権を発揮

実施時期は2014年1月と設定されたが、課税範囲、課税回避対策などの課題の詰めに時間がかかり、先延ばしとなっている。しかし、導入に強い意欲を示すドイツとフランスが主導権を発揮し、5月中に具体策が明確にされる見込みである。

 欧州金融取引税には4点の目的が込められており、それぞれに歴史的意味を有していると考えられる。第一は、金融危機対応として金融機関に負担を求めることである。金融のグローバル化のなかで、金融取引は投機的な様相を深め、好況時には巨額の利益をあげる一方、危機に際しては実体経済に深刻な損害を与え、自らは公的資金で救済された。こうした金融セクターのあり方に対する欧州市民の批判の声は強く、救済措置への弁済、および今後起こりうる危機に備える保険の意味で、課税案が提起された。

 第二は、EU統一税制の整備である。統合過程にあるEUでは、財政や税制の共通化が課題になっており、課税主権は各国に残しながらも、共通課税制度によって実質的に税制統一に一歩前進を図る意味がある。税収の使途の面でも、一定割合をEU独自財源とする構想があるが、詳細は未定のようである。いずれにせよ、ユーロ危機を欧州統合のバネにしようとするEU指導部の目論見がうかがえる。

 

  • 投機的取引に規制

第三は、投機的金融取引の規制である。かつて投機的な通貨取引を抑制するトービン税が提起されたことがあったが、今回の金融取引税では通貨取引はデリバティブを除いて対象外とされている。しかし、株式の高頻度取引など、投機的な金融取引が横行している現状を規制する意味は大きいと思われる。結果として、わずかな税率であっても取引量そのものは相当減少すると見込まれる。

 第四は、国際連帯税として税収が地球規模課題に振り向けられる可能性である。国際連帯税は、国境を越える経済活動に課税し、税収を貧困・開発・環境等のグローバルな課題に投入する趣旨であり、欧州金融取引税はそれとは異なるが、フランスなどは税収の一部を地球規模課題にあてる意図を表明している。その意味で、金融取引税を拡充できれば、国際連帯税の実現に向かう可能性を秘めている。

 日本ではまだあまり関心が高まっていないが、もしEU11カ国で金融取引税が実施されれば、その金融機関と取引する日本の金融機関も納税義務を負うことになる。今後の成り行きに注目したい。

武器輸出解禁からODA大綱改訂へ―成長戦略と積極的平和主義の連結

武器輸出解禁からODA大綱改訂へ―成長戦略と積極的平和主義の連結

                          POLITICAL ECONOMY 28号

                                 2015年3月5日

                        

安倍政権の支持率が落ちない。秘密保護法制定、集団的自衛権行使容認、安保法制改訂等、改憲路線を暴走する安倍政権が支持率を落とさないのは、アベノミクスがそれなりに機能して、景気回復の期待感をもたせているからだろう。しかし、ここにきて2%のインフレターゲットが達成できず、官邸と日銀の間に隙間風が吹くなど、アベノミクスは賞味期限切れの兆候を示している。アベノミクスの3本の矢のうち、異次元の金融緩和と機動的財政出動は、もともと短期的効果しか望めないものである以上、手詰まり状態は明らかだ。ただし、第3の矢の成長戦略は様々な規制緩和策を並べたもので、即効性はないとはいえ長期的影響には注意を要する。

安倍政権の2本柱、アベノミクス(日本再興戦略)と積極的平和主義(改憲戦略)は、これまでのところ並行して展開しているが、両者を連結する手法も現れている。武器輸出解禁とODA大綱の改訂である。

武器輸出解禁は、2014年4月の「防衛装備移転3原則」閣議決定によって実施段階に入った。現行憲法の平和主義の一指標である武器輸出3原則は、1960年代佐藤政権時に提起され、1970年代三木政権時に定式化された。共産圏、国連の禁輸国、国際紛争当事国向けの武器輸出を規制する政策だが、実際には武器輸出一般を禁止する形で運用されてきた。このため武器生産メーカーは販路が国内市場(自衛隊)に限定され、少量高コスト生産が常態化した。その後、米国への技術供与、国際共同開発といった例外が次々に現れたものの、3原則は基本的に維持されてきた。民主党政権下、3原則の見直しが提起されるようになり、安倍政権のもとで、2013年12月の「国家安全保障戦略」策定に基づき、ついに「防衛装備移転3原則」へと切り替えられることになった。

 

新たな段階に入った対外政策の軍事化

新3原則は、①国連禁輸国、紛争当事国への輸出禁止(旧3原則の継承)、②「平和貢献」「日本の安全保障」目的には許容、③第三国移転の規制であり、これまでの例外を一般化したものであって、武器輸出解禁策にほかならない。日本の軍事産業の市場規模は1兆6千億円にとどまっているため、40兆円以上とみられる世界市場への参入を目論んでいるわけで、成長戦略としての規制緩和の一環と考えられる。

ODA大綱は、2015年2月の「開発協力大綱」閣議決定によって、転換が明らかになった。日本のODA政策の基本は、1992年の「ODA大綱」制定、2003年の改訂によって内外に示されてきた。そこでは、「外国軍への支援は禁止」など、軍事的利用への歯止めが明示されていた。

しかし、今回の改訂によって、大綱の名称が変わるとともに、内容も大きく転換している。新大綱の要点としては、国益の重視を正面にすえ、他国軍への非軍事的分野での支援、ODA卒業国への供与(非ODA枠予算の設定)、民間企業・自治体等との連携などがあげられている。他国軍への支援は、「民生目的、災害救助など非軍事的目的」に限るとしているが、それが歯止めにならないことは目に見えている。全体として、「国家安全保障戦略」をふまえた積極的平和主義の観点が濃厚な大綱となっている。武器輸出との関連でいえば、これまでもインドネシアやベトナムへの巡視艇供与が問題とされてきたが、今回の改訂によってそうしたODAが公然と実施できるようになった。中国との対抗を意識したASEAN諸国への軍事的ODA供与がこれから増えていくことになろう。これもまた一種の規制緩和であって、成長戦略にも通じている。

成長戦略と積極的平和主義の連結、ODAによる武器輸出解禁によって、日本の対外政策の軍事化は新たな段階に入ろうとしている。

日銀の財政ファイナンスの行き着く先は?

日銀の財政ファイナンスの行き着く先は?

                          POLITICAL ECONOMY 38号

                          2016年1月2日                       

 2015年12月18日、黒田日銀総裁は大規模な金融緩和の補完策(QQE2.5)を発表した。日銀が購入する国債の残存期間の延長、株価指数連動の上場投資信託(ETF)買入れ枠(年間3兆円)に3千億円の追加などが主な内容であり、2%の物価上昇目標達成が見通せないまま、打てる手段が限界にきているといえる。日銀の保有する国債は2012年末には110兆円程度だったが、15年末には320兆円を突破し、この調子でいけば2017年末には500兆円に迫るだろう。GDPに等しいほどの規模に膨れ上がる。

一方、2016年度の政府予算では、新規国債発行額はやや減少とはいえ、34兆4300億円を見込んでおり、累積債務は一段と積み上がることになる。日銀が国債を買い集め、長期金利が低水準に張り付いているため金利負担は軽くてすむが、日銀による財政ファイナンスの現実は隠すべくもない。

利上げに踏み切ったアメリカFRBと日銀の資産規模を比べてみよう。FRBの資産規模はリーマンショック時から2倍以上に膨らんだが、それでもGDPの4分の1程度、その半ばが米国債である。ただし米国債は世界中で保有されているため、FRB保有高はせいぜい15%ぐらいだろう。日銀の資産規模は直近の2年間で3倍に膨張し、GDPの4分の3に迫る。日銀資産の大半は国債であり、国の債務残高の3分の1を引き受けている。このような赤字国債の大量発行、日銀による大量購入がいつまで続けられるだろうか。また、日銀が国債購入を減少させた場合、長期金利上昇、財政運営の不安定化が避けられないのではないか。

 

  • 戦前・戦時を上回る公債依存度

財政運営に責任をもつ財務省は、累積債務の解消方法をどう考えているのか。2015年9月の財政制度等審議会財政制度分科会に提出された資料「戦後の我が国財政の変遷と今後の課題」は、興味深い事実を明らかにしている。この資料は財政規模、国債発行額、公債依存度、新規公債発行額の対GDP比、政府債務残高の対GDP比などについて、戦前・戦後の長期的推移を示している。

戦後の一般会計歳出規模は一貫して拡大し、2000年代に入って横ばいになったものの、リーマンショック以後再び増大して100兆円に近づいている。これに対して税収は1990年までは並行して増加していたが、以後は減少過程に入り、いわゆる「ワニの口」状態になった。そのギャップを埋める新規国債発行額は1990年代に30兆円台になり、リーマンショック以後は50兆円を越えた。その結果、歳入の公債依存度は40~50%に跳ね上がり、新規国債発行額の対GDP比は10%を突破した。政府債務残高は1990年度200兆円、2000年度500兆円と増加し、2015年度には1167兆円に達した。2015年度の対GDP比は231.1%となった。

こうした数値を戦前のデータと比較してみよう。戦前の公債依存度は満州事変後の1932~34年度に30%を越えたがその後は減少し、1944年度に42.0%に急上昇した。また同じ時期に新規国債発行額の対GDP比も急増しているが、1944年度でも7.2%である。政府債務残高の対GDP比は204.0%であった。つまり近年の公債依存状況は戦前・戦時期をはるかに上回る規模に達している。最近の事態について同資料は「歴史的にも、国際的にも、例をみない水準にまで債務残高は累増」と語っている。

さらにこの資料は、戦後混乱期に政府債務残高がいかに圧縮されたかを明らかにしている。1944年度の債務残高は1520億円で名目GDPの204%に達していたが、46年度56%、47年度28%、48年度20%と急減を記録した。この間、卸売物価上昇率は、46年度433%、47年度196%、48年度166%といった激しいものであった。戦後の非常事態として、預金封鎖、新円切替、1回限りの財産税、戦時補償特別税などの危機対策が打たれるなかで、結局はハイパーインフレによって債務残高の対GDP比が圧縮されたわけである。

現在の日本でハイパーインフレを起こすことはまずできないだろう。といって経済成長率を上げて税収の自然増を見込むことも無理だろう。そうとすれば、残された手段は、一方で一定水準のインフレを進め、他方で消費税などのさらなる増税を図るぐらいしかないのではないだろうか。