香港の悲劇に便乗する東京国際金融都市構想

  • 近視眼的な税制改正大綱

12月10日に2021年度与党税制改正大綱が公表され、12月21日に閣議決定となった。コロナによって緊急に財政資金をばらまいている中での税制改正であり、将来の財政再建をどう展望するのか、そのための税制体系をどのように築いていくのか、その方向性が示されるべきであったが、実際には景気対策的な細々とした減税措置、それに脱炭素化、デジタル化を誘導する企業優遇税制が大半であり、減税色に染め上げられた、選挙を意識した近視眼な内容に終始していた。新型コロナなどの感染症には国際社会が協働して取り組むべきであり、その財源として国境を越えた活動に課税する国際連帯税を導入する好機のはずだが、そうしたことを検討した形跡はない。

その中で目を引いたのが国際金融都市に向けた税制上の措置である。海外から高度金融人材を受け入れるためとして、国外財産を相続税からはずす特別措置、海外の資産運用会社を招致するためとして法人税を優遇する措置など、現行の税体系の例外とする規定が、法人税、相続税、所得税の各項目に盛り込まれた。

これらは12月8日に閣議決定された「総合経済対策」のなかの「世界に開かれた国際金融センターの実現」という政策課題に対応している。そこでは、日本国内に蓄積されている1900兆円の個人資産に着目し、これを運用する資産運用業者と専門人材を呼び込み、金融資本市場の拡充を図ることが狙いとされている。

 

  • 国際金融センター構想は実現可能か

1985年の大蔵省外国為替等審議会の答申「円の国際化について」では、日本の経済大国化、都市銀行の世界ランキング上昇を背景に、円をドルに続く国際通貨に押上げ(当時、ユーロは存在しなかった)、東京をロンドン、ニューヨークと並ぶ国際金融センターに発展させる構想が描かれていた。しかし、バブル崩壊を契機とする低成長時代に東京は、シンガポール、香港に差をつけられてしまう。円の国際化、東京センター構想はその後何回も検討されたものの、目立った成果はあがらなかった。

最近の動きとしては、2017年11月に東京都が公表した「「国際金融都市・東京」構想」があげられる。この報告書では、「今回がラストチャンスとの危機感を持って、・・・必ずや具体的な「行動」に結び付けていかなければならない」と強い決意を表明している。報告書のポイントは、海外から高度専門人材、資産運用業者を受け入れて東京金融市場を活性化させる、そのための税制、手続、生活環境等を整備するというものである。政府の「総合経済対策」の狙いを先取りしている(政府が東京都の構想を引き取った)ものといえる。

この構想の可能性を考えるために、外国資本の日本への進出実績をみておきたい。2019年の外国資本の対日直接投資残高は2225億ドル、世界で28番目である。香港は世界第3位1兆8679億ドル、シンガポールは世界第6位1兆6976億ドルであって、日本との差は大きい。日本の順位は1995年には18位であったので、それよりも低下している。この事実をふまえるならば、海外の金融業者や人材を多少受け入れたとしても、東京の地位が目覚ましく上昇するとは考えられないのではないか。

 

  • 香港の悲劇を利用した格差拡大でよいのか

国際金融センター構想は1980年代から掲げられ、一向に進展しないテーマであるが、ここにきてにわかに国策として登場してきたのは、2020年の香港をめぐる政治状況の変化が契機であることは間違いあるまい。香港の自治が否定され、国際金融センターの地位が失われることを見込んで、脱出する人材、企業の受け皿を用意しようとする目論見であろう。

 そもそも、国内の富裕層の資金を海外の業者に運用させることが目下の優先課題になるのだろうか。与党税制改正大綱は「成長なくして財政再建なし」として、相変わらず成長神話に呪縛され、分配面を無視している。コロナ禍での失業者の増加、マイナス成長であっても株式市場だけは異様に好調であり、ますます格差が拡大している。金融所得課税に手をつけることは急務と考えられるが、その発想はない。

富裕層の資産を増やすための海外業者の受入れ、そのための税制の優遇、このような国際金融センター構想は、目的も手段も格差拡大そのものではないか。しかもそれを香港の民主化運動圧殺をチャンスとみて推進することがあるべき政策といえるのだろうか。

(Political Economy No,181, 2016年1月16日)