米中経済戦争の経過と展望

3月から本格化した米中経済戦争は、関税引き上げ合戦を繰り広げるとともに、ファーウエイを焦点としたハイテク覇権争いへと展開し、世界経済を二分する「新冷戦」突入の様相を呈している。6月末のG20大阪サミットにおける米中首脳会談では、関税合戦の拡大は回避され、通商交渉が再開となったが、事態が収束する見通しはつかない。

 以下では、関税引き上げとハイテク覇権争いという二大戦線の経過と現況を整理し、今後の方向を展望してみたい。

 

◆関税合戦の展開

 米国の中国に対する要求は多方面にわたっているが、要約すると次の3点だろう。①米中貿易不均衡の是正(対中貿易赤字の縮小)、②知的財産の保護(技術移転強要の中止、違法な技術流出の防止)、③国家による過剰な産業保護の抑制(補助金の中止、ハイテク産業育成戦略「中国製造2025」の阻止)。これらの目的達成を目指し、追加関税の設定、またハイテク企業に対する貿易・投資規制を行い、交渉を有利に運ぼうとしている。

 追加関税の設定は2018年3月に予告し、5月に交渉が進展したかにみえたが、トランプ大統領は強硬姿勢を貫き、まず中国からの輸入品500億ドル相当の品目に25%の関税引上げを発動した。一般的には7月に第1弾340億ドル、8月に第2弾160億ドルと分けているが、もともと500億ドル(当初は600億ドル)を標的としたもので、一括して把握することができる。これに対して中国側も340億ドル、160億ドル相当の米国からの輸入品に25%の報復関税で対抗した。

これを第1ラウンドとすれば、第2ラウンド(一般に第3弾)において米国は2000億ドルへと金額を4倍に増やし、9月に10%、2019年1月から25%という2段階の追加関税を設定した。中国の米国からの輸入品はそこまで多くないため、とりあえず600億ドル相当の品目に5~10%の引上げで応じた。同額・同税率で対抗できない点に、関税合戦における中国側の劣位が示されている。

2018年12月1日の米中首脳会談によって、1月からの25%への引上げは延期され、90日間で集中的に通商交渉を行う運びとなった。その期限が延期され、4月末には大筋で合意が成立しかけたが、土壇場で決裂した。詳細は明らかでないが、妥結後の関税引き下げの手順(即時か段階的か)、産業補助金の扱い(地方政府による補助金の可否)あたりが、妥協成立の最後の障害だったようだ。

こうして米国は5月に第2ラウンド2000億ドル品目の第2段階25%への引上げを実行し(中国もこれに対抗)、さらに第3ラウンド3000億ドル(一般に第4弾、10%、25%の2段階)の準備へと進んだ。しかし、第3ラウンドの中国からの輸入品には消費財(スマホ、パソコン、家具、衣類、履物など)が多く、米国内の反対の声が強いため、これが実行されるかどうかは明確でない。6月の大阪サミットにおける米中首脳会談では、当面第3ラウンドへの突入は延期され、交渉再開の合意が成立した。

 

◆関税合戦の影響

米中という世界1位、2位の経済大国間の関税合戦が拡大すると、その影響は米国・中国の貿易・国内経済のみならず、世界経済全体に大きな影響を及ぼすことになる。IMFは、世界の経済成長率は2018年3.6%から2019年2.9%に下落、中国の成長率低下は米国よりも大きいと試算している。貿易依存度(GDPに対する貿易額の比率)は中国が米国より高いことが、この違いをもたらしていると考えられる。

2018年7月から2019年4月までの貿易実績では、中国の対米輸出額は前年同期比180億ドル(14%)減少、米国の対中輸出額は230億ドル(38%)減少であった(日経19年7月6日)。これまでのところ米国側の減少が大きいが、これは中国の対米輸出では駆け込み需要が多かったためであり、今後はマイナスの影響が目立ってくると思われる。

個別品目をみると関税合戦の影響はきわめて大きい。米国から中国への大豆輸出は、2018年8月~19年3月に前年同期比9割減少し、中国の調達先はブラジル、ロシアに転じた。米国から中国へのLNG輸出は7割減少、ワインや木材も大幅に減少した。中国から米国への流れでは、機械・部品、電気機器・部品などが半減し、中国からベトナム、台湾、メキシコへ、そしてそこから米国への輸出が前年に比べて大幅に増加している。もし、米中貿易のすべての品目に25%の関税引上げが実施された場合、この動きは一段と加速されよう。

中国を生産拠点として工業品の対米輸出をしていた多国籍企業は、生産設備を東南アジアなどに移転するとともに、サプライチェーンの張替えに着手している。中国にスマホなどの生産を集中させていたアップルは、完成品の製造工場を中国外に分散させ、それに合わせて部品メーカーに対応するように、大慌てで指示を発した。パソコンを中国で生産しているHPやデルも、製造委託企業に中国外生産へのシフトを要請している。

今後、関税合戦が長期化すれば、中国から工場を移転する企業が続出し、「世界の工場」としての中国の役割が変化していく可能性がある。外資ばかりでなく、中国企業もベトナム、タイなどへ大挙して移動しつつある。米国の関税合戦には中国をサプライチェーンの結節点から外していく意図が感じられる。

それでは、関税合戦で主導権を握った米国は、その成果を享受できるのだろうか。仮に合戦が第3ラウンドまで進むと国内経済への打撃は相当に大きくなり、200万人以上の雇用減少と推計されている。もし実施したとしても、長期化は無理であろう。また対中貿易赤字の縮小については、中国からの輸入の減少は国内生産の増加で埋め合わされるのでなく、ベトナム、タイ、台湾、メキシコなどからの輸入に置き換えられてしまい、米国の貿易赤字削減には至らないと思われる。

 

◆ハイテク覇権争いの展開

 米国の関税戦争の究極の目標は、中国のハイテク覇権国化の阻止(「中国製造2025」の中止)であり、ハイテク企業に対する様々な貿易・投資規制を繰り出してきている。

 第一は、中国企業に対する供給規制である。まず2018年4月、携帯通信インフラの世界シェア4位であるZTEに対して、イラン・北朝鮮への不正輸出を理由に米国からのコア半導体の供給を禁止した。その結果、ZTEは生産停止、経営危機に追い込まれ、習近平がトランプに電話で解決を依頼し、罰金支払い、経営陣入れ替えによって供給禁止が解除された。この「成功体験」をふまえ、米国側の第二、第三の攻勢がかけられた。中国は半導体の自給率が低いため、半導体量産企業JHICCの育成を目指したが、同社に対して米国は半導体製造装置の輸出を規制し、米国企業からの技術窃取を理由に訴追したため、同社の量産計画は挫折に追い込まれた。

こうした供給規制の法的根拠は、米国の安全保障に反する企業への輸出を規制する輸出管理改革法であり、商務省は要注意企業をEL(エンティティー・リスト)、未確認リストの2段階で把握している。2019年5月、5G技術首位のファーウエイをELに加え、米国からの輸出を事実上禁止した。第三国の企業による米国製部品・ソフトを使った製品のファーウエイへの供給も禁止され、厳しい兵糧攻めが開始された。さらに6月にはスパコン大手・中科曙光など5団体もELに追加となった。なお、大阪サミットにおける米中首脳会談でファーウエイへの制裁が一部解除されたようであるが、どの範囲までなのかは明らかでない。

 第二は、中国企業からの調達規制である。2018年8月成立の国防権限法により、安全保障上の理由から、ファーウエイ、ZTE、監視カメラのハイクビジョン、ダーファ、警察・軍事用無線のハイテラなど、中国のハイテク企業5社の製品を政府調達から排除した。この調達規制は、米国の民間企業、同盟国の政府・民間企業にも拡大していくことになる。実際、日本政府は重要インフラ14分野の民間企業に対して、情報通信機器の調達では中国製を除外するように要請し、これまでファーウエイと取引していたソフトバンクも他社製品への切り替えを迫られた。

 第三は、投資規制の強化である。2018年8月、対米外国投資委員会(CFIUS)の権限を強化する法改正がなされ、外国企業による米国企業の買収・合併が厳しくチェックされるようになった。中国移動通信の米国事業申請は却下され、すでに進出している中国電信の免許取消しも視野に入っているという。また、米国企業の中国投資も監視が強化されていく。

 その他、中国人技術者の産業スパイ取締り強化(司法省にチャイナ・イニシアチブなる対

策チーム設置)、中国企業が関与する産学共同研究の規制、中国人留学生に対するビザ発給

の制限など、ありとあらゆる規制策がとられつつある。

 

◆2大陣営への分岐は生じるのか

 米国がファーウエイに攻撃の的を絞ったのは、5G通信技術が、AI、自動運転、IoT、ロ

ボット、3Dプリンタなど、今後の先端技術群を結合する役割をもち、米国の安全保障体

制に脅威を与える(軍事技術に転用される)可能性を感じ取っているからだろう。それでは、

米国の中国企業封じ込め策は成功するのか。

短期的には、中国の半導体、半導体製造装置、基本ソフトなどの自給能力は低いため、中

国側が苦境に追い込まれるのは間違いない。しかし、中長期的にみれば、中国には自主技術開発の潜在的基盤が形成されており、ハイテク覇権国への上昇は十分に可能と思われる。たとえば、先端技術の国際特許出願件数では中国が米国に肉薄しており、特に5Gの標準必須特許の出願では中国がトップを走り、企業別ではファーウエイが傑出している。AIを駆使した画像処理、顔認証技術でも中国が優位にあり、共産党体制によってビッグデータの収集が容易なこともその裏づけとなっている。AI関連の研究人材・研究論文の数においても、中国の台頭は著しい。

そうなると、米中2大ハイテク覇権国が並立し、世界の技術体系は2分されていくのだろ

うか。米中以外の諸国は、いずれの技術体系を取り入れるのか、踏み絵を踏まされることになるのか。おそらく、経済グローバル化が深化する現代世界では、かつての米ソ2大陣営への分岐に類する事態は起こらないだろう。たとえば、中国のネット検索大手である百度が進める自動運転の開発プロジェクト(アポロ計画)には、フォルクスワーゲン、トヨタ、ホンダ、フォード、インテルなど、有力多国籍企業が共同参加している。米中企業の相互乗り入れはすでに相当の規模に達しており、これを解消することは容易でない。まして、EU、日本など第三国の企業が一方の陣営に囲い込まれることは想定しがたい。結局、仮に2大ハイテク大国が並立する事態になったとしても、二股をかける多国籍企業が続出し、世界は多極化の方向に向かうのではないだろうか。            (2019年7月7日)

米中貿易戦争の行方―グローバル経済と覇権をめぐって

米中貿易戦争の行方―グローバル経済と覇権をめぐって

                                    

はじめに

2018年に勃発した米中貿易戦争は、トランプ政権の米国第一主義による通商戦略の発動であり、短期的には中間選挙対策の意味をもっていた。中間選挙後、次の大統領選挙に向けて戦局は新たな段階に入るだろう。また、通商戦略は全世界的に実施されたが、特に中国に対しては知的財産権の侵害に焦点を合わせた強硬な制裁関税の発動へと進んだ。これは、貿易赤字の問題だけでなく、次世代の先端技術をめぐる長期的な覇権争いの側面をもっている。

このような通商戦略、対中貿易戦争は、米国がIMF、WTOなどの国際機関の運営を主導して、グローバル経済における覇権を行使する時代の終りを告げている。WTOからの離脱すらほのめかし、WTOルール違反を意に介さない米国の姿勢は、自国の目先の利害を優先させ、国際システムを維持する責任を放棄するものである。

現在の米国の対外政策は、トランプ大統領の独特の個性に由来するものであり、ポスト・トランプの時代には元の状態に戻るとする見解もあるかもしれない。しかし、トランプの個性がどうであれ、根本にあるのはトランプを生み出した米国の変質なのであり、これまでの米国中心のグローバル覇権構造は長期的に変容していかざるを得ないだろう。

以下では、2018年に進行した事態の整理に主眼を置き、まずはトランプ政権の通商戦略に基づく全方位貿易戦争の推移をたどる。次いで米中貿易戦争について、関税引上げ合戦と技術覇権争いの二つの側面から検討を加える。そのうえで、今後のグローバル覇権の動向について若干の展望を試みたい。

 

1.トランプ政権の通商戦略

 トランプ政権の通商戦略は、政権発足間もない2017年3月の米国通商代表部(USTR)の議会通知に明瞭に現れていた。その要点をあげてみよう。

 第一に、通商政策において米国の国家主権を優先する。つまり、WTOの決定よりも米国の国家主権を優先させることであり、WTOルールに縛られないとする立場である。

 第二に、通商法を厳格に執行する。トランプ政権の眼から見ると、世界の主要な市場は政府補助金、知的財産権侵害、為替操作、国営企業などの「不正行為」によって歪められているというわけであり、これに対処する行動は正当化される。

 第三に、海外市場を開放するために、あらゆるレバレッジ(てこ)を活用する。米国に有利な状態にもっていくために、制裁関税、通商協定における為替条項(競争的な通貨切下げ操作の禁止)の導入などの手法を用いると宣言している。

 第四に、主要国と新たな通商協定の交渉をしていく。多国間協定からは離脱し、米国の主張を通しやすい2国間通商協定を推進する立場の表明である。

 このような内容の通商戦略は、大統領選挙期間中の2016年9月に政策ブレインであったピーター・ナバロ(政権発足時は国家通商会議委員長、現在は通商担当大統領補佐官)が作成した「ナバロ・ペーパー」に基づくものであり、米国第一主義、国際主義の放棄の立場を鮮明に表明していた。

 こうした観点から米国はTPP離脱、パリ協定脱退、イラン核合意からの離脱など、国際連携の枠組みから撤退していく。それはWTO無視、国連関係機関の各種分担金支払中止にも現れており、結果としてG7、G20における孤立を招いている。

 通商戦略の発動は、全方位貿易戦争として韓国、メキシコ、カナダとの2国間交渉から開始され、やがてEU、日本との交渉へと進展していく。そこでは自動車関税の引上げなどを脅しの材料として、相手国に譲歩を迫る手法がとられる。関税引上げを正面に掲げるため、これを保護主義とする見方があるが、相手国には関税引下げ、市場開放など自由主義を迫るものであって、自国第一のご都合主義と評するべきだろう。

 

2.全方位貿易戦争の展開

 トランプ政権の全方位貿易戦争は、2018年3月1日、鉄鋼25%、アルミニウム10%の輸入関税引上げ方針表明をもって開始された。その法的根拠は通商拡大法232条、米国の安全保障への脅威を理由とした輸入制限であった。なぜ安全保障が理由になるのかといえば、鉄鋼・アルミニウムの輸入増加によって米国の当該産業が衰退し、国産兵器製造に支障をきたすといった無理なこじつけである。ねらいは、鉄鋼・アルミ産業関係者向けの選挙対策と2国間通商交渉のカード作りと考えられる。

3月23日、関税引上げは実施段階に入るが、韓国、カナダ、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、オーストラリア、EUは、個別交渉を前提に一定期間適用除外とされた。日本、ロシア、中国、トルコ等は適用除外からはずされた。日本政府は、日米同盟がある以上、安全保障を理由とする日本への適用はないとみていたが、見事にあてがはずれてしまった。適用除外国のうち、韓国、ブラジル、アルゼンチン、オーストラリアは早期収拾を図り、輸出数量制限を受け入れて決着をつけた。それに対してカナダ、メキシコ、EU、中国などは報復関税、WTO提訴などの対抗措置をとり、日本は静観のかまえをみせた。

鉄鋼とアルミが全方位貿易戦争の第一弾であったとすれば、第二弾は5月に表明された乗用車への25%追加関税であった。ここでも通商拡大法232条が根拠法として持ち出された。鉄鋼・アルミに比べて乗用車の貿易規模は大きく、発動となればメキシコ、カナダ、EU、日本などへの影響は深刻になると予想された。トランプ政権は乗用車関税引上げを直ちに実施するのでなく、これを脅しの武器として2国間通商交渉を有利に運ぶ作戦をとっていく。

2国間交渉が最も早く妥結したのは韓国であった。韓国との間には米韓FTAが締結されていたが、米国は2018年1月から再交渉を開始し、3月末には合意に持ち込んだ。その要点は、①米国の韓国製トラック輸入関税撤廃期限の延長、②米国車の韓国輸出枠の拡大、③韓国からの鉄鋼輸入数量の制限など、米国に有利な項目が多く、加えて付帯協定では為替条項が盛り込まれた。こうした韓国に不利な協定が早期に締結されたのは、在韓米軍撤退の脅しが効いたのではないかと報じられている(日経2018年9月26日)。

続く2国間交渉はメキシコとの間で行われた。NAFTA(北米自由貿易協定)見直しは2017年から提起されていたが、米国はまず立場の弱いメキシコを先に攻め、2018年7月1日の大統領選挙で対米強硬左派のロペスオブラドールが当選(12月就任)すると、7月末から交渉を加速し、約1ヵ月で合意に到達した。その要点をみると、焦点の自動車関税をゼロにする条件として、①原産地規則(域内の部品調達比率の62.5%から75%への引上げ)、②賃金条項(時給16ドル以上の地域で製造した部材を40~45%使用)、③数量制限(対米輸出台数が240万台を超過した場合関税25%)、④為替条項など、全体として域外からの部品調達の制限、米国製部品の使用優先が明確にされた。

これを受けて、カナダとの2国間交渉が本格化し、カナダも相当抵抗したものの、結局は9月末にメキシコとほぼ同様の内容で妥結せざるをえず、NAFTAを改訂したUSMCA(米国・メキシコ・カナダ協定)が成立することになった。協定名称から「自由貿易」がはずされた点に象徴されるように、管理貿易の色彩の濃い協定に変質している。メキシコとカナダは米国経済への依存が大きく、交渉力が不足していたと思われる。

それではEUとの交渉はどうであったか。米・EU間では、2013年からTTIP(環大西洋貿易投資協定)の交渉に入っていたが、トランプ政権はそれに代る新たな枠組みを打ち出した。その際、韓国との交渉で効果を発揮した安全保障カードを使い、NATOでの防衛義務の放棄をほのめかしたと伝えられている(朝日2018年4月27日)。それとともに自動車関税の引上げを振りかざし、7月25日のユンケル欧州委員長との首脳会談で米・EU通商交渉入りで合意した。本格的な交渉は今後のことになるが、ロス商務長官は、交渉入り自体を評価して、「自動車関税で脅迫しなかったら、こんな結果にならなかっただろう」と発言している(日経2018年7月28日)。

最後に日本であるが、これまでは米国のTPP入りを追求する一方、2国間交渉については、麻生・ペンスの日米経済対話、それに続く茂木・ライトハイザーの新通商会議などで時間稼ぎをしていたものの、結局2018年9月の日米首脳会談で交渉開始に追い込まれた。安倍首相は、FTAとは異なるTAG(物品貿易協定)の交渉と強弁しているが、内容をみればサービス貿易、投資事項を含む交渉そのものであることは明らかである。2019年早々に開始される日米交渉において、韓国・メキシコ・カナダとの交渉で戦果をあげてきた米国は、日本の対米自動車輸出に対する数量制限、農産物市場の開放、為替条項による日銀の円安政策の牽制などを迫ってくるだろう。この攻勢に対して日本側がどこまで抵抗できるのか、見通しはきわめて厳しいとみなければなるまい。

 

3.米中貿易戦争の開戦

 米国にとって中国は貿易赤字の半ばを占める経済大国であるとともに、米国が誇る技術や軍事の覇権に挑戦する強国でもあり、他の国とは区別された通商戦略を行使していく。すなわち通商拡大法232条による鉄鋼・アルミ関税の引上げと並行して、通商法301条、知的財産権侵害を根拠とした、中国からの輸入品全般に対する関税引上げの実行である。

 2018年3月22日、米国は中国からの輸入品600億ドル(その後500億ドルに変更)に25%の追加関税を設定する方針を公表した。知的財産権侵害の内容は、中国に進出した米国企業に対する技術移転の強要、米国企業の買収による先端技術の取り込み、サイバー攻撃を通じた技術情報の窃盗などとされた。また米国は、対中貿易赤字の削減策として、自動車・半導体等の関税引下げ、金融市場の開放、貿易赤字の1000億ドル削減などの要求を提示した。

 これに対して中国は、米国からの輸入拡大(LNG、自動車、半導体)、乗用車関税の25%から15%への引下げ、金融市場の一定の開放など、それなりの譲歩策を打ち出し、5月から6月にかけての閣僚級通商交渉では休戦が成立するかにみえたが、トランプ大統領の強硬論により合意には至らなかった。

 7月6日、米国は制裁関税第一弾として、中国が力を入れるハイテク製品(生産財)など340億ドル相当の輸入品に25%の追加関税を発動した。これに対抗して中国は、トランプの支持基盤を狙い撃ちにすべく、大豆、綿花、食肉等の輸入品340億ドルに25%の関税を上乗せした。その後、米中間の協議が行われたものの成果はなく、米国は8月23日に第二弾として160億ドル相当の輸入品に25%追加関税を設定し、中国も直ちに同額同率の報復関税を打ち出した。

 9月に入ると米国側の攻勢は一段と強まり、9月24日、第三弾として2000億ドル相当の輸入品に10%(2019年1月からは25%)の追加関税を発動した。対象品目には電子機器、家具、農水産物等、消費財が広範に含まれ(ただし、スマホ、パソコンは除外)、中国からの輸入品のほぼ半分に関税が上乗せされることになった。そうなると、いずれ米国の輸入インフレ、消費者の負担増は避けられなくなるが、11月の中間選挙までであれば、その影響はまだ表面化しないと予測された。これに対して中国は、米国からの全輸入品に追加関税を設定しても2000億ドルには達しないため、とりあえず600億ドル相当に5~10%の報復関税を発動した。

 トランプ政権は、第四弾として残りの全品目(約2670億ドル)への追加関税をほのめかし、中国側に譲歩を迫っている。中国は妥協策を模索し、中間選挙終了後の11月中旬、142項目の行動計画を米国側に通知した。その内容は本稿執筆時点(11月26日)では公表されていないが、トランプ大統領は、「非常に完成度が高い」と一定の評価を与えつつ、なお未解決の問題が残されていると指摘している。11月末にアルゼンチンで行われる米中首脳会談で何らかの妥協が成立し、関税合戦は一時休戦となる可能性がある。しかし、仮に休戦になったとしても、技術覇権をめぐる争いが続く以上、米中貿易戦争は長期化せざるをえず、戦線は拡大するとみるべきだろう。

 

4.ハイテク覇権をめぐる攻防

 そもそも貿易戦争を仕掛けた米国側の意図は、米中貿易の不均衡の是正だけでなく、中国がハイテク超大国となり、やがて軍事超大国となってグローバル覇権を握ることを阻止しなければならないという危機意識だろう。ナバロの米中戦争論はその端的な表明である。2015年、中国は「中国製造2025」と称する長期的産業開発戦略を提起した。2025年、2035年、2049年の3段階で中国を世界最高のハイテク先進国にするという壮大な国家戦略であり、それは中国がグローバル覇権国の座に就くことを意味している。

 米中通商交渉の場で米国は中国に対して、市場開放だけでなく、ハイテク企業への政府補助金の廃止、つまりは「中国製造2025」の中止という、中国側がとうてい受け入れられない要求を突きつけた。そのうえで、一方では中国のハイテク企業との取引停止に着手した。たとえば通信機器大手の中興通訊(ZTE)に対して、イラン制裁への違反を理由にしてコア半導体の販売を禁止し、同社を生産停止状態に追い込んだ。困窮した中国側は、制裁金支払、経営陣交代などで何とか取引停止を解除してもらったが、中国側の対米技術依存を強く印象づけた。また、中国を代表するハイテク企業・華為技術(ファーウェイ)の製品購入規制にも踏み込んでいる。

 他方では、米中間のハイテク関連の資本取引への規制を強めた。対米外国投資委員会(CFIUS)の審査権限を強化し、中国企業による米国ハイテク企業の買収・合併を規制し、合わせて米国企業の対中国投資にも制限をかけることにした。

 しかし、このような取引規制が中国の技術開発を阻止する効果は限られている。すでにハイテク人材、特許出願件数、ハイテク製品の世界シェアなどの指標からみて、中国の総合的な技術開発力はかなり高い水準に達している。もちろん、最先端技術では、なお米国が優位にある部門が多いわけだが、たとえばビッグデータの収集能力では共産党体制の中国が圧倒的に有利であって、中国が米国を追い抜くのは時間の問題だろう。

 

おわりに―グローバル覇権構造の展望

 米国が握ってきたグローバル覇権は、トランプの米国第一主義、中国の超大国志向の両面から変容過程に入りつつある。米国は、世界システムを維持する覇権国の役割を放棄し、G7、G20でも孤立を深めている。他方中国は、上海協力機構、一帯一路構想など、中国を盟主とする地域覇権国の地位を固めつつ、自由貿易体制の推進を表明している。今後、米中の総合国力が接近し、G2体制になるとともに、米中対立の側面が際立ってくる可能性がある。                                          

(『現代の理論』2019年冬号)

グローバル・ガバナンスは虚妄か ――ダニ・ロドリック『グローバリゼーション・パラドクス』を読む――

グローバル・ガバナンスは虚妄か

――ダニ・ロドリック『グローバリゼーション・パラドクス』を読む――

               『季刊ピープルズ・プラン』第79号、2018年2月          

 

  • はじめに

 トランプ政権の「アメリカ・ファースト」、イギリスのEU離脱、ヨーロッパにおける極右政党の台頭、こうしたグローバリゼーションに対する反発は、国民国家体制への回帰を意味するのか。グローバリゼーションは失速したのか。

 たしかに世界政治の次元では1国主義の潮流が目立つが、世界経済の次元では国境を越えたモノ、カネ、ヒト、情報の流れはさらに加速している。グローバリゼーションにおけるこのような政治と経済のギャップをいかに捉え、どのような克服の展望を見出していくべきであろうか。

 ダニ・ロドリック『グローバリゼーション・パラドクス』(柴山桂太・大川良文訳、白水社、2014年)は、この問いを考えるうえで格好の文献である。タイトルが示す意味について、訳者は、国境を越える経済と国家単位にとどまる政治(統治)との乖離を表していると解している。また本書の副題は「世界経済の未来を決める三つの道」であり、三つの選択肢が提示されている。

 著者のロドリックは、トルコ出身のアメリカで活躍する国際経済学・政治経済学を専門とする研究者である。本書の原著は2011年の刊行であり、訳者によればすでに12ヵ国語に翻訳されているという。本書に先行して、『グローバリゼーションは行き過ぎか?』(1997年)、『一つの経済学、複数の処方箋――グローバリゼーション、制度、経済成長』(2007年)などの著作があるが、いずれも邦訳されていない。なお、訳者の一人、柴山桂太氏は、政治経済思想を専門とし、『グローバル恐慌の真相』(中野剛志との共著、集英社新書、2011年)、『静かなる大恐慌』(集英社新書、2012年)などの著書がある。

 本書は全12章(および序章、終章)の構成であり、グローバリゼーションの歴史をひも解く1~4章、現状の問題点を考察する5~8章、解決策を提起する9~12章に三分される。以下、順を追って注目すべき論点を抽出し、後半では本書の問題点について検討を加えることとしたい。

 

  • 貿易からたどるグローバリゼーションの歴史―序章~第4章

 「序章 グローバリゼーションの物語を練り直す」では、リーマンショックを経て、現状のグローバリゼーション(国家に対する市場の優越)への懐疑が広がるなかで、市場と政府の関係の再考が必要であるとして、世界経済の政治的トリレンマを提起する。すなわち、民主主義、国家主権、グローバリゼーションの3者の同時実現は不可能というトリレンマであり、民主主義と国家主権を優先させ、グローバリゼーションを抑制すべきとする本書の結論をあらかじめ提示する。

 「第1章 市場と国家について――歴史からみたグローバリゼーション」では、17~18世紀の重商主義思想とアダム・スミスの自由主義思想を対比させ、国家と市場を二項対立的にみる通説的見解を示したうえで、そうではなく市場は国家によって支えられており、両者は補完的関係にあると主張する。それをふまえて国内市場と国際市場を対比し、国内市場は法体系、裁判所、警察、社会保障、税制など国家の諸機能を不可欠としているが、国際市場(グローバル市場)にはそうした制度的土台がなく、しかも国内ルールがむしろグローバルな取引を妨げていると論じる。国家と市場は国内的には補完しあい、国際的には乖離するというグローバリゼーションの本質的問題点を初発の段階で指摘しているわけである。

 「第2章 第一次グローバリゼーションの興隆と衰退」は、19世紀から20世紀前半を対象とする。19世紀には世界貿易の拡大、大陸間の人の移動など、グローバル化の水準が上がった。その背景として、交通通信革命、自由主義経済思想、国際金本位制をあげるとともに、帝国主義体制が帝国圏内における国家と市場の乖離を埋めたとする注目すべき論点を提起する。しかし、帝国主義体制は国家間対立を激化させ、第一次大戦、それに続く大恐慌によって第一次グローバリゼーションは終焉を迎えた。1930年代の特徴として、金本位制よりも失業対策、自由貿易よりも保護主義を求める政治的圧力がかつてなく高まった点をあげている。

 「第3章 なぜ自由貿易論は理解されないのか?」は、前章までの歴史的記述と異なり、自由貿易は保護主義よりも望ましいという通説を再考する理論的考察を行う。ここでは、リカードの比較優位の原理は広く支持されているとはいえ、貿易によって縮小する部門の損失など、マイナス面も大きいとみている。総じて、アメリカ経済学界で主流である自由貿易擁護論を批判し、利害得失のバランスのとれた把握が必要であると説いている。

 「第4章 ブレトンウッズ体制、GATT、そしてWTO――政治の世界における貿易問題」は、第二次大戦後に成立したブレトンウッズ体制の特徴を検討し、「グローバリゼーションの黄金時代」と高い評価を与えている。その理由として、第一に、国際経済ルールより国内経済政策を優先させる「節度のあるグローバリゼーション」であったこと、

第二に、多国間主義に基づき国際経済機関(IMF、世界銀行)が国際経済の制度的インフラとなったこと、第三に、GATTが貿易自由化をゆるやかに推進したため、国内経済政策の自由度を高めたこと、第四に、資本移動の自由化には慎重であったこと、などを指摘している。1990年代に入り、WTOが設立されると、金融のグローバル化とともに、ハイパーグローバリゼーションへの転換が生じる。ロドリックはこうした動きに対して批判的であって、その問題点を次の第5~8章で扱うことになる。

 

  • 金融のグローバル化と格差の拡大―第5章~第8章

 第4章までは、貿易のグローバル化を軸にして、ブレトンウッズ体制の展開までをたどってきた。それを受けて、「第5章 金融のグローバリゼーションという愚行」では、

資金の効率的運用を通じて経済成長を図るとする金融グローバル化がいかに問題の多い政策であるかを、ブレトンウッズ体制と対比しつつ論じる。金融の規制緩和はアメリカ、イギリスが主唱し、フランスがこれに合流することによって国際ルールの基調へと転じた。EU、OECD、IMFなどの政策転換が1990年代を通じて進展した。国際金融市場を特徴づけていた固定相場制と資本移動規制がなくなったため、不安定な事態が生じた。一つは、変動相場制の想定外の作用であり、実体経済との対応関係から離れて、為替相場は1日単位で激しく変動し、またレートの過大評価や過小評価が長期にわたって続くことになった。もう一つはアジア通貨危機をはじめとする通貨金融危機の連続的発生である。このようにロドリックは、資本移動の自由化に対して否定的評価を下している。

 「第6章 金融の森のハリネズミと狐」では、市場原理主義を信奉するハリネズミ派とそれに慎重な狐派に経済学者を二分し、前者の思考がいかに非現実的かを浮き彫りにする。ハリネズミ派は市場メカニズムを限りなく信頼し、通貨危機が起これば、それは市場のせいではなく前提条件の不備のためとする。この思考についてロドリックは、「自己奉仕バイアス [成功は自分の手柄、失敗は状況要因のせいとする態度] 」と表現し、ハリネズミ派の自信過剰な態度を批判している。これに対して狐派は、市場は不完全であり、現実は複雑とみる立場であって、その代表的人物としてケインズ、トービン、スティグリッツなどの名前をあげている。

「第7章 豊かな世界の貧しい国々」は、グローバリゼーションとともに国家間の経済格差が著しく拡大した事実を見すえ、そうした格差が何を起源にしてどのように進行したかを考察する。格差の起点は産業革命への対応であり、工業化を可能にした諸国は教育を受けた熟練労働者と市場を支える法・政治制度を備え、その条件を欠く地域は植民地化され、世界は工業国と一次産品国とに分岐していったとする。この理解は目新しいものではないが、注目されるのは例外としての日本の指摘であり、その延長上に近年の東アジアの「奇跡」、中国の経済成長を位置づけている点である。そこでは国家の役割が重視され、現代中国は、グローバリゼーションのもたらす利益を、ブレトンウッズ体制当時の国家の介入という旧ルールを通じて獲得しているとする「逆説」を述べている。

「第8章 熱帯地域の貿易原理主義」は、開発経済学の変遷をたどりながら、途上国に規制緩和、自由化、民営化を押し付ける「ワシントン・コンセンサス」をめぐる問題状況を明らかにする。1960年代までの開発経済学では、保護主義、輸入代替工業化といった国家の市場への介入が基調であった。それが80年代以降、劇的に転換し、市場原理を優先させる自由貿易論が主流となった。しかし、脆弱な国内基盤を無視した単純な自由貿易政策は失敗し、「ワシントン・コンセンサス」は修正を迫られた。ただし、失敗の原因は規制緩和、制度改革が不十分であったことに求められた。ロドリックは、このような短期的には実現不可能な条件をあげるだけの開発政策論を批判し、過剰なグローバル化に歯止めをかけたうえで、一律で総花的な政策でなく、それぞれの国の最も厳しい制約を見極め、その解決に優先的に取り組む選択的アプローチを提案している。

 

  • 世界経済の政治的トリレンマと健全なグローバル化への道―第9章~終章

 ここからが本書の真価が問われる部分である。「第9章 世界経済の政治的トリレンマ」は、深化したグローバリゼーション(ハイパーグローバリゼーション)が1国の社会制度、民主主義と衝突する事態を取り上げる。事例として、労働基準の低下(底辺に向かっての競争)、法人税引下げ競争、健康・安全基準の低下、自由貿易協定における外国投資家保護、新興国産業政策への制約などがあげられる。こうしたハイパーグローバリゼーションによる国民国家と民主主義への挑戦に対して、3要素の同時成立はありえず、いずれかの2者をとって他をあきらめるという3択問題が提示される。すなわち、①ハイパーグローバリゼーションと国民国家を選び、民主主義をあきらめる、②ハイパーグローバリゼーションと民主主義を選択し、国民国家を捨てる、③国民国家と民主主義をとり、ハイパーグローバリゼーションを排除する、という3択である。ロドリックは、①が現状に近いとみて、②が望ましくみえるがそれには懐疑的であり、結局③を選ぶべきだと主張している。

 「第10章 グローバル・ガバナンスは実現できるのか? 望ましいのか?」では、前章の選択肢②の可否について論じている。グローバル化の進展とともに、国民国家の役割が低下し、代りに超国家機関によるグローバル・ガバナンスが登場するという議論があるが、ロドリックはこれには否定的である。超国家機関の事例としてEUがあるが、政治統合には困難があり、またある程度の進展があるとしても、それは共通の文化的基盤をもつヨーロッパの特殊事情によるものであって普遍性がないという。グローバル・ガバナンスの難点として、エリート官僚と民衆の乖離(説明責任、代議制の欠如)、人々のアイデンティティに関してグローバルな政治共同体は国民国家に遠く及ばない点、世界は多様であってグローバル・スタンダードが適用されるのはごく限られた範囲にとどまる点などがあげられる。

 「第11章 資本主義3.0をデザインする」では、グローバリゼーションの深化に対応した資本主義の新しいバージョンについて考察する。資本主義1.0は古典的自由主義経済の段階であり、政府の役割は限定的に捉えられていた。資本主義2.0は20世紀の福祉国家、「混合経済」の段階であり、国家の市場に対する関与は強まり、国際経済における自由化は制限されていた。20世紀末からの資本主義3.0はグローバリゼーションの深化した段階であり、新たなガバナンスが必要とされるが、それは超国家機関によるグローバル・ガバナンスでなく、ナショナル・ガバナンスを基本とする国際協調であるべきだというのがロドリックの主張である。その内容として市場の統治システムへの埋め込み、各国制度の独自性の尊重など7点の指針を示すとともに、気候変動などのグローバル・コモンズの領域はグローバル経済とは別のガバナンスを要するという注目すべき指摘を行う。

 「第12章 健全なグローバリゼーション」は本書の結論に相当する。ロドリックの立場は、グローバリゼーション自体を止めるのでなく、その利点を生かしつつ、適切に管理・制御するというものだ。具体的方法が四つの分野で示される。第一に国際貿易の分野では、これ以上の自由化による利益はわずかなものなので意味がないとして、国内の公共利益(民主的熟議を経て判断される)を優先させる新たな(単なる保護主義とは異なる)社会的セーフガード協定の導入を提案する。第二にグローバル金融の分野では、各国独自の金融規制や基準の重視を前提にして、国境を越えた金融規制(タックスヘイブン規制、金融取引税など)を考慮すべきという。第三に労働移動の分野では、グローバルな所得移転のために外国人労働者受入れを促進すべきとして、先進国の全労働力の3%以内で5年上限の一時的労働ビザ発給というきわめて具体的な案を打ち出している。第四に中国を世界経済に適合させる分野では、厳格な国際ルールを押し付けるのでなく、中国独自の成長政策(産業政策)の権利の承認と引き換えに、貿易不均衡を是正させるという和解策を提唱する。全体として、単一のルールをもつハイパーグローバリゼーションを必然とみる必要はなく、多様な国家群が健全なルールのもとに相互交流する世界経済は可能だというのが著者の結論である。

 「終章 大人たちへのお休み前のおとぎ話」は、著者の主張をわかりやすく記した寓話となっている。

         

  • 世界経済の政治的トリレンマをどう理解するか

 行き過ぎたグローバリゼーションの制御という結論部分、各章に散りばめられた論点は示唆に富み、共感できる部分は多い。しかし、そのうえで本書を読んで感じる問題点を二つほどあげてみたい。第一は、本書の看板である「世界経済の政治的トリレンマ」の妥当性である。まず気になるのは、用語の不統一である。234頁の図に示されている3要素を、便宜的にハイパーグローバリゼーション=G、国民国家=S、民主政治=Dとしよう。これらに相当する本文中の用語として、Gではグローバリゼーション、グローバル市場、グローバル経済、経済統合、Sでは国家主権、国民的自己決定、Dでは民主主義なども使われる(17頁、233~234頁)。これらは用語だけでなく、カテゴリーとしても不統一である。アクターなのか、行為なのか、制度なのか、あるいは追求すべき価値なのか、わかりにくい。特にグローバリゼーションは経済統合の状態を指すのであって、政治的概念としては超国家機関(あるいはグローバル・ガバナンス)とすべきではないか。

 ただし、この問題はそれほど重要ではない。より重要なのは、トリレンマは現実を説明する論理たりえているかという点である。おそらく究極の姿としては、GとSは両立しないであろうが、そのような世界を想像してもほとんど意味はない。現実には、G、S、Dの3要素が併存し、そのウエイトが変化しつつあるとみるべきではないか。すなわち、これまではSとDのウエイトが大きく、Gは小さかった。ところが、グローバル化の進展とともに、Gの存在が大きくなり、Sはそれに引きずられ、その分だけDのウエイトが下がったと考えればどうだろうか。TPPなどはその一例と言えよう。そうであるとすれば、Dの役割を強め、Sを引き付けて、Gを抑制するという形で、ロドリックの主張を位置づけることができる。トリレンマの固定化、そこから導かれる3択問題の設定は、明快な反面、現実的と言えないのではないか。

 

  • グローバル・ガバナンスは不可能か

 第二の疑問点は、ロドリックのグローバル・ガバナンスに対する否定的理解についてである。第9章の3択問題で、彼が②を選択せず、③を採用しているのは、グローバル・ガバナンスが実現不可能なだけでなく、望ましくないと判断しているためである。実現可能性に関しては、たとえば、「グローバル・ガバナンスは、これまで考えてきた課題の解決に、ほとんど役立たない」(263頁)、「グローバル・ガバナンスの探求は無駄骨に終わる」(273頁)、「グローバル・ガバナンスの探求が現実のガバナンスに行き着くことはほとんどない」(274頁)といったネガティブな記述が繰り返される。しかし、これはグローバル・ガバナンスと国民国家を二者択一的に設定しているためであり、両者の併存を考慮しない硬直した理解ではないだろうか。

 望ましくない理由については、第10章で、民主主義・説明責任の欠如、グローバル共同体に対する人々のアイデンティティの弱さ、グローバル・スタンダードより各国の独自性を尊重すべきだといった点があげられている。しかしこれもグローバル・ガバナンスを高いレベルの制度として狭く解釈しているためではないだろうか。「民主主義の範囲が国境を越えて拡がることはほとんどない」(280~81頁)と述べているが、国際機関の民主主義的運営に関しては、様々な可能性があるのではないか。ついでに言えば、各国の独自性の尊重が強調され、グローバル・スタンダードが消極的に捉えられていることには違和感がある。たとえば、国際労働基準の説明のなかでインドの児童労働が必ずしも否定さるべきでないといった記述があるが、このような普遍性と独自性の折り合いの付け方には疑問を感じる。

 グローバル・ガバナンスと地球環境問題との関係づけにも疑問がある。第11章では気候変動問題を取り上げ、これは個別国家を超えたグローバル・コモンズの問題であるから、グローバルな協力が必要と述べている。そうであれば、地球環境問題にはグローバル・ガバナンスが必要となるはずだが、ロドリックの主眼はグローバル経済問題に向けられ、グローバル・コモンズとグローバル・ガバナンスの関係には立ち入ろうとしない。グローバル経済とグローバル・コモンズは別物と断定してしまうのである。なぜ、両者を区別するのか。国境を越える問題としての共通性に着目し、その解決のための取組としてグローバル・ガバナンスを広く位置づけてもよいのではないか。

 そう考えてくると、本書のなかには広義のグローバル・ガバナンスの事例はいくつも盛り込まれている。金融取引税、タックスヘイブン規制などがその代表例である。民主政治を基本としつつ、国民国家とグローバル・ガバナンスが役割分担をしながら行き過ぎたグローバリゼーションを制御することが、目指すべき方向ではないだろうか。

展望なき日本財政

展望なき日本財政

                       Political Economy 107号

                       2018年1月13日

 

  • 場当たり主義の増税策

 2018年度の税制改正大綱、予算原案が出揃った。今回目立つのは、久しぶりの増税方針である。しかし、その中身は取れるところから取るという場当たり主義であり、将来的な基幹税(所得税、法人税、消費税)のあり方、社会保障制度と税の関係などを見通したものではない。一般会計のプライマリーバランスの目標再設定も先送りしている。

 主な増税項目は、所得税の見直し900億円、たばこ税2400億円、国際観光旅客税400億円、森林環境税600億円などであり、国際観光旅客税と森林環境税は国税としては実に27年ぶりの新税だという。ただし、森林環境税は地方税ではすでに各地で導入されており、その実施は2024年度とずいぶん先の話だ。これに対して国際観光旅客税は2019年1月7日、会計年度の途中の中途半端な日から導入される。

国際観光旅客税は、最初は出国税として登場し、途中から名称変更した。また導入時期は2019年4月の予定だったが、19年7月の参院選との近さを気にして3ヵ月前倒し、姑息にも正月休みを避ける意味で1月7日にしている。

もともと出国税は、外務省が国際貢献を目的とした航空券連帯税としてこれまで要求してきたものとほぼ同じ税である。航空券連帯税に対して国土交通省は、観光立国に反するとして強く反対してきた。ところが、税収が国土交通省管轄になると、手のひらを返すようにこの新税推進に動いた。ご都合主義もいいところだ。

 

  • 国債は一般会計だけではない

 2018年度予算案は一般会計総額が97.7兆円と過去最大となった。増税策も含めて、税収見積もりが1991年度以来の59兆円とされたことが、予算規模の拡大を可能にした。歳入では新規国債は33.7兆円、8年連続の減少となり、麻生財務相は「財政健全化は着実に進んでいる」と語った。本当にそうか。

 歳出面の国債費は23.3兆円となり、一般会計のうえで国債の収支は10.4兆円の残高増と計算される。しかし、国債全体の動きについては、特別会計の国債整理基金を含めてみていかなければならない。一般会計歳入の新規国債は政府の発行する国債の一部にすぎない。その他に、国債整理基金の歳入となる借換債が100兆円以上発行されている。また一般会計歳出の国債費は実際の償還・利払いではなく、国債整理基金への移転にすぎない。実際には国債整理基金が100兆円規模の償還・利払いを行っている。

 いま2016年度の国債発行全体の内訳をみると、新規国債34.4兆円、復興債2.2兆円、財投債16.5兆円、借換債109.1兆円、合計162.2兆円であった。借換債は2005年度以降、ほぼ毎年100兆円以上発行され、国債発行全体では2004年度以降、ほぼ毎年160兆円以上の規模が続いている。普通国債の発行残高は、2004年度の499兆円が2016年度には838兆円まで膨らんだ。

 

  • 金利上昇のリスク

 毎年の予算案では、一般会計が注目される一方、特別会計には注意が向かない。しかし、国債の発行、償還、利払いの全体像をみるには、両者を合体してみていく必要がある。一般会計に特別会計の国債関係の数字を合算してみると、予算規模は230兆円、国債発行は160兆円、歳入の国債依存度は70%近くに達することになる。あまりにも大きい数字ではないか。

100兆円を越える借換えが毎年順調に行われるならば、この依存度もさほど問題ではないのかもしれない。しかし、今後長期金利が上昇するとどうなるのか。仮に1%上昇すると、160兆円の発行は1.6兆円の利子負担をもたらすことになる。それが毎年継続すると利子負担は急速に膨らんでいくことになろう。

異次元の金融緩和を続けてきた日銀は、いずれ「出口」に向かい、金利上昇は避けられない。財政を破綻させずに「出口」から外に出られるのか、事態は楽観を許さないように思われる。

トランプ政権とグローバル覇権の展望

トランプ政権とグローバル覇権の展望

                                      (『季刊ピープルズプラン』77号、2017年8月)

 

トランプ政権が成立してから半年が経過した。予想どおりというべきか、政権基盤は不安定であり、当初掲げていた政策課題の多くを実現できていない。それどころか、特別検察官が設置され、弾劾の可能性が取り沙汰される、先の見えない状況が続いている。

 アメリカのグローバル覇権国からの後退は長期的に続くのだろうが、そのプロセスは一本道ではない。国際政治、軍事、国際経済、通貨金融などの諸領域において、アメリカの存在感は依然として大きい。覇権構造の転換という長期的文脈を探ることを念頭に置きつつ、トランプ政権のこれまでの道筋を中間的にとりまとめ、今後の展望を試みたい。

 

■トランプ政権は何を実現できたのか

 アメリカ第一を掲げ、メキシコ国境に壁建設、イスラーム圏からの入国規制、TPP離脱、NAFTA見直し、オバマケア撤廃、大規模減税と大型インフラ投資、製造業の復権、中国を為替操作国に認定など、派手な公約を繰り出したトランプ政権だが、そのほとんどは実現できていない。

 達成できた公約の第一はTPP離脱だ。これは発効以前、まだ動き出していない枠組みから抜けるだけであるから、大統領就任直後に大統領令を発するという簡単な手続きで実現できた。ただし、それに代る2国間通商交渉には着手できていない。

第二に、地球温暖化対策の「パリ協定」からの離脱がある。こちらは協定発効(2016年11月)から時間が経過しており、まず3月末に国内の石炭産業保護、火力発電所規制撤廃の大統領令に署名し、それに続いて6月初めにパリ協定離脱を表明した。離脱決断までに時間を要したのは、政権内に反対派が存在したからであり、また離脱表明後も一部の州や都市がパリ協定の独自実施を宣言するなど、反対論は根強い。アメリカの離脱によってTPPは消滅したが、パリ協定は存続する。いずれにせよ、両協定からの離脱は、アメリカが国際的枠組みのリード役を降りる象徴的事態といえる。

 次に、着手したものの実現には至っていない公約をみると、第一はイスラーム圏からの入国規制だ。1月の大統領令で中東・アフリカ7カ国国民の一時入国禁止を発令したが、司法判断により効力停止となり、3月にイラクを除く6カ国対象の新入国禁止令に切り替えたが、これも司法により効力が停止された。この件では6月に連邦最高裁が条件付で大統領令を認める判断を示した。これは最終結論までの暫定的判断というが、保守色のつよい最高裁としての妥協の産物とみることができる。

第二に、オバマケアの撤廃である。これもトランプ政権の目玉政策だが、議会対策が難航した。3月に代替法案を準備したものの、完全撤廃を要求する強硬派と制度の急変を避けたい穏健派の両者に挟撃され、採決を見送り、修正案が5月になって下院をわずかな票差で通過した。しかし、上院の通過は現時点で不透明である。これは弱者切捨ての性格を伴っている。

ほとんど着手できていない分野も多い。NAFTA見直しなどの通商交渉は、新設された国家通商会議(NTC、ナバロ議長)の廃止、通商代表部代表の議会承認の遅れなど、交渉体制がなかなか整わなかったことから、交渉の入口にとどまっている。メキシコ国境の壁建設は、議会が予算計上を認めず先送り、大規模減税と大型インフラ投資については、予算教書を示したものの、議会が決定権をもっているだけに実現の見通しは立っていない。ただし、富裕層優遇、貧困層切捨て(フードスタンプ削減など)という格差拡大姿勢は鮮明に打ち出している。

さらに、対外政策面では振幅の激しい展開が目に付く。たとえば、中国政策をみると、政権発足当初は、二つの中国論をちらつかせてみたり、為替操作国と認定する可能性を示唆してみたりなど、対決姿勢を打ち出していた。ところが、4月の米中首脳会談あたりから融和的姿勢への転換がうかがわれるようになった。これは、北朝鮮の核開発に対する経済制裁を中国にやらせようとする意図によるものと思われる。その後、中国の経済制裁の水準が思ったほど上がっていないとみて、6月の米中外交・安保対話を経て、中国の銀行への制裁、台湾への武器供与など、中国に対する姿勢を再度転換する兆候を示し、貿易不均衡問題を改めて持ち出そうとしている。

ロシアに対する姿勢も大きく揺れている。選挙戦中からプーチンを高く評価するなど、ロシアとの協調的関係を表明していたが、いわゆる「ロシアゲート」問題が広がるにつれて、ロシア接近策は消え去り、「米ロ関係は史上最低」といった発言すら飛び出すようになった。フリン大統領補佐官の更迭、FBI長官の解任、司法省による特別検察官設置など、権力の基盤を揺るがす国内事情のために、対外政策が振り回される事態といえよう。

 

■トランプ政権の性格をどうみるか

 混乱が続くようにみえるトランプ政権について、どのように評価すべきなのか。トランプという人物の特異性の次元にとどまらず、アメリカという超大国がグローバル覇権国家から後退していくプロセスに出現した特殊歴史的性格をもった政権としてみておく必要があろう。

 トランプ政権の性格を端的に表現すれば、統合能力の欠如といえる。政権発足当初から支持率は50%以下であり、歴代大統領のなかで最低を記録している。その後、支持率はさらに低下し、半年にして30%代へと下落した。貧富の格差の拡大、移民排斥といった社会的分断の深まりのなかで、巧妙に選挙戦を勝ち抜いたトランプ大統領だが、就任後に分断された社会を統合していく言動がみられない。富裕層減税の一方、オバマケア撤廃など貧困層切捨てを打ち出し、格差拡大を促進している。理念的にも、無内容な「アメリカ・ファースト」を繰り返すのみで、普遍性をもった言葉が一切語られていない。むしろ、マスメディアとの不毛な対立を続けて、ロシアゲートの泥沼に追い込まれている。議会共和党との関係もうまく築けていない。

 統合能力の欠如は、政権中枢の不統一にも現れている。一方に、極右のバノン大統領首席戦略官・上級顧問、反中国のナバロ国家通商会議議長、イスラーム敵視のフリン安全保障担当補佐官を配置し、他方に、経済界出身のティラーソン国務長官、ムニューチン財務長官、ロス商務長官らを任命した。こうした2系統のバランスのうえに政権が発足したが、バノン戦略官の国家安全保障会議(NSC)常任メンバーからの降板、ナバロ議長の通商製造政策局長への格下げ、フリン補佐官の更迭など、ナショナリスト系の後退が目立っている。

 それでは、アメリカ政財界の主流が政権を動かすようになったかといえば、そうともいえない。エクソンモービルCEO出身のティラーソン国務長官を別にすれば、ムニューチン財務長官、ロス商務長官、さらにはコーン国家経済会議(NEC)議長にしても、問題 資産を買い叩いて強引な手法で再生させるといった「ハゲタカ投資家」的取引で腕をふるってきたような面々である。その特徴は、一貫した信念に基づいて政策に取り組むのでなく、機会主義的に簡単に方針を変更する無定見なふるまいをすることだ。この点はトランプ大統領と共通しており、政策のぶれはほとんど問題として意識されないように思われる。

 

■グローバル覇権構造の変容

 このような変則的な政権が登場した背景について、やや長期的文脈でみておくとすれば、経済グローバル化の先頭を走っていたアメリカが、そのマイナスの側面に耐えられない時代に入ったということであろう。

 リーマンショックからの回復過程を通じて、グローバル資本がさらに成長する一方、ウォール街占拠、1%対99%などの言葉に象徴されるように、格差の拡大は深刻さの度合を増した。民主党ではサンダース、共和党ではトランプといった非主流の人物が大統領選で活躍する点に時代の大きな変化が現れている。そうした社会の変化を受けて打ち出される「アメリカ第一」といった保護主義的言説は、アメリカが覇権国家を降りる意思の表明といえる。

しかし、他国に抜きん出た核戦力、基軸通貨ドルの存在、IT・金融資本の隆盛など、覇権国家の能力はなお維持されている。その一方、財政赤字、経常収支赤字は拡大を続けており、ドルの価値下落、ドル離れは長期的には不可避であろう。今後、長い時間をかけながら覇権国家の能力が分野ごとに徐々に低下し、それに対応してナショナリスト的言説が幅をきかすことになるのだろう。

それでは、アメリカが覇権国家から降りるとして、中国がそれに代ることはあるのか。

ダボス会議での習近平の自由貿易擁護発言、パリ協定をEUとともにリードする姿勢は、次の覇権国の地位をうかがっているようにもみえる。しかし、「一帯一路政策」に示される中国の国際戦略は、自国の利益と緊密に結びついた地域覇権獲得の動きであって、普遍的理念を掲げてグローバル覇権を担うだけの意思は見出されない。新中華帝国というナショナリスティックな地域覇権国家を目指しているのが現実であろう。その先には、十全な覇権国家の意思と能力を欠いた米中の相互補完的複合覇権といった構図も一時的には現れるかもしれないが、それはきわめて不安定なものと思われる。

覇権構造が不透明になるとして、2016年を画期とするグローバリズムからナショナリズムへの転換傾向―イギリスのEU離脱、アメリカのトランプ政権登場、ヨーロッパ各国のナショナリストの台頭―は、今後も続くのだろうか。この間の動きが、新自由主義型グローバリゼーションの行詰りを現していることは間違いないが、単純に1国主義に回帰することにはなるまい。アメリカのなかにも、イギリスのなかにも、グローバル化を志向する勢力は強固に存在する。国境を越えて運動するグローバル資本が、国民国家の枠内に戻ってくることは考えられない。グローバル化の方向は不可逆的であって、問われるべきは、グローバル化の負の側面を克服していくビジョンと方法である。

 

■グローバリゼーションのパラドクスをいかに克服するか

トルコ出身のアメリカで活躍する国際経済学者ダニ・ロドリックは、国民国家の民主主義原理がグローバル資本主義によって危機に瀕している状況を捉えて、「世界経済の政治的トリレンマ」仮説を提起している(ダニ・ロドリック『グローバリゼーション・パラドクス』白水社、2014年)。すなわち、ハイパーグローバリゼーション、民主主義、国家主権の3者を同時に満たすことはできないとして、考えられる三つの組合せを提示する。A.国家主権と民主主義(グローバリゼーションの否定、国民国家システム)、B.グローバリゼーションと国家主権(民主主義の否定、新自由主義)、C.グローバリゼーションと民主主義(国家主権の否定、世界政府システム)の3択問題である。

ロドリックは、民主主義に価値を置く観点から、現状のBは望ましくない、Cが理想のようにみえるが実現不可能、かつ原理的に疑問があるとして、Aを選択している。しかし、歴史的にはグローバリゼーションはAからBへと進行しており、いまさらAに戻ることはありえず、Cの道を模索するしかないのではないだろうか。国民国家システムから世界政府システムに一足飛びに移行するわけではないが、様々な中間的なシステムの試み、たとえばEUのような地域的超国家システムを想定していくべきではないか。

なお、水野和夫氏は、最新作『閉じていく帝国と逆説の21世紀経済』(集英社新書、2017年)において、ロドリックの三つの道は、いずれも現代の「資本主義の終焉」という危機を乗り越える選択肢にはなりえないと主張している。その要点は、国民国家システムはグローバル資本主義を制御する枠としては狭すぎる、といって地球規模のシステムは広すぎるというサイズ論的アプローチであり、「地域帝国サイズ」が適切と結論づける。水野氏の議論は、「閉じた経済圏」(資本主義でない市場経済)、地域帝国と地方政府の二層システムなど、独特の世界観に基づく興味深い論点を提起しているが、あまりに先進資本主義国中心の見方であり、資本主義の根強い成長力を過小評価している点に疑問がある。ただし、国民国家システムを超えた地域帝国というカテゴリーは注目に値する。

ロドリックの仮説を活かしつつ、そのBからCへの超長期的移行過程をさらに分節化し、様々な領域における超国家機関の地域的あるいは世界的形成に着目していくなかで、

新自由主義型グローバリゼーションの規制・制御を実現していくべきではないか。ロドリック自身も「健全なグローバリゼーション」と表現している。すでに、グローバルな課題解決のためにグローバルな活動に課税するグローバル連帯税構想、国家の課税権の隙間をすり抜けるオフショア・タックスヘイブンシステムに対する各国共同の取り組み(OECDのBEPSプロジェクト)など、限界をもちつつも新たな仕組みづくりが進行している。アメリカの覇権国家からの退場にあたっては、次なる覇権国家システムをあれこれと予想するよりも、グローバル・ガバナンスを創出する契機と捉えていくべきではないだろうか。