新刊紹介 金子文夫著『日本の東アジア投資100年史』

下記の本を刊行しました。

金子文夫著『日本の東アジア投資100年史』

発行者:横浜市立大学学術研究会  販売:春風社

2022年3月30日発行 293頁 3000円

 

 本書は、1910年代から2010年代までの100年間にわたる日本の東アジアに対する投資活動について、日本の東アジア政策、貿易動向と関連させつつ統計的に集成し、戦前・戦後を通じた国家資本の役割の重要性を指摘するとともに、時期別にみた日本と東アジア地域との経済関係の変化を分析したものです。

 以下に目次を示します。 

 

序章 課題と視角

 第1節 課題

第2節 先行研究

    1/ 戦前期国際収支の研究

    2/ 戦前期ミクロデータ集計研究

    3/ 戦後期に関する研究

 第3節 視角

 第4節 構成

 

第Ⅰ部 戦前期

  • 第一次大戦期の対外拡張―1910~1924年
  • 大陸政策の展開

1/ 植民地帝国の拡大

2/ 21カ条要求から西原借款へ

3/ 「鮮満一体化」政策の展開

  • 対外投資の増大

1/ 全般的動向

  • 国際収支の推移
  • 投資残高の構成

2/ 主要投資事業

  • 対中国借款
  • 総督府官業投資
  • 国家資本系企業
  • 民間大資本
  • 民間中小資本
  • 帝国圏貿易の構造

1/ 全般的動向

2/ 綿製品輸移出

3/ 農産物輸移入

第2章 満州事変と円ブロックの形成―1925~1936年

  • 満州事変から華北進出へ

1/ 「満州国」の経済建設

2/ 華北分離工作と南方開発機関の設立

 第2節 帝国圏投資の拡大

  1/ 全般的動向

  • 国際収支の推移
  • 投資残高の構成

2/ 主要投資事業

  • 対中国借款
  • 総督府官業投資
  • 国家資本系企業
  • 民間大資本
  • 民間中小資本

 第3節 円ブロック貿易の進展

1/ 全般的動向

2/ 主要品目の構成

3/ 円ブロックの限界

第3章 「大東亜共栄圏」の形成と展開―1937~1945年

  • 戦時開発政策の展開過程

1/ 1937年~1939年9月

2/ 1939年10月~1941年

3/ 1942年~1945年

 第2節 「大東亜共栄圏」投資の膨脹

1/ 全般的動向

  • 国際収支の推移
  • 投資残高の構成

2/ 主要投資事業

  • 対中国借款
  • 総督府官業投資
  • 国家資本系企業
  • 民間大資本
  • 民間中小資本

第3節 「大東亜共栄圏」の貿易構造

1/ 全般的動向

2/ 資源供給の推移

 

第Ⅱ部 戦後期

第4章 高度成長期の東アジア進出―1950~1973年

  • アジア再進出政策の形成と展開

1/ 1950年代のアジア開発構想

  • アジア開発構想の浮上
  • 東南アジア経済開発構想の進展
  • 経済再進出体制の整備

2/ 対アジア経済外交の積極化

  • 国際的背景
  • 多国間開発機構の形成

3/ 対外投資政策の展開

  • 経済協力政策
  • 直接投資促進政策

 第2節 対外投資の増大

1/ 国際収支構造の転換

  • 国際収支の推移
  • 長期資本輸出の増加

2/ 政府開発援助(ODA)の推進

3/ 直接投資の進展

第3節 アジア貿易の発展

1/ 輸出入の推移

  • 全般的動向
  • アジア貿易

2/ 対外投資と貿易の連携

  • 政府開発援助と輸出
  • 直接投資と輸出入

第5章 経済大国期の東アジア経済圏形成―1974~1990年

  • 対外経済政策の展開

1/ ODAの拡充

  • 第1次中期目標
  • 第2次中期目標
  • 第3次、第4次中期目標

2/ 直接投資促進政策

  • ナショナルプロジェクト
  • 外為法と輸銀法の改正

3/ 地域経済圏構想の形成

  • 大蔵省の「円の国際化」構想
  • 通産省の「New AID Plan」構想

 第2節 対外投資大国への道

1/ 国際収支の推移

  • 全般的動向
  • 長期資本輸出の構成変化

2/ ODAの拡大

  • ODA大国化
  • アジアへの集中

3/ 直接投資の増大

  • 地域別・産業別構成の変化
  • 海外現地法人の事業動向

 第3節 貿易大国化とアジア

1/ 輸出入の推移

  • 全般的動向
  • アジア貿易

2/ 資本輸出と貿易の連動

(1) 直接投資と貿易

(2) 長期貿易金融

第6章 低成長期の東アジア経済圏再編―1991~2019年

  • 東アジア経済政策の展開

1/ ODA政策の進展

(1) 政府開発援助大綱の策定(1992年)

(2) 政府開発援助大綱の改定(2003年)

(3) 開発協力大綱の策定(2015年)

2/ 円の国際化政策

  • 1990年代における「円の国際化」政策
  • アジア通貨通貨危機と地域金融協力

(3) 東京国際金融センター構想

3/ FTA政策の推進

  • 2000年代
  • 2010年代
  • 対外投資の新展開

1/ 国際収支の推移

  • 全般的動向
  • 対外資産残高と投資収益の増大

2/ ODAの構造転換

  • 途上国への資本輸出
  • ODAの構成変化

3/ 直接投資の急増

  • 地域別・業種別推移
  • 海外現地法人の事業動向
  • 東アジア貿易圏の再編

1/ 輸出入の推移

2/ 貿易圏の構造転換

(1) 域内依存度の上昇

(2) 中心国の交代

 

終章 総括と展望

第1節 対外投資の俯瞰的・数量的把握

  • 国家資本システム
  • 東アジアのなかの日本
  • 展望

 

参考文献

あとがき

索引

ポストコロナはインフレ、そしてスタグフレーションの時代か?

ポストコロナはインフレ、そしてスタグフレーションの時代か?

                                2022年2月27日

◆世界はインフレに突入

 日本の物価上昇が止まらない。ハム、マヨネーズ、食パン、カップ麺等の食料品、ティッシュペーパー等の日用品、そしてガソリンなど、多くの商品の小売価格が値上げまたは値上げ予定となっている。消費者物価指数(生鮮食品を除く総合指数、コアCPI)は、2021年12月に前年同月比0.5%、22年1月0.2%上昇し、5カ月連続のプラスとなった。通信料(携帯電話料金)の大幅値下げの影響が消える4月には、日銀が目標とする2%を超えるかもしれない。

 消費者物価指数の上昇に先立って、企業物価指数が歴史的高水準を記録している。2021年を通じて上昇率は過去最大の4.8%、3月以降は11カ月連続プラス、11月は前年同月比9.2%(41年ぶり)、12月8.5%、2022年1月8.6%と高止まりとなっている。これに対して企業はこれまでは、仕入れ費用の上昇を小売価格に転嫁すると売上が落ちることを危惧し、利益を削って内部で吸収してきたが、それも限界にきたということだろう。

企業物価指数の高騰は輸入物価指数の急上昇の反映である。輸入物価指数の上昇率は、2021年を通じて22.7%、年末の11月、12月とも40%以上、22年1月37.5%ときわめて高い水準を続けている。

 現在のところ、日本の消費者物価指数は目標の2%に届かず、世界的にみれば依然として低い水準にあるが、米国は40年ぶりの激しいインフレに見舞われつつある。2021年初頭からの物価上昇は、当初はコロナ禍の需給不均衡による一時的な現象とみられていたところ、消費者物価指数(総合)は目標の2%を超えて上がり続け、12月に7.0%、2022年1月に7.5%に達した。

 欧州もまた米国から遅れながらも後を追う動きを示しており、2022年1月には過去最高の5.1%に達した。イギリスのCPIは2022年1月に5.5%に上昇し、30年ぶりの高さに達した。OECD加盟国平均でみても30年ぶりとなる歴史的なインフレの到来といえる。

 

◆インフレ要因は複合的

 世界的な物価上昇の要因はコロナ禍に起因する需給不均衡と、より長期的な気候変動の影響との複合であり、一時的な現象にとどまらない。したがって、ワクチンの普及によってコロナの流行が下火になったとしても、単純に元に戻るとは思われない。

確かにきっかけはコロナによる供給不足(物流の停滞、サプライチェーンの分断など)だった。影響は原油、金属、穀物等の国際商品にも及び、19品目総合指数は2021年の1年間で5割近く上昇し1995年以降で最大の上げ幅となった。

なかでも原油価格の上昇は目立っており、2021年1月に1バレル50ドル(WTI原油先物)だったのが、ウクライナ危機の影響も加わって2022年2月末には100ドルを突破するほどに跳ね上がった。コロナによる需要減少を見込んで産油国が協調減産を行って供給量を絞った結果だが、需要回復に見合った産出量の回復が生じていない。そこには長期的な脱炭素潮流を見込んで、産油国が開発投資に消極的になることが影響している。

 穀物等の農産物価格の上昇も、コロナ禍の労働者不足による減産と、気候危機による不作が重なったものだ。たとえば、ブラジルは90年ぶりの少雨によってトウモロコシの減産に見舞われた。米国とカナダは夏の熱波(高温乾燥)によって小麦の減産を余儀なくされた。さらに、脱炭素に向けたバイオ燃料需要の増加も大豆や砂糖の価格を押し上げている。

 こうした世界的なインフレ要因に加えて、特に米国では労働力供給の逼迫による賃金上昇が注目される。米国の失業率は2020年の7%台から2021年12月3.9%へと低下した。2022年1月の平均時給上昇率は前年同月比5.7%上昇、これはデータが残る2006年以降で最高に近い数字だという。景気回復を見越して、高賃金を求める自発的離職者が400万人を超え、求人と採用のギャップが拡大している。こうした高インフレ要因が、FRBの金利引上げへの圧力となっている。

 一方日本では、円安が輸入物価の上昇を招き、重要なインフレ要因となっている。円相場は2021年1月に104円前後であったのが、2022年1月には115円まで下落、さらに下がるかもしれない。輸入物価の上昇は輸入企業によって吸収される傾向があるが、さすがにそれにも限度があり、次第に消費者物価に反映するようになっていく。

 

◆米国金融政策の転換とその衝撃

 インフレを放置すると政治危機を招く可能性がある。FRB(連邦準備制度理事会)の2021年夏ごろの認識は、インフレは一過性のものであって、いずれ供給サイドが回復して落ち着くというものだった。ところが、21年末になるとFRBの認識に変化が生じ、供給制約、労働力不足は長期化し、物価と賃金が並行して上昇する本格的なインフレモードに入ったと判断するようになった。2022年1月、FRBは金融政策の大転換を表明、70年代末のボルカー議長時代以来40年ぶりのインフレ抑制政策の導入に踏み切った。

 政策金利は2022年3月から連続して引き上げる予定という。政策金利はリーマンショック後のゼロ金利政策が2015年に終了し、小刻みに2.5%まで引き上げられてきたが、コロナ禍で再びゼロ金利(0~0.25%)に回帰していた。3月から段階的に利上げを繰り返し、2022年中に5回、1.25%程度引き上げると予想されている。

一方、国債や住宅ローン担保証券を買い上げる量的緩和政策は、リーマン危機後に導入され、2017年にようやく資産縮小に向かったが、2020年3月に再び量的緩和に進み、FRBの 総資産は19年末4兆ドルが22年1月には9兆ドルへと膨脹した。資産購入量は21年11月から削減に着手し、22年3月終了したのち、7月からは資産の圧縮に取り組むとされている。

インフレ抑制政策は、強すぎれば景気を落ち込ませ、バブル状態の金融市場を攪乱させる。しかし、弱すぎればインフレを阻止できず、政治の側から強い圧力がかかってくる。景気を持続させつつインフレを抑制することは至難の業といえる。

金融引締め政策の影響は多方面に及ぶ。第一に、長期金利の上昇(債券価格の下落)を招き、債券市場を冷え込ませる。特に低金利下の米国では、低格付け社債の発行が、2020年5700億ドル、2021年6700億ドルと過去最高の規模に達し、バブル状況になっている。金利が引き上げられれば、数年後に訪れる借換が困難になるし、変動金利が組み込まれている場合は債務不履行になるリスクがある。

第二に、株式市場が暴落するリスクがある。将来の株価上昇に過剰に期待してバブルになっていたハイテク株は、すでに値下がりを開始している。株式市場の混乱は実体経済に波及していくだろう。世界的にみてもコロナによる財政出動、金融緩和によって株式市場は水ぶくれし、株式時価総額はコロナ前の80億ドル台が2021年末には119億ドルまで膨脹しており、下落は避けられそうもない。

第三に、米国の金利上昇は、ドル債務を抱える新興国の利払負担を増やすとともに、資金流出を招き、通貨安、輸入物価上昇を通じてインフレを増幅する。新興国の抱える債務は、前回FRBが利上げした2015年に54.2兆ドルだったが、21年9月には92.6兆ドルに膨張している。資金流出を抑制するため、すでにブラジル、ロシア、メキシコ、インドネシア、南アフリカなどは金利の引き上げに踏み切っているが、これは国内経済を冷え込ませるだろう。

 欧州もまた金融政策の転換に踏み切りつつある。イギリスは消費者物価指数が21年12月5.4%、22年1月5.5%と30年ぶりの高水準を記録し、イングランド銀行は21年12月に政策金利を0.15%、続いて2月に0.25%引き上げた。景気回復が鈍いユーロ圏でも物価上昇率が21年12月5.0%、22年1月、5.1%とユーロ発足以来最高の水準に達した。欧州中央銀行はFRBよりも慎重な構えだが、債券の緊急買取政策を3月で打切り、以後は購入量を段階的に減らしていく。政策金利の引き上げも2022年中に開始となる見通しだ。

 

◆日銀はどうするのか

 日銀は物価目標2%を掲げ、2016年9月から長短金利操作付き量的・質的緩和政策を導入し、短期金利はマイナス0.1%、長期金利(10年物国債)は0%近辺(変動幅は上下0.25%)、資産購入は国債年間80兆円、ETF(上場投資信託)12兆円と設定してきた。しかし、一向に効果が現れないなかで、副作用が目立つようになってきている。

 量的緩和政策はその限界を露呈させており、2021年末の国債保有残高は前年比14兆円減少(2008年以来13年ぶり)、ETF買入額は前年の8分の1に縮小した。政策の軸足は金利操作に移っているが、そこにインフレ、金利上昇圧力が押し寄せ、金融緩和政策の転換を迫られている。

ただし黒田日銀総裁は、物価目標2%の達成はまだ遠い先のこととして、緩和政策の転換を強く否定している。長期金利上昇の圧力に対しては、10年物国債を利回り0.25%で無制限に購入する(指値オペ)という強硬な金利抑圧策を繰り出した(2月14日)。中央銀行が長期金利をどこまで制御できるのか、未知の領域である。日銀は10年物以外の国債に同様の策をとるわけではないので、債券市場全体がどのように動いていくのか、きわめて不透明な状況になりつつある。

もしこの先、物価水準が2%に達したとして、日銀はどうするのだろうか。おそらく金利引上げにはきわめて消極的だろう。金利上昇は、低金利状態に慣れてしまった政府、金融機関に衝撃を与える。金利1%上昇により政府の国債費は3.8兆円増加、金融機関保有債券は9兆円の評価損をもたらすという推計もある(日経21年12月25日)。日銀自身も400兆円を上回る国債価格下落によってバランスシートの悪化が不可避となる。株価も当然大幅に下落し、景気は冷え込むだろう。

とはいえ、金融政策を変えないままでは、米欧の高金利への転換のため、金利差が拡大し、日本からの資金流出、円安の加速が生じる可能性がある。そうなれば輸入物価は一段と上昇し、国内のインフレを増幅させる。今後、一定の名目賃金上昇があるとしても、それが物価上昇に追いつかないならば、実質賃金の下落をもたらし、日本経済は不況下のインフレ、スタグフレーションに陥るかもしれない。

菅政権を待ち受ける二つの難題

9月16日、安倍長期政権を継承して菅政権が誕生する。当面のコロナ対策、解散総選挙の有無などが関心を呼んでいるが、そうした目先の課題の先にある二つの難題に新政権がどのように対処するかに注目したい。難題の一つは財政再建、もう一つは米中新冷戦への対応である。

 

  • アベノミクスの継承でよいのか

 菅政権はアベノミクスを継承する方針のようであり、その功罪のうち功のみ語り、罪は無視している。経済政策に特段の変更点はなく、スガノミクスは考えていないのだろう。しかし、アベノミクスの功はもはや賞味期限切れ、罪はコロナ危機でますますひどくなると思われる。

功の第一は円安、株高、企業収益向上だが、円安・株高の起点を2012年の最低点から起算するから改善したようにみえるだけで、もっと前の水準に戻ったにすぎないし、株高は日銀・GPIFによってかさ上げされている。企業収益は世界的好景気の反映でもある。功の第二は雇用の改善だが、生産年齢人口の減少のなかで、非正規雇用の増加、実質賃金の低下、格差の拡大を生み出しており、コロナ危機で負の側面が露わになったといえる。

罪の第一は財政再建を先延ばしにしたことで、この問題はコロナ対策で一段と深刻化した。2020年度予算は2回の補正予算で57.6兆円の国債追加発行が要請され、本予算分も含めると90兆円規模になる。政府債務(国債、政府短期証券等残高)は、2020年6月末に1159兆円、3月末から44.5兆円の増加である。税収と歳出のギャップをワニの口にたとえれば、もはや顎がはずれた状態だ。

国債の大半は日銀で引き受けられた。日銀の総資産は8月末に683兆円に到達、3月から90兆円増加、そのうち国債は536兆円にのぼり、40兆円増加した。国債全体の半ばを日銀が保有、総資産はGDPをはるかに上回る膨張となっている。さらに日銀はETF(上場投資信託)34兆円、社債・CP10兆円のリスク資産を抱え込んだ。GDPに対する政府債務の比率、中央銀行総資産の比率、いずれも日本が主要国のなかで格段に大きい。

コロナ危機からの脱出にはこれから数年かかるだろう。その間、アベノミクスの継承で時間を稼ぐことができるのか。早期に財政再建、日銀の出口戦略の見通しを示すのでなければ、やがて財政や日銀への信認が失われ、不意の金利高騰など、財政金融システムが制御不能になり、インフレと増税によるハードランディングの道しか残されなくなるのではないだろうか。

 

  • 米中新冷戦に対応できるのか

 日本は軍事的に米国に依存する一方、経済面では中国との関係が大きい。2019年の日本の輸出先シェアは米中とも約20%だが、輸入は米国11%に対して中国は23%と倍以上だ。こうした軍経分離、米中二股の状態は、米中新冷戦によって許されなくなりつつある。すでに韓国が米中のいずれにつくか選択を迫られているが、日本もいずれその状況に直面する。大統領選挙でトランプが勝つ可能性が出てきており、またバイデンが勝つにしても米中新冷戦は進行するだろう。

 米中関税合戦は一段落して、いまはファーウエイ排除、動画投稿アプリTikTokの米国事業買収など、ハイテク覇権争いが激化しつつある。ファーウエイにとどまらず中国のハイテク企業からの調達、部品供給の禁止範囲が拡大してきている。これに対して中国側は、半導体とソフトの国産化を急ピッチで進め、また販路を国内と一帯一路市場に求めて対抗している。加えて、中国の主導する国際的決済システム、通信システム、データ管理システムなどを構築しようとしている。米国は中国ハイテク企業の台頭を一時的に抑えることはできても、潰すことはできない。日本企業は当面は米国による中国取引規制に追随せざるをえないが、中国との経済的断絶(デカップリング)はありえないし、貿易は縮小させたくないはずだ。

 経済面の覇権争い以上に深刻なのが米中の軍事面での対立だ。中国は海軍力、宇宙・サイバー空間軍事力を飛躍的に向上させている。これに対抗して米国は中国に対する軍事的包囲網を強化する目的でインド太平洋戦略を推進し、その一環として日本にミサイル防衛システムの強化を求めるかもしれない。それに応じようとすると、日本は中国側から経済面で圧力をかけられる。韓国がサードミサイルシステムの配備を求められ、中国から猛反発を受けた構図の再現である。経済界は困惑し、親中派の二階幹事長も黙っていないだろう。いずれ到来するこの難局に、日本は日米関係と日中関係の両立を可能とする道筋をつけるしかない。新政権はこの難問に立ち向かう準備ができているのだろうか。

(Political Economy 2020年9月15日)

仮想通貨リブラが変える世界

  • リブラの登場

 6月18日にフェイスブックが新しい仮想通貨リブラの構想を公表し、2020年前半の運用開始を宣言して以来、その成り行きに注目が集まっている。2009年に登場したビットコイン以降、世界では2000種類以上(時価総額3000億ドル)の仮想通貨が発行されたというが、大半は狭い範囲での流通であり、既存の金融システムへの影響は限られていた。

 しかし、リブラ(古代ローマ帝国の通貨名称)は従来の仮想通貨とは決定的に異なる性格をもっている。第一に、発行主体が巨大企業の集合であり、多数の利用者が見込まれる。世界27億人のユーザーをもつフェイスブックを中心に、決済業界最大手のビザ、マスターカード、ペイパル、さらにライドシェアのウーバーテクノロジーズ、音楽配信のスポティファイ等が参加するという。ビットコインなどは不特定多数の分散型ネットワーク(パブリック・ブロックチェーン)で送金コストを下げているが、リブラは加盟社のネットワーク(プライベート・ブロックチェーン)を用いる。

 第二に、通貨価値の安定を図るために、ドル、ユーロなどの準備金に裏づけられた発行をする(ステープルコイン)。これによって、投機的商品となっていたビットコインとは異なり、流通範囲が広がる。金融庁は、価値の裏づけのない仮想通貨を法定通貨(または法定通貨建て資産)でない一種の金融資産とみていたが(従って暗号資産と命名)、法定通貨とのリンクが確認できれば、仮想通貨とは異なるデジタル通貨として扱われることになろう。

 

  • 通貨当局の猛反発

 リブラ構想の発表に対する通貨当局の反応は迅速だった。米下院金融サービス委員会の委員長は直ちに、議会・当局の審査が必要であり、開発停止を求めるとの声明を発した。イングランド銀行のカーニー総裁は高度の規制が必要と述べ、FRBのパウエル議長は、審査には1年以上かかると発言した。金融安定理事会(FSB)の議長は、6月のG20サミット参加の各国首脳に、高い基準の規制の検討を要請した。国際決済銀行(BIS)の報告書は、巨大IT企業の金融業進出に対する包括的検討の必要性を指摘した。G20、G7の財務相・中央銀行総裁会議でも問題が提起され、IMFは7月半ばにデジタル通貨に関する報告書を作成した。

 このような当局のすばやい反応は、リブラのインパクトの大きさを物語っている。提起されている懸念は多岐に渡るが、整理すると次の4点になる。

 第一に、匿名取引の問題である。資金洗浄、脱税等の不正防止には、取引の本人確認が必要だが、リブラではそこに抜け道が生じるとする。

 第二に、個人情報保護への懸念である。フェイスブックは大量の個人情報を流出させた「前科」があるだけに、資金移動に関する情報流出の懸念が拭えない。

 第三に、金融業界の送金、決済業務が奪われ、やがては預金、融資なども侵食される可能性、またリブラが通貨発行益を得るとすれば、中央銀行の通貨発行益が侵食されてしまう。

 第四に、金融システムへの影響である。無利子のリブラの流通量が増大すれば、通貨当局の金融政策の有効性が損なわれ、またインフレの進行が予測される国から大規模な資本逃避が生じる可能性もある。

 

  • 通貨システムの大転換

 今後、各国政府・通貨当局は連携してリブラ発行への規制策を策定していく。フェイスブックはこれへの協力を表明している。規制と効率・コストとは両立しないが、いずれ妥協が成立するだろう。

 その先の世界を考える場合、二つの点に注目しておきたい。第一は、IT業界と金融業界にまたがるデジタル通貨競争の激化である。そのなかでリブラが勝ち進んでいくならば、まずは国境を越える小口の送金、決済の分野で支配的シェアをとる。それは既存の金融業務の一部への進出にすぎないが、そこで優位に立てば、次に預金・貸出業務にも進出し、中央銀行の統制が及ばない存在になりうる。そうなると金融政策が機能しなくなり、中央銀行の歴史的役割が終わる世界が到来するという事態も、あながち夢物語とはいえなくなるだろう(岩村允『中央銀行が終わる日』)。

第二は、ドル基軸体制からSDR基軸体制への転換である。リブラ構想が注目されるのは、その価値を維持するために、主要通貨のバスケット、つまりSDRを想定している点である。ドルに代わり、SDRを国際通貨システムの基軸にすえるべきだとする意見は、リーマンショック後に、IMF、中国などが唱えてきた。それに加えて、イングランド銀行のカーニー総裁も、8月のジャクソンホール会議(各国中央銀行総裁が参加)において同趣旨の提起を行った。ドルの過剰発行による世界的な金融不安、株価の乱高下、金価格上昇が続く中、リブラはドル体制からSDR体制への転轍機の役割を果たすかもしれない。トランプはリブラについて「支持や信頼性はほとんど得られないだろう」として、ドルが一番と発言したが、ドル体制の終焉を直感したからではないだろうか。

(Political Economy 148号、2019年8月8日)

MMT(現代貨幣理論)は日本経済に適用できるのか

MMT(現代貨幣理論)をめぐる議論が活発だ。以前は「トンデモ理論」として一蹴される傾向があったが、ここにきて翻訳や解説本が出回るようになり、ようやく落ち着いた議論ができる環境が整ってきたようだ。ランダル・レイ『MMT 現代貨幣理論入門』(東洋経済新報社)が翻訳刊行され、その監訳者の島倉原氏は論点を簡潔に整理した『MMTとは何か』(角川新書)を出版した。また、中野剛志『奇跡の経済教室 基礎知識編』(KKベストセラーズ)も挑発的な書き方をしていておもしろい。

確かにMMTの理論的内容は興味深い。貨幣の本質については、物々交換から説く商品貨幣論よりも、管理通貨制下では信用貨幣論(信用取引に伴う貨幣創造)の方が妥当性をもつように思われる。そこからさらに政府をマクロ経済の主体とする機能的財政論が展開される。その延長上に、「自国通貨建てであれば政府の支払能力には制限はない」とする独特の主張がなされる。

この主張は、健全財政の呪縛にとらわれ、大胆な財政出動にブレーキがかかる資本主義先進国の現状に対する問題提起としては一定の有効性を認めることができる。アメリカやヨーロッパでMMTに関心が寄せられるのも、緊縮財政批判の意義をもつからだろう。しかし、それが固有の困難(人口減少と巨額の政府債務累積)をかかえる現在の日本経済に適切な政策を提起しているのか、となると大いに疑問がある。この疑問は三つの部分からなる。

第一に、MTT派は1990年代以降の日本経済(デフレ経済)の原因を財政政策のあり方に求めている。1997年を起点とする消費税増税、歳出削減という緊縮財政路線がデフレの最大の原因だというのだ。私見をいえば、1990年代のデフレは、バブル崩壊による信用縮小という循環的要因と、グローバル化、IT革命、人口(生産年齢人口)減少という構造的要因が重なったためだと考える。MTT派は、総需要と総供給のバランス変化からインフレ、デフレを把握しており、循環的要因にしか目を向けていない。デフレに対して金融緩和政策は効果がないとして(このリフレ派に対する批判は当たっている)、拡張的財政政策を主張する。日本と主要国のGDP成長率と財政支出伸び率を比較し、そこに正の相関関係を見出し、日本の成長率が低いのは財政支出伸び率が低いためであると論じる。逆ではないか。成長率が低いから財政支出が伸びないのではないか。

 第二に、対策として拡張的財政政策の有効性を主張しているが、どこまで妥当性をもつか。そもそも日本が一貫して緊縮政策をとってきたわけではない。消費税増税の裏面では、所得税・法人税の減税を行ってきた。歳出も一方的に削減してきたわけではない。そうでなければ、どうしてあれだけの債務累積が生じたことになるのか。おそらくMMT派は、財政政策が中途半端であり、もっと大胆に拡張せよというのだろう。財政ファイナンスを気にせず、インフレにならない限り、いくらでも国債発行ができるという。しかし、それによって日本経済は期待される成長軌道に乗るのだろうか。デフレの要因は、循環的なものでなく、構造的なものであるとすれば、構造政策をとらなければ現状を変えることはできないのではないか。(構造政策は、新自由主義的成長戦略でなく、脱成長・脱工業化・環境重視・地域自立型のものになるだろうが、ここでは立ち入らない。)

 第三に、いずれは到来するインフレに対する対策に疑問がある。財政ファイナンスを気にしないMMT派の国債増発策が続くとすれば、日本経済の「低温状態」から推測すると、政府債務はGDPの3倍、4倍になってもおかしくない。MMT派はハイパーインフレの可能性はない、4~5%程度のインフレ率になったとき、増税や歳出削減をすれば安定するというが、楽観的にすぎるのではないか。まず、インフレが発生したとして、その認識・判断、政策の決定・実施には相当のタイムラグがある。タイムラグがあるなかで、インフレの程度と増税・歳出削減の程度をいかに調整するかは至難の技である。いかなる税をどれだけ増税するのか、歳出のどの費目をどれだけ削るのか、政治的困難は計り知れず、内閣がいくつあっても足りないだろう。デフレに金融政策が効かないのと同様に、インフレに財政政策は効きにくいのではないか。インフレによる金利上昇、国債価格の暴落を契機に、株価の下落、円相場の暴落、大規模な資本逃避が生じるかもしれない。一連の混乱ののち、新たな安定状態が訪れるとしても、その間の犠牲があまりにも大きいといわなければならない。この点を考えると、MMT派の拡張的財政政策は、リスクが大きすぎるように思われる。

(Political Economy 156号、2020年1月15日)