菅政権を待ち受ける二つの難題

9月16日、安倍長期政権を継承して菅政権が誕生する。当面のコロナ対策、解散総選挙の有無などが関心を呼んでいるが、そうした目先の課題の先にある二つの難題に新政権がどのように対処するかに注目したい。難題の一つは財政再建、もう一つは米中新冷戦への対応である。

 

  • アベノミクスの継承でよいのか

 菅政権はアベノミクスを継承する方針のようであり、その功罪のうち功のみ語り、罪は無視している。経済政策に特段の変更点はなく、スガノミクスは考えていないのだろう。しかし、アベノミクスの功はもはや賞味期限切れ、罪はコロナ危機でますますひどくなると思われる。

功の第一は円安、株高、企業収益向上だが、円安・株高の起点を2012年の最低点から起算するから改善したようにみえるだけで、もっと前の水準に戻ったにすぎないし、株高は日銀・GPIFによってかさ上げされている。企業収益は世界的好景気の反映でもある。功の第二は雇用の改善だが、生産年齢人口の減少のなかで、非正規雇用の増加、実質賃金の低下、格差の拡大を生み出しており、コロナ危機で負の側面が露わになったといえる。

罪の第一は財政再建を先延ばしにしたことで、この問題はコロナ対策で一段と深刻化した。2020年度予算は2回の補正予算で57.6兆円の国債追加発行が要請され、本予算分も含めると90兆円規模になる。政府債務(国債、政府短期証券等残高)は、2020年6月末に1159兆円、3月末から44.5兆円の増加である。税収と歳出のギャップをワニの口にたとえれば、もはや顎がはずれた状態だ。

国債の大半は日銀で引き受けられた。日銀の総資産は8月末に683兆円に到達、3月から90兆円増加、そのうち国債は536兆円にのぼり、40兆円増加した。国債全体の半ばを日銀が保有、総資産はGDPをはるかに上回る膨張となっている。さらに日銀はETF(上場投資信託)34兆円、社債・CP10兆円のリスク資産を抱え込んだ。GDPに対する政府債務の比率、中央銀行総資産の比率、いずれも日本が主要国のなかで格段に大きい。

コロナ危機からの脱出にはこれから数年かかるだろう。その間、アベノミクスの継承で時間を稼ぐことができるのか。早期に財政再建、日銀の出口戦略の見通しを示すのでなければ、やがて財政や日銀への信認が失われ、不意の金利高騰など、財政金融システムが制御不能になり、インフレと増税によるハードランディングの道しか残されなくなるのではないだろうか。

 

  • 米中新冷戦に対応できるのか

 日本は軍事的に米国に依存する一方、経済面では中国との関係が大きい。2019年の日本の輸出先シェアは米中とも約20%だが、輸入は米国11%に対して中国は23%と倍以上だ。こうした軍経分離、米中二股の状態は、米中新冷戦によって許されなくなりつつある。すでに韓国が米中のいずれにつくか選択を迫られているが、日本もいずれその状況に直面する。大統領選挙でトランプが勝つ可能性が出てきており、またバイデンが勝つにしても米中新冷戦は進行するだろう。

 米中関税合戦は一段落して、いまはファーウエイ排除、動画投稿アプリTikTokの米国事業買収など、ハイテク覇権争いが激化しつつある。ファーウエイにとどまらず中国のハイテク企業からの調達、部品供給の禁止範囲が拡大してきている。これに対して中国側は、半導体とソフトの国産化を急ピッチで進め、また販路を国内と一帯一路市場に求めて対抗している。加えて、中国の主導する国際的決済システム、通信システム、データ管理システムなどを構築しようとしている。米国は中国ハイテク企業の台頭を一時的に抑えることはできても、潰すことはできない。日本企業は当面は米国による中国取引規制に追随せざるをえないが、中国との経済的断絶(デカップリング)はありえないし、貿易は縮小させたくないはずだ。

 経済面の覇権争い以上に深刻なのが米中の軍事面での対立だ。中国は海軍力、宇宙・サイバー空間軍事力を飛躍的に向上させている。これに対抗して米国は中国に対する軍事的包囲網を強化する目的でインド太平洋戦略を推進し、その一環として日本にミサイル防衛システムの強化を求めるかもしれない。それに応じようとすると、日本は中国側から経済面で圧力をかけられる。韓国がサードミサイルシステムの配備を求められ、中国から猛反発を受けた構図の再現である。経済界は困惑し、親中派の二階幹事長も黙っていないだろう。いずれ到来するこの難局に、日本は日米関係と日中関係の両立を可能とする道筋をつけるしかない。新政権はこの難問に立ち向かう準備ができているのだろうか。

(Political Economy 2020年9月15日)