【紹介】国連租税協力枠組条約を通じて国際課税の構造を革新する

 Streamlining the Architecture of International Tax through a UN Framework Convention on Tax Cooperation

  By Abdul Muheet Chowdhary and Sol Picciotto

  South Centre, Tax Cooperation Policy Brief, No.21, November 2021, www.southcentre.int 

 国際課税のグローバルな機構(ITO:International Tax Organization, 国際租税機構)の必要性は、2001年の「国連開発資金に関するハイレベルパネル」(UN High-level Panel on Financing for Development)の報告書で提起されていた。経済のグローバル化とデジタル化が進むなか、多国籍企業のタックスヘイブンを利用した租税回避に直面し、先進国はOECD租税委員会を中心にして取組を進め、「税の透明性及び税務目的の情報交換に関するグローバルフォーラム」(Global Forum on Transparency and Exchange of Information for Tax Purposes)を発足させ、租税情報の交換システムを機能させることになった。続いて、BEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトをG20と協働で立ち上げ、15項目の行動計画を策定した(40カ国)。さらにそれを包摂的枠組へと拡張し、多国籍企業課税の革新的ルール(デジタル課税、最低法人税率の2本柱)の創出を進めている。

こうした先進国主導の国際課税改革に対して、グローバルサウスはルール形成に実質的に参加できず、不利益を被っていると批判している。BEPS包摂的枠組は140カ国が参加するフォーラムへと拡大したとはいえ、事務局はOECD租税委員会が掌握しており、決して民主的ではない、その結果、2本柱の改革案ではアメリカ、イギリス案が採用され、インド案が採用されず、グローバルサウスはメリットを得られないといった批判だ。

そこでグローバルサウス側は、国連租税委員会(UNTC: The Committee of Experts on International Cooperation in Tax Matters)を拠点にして対抗策を打ち出そうとしている。その流れのなかで、SDGsを推進する国連FACTIパネル(UN High Level Panel on International Financial Accountability, Transparency Integrity for Achieving the 2030 Agenda)報告書に示されるように、現存する様々な租税機構・租税条約を包括する国連租税協力枠組条約(UNFCTC: UN Framework Convention on Tax Cooperation)という構想を提起していく。これは気候危機に関する国連気候変動枠組条約(UNFCCC: UN Framework Convention on Climate Change)と同様に、締約国会議(COP: Conference of Parties)を通じてすべての参加国が意思決定に参加することを可能にする仕組みだ。

Abdul Muheet ChowdharyとSol Picciottoは、UNFCTCはUNFCCCと同様にCOPを通じて法的正当性、政治的裏付けを獲得し、様々な国際課税ルール・租税条約を統合して税制におけるグローバルガバナンスを実現できるだろうと主張する。この提案に対しては、すでに機能している機構との整合性がとれない、余計な負担が増えるだけだ、政治的利害が優越して課税主権が侵害される、などの批判が想定されるが、国際的協力と協調を実現しようという政治的意思を結集すれば、そうした批判を乗り越えられるだろうと論じている

多極化時代のグローバル税制の展望

2024年に入り、ウクライナ戦争、パレスチナ戦争の先行きが見通せないなかで、米国ではトランプ再選の可能性が高くなっている。世界は分断と混迷を深めているが、長期的にはグローバルサウスの動向に注目すべきだろう。1月22日の日経新聞1面には、「サウス台頭「旧秩序」突く、米中「世界二分論」に異議」という見出しの記事が掲載された。グローバルサウスは経済力を増大させ、発言力を高めつつある。以下、グローバル税制をめぐる最近の動向に即して、サウス台頭の展望を記してみたい。

 

◆国際連帯税の再構築

 国際連帯税は、2000年の国連ミレニアム開発目標(MDGs)の資金調達を目的にしてフランス主導でスタートした。その要件は、①国境を越える経済活動に課税、②税収は国際機関が管理、③使途はグローバル課題に充当というもので、2006年の航空券連帯税が第1号となった。国際線を利用する旅客に少額課税、税収は国際機関UNITAIDが管理し、貧困国への医薬品供給にあてるという方式で、現在も継続している。

これに続いて2011年、EUで金融取引税が提起された。この税は、国境を越える金融取引(株式、債券、デリバティブ等)に低率課税し、税収は各国政府とEUが管理・使用するもので、課税対象が国際連帯税に近いといえるが、金融業界の反対が強く現在まで実現をみていない。

そうしたなかで、気候危機に対する資金調達策として新たな取組が開始された。2022年のCOP27(エジプト)では、グローバルサウスの気候危機に対処するための「損失と損害基金」設置が合意された。その具体化に向けて、様々な試みが追求されていく。

2023年6月、フランス、バルバドスの呼びかけで、「新グローバル金融協定サミット」がパリで開催され、国際課税を通じた資金調達を検討するタスクフォース設置が提起された。  9月、ケニアでのアフリカ気候サミットを経て、11~12月、COP28(アラブ首長国連邦)が開かれ、「損失と損害基金」の制度の大枠が決定された。財源には公的資金、民間資金、革新的資金源等が広くあげられ、その一環として、「開発、気候、自然の資金調達のための国際課税に関するタスクフォース」立ち上げに至った。そこでは炭素税、海上・航空輸送税、金融取引税などが扱われるが、この間の経緯のなかにグローバルサウスの発言力の増大を確認することができる。

 

◆多国籍企業課税改革の紆余曲折

 多国籍企業への課税は本国、進出先のいずれでなされるべきか、二重課税問題の扱いについては100年の歴史がある。第二次大戦後はOECDと国連で取り組みが続いたが、ルール形成の主導権は先進国クラブであるOECDが握ってきた。

 21世紀に入り、グローバル化、デジタル化の進展とともに、タックスヘイブン等を利用する多国籍企業の課税回避(二重非課税)が横行する事態となった。2012年、OECDはG20との共同作業として、BEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトを立ち上げ、2015年に15項目からなる行動計画を策定した。約40カ国が参加したBEPSをさらに発展させ、140カ国参加の交渉を続けた結果、2021年10月に2本柱からなる新たな課税ルールで合意に達した(第1の柱は、売上高200億ユーロ超、利益率10%超のグローバル企業(約100社)を対象に、10%を超える利潤のうち25%について市場国(消費者のいる国)に課税権を配分、第2の柱は法人税の最低税率を各国共通して15%に設定)。

 当初の予定では、2022年に多国間条約、法改正を成立させ、2023年実施を目指したが、多国間条約の締結は現時点でなお実現していない。特に米国議会(共和党)が反対の意向であり、米国が条約に批准しないとなれば、この合意は不成立に終わるかもしれない。

 

◆国連主導のルール形成へ

 2本柱の新ルールについては、先進国に有利な決め方だとしてグローバルサウスから反発の声が上がっている。最低税率が低すぎるというNGOからの批判もある。アフリカ連合などがルール形成の場をOECDから国連に移すべきだと声を上げてきた結果、国連事務総長は2021年7月、25カ国の専門家からなる国連租税委員会の設置を決めた(期間は2021~2025年)。

また2022年12月の国連総会では、国際課税ルールは国連の場で取り組むべきとの決議がなされた。米国は修正を試みたが失敗に終わっている。さらに2023年11月22日、改めて国連第二委員会で「包摂的で効果的な国際課税協力の推進」に関する議題が取り上げられ、アフリカ連合提案が賛成125、反対48、棄権9で採択された(12月22日総会で決議)。イギリスは修正提案を提出したが、賛成55、反対107、棄権16で否決された。日本は前者に反対、後者に賛成だった。ここにはグローバルサウスが多数派、G7が少数派になった現実が示されている。

 2024年9月には国連未来サミットが開かれる。この決議を受けて、2024年夏までに一定の案をまとめるべく、20カ国ほどの政府間協議体が組織される。その先はかなり長い道のりになると思われるが、世界が多極化へと進んでいくなかで、多国籍企業課税、さらには超富裕層へのグローバル課税の具体化が進むことになるのだろう。

(POLITICAL ECONOMY, No.254、2024年2月1日)

世界のNGO紹介シリーズ 第1回 ICRICT

世界のNGO紹介シリーズ 第1回

ICRICT(The Independent Commission for the Reform of International Corporate Taxation;

         国際企業課税改革独立委員会) https//:www.icrict.com

 

◆設立趣旨:グローバル時代における公正な企業課税(多国籍企業課税)の実現に向けて提言を行う国際NGO。2015年設立。

◆主な委員:ジョセフ・スティグリッツ(コロンビア大学教授、ノーベル経済学賞受賞)

       2022年共同議長

       『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』徳間書店、2002年

       『プログレッシブ・キャピタリズム』東洋経済新報社、2020年

      ジャティ・ゴーシュ(マサチューセッツ大学教授)、2022年共同議長

      ホセ・アントニオ・オカンポ(元国連事務次長、コロンビア大学教授)前議長

      トマ・ピケティ(社会科学高等研究院EHESS教授、パリ経済学院教授)

       『21世紀の資本』みすず書房、2014年

      ガブリエル・ズックマン(カリフォルニア大学バークレイ校教授)

       『失われた国家の富:タックスヘイブンの経済学』NTT出版、2015年

       『つくられた格差:不平等税制が生んだ所得の不平等』(エマニュエル・サエズとの共著)光文社、2020年

◆主な報告書と概要

 *An Emergency Tax Plan to Confront the Inflation Crisis, September 2022

  [はじめに]

  ・世界経済はコロナ禍でエネルギー、食料等の価格高騰、成長率の低下、財政赤字と債

務の拡大といった危機に直面している。その負担は、特に脆弱な貧困層、貧困国に加

重されている。

・一方、巨大多国籍企業や富裕層は巧妙に課税を逃れて富を蓄積しており、課税を強化することが求められている。

  [超過利潤税]

・世界経済がインフレに進むなかで、エネルギー、食料、製薬、金融等の価格支配力をもつ独占的多国籍企業は、超過利潤を取得している。それに対する課税は国際協調のもとで進めるべきであるが、その交渉は遅れている。

・我々は、そうした交渉の妥結を待つことなく、緊急に超過利潤税を実施すべきであると考える。

   [グローバル課税交渉は前進しているのか]

  ・多国籍企業の課税逃れは年間2400~6000億ドルに達し、特に中低所得国の喪失額が大きい。

  ・2021年10月に合意された2本柱のグローバル企業課税ルールは、従来の方式の転換という意義をもつとはいえ、きわめて不十分な内容だ。グローバル最低税率15%では、増収が少ないばかりか、むしろそれが国際標準とされ、法人税依存度の高い途上国にとってマイナスに作用する恐れがある。

  ・合意が前進しているかといえば、EUと米国内に抵抗があり、実施が遅れている。それゆえ、各国は自国でできる公正な課税を実施すべきだ。2本柱の多国間合意が実行段階に入るまでは、それに代わる1国ベースの措置をとるべきである。

  [第1の柱の代替案]

  ・第1の柱(課税権の配分)は、物理的拠点のない市場国にも一定の課税権を配分する考えを打ち出した。しかし、対象企業が総売上高200億ユーロ以上、売上高利益率10%以上の巨大企業(およそ140社)に限定され、しかも課税権の配分は10%を超える超過利潤のうちの25%に限られ、利潤の大部分は従来の方式で課税される。新方式での税収はせいぜい60~150億ドルだろう。

  ・新方式での課税は多国籍企業の総利潤に適用するユニタリータックスとすべきである。その場合、国別配分の基準は売上高のみでなく、従業者数、物理的資産も指標に加える必要がある。現行案は、小規模、複雑性、不平等などの点で是認できない。加えて、各国議会での承認のハードルは高い。

  ・次のような代替案が考えられる。

  1. 累進的デジタルサービス税。すでにいくつかの国で採用されており、新方式実施に際しては廃止されることになるが、それまでは活用できる。
  2. サービス支払の源泉徴収課税。自動的デジタルサービスにも源泉徴収はできる。
  3. サービスの純利益への課税。
  4. 無形資産を利用した所得移転への課税。
  5. 租税政策と租税条約の修正。

  [第2の柱について]

  ・第2の柱であるグローバル最低税率は、法人税切下げ競争に歯止めをかける意義をもつが、実効税率15%に満たない場合の追加課税は多国籍企業本国で徴収され、価値が創出される途上国は利益を得られない可能性がある。途上国は代替策を検討する必要がある。

  ・代替ミニマム税は利益に代わって売上高や資産を対象に課税する方式であり、脱税や租税回避を抑止するうえで有効性をもつ。

  ・既存の優遇税制の見直しも有効であり、多国籍企業誘致のための税制優遇は、国内企業と同等とするように改められるべきである。

  [だれがルールを決めるのか]

  ・多国籍企業課税ルールの決定は、公平性、透明性、説明責任、安定性等の原則が尊重されるべきである。OECD/G20は途上国を含めた「包摂的枠組み」へと拡大してきたが、途上国の参加は行動指針が合意された後であり、途上国の意向は軽視されている。国際課税のルール策定は国連のもとでの国際条約交渉へと発展させるべきである。また、国連にグローバル租税機構を創設する議論も進めるべきである。

  [結論]

    ・今回の合意は先進国に有利で途上国に不利なものだが、より包括的な解決策への足掛かりになりうる。この合意が実施されないようであれば、各国は独自の代替案を導入し、真に公正なグローバル税制に向けて圧力をかけるべきである。途上国の経済危機に立ち向かうためには、公正なグローバル・ガバナンスが必要とされている。

 

  *It is Time for a Global Asset Registry to Tackle Hidden Wealth, April 2022

  コロナ危機とウクライナ戦争、世界的な物価上昇のなかで、オフショアに隠された富への課税が急務となっている。グローバル資産台帳という一種のデータベースの構築が求められている。その特徴は第一に、富のあらゆる形態を包括すること、第二に、資産の真の所有者を特定すること、第三に、情報が公開されることである。1国レベルでの資産台帳はEU、米英などで整備が進んでいる。1国単位の資産台帳は、EUのような地域レベルの台帳へと発展させる必要がある。

 

 *Who Owns What?  Making UK Wealth Ownership More Transparent through a National Asset Register, December 2020

   「グローバル資産台帳」は世界的な富の分布、不正な資金移動を把握し、効果的な課税策を講じる有効なツールとなる。それは各国の資産台帳を統合して作成される。この報告では、イギリスにおける資産台帳創出の試みとして、各種の登記情報、公式記録などを総合し、不動産・無形資産・金融資産等の資産状況の概要を検討している。

   

 *International Corporate Tax Reform, October 2019

    公正で包括的な多国籍企業課税はユニタリータックスでなければならない。現在OECDが提起している案は、それにはほど遠い。国際最低税率は25%とすべきである。現在の案では、通常の利益への課税は従来通りであるし、超過利益の課税権配分は売上のみを基準としている。

   また、今回の合意は終着点ではなく、さらなる改革への入口である。それはOECDでなく、国連システムのもとでなされなければならない。

 

 *A Roadmap for a Global Asset Registry, March 2019

   世界的に貧富の格差が拡大するなかで、富裕層の富は巧妙に隠されている。各国の税務当局間の情報交換システムは近年整備されてきているので、そうした現存するデータを結合し、隠された富を表に出す「グローバル資産台帳」の設置を提案したい。

   ピケティ、ズックマンの提起を受けての提案。

 

 *The Fight against Tax Avoidance, January 2019

   多国籍企業は価値を生み出すところで税を納めず、低税率国に利益を移転している。OECDのBEPSプロジェクトは多国籍企業の国別報告書作成などの成果をあげたが、子会社間の「価格移転システム」を利用した税逃れは放置している。これを防ぐには、多国籍企業グループ全体に対するユニタリータックスを導入するべきである。同時に、グローバル最低実効税率20~25%を設定すべきである。

 

 *A Roadmap to Improve Rules for Taxing Multinationals, February 2018

   BEPSプロジェクトによる多国籍企業の国別報告書は有益であり、その一般公開が望まれる。多国籍企業課税では、従来の子会社ごとの課税方式(独立企業原則)を捨て、単一統合課税(ユニタリータックス)に移行すべきであり、課税ベースの国別配分は資産、雇用、売上等の要素を組み合わせた公式を用いることが望ましい。長期目標がそうであるとして、短期的にはEUの共通連結法人税(CCCTB)を採用することを要請する。また多国籍企業課税問題は先進国主導のOECDでなく、国連で扱うべきである。

 

 *Four Ways to Tackle International Tax Competition, November 2016

  国際課税問題の解決のためには、グローバルな最低税率の設定、タックスヘイブンなど税逃れの仕組みの廃絶、海外企業への優遇税制廃止、市民への企業課税情報の公開という4項目を実現していく必要がある。

バイデン革命とグローバル・デジタル課税の新局面

◆コロナ禍から「バイデン革命」へ

 コロナ禍を契機に、世界的に新自由主義、市場原理主義の見直しが進行している。WHOの提案するコロナワクチンの特許権停止は以前では考えられなかった策であるし、米英の増税政策への転換もそうである。特にバイデン政権は、1980年代のレーガン財政に始まった小さな政府路線を覆し、大きな政府路線に進もうとしている。

バイデン政権はまずコロナ禍対策の「米国救済計画」として、1人最大1400ドルの追加給付など総額1.9兆ドル散布を打ち出したが、これだけならばコロナ対策の大型財政出動として各国で実施されている。だが、バイデン政権はそれを超えてさらなる財政拡大を提起した。第一に、インフラ投資(道路・鉄道、EV設備、半導体供給網等)を柱とする2兆ドル超の「米国雇用計画」である。財源は法人税の増税であり、連邦法人税の21%から28%への引き上げ、多国籍企業の海外収益への増税などで15年間に2.5兆ドルの確保を目指すという。第二に、所得格差是正をねらった「米国家族計画」であり、10年間で財政出動1兆ドル(幼児教育、介護支援等)、子育て世帯減税8000億ドルを見込み、その財源として富裕層への増税(所得税、キャピタルゲイン増税等)10年間1.5兆ドルをあてるという。5月28日に公表された2022会計年度予算教書は歳出総額6兆ドルと戦後最大規模となった。

この「バイデン革命」、バイデノミクスともいわれる野心的な提案には議会、大企業、富裕層の抵抗が予想され、その通りに実現するものではないだろう。実際、法人税の28%への増税は25%に削減する動きも出ている。また、インフレ、金利上昇による混乱の懸念も指摘されている。とはいえ、減税、小さな政府路線が格差を拡大してきた現状を転換させる意義は大きい。加えて、法人税増税はOECDが提起している多国籍企業課税構想を前進させる画期的な意義をもっている。

 

◆OECDの多国籍企業課税構想の進展

 課税は1国主義が原則であるため、国外に事業展開する多国籍企業への課税をめぐっては長い歴史がある。20世紀には本社立地国と海外子会社立地国との間で二重課税問題が生じたため、これを解決する2国間租税条約が締結された。21世紀になると、経済のグローバル化、デジタル化によって、タックスヘイブンを利用した多国籍企業の課税逃れ、二重非課税問題がクローズアップされた。20世紀型の製造業中心の課税モデルでは、無形資産が価値を生むGAFAなどの新興デジタル企業の巧妙な利益移転作戦に対応できなくなったためである。

 2000年代初頭には、タックス・ジャスティス・ネットワークなどのNGOが問題を提起し、多国籍企業の課税逃れは年間5000億ドルに及ぶという推計を発表した。対策として、多国籍企業の利益合算課税(独立企業原則の否定)、法人税の最低税率の設定などのアイディアが早くも提出されていく。

2008年のリーマンショック以後、各国政府も問題の重要性を認め、本格的に取り組むようになった。ここで中心的役割を担ったのはOECD租税委員会である。2011年、財務省国際租税課長であった浅川雅嗣氏が租税委員会議長になり、その幹部会(ビューロー)で米国の委員が二重非課税を許してはならないと問題提起したことが発端であった(浅川雅嗣『通貨・租税外交』日本経済新聞出版、2020年、191頁)。OECD租税委員会は2012年に「税源浸食と利益移転」(BEPS)プロジェクトをG20と共同で46カ国の規模で開始し、2015年に15項目の行動計画を作成した。このなかには、多国籍企業に税務当局への詳細な経営情報の提出を義務づけるといった画期的な内容が含まれている。

 

◆巨大デジタル企業への課税

2016年以降、BEPS行動計画で積み残されたデジタル課税問題についてBEPS包摂的枠組み会合(IF)が組織され、参加国は140カ国・地域へと拡張した。この取り組みのなかで、巨大デジタル企業への課税方式として、利用者の企業利益への貢献度に応じて各国で課税する英国案、収益を生む無形資産が作られた国で課税する米国案、売上高・資産・従業員数などに応じて各国で課税するインド案の3案が提起され、2019年10月には米国案をベースにして、連結売上高7.5億ユーロ以上のグローバル企業を対象にして、3段階で課税する方式(1.通常の利益率10%を超過する無形資産による利益を抽出、2.その利益を各国の売上高に応じて分割、3.分割された利益に対して各国で課税)にまとめられた。また、それに合わせて、タックスヘイブン対策として、各国共通の法人税最低税率を設定する案も提起された。

これらの案が2020年には正式に140カ国の間で合意されるはずであったが、2020年1月、米国が現行課税方式と新方式を企業が選択できるとする提案を持ち出し、合意は遠のくことになった。これはトランプ政権の米国第一主義を反映した提案だが、この結果各国がばらばらにデジタル課税を導入する動きが強まっていった。

こうして2011年以来のOECD租税委員会の取組みは中断しかけたが、バイデン政権の登場により、米国国内の法人税引上げに合わせて、国際最低税率の設定、グローバル企業への新課税方式が復活することになった。米国は最低税率を21%とする案を示したが、アイルランドなど低税率国の反発に配慮して15%へと下げるもようである。グローバル企業への課税では、売上高100億ドル以上、利益率15~20%以上などの基準で世界100社程度を想定した提案となっている。

この提案に対して、最低税率は15%では低すぎる、対象企業が100社では少なすぎるなどの批判が寄せられている。2021年中の合意に向けて各国政府・NGOの間で折衝が進行するだろう。

 

◆グローバル税制への第一歩

 GAFAの課税逃れは巨額である。世界の主要企業5万社の平均税負担率25.1%と比べて、15.4%と6割しか負担していない(日経新聞2021年5月9日)。米国をはじめ各国が新方式に取り組むのは、グローバル企業の課税逃れへの対策を確立し、増税政策を全体として推進していくためだろう。

 米国の新提案は不十分だという批判もあるが、長期の視点でみれば、新方式は国際法人税の課税原則の大転換を意味している。もちろん、旧方式は存続しており、新方式はごく一部に導入されるにすぎないが、少なくともグローバル企業への課税が1国主義から多国間主義へと転換することは、グローバル税制への一歩前進を意味する。

 企業活動のグローバル化に対応して、課税権力もグローバル化する必要がある。その方式には、課税権力のネットワーク化と超国家機関の創出の2ルートがあるといわれるが(諸富徹『グローバル・タックス』岩波新書、2020年)、その第1ルートが現実化しつつあると考えられる。第2ルートについては、EUが近い将来財政同盟をつくるとしても、それは国民国家の拡大であって超国家機関とはいえない。第2ルートは第1ルートが実績を積み上げた後に、いずれ姿を現すことになるだろう。

(POLITICAL ECONOMY, No.190, 2021年6月1日に加筆)

グローバル危機と金融取引税

グローバル危機と金融取引税

 

(『世界』2013年1月号)

 

 2008年9月のリーマンショックからギリシャ債務危機へと展開したグローバル資本主義の危機は、ひとまず小康状態に転じたかにみえるが、この先いつどこでどのような激震が起こるか、予断を許さない。グローバルな資本移動を通じた生産力基盤の先進資本主義国から新興国へのシフト、先進資本主義国における金融セクターの肥大化、金融危機と財政危機の複合、歯止めを失いつつある中央銀行の通貨供給、このような20世紀末から生じた世界システムの一連の変動は、いまだ次の安定したシステムへの移行を完了したとは考えられないからである。

 次のシステムの枠組みや要素は、これから徐々に登場してくるであろうが、その一角を占めると予想されるのが、欧州に登場しつつある金融取引税である。2011年9月に欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会が提起した金融取引税は、少なくとも11ヵ国の参加によって2014年から実施される予定である。この制度は、金融危機対策を直接の契機としてはいるが、内容的には欧州統合を深化させ、また国際連帯税構想を前進させる可能性を備えている。

 以下では、金融取引税の内容、背景、欧州統合との関係、国際連帯税との関係について、順次検討を進めていきたい。

 

欧州金融取引税の革新的な内容

 株式、国債、社債等の有価証券取引への課税という手法は、すでに多くの国で実施されてきている。たとえば日本でも1999年まで有価証券取引税が存在した。しかし、今回提起された金融取引税は、従来のそれとは多くの点で異なる革新的な内容をもっている。要点を4点にまとめておこう。

  • 目的

 金融商品の取引に低率の課税を行い、一方では金融機関の負担によって金融危機に対処する財源を確保し、他方では過剰な投機的取引を抑制することにより、全体として金融市場の安定化を図ることがこの税の目的である。経済危機を引き起こし、公的資金によって救済された金融機関に対して、欧州の市民社会では批判の声が強く、応分の税負担をさせることには広い支持が寄せられている。

 これに加えて、EUレベルでの課税であるため、税収の一部をEUの独自財源とする意図もうかがうことができる。

  • 課税の範囲と対象

 金融取引の範囲は、証券・短期金融市場商品・投資信託等の金融商品の売買から、証券の貸借、レポ取引、デリバティブ契約の締結・修正に至るまで、きわめて広く設定されている。また納税義務を負う金融機関は、銀行、証券会社、保険会社から投資ファンド、年金基金まで、これも広く定義されている。高頻度で売買を繰り返す取引の場合、ネッティングによって差額決済を行うとしても、決済以前のグロスの取引に課税される。

 また、EU域内の金融機関と域外の金融機関との取引の場合、域外の金融機関にも納税義務が発生する。このような、広範囲の金融取引に対する、しかも国境を越えた取引も含めた包括的な課税は従来存在しなかったものであり、今回の構想を革新的な試みとして評価することができる。

  • 税率と税収見込み

 税率は、一定の税収を確保できる程度には高く、また過度な市場の反発や域外取引へのシフトを招かない程度には低くするねらいから、一般の金融商品の取引には0.1%、デリバティブには0.01%と設定している。これによって高頻度取引、高レバレッジ商品の取引は激減すると予測されるが、市場の反応と徴税の効率性を考慮して年間570億ユーロほどの税収が得られると見込んでいる。

  • 税収の使途

 課税はEU全体で行うが、徴税権は域内各国が確保しているため、税収は各国政府の予算に充当され、一部がEU予算に繰り入れられる。その配分、また使途の限定については現時点では明らかでない。

 2011年9月の欧州委員会提案を受けて、EU各国は態度決定を迫られることになったが、まず反対したのは金融セクターへの依存度の高いイギリスであった。イギリスは、国際社会全体で導入するのでなく、EUだけで実施するならば、金融取引はアメリカやアジアに逃げると主張して、構想そのものに反対した。他方、フランス、ドイツ、スペイン、イタリアなどのユーロ圏4大国は、EU27ヵ国全体での導入が無理ならば、まずユーロ圏17ヵ国だけで先行実施する方針を表明した。

 最も積極的なのはフランスで、2012年8月には1国単独で限定された金融取引税の導入に踏み切った。これは、①フランスに本拠を有する時価総額10億ユーロ超の上場企業株式の取引、②フランスで活動する企業が行う株式の高頻度取引における注文の取消・変更行為、③EU加盟国のソブリンリスクに係るネイキッドCDS取引(CDS取引の受益者になっていない場合)に限って課税するもので、年間10億ユーロ程度の税収を見込んでいる。

 2014年の本格実施に向けて、導入国拡大工作が進められたが、ユーロ圏17ヵ国のなかでも温度差があった。結局、2012年10月のEU財務相理事会では、上記4大国にベルギー、オーストリア、ギリシャ、ポルトガル、スロベニア、スロバキア、エストニアを加え、計11ヵ国が2014年1月から導入の意思を明らかにした。今後、課税逃れ対策を準備したうえで実施に踏み出し、その後参加国を増やしていくことになろう。オランダが参加という情報も伝えられている。2014年以降、アメリカや日本の銀行がユーロ圏11ヵ国の金融機関と取引した場合には課税を免れないわけで、課税回避がどの程度発生するか、税収がどれだけあげられるか、注目されるところである。

 

グローバル危機と金融規制の潮流

 EUの金融取引税は、リーマンショック以降の世界的な金融規制の潮流の一環として捉えることができる。2008年11月の第1回G20サミット(ワシントン)では、短期的な危機対策に加えて、中期的な課題として、一連の金融市場規制策が討議された。金融市場の暴走を抑えるべく、ヘッジファンド、格付け会社等の監督・規制の強化、証券化商品の透明性の確保、CDSの清算機関の設立などが提起され、総じて市場原理主義を修正する気運が醸成された。

 これに続く第2回G20サミット(2009年4月、ロンドン)でもこの方向性が確認された。それをふまえて第3回G20サミット(2009年9月、ピッツバーグ)では、フランスとドイツが金融取引税の導入を主張したものの、結果的には、金融危機のコストを金融機関に負担させる方法についてIMFに検討させることになった。IMFによる検討作業の過程では、様々な圧力がかけられたと推測されるが、検討結果の報告書は第4回G20サミット(2010年6月、トロント)に提出された。そこでは、金融機関の負担方法について、①資産・負債規模に応じた負担金、②金融取引への課税、③利潤・報酬への課税(金融活動税)などの方式が列挙され、そのなかで金融取引税には否定的な結論が示された。それどころか、サミットの討議では、金融機関への課税それ自体にも異論が出され、G20としての取り組みの方向は拡散していった。金融システムの破綻がとりあえず回避されたため、新しい取り組みを進めなければならないという切迫感が消えてしまったためであろう。

 とはいえ、金融取引税に消極的なアメリカの場合でも、オバマ政権は1930年代以来の大がかりな金融規制改革政策を打ち出した。2010年7月に成立した「ドッド・フランク法」には、財務長官を議長とする金融安定協議会の設置、金融機関の巨大化の抑制、銀行による投機的ビジネスの規制(ボルカー・ルール)、デリバティブやファンドの規制・監視、消費者金融保護局の設立など、肥大化した金融セクターの暴走を押さえ込む組織と制度が盛り込まれた。しかしながら、ウォール街の猛烈な巻き返しによって、その内容は骨抜きにされつつあり、当初の目的が達成される見通しはない。投資銀行は姿を消し、「影の銀行システム」は一時的に縮小したが、その後復活してきており、金融セクターの肥大化は再現されている。「ウォール街を占拠せよ」という運動が大きな共感を呼んだのも、こうした大手金融資本の懲りない姿勢への反発が強いからであろう。「ドッド・フランク法」は換骨奪胎されてしまったが、新自由主義の総本山でともかくも包括的な金融規制法が成立したことの意義は否定できない。今後、もしアメリカで金融危機が再発するような事態になれば、この法律が息を吹き返すことになるかもしれない。

 G20と並行する金融規制の潮流としては、バーゼル銀行監督委員会(主要10ヵ国)による自己資本強化の規制が強制力をもっている。それとは別に、強制力はもたないものの、より根本的な規制・改革案が国連の委員会で検討された。2008年11月、ニカラグア出身のデスコト国連総会議長のもとに、国際金融システム改革専門委員会(スティグリッツ委員長)が設置された。そこでは、国際機関の抜本的な改革と国際金融システムの大胆な革新が検討され、国際機関改革では、国連における安全保障理事会と同格のグローバル経済調整理事会の設置、IMF・世界銀行のガバナンス改革、国際金融市場を監視する金融安定化理事会のグローバル金融庁への改組など、国際金融システムの革新では、ドル基軸通貨システムからグローバル準備通貨システムへの転換、国際債務整理法廷の設置、炭素税・通貨取引税の導入など、長期的な改革に関する様々なアイディアが報告書に盛り込まれた。報告書は2009年6月の金融経済危機と開発に関する国連会議で採択され、9月の国連総会で最終報告が行われた。しかし、その内容があまりに革新的であること、また実施に移す道筋がついていないことから、近い将来に具体化するとは想定できない。

 それに対して欧州委員会の金融取引税提案は、フランス、ドイツなどが実施を宣言しているものであり、金融規制の潮流の先頭に立つ政策とみることができる。EUが金融規制を急ぐのは、グローバル危機の第二波としての欧州債務危機、ユーロ危機に見舞われたからであり、またその危機を逆手にとって欧州統合を深化させる力学が作用しているためと考えられる。

 

欧州債務危機と統合の深化

 金融取引税の導入は、危機対策だけでなく、欧州統合を深化させるという戦略的意義ももっている。1957年のローマ条約に始まる欧州統合のプロセスにおいて、何回も統合の危機が訪れ、それを克服するなかで統合の度合いが強められていった。

1999年の単一通貨ユーロの導入(2002年、一般流通開始)により、ユーロ圏の金融政策は統合された形になり、各国別の金利水準、為替相場の設定ができないことになった。財政赤字の対GDP比3%以内への規制、政府債務残高の対GDP比60%以内への制限など、財政運営にも制約が加えられた。ただし、こうした財政規制はその後空文化し、財政規律は緩んでいく。財政統合は政治統合の一環であって、通貨統合よりはるかに抵抗が強いためである。

しかし、本格的な政治統合は将来の課題としたままで、実体経済(産業の競争力、経常収支、所得水準、インフレ率、失業率、金利水準、為替相場等)に大きな格差があるなかで、通貨のみ先行して統合したことの無理がやがて表面化してくる。ユーロ圏の実態は、いわゆる「最適通貨圏」の資格を欠いており、一方でドイツの圏内輸出拡大、多国籍資本の低賃金地域進出が生じ、他方で南欧諸国の景気が過熱し、スペイン、アイルランドでは不動産バブルが発生した。また財政基盤の弱い南欧諸国で国債発行が増大した。こうした状況にリーマンショックが加わり、まず財政赤字を粉飾して国債を乱発していたギリシャに債務危機が発生し、たちまちのうちにポルトガル、アイルランド、スペイン、イタリアへと危機が波及していった。

ここで、ギリシャがユーロ圏から離脱する可能性が指摘されたが、政治プロジェクトである欧州統合の流れに逆行することは基本的に起こりえないであろう。当面の危機を押さえ込む短期的対策を講じながら、それを通じて統合をさらに進める以外に選択肢は存在しないと考えられる。

危機対策としては、まずデフォルト(債務不履行)を回避するために、2010年5月にEUは欧州金融安定化基金(EFSF)を暫定的に設立した。これに続き、2010年12月には、恒久的機構として、欧州安定メカニズム(ESM)の2013年6月設立を決定した(実際は2012年9月に前倒しで設立)。そしてEFSF、欧州中央銀行(ECB)、IMFが連携して緊急救済融資を行うが、それには厳しい緊縮財政、また民間金融機関の債権圧縮(秩序あるデフォルト)が条件となった。緊縮財政には労働者、市民の強い反対があり、また民間の債権圧縮にも不同意の銀行が続出したが、危機の乗り切りを最優先とする支援策が強引に実施されていく。この過程で、IMFの欧州版となるESMが設立の運びとなったことは、危機対策が欧州統合深化の意味をもつことを示している。

2012年3月には、財政規律を高めるべく、法的拘束力の強い新たな財政協定条約がEU25ヵ国首脳によって調印された(イギリス、チェコを除く)。平時であればなかなか合意されないであろう財政統合がこれによって加速されることになった。さらに、銀行監督の一元化、銀行の破綻処理制度の統一、ユーロ圏予算の共通化、ユーロ共同債の発行など、経済・金融統合の課題がこれに続いている。

そうした動向の一環として、金融取引税の導入が位置づけられる。金融取引税には、EU独自財源の確保、共通税制の導入という統合深化の意味が備わっている。金融取引税の導入が差し当たり11ヵ国程度にとどまるとすれば、欧州には、EU加盟国27ヵ国、ユーロ圏17ヵ国、金融取引税導入国11ヵ国という三重構造が成立することになる。統合の程度に温度差を含みながら、全体として結束を強めていくことになるのであり、その先には軍事統合、政治統合のスケジュールがひかえている。

しかし、危機を契機としてしか統合を進められないのであれば、そこには強い反発が生じることは避けられない。南欧諸国に対する緊縮財政の強制にみられるように、負担が強引に押しつけられるならば、大規模な抗議行動、政権の動揺をもたらさざるをえない。危機のなかでの統合が平穏に進むとは考えられない。

 

金融取引税から国際連帯税へ

欧州の金融取引税は、2005年以来提唱されている国際連帯税とは異なる税であるが、重なる部分もある。特に、これまで国際連帯税構想を推進してきた欧州のNGO、労働組合などは、金融取引税を国際連帯税の一環として位置づけているようにみえる。以下、両者の関連を整理してみよう。

国際連帯税は、国連ミレニアム開発目標(MDGs)の実現のために、ODAを補完する革新的資金メカニズムとして構想されたものであった。フランスを中心にして、これに取り組むリーディング・グループが組織され、今や日本も含めて60ヵ国ほどが参加している。国際連帯税の要件は、第一に、グローバルな経済活動を課税対象とし、第二に、税収をグローバル公共財の調達にあて、第三に、税の管理をグローバル組織(超国家機関)が行うことである。つまり究極的には、国民国家から徴税権を取り上げ、グローバル社会を運営するためのグローバル・ガバナンスを実現するということである。

もちろん、現在の国民国家体制が消滅することは当面はありえない。とはいえ、欧州におけるEU統合の深化は、その先駆けとみることができるし、国連に代表される国際組織(諸国家の連合)を超国家機関に改造する試みも一部では進展している。

これまでのリーディング・グループの歩みをみると、航空券連帯税は2006年以来、十数ヵ国で実施され、税収はUNITAID(国際医薬品購入ファシリティ)という国際機関を通じて貧困国向けの医薬品購入にあてられている。UNITAIDの理事会には政府代表だけでなく市民社会代表も加わっており、小規模とはいえグローバル・ガバナンスの萌芽を示している。

航空券連帯税は導入が技術的に容易であったが、税収が数億ドル程度と小規模であるため、これに続いて取引規模の大きい外国為替市場に課税する通貨取引税の検討が進められた。外国為替市場は今や年間1000兆ドル規模に拡大しており、これにきわめて低率の課税を行うとすれば、投機的取引が抑制される一方、数百億ドルの税収は得られる見通しである。リーディング・グループは専門家委員会を組織し、通貨取引税の実現に向けて多角的な検討を行わせた。2010年にまとめられた報告書では、グローバル通貨取引税の導入という革新的な構想が提起された。その骨子は、世界の主要通貨取引に0.005%という低率課税を行うというものであり、技術的には主要17通貨の取引の決済を行っているCLS銀行(多通貨同時決済銀行)を通じて徴税可能とする。

この構想がそのまま直ちに実現する見通しはないが、その萌芽形態を欧州の金融取引税にうかがうことができる。すなわり、課税対象のなかに、通貨デリバティブが含まれており(通貨スポット取引は除外)、これが国際連帯税のなかの通貨取引税と重なるのである。もし、欧州通貨取引税が実施され、そのなかで通貨取引税が部分的に実現していけば、そこからグローバル通貨取引税に接近する道が開けてくる。それには、タックスヘイブン規制、オフショア金融市場規制など、課税回避を防止する関連した対策を講じる必要もある。

また、税収の使途は、欧州金融取引税の場合、フランスが一部を開発や環境の分野に向けると表明している以外は、国内あるいはEUの財源になるものであり、国際連帯税との距離は大きい。また、税収を一括管理する国際機関の構想も存在せず、2国間ODAの一部に組み込まれる程度である。

このように金融取引税と国際連帯税との違いは大きいものの、国境を越えた金融取引、通貨取引への課税が欧州規模で実施される意義は軽視できない。今後、国連スティグリッツ委員会等で取り上げられた諸構想の実現に向けた、確かな一歩になりうるであろう。

 

参考ウエブサイト

 国際連帯税を推進する市民の会 http://www.acist.jp

  欧州委員会 http://ec.europa.eu