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公開日:2017年12月02日(土)14:19
グローバル危機と金融取引税
(『世界』2013年1月号)
2008年9月のリーマンショックからギリシャ債務危機へと展開したグローバル資本主義の危機は、ひとまず小康状態に転じたかにみえるが、この先いつどこでどのような激震が起こるか、予断を許さない。グローバルな資本移動を通じた生産力基盤の先進資本主義国から新興国へのシフト、先進資本主義国における金融セクターの肥大化、金融危機と財政危機の複合、歯止めを失いつつある中央銀行の通貨供給、このような20世紀末から生じた世界システムの一連の変動は、いまだ次の安定したシステムへの移行を完了したとは考えられないからである。
次のシステムの枠組みや要素は、これから徐々に登場してくるであろうが、その一角を占めると予想されるのが、欧州に登場しつつある金融取引税である。2011年9月に欧州連合(EU)の行政執行機関である欧州委員会が提起した金融取引税は、少なくとも11ヵ国の参加によって2014年から実施される予定である。この制度は、金融危機対策を直接の契機としてはいるが、内容的には欧州統合を深化させ、また国際連帯税構想を前進させる可能性を備えている。
以下では、金融取引税の内容、背景、欧州統合との関係、国際連帯税との関係について、順次検討を進めていきたい。
欧州金融取引税の革新的な内容
株式、国債、社債等の有価証券取引への課税という手法は、すでに多くの国で実施されてきている。たとえば日本でも1999年まで有価証券取引税が存在した。しかし、今回提起された金融取引税は、従来のそれとは多くの点で異なる革新的な内容をもっている。要点を4点にまとめておこう。
金融商品の取引に低率の課税を行い、一方では金融機関の負担によって金融危機に対処する財源を確保し、他方では過剰な投機的取引を抑制することにより、全体として金融市場の安定化を図ることがこの税の目的である。経済危機を引き起こし、公的資金によって救済された金融機関に対して、欧州の市民社会では批判の声が強く、応分の税負担をさせることには広い支持が寄せられている。
これに加えて、EUレベルでの課税であるため、税収の一部をEUの独自財源とする意図もうかがうことができる。
金融取引の範囲は、証券・短期金融市場商品・投資信託等の金融商品の売買から、証券の貸借、レポ取引、デリバティブ契約の締結・修正に至るまで、きわめて広く設定されている。また納税義務を負う金融機関は、銀行、証券会社、保険会社から投資ファンド、年金基金まで、これも広く定義されている。高頻度で売買を繰り返す取引の場合、ネッティングによって差額決済を行うとしても、決済以前のグロスの取引に課税される。
また、EU域内の金融機関と域外の金融機関との取引の場合、域外の金融機関にも納税義務が発生する。このような、広範囲の金融取引に対する、しかも国境を越えた取引も含めた包括的な課税は従来存在しなかったものであり、今回の構想を革新的な試みとして評価することができる。
税率は、一定の税収を確保できる程度には高く、また過度な市場の反発や域外取引へのシフトを招かない程度には低くするねらいから、一般の金融商品の取引には0.1%、デリバティブには0.01%と設定している。これによって高頻度取引、高レバレッジ商品の取引は激減すると予測されるが、市場の反応と徴税の効率性を考慮して年間570億ユーロほどの税収が得られると見込んでいる。
課税はEU全体で行うが、徴税権は域内各国が確保しているため、税収は各国政府の予算に充当され、一部がEU予算に繰り入れられる。その配分、また使途の限定については現時点では明らかでない。
2011年9月の欧州委員会提案を受けて、EU各国は態度決定を迫られることになったが、まず反対したのは金融セクターへの依存度の高いイギリスであった。イギリスは、国際社会全体で導入するのでなく、EUだけで実施するならば、金融取引はアメリカやアジアに逃げると主張して、構想そのものに反対した。他方、フランス、ドイツ、スペイン、イタリアなどのユーロ圏4大国は、EU27ヵ国全体での導入が無理ならば、まずユーロ圏17ヵ国だけで先行実施する方針を表明した。
最も積極的なのはフランスで、2012年8月には1国単独で限定された金融取引税の導入に踏み切った。これは、①フランスに本拠を有する時価総額10億ユーロ超の上場企業株式の取引、②フランスで活動する企業が行う株式の高頻度取引における注文の取消・変更行為、③EU加盟国のソブリンリスクに係るネイキッドCDS取引(CDS取引の受益者になっていない場合)に限って課税するもので、年間10億ユーロ程度の税収を見込んでいる。
2014年の本格実施に向けて、導入国拡大工作が進められたが、ユーロ圏17ヵ国のなかでも温度差があった。結局、2012年10月のEU財務相理事会では、上記4大国にベルギー、オーストリア、ギリシャ、ポルトガル、スロベニア、スロバキア、エストニアを加え、計11ヵ国が2014年1月から導入の意思を明らかにした。今後、課税逃れ対策を準備したうえで実施に踏み出し、その後参加国を増やしていくことになろう。オランダが参加という情報も伝えられている。2014年以降、アメリカや日本の銀行がユーロ圏11ヵ国の金融機関と取引した場合には課税を免れないわけで、課税回避がどの程度発生するか、税収がどれだけあげられるか、注目されるところである。
グローバル危機と金融規制の潮流
EUの金融取引税は、リーマンショック以降の世界的な金融規制の潮流の一環として捉えることができる。2008年11月の第1回G20サミット(ワシントン)では、短期的な危機対策に加えて、中期的な課題として、一連の金融市場規制策が討議された。金融市場の暴走を抑えるべく、ヘッジファンド、格付け会社等の監督・規制の強化、証券化商品の透明性の確保、CDSの清算機関の設立などが提起され、総じて市場原理主義を修正する気運が醸成された。
これに続く第2回G20サミット(2009年4月、ロンドン)でもこの方向性が確認された。それをふまえて第3回G20サミット(2009年9月、ピッツバーグ)では、フランスとドイツが金融取引税の導入を主張したものの、結果的には、金融危機のコストを金融機関に負担させる方法についてIMFに検討させることになった。IMFによる検討作業の過程では、様々な圧力がかけられたと推測されるが、検討結果の報告書は第4回G20サミット(2010年6月、トロント)に提出された。そこでは、金融機関の負担方法について、①資産・負債規模に応じた負担金、②金融取引への課税、③利潤・報酬への課税(金融活動税)などの方式が列挙され、そのなかで金融取引税には否定的な結論が示された。それどころか、サミットの討議では、金融機関への課税それ自体にも異論が出され、G20としての取り組みの方向は拡散していった。金融システムの破綻がとりあえず回避されたため、新しい取り組みを進めなければならないという切迫感が消えてしまったためであろう。
とはいえ、金融取引税に消極的なアメリカの場合でも、オバマ政権は1930年代以来の大がかりな金融規制改革政策を打ち出した。2010年7月に成立した「ドッド・フランク法」には、財務長官を議長とする金融安定協議会の設置、金融機関の巨大化の抑制、銀行による投機的ビジネスの規制(ボルカー・ルール)、デリバティブやファンドの規制・監視、消費者金融保護局の設立など、肥大化した金融セクターの暴走を押さえ込む組織と制度が盛り込まれた。しかしながら、ウォール街の猛烈な巻き返しによって、その内容は骨抜きにされつつあり、当初の目的が達成される見通しはない。投資銀行は姿を消し、「影の銀行システム」は一時的に縮小したが、その後復活してきており、金融セクターの肥大化は再現されている。「ウォール街を占拠せよ」という運動が大きな共感を呼んだのも、こうした大手金融資本の懲りない姿勢への反発が強いからであろう。「ドッド・フランク法」は換骨奪胎されてしまったが、新自由主義の総本山でともかくも包括的な金融規制法が成立したことの意義は否定できない。今後、もしアメリカで金融危機が再発するような事態になれば、この法律が息を吹き返すことになるかもしれない。
G20と並行する金融規制の潮流としては、バーゼル銀行監督委員会(主要10ヵ国)による自己資本強化の規制が強制力をもっている。それとは別に、強制力はもたないものの、より根本的な規制・改革案が国連の委員会で検討された。2008年11月、ニカラグア出身のデスコト国連総会議長のもとに、国際金融システム改革専門委員会(スティグリッツ委員長)が設置された。そこでは、国際機関の抜本的な改革と国際金融システムの大胆な革新が検討され、国際機関改革では、国連における安全保障理事会と同格のグローバル経済調整理事会の設置、IMF・世界銀行のガバナンス改革、国際金融市場を監視する金融安定化理事会のグローバル金融庁への改組など、国際金融システムの革新では、ドル基軸通貨システムからグローバル準備通貨システムへの転換、国際債務整理法廷の設置、炭素税・通貨取引税の導入など、長期的な改革に関する様々なアイディアが報告書に盛り込まれた。報告書は2009年6月の金融経済危機と開発に関する国連会議で採択され、9月の国連総会で最終報告が行われた。しかし、その内容があまりに革新的であること、また実施に移す道筋がついていないことから、近い将来に具体化するとは想定できない。
それに対して欧州委員会の金融取引税提案は、フランス、ドイツなどが実施を宣言しているものであり、金融規制の潮流の先頭に立つ政策とみることができる。EUが金融規制を急ぐのは、グローバル危機の第二波としての欧州債務危機、ユーロ危機に見舞われたからであり、またその危機を逆手にとって欧州統合を深化させる力学が作用しているためと考えられる。
欧州債務危機と統合の深化
金融取引税の導入は、危機対策だけでなく、欧州統合を深化させるという戦略的意義ももっている。1957年のローマ条約に始まる欧州統合のプロセスにおいて、何回も統合の危機が訪れ、それを克服するなかで統合の度合いが強められていった。
1999年の単一通貨ユーロの導入(2002年、一般流通開始)により、ユーロ圏の金融政策は統合された形になり、各国別の金利水準、為替相場の設定ができないことになった。財政赤字の対GDP比3%以内への規制、政府債務残高の対GDP比60%以内への制限など、財政運営にも制約が加えられた。ただし、こうした財政規制はその後空文化し、財政規律は緩んでいく。財政統合は政治統合の一環であって、通貨統合よりはるかに抵抗が強いためである。
しかし、本格的な政治統合は将来の課題としたままで、実体経済(産業の競争力、経常収支、所得水準、インフレ率、失業率、金利水準、為替相場等)に大きな格差があるなかで、通貨のみ先行して統合したことの無理がやがて表面化してくる。ユーロ圏の実態は、いわゆる「最適通貨圏」の資格を欠いており、一方でドイツの圏内輸出拡大、多国籍資本の低賃金地域進出が生じ、他方で南欧諸国の景気が過熱し、スペイン、アイルランドでは不動産バブルが発生した。また財政基盤の弱い南欧諸国で国債発行が増大した。こうした状況にリーマンショックが加わり、まず財政赤字を粉飾して国債を乱発していたギリシャに債務危機が発生し、たちまちのうちにポルトガル、アイルランド、スペイン、イタリアへと危機が波及していった。
ここで、ギリシャがユーロ圏から離脱する可能性が指摘されたが、政治プロジェクトである欧州統合の流れに逆行することは基本的に起こりえないであろう。当面の危機を押さえ込む短期的対策を講じながら、それを通じて統合をさらに進める以外に選択肢は存在しないと考えられる。
危機対策としては、まずデフォルト(債務不履行)を回避するために、2010年5月にEUは欧州金融安定化基金(EFSF)を暫定的に設立した。これに続き、2010年12月には、恒久的機構として、欧州安定メカニズム(ESM)の2013年6月設立を決定した(実際は2012年9月に前倒しで設立)。そしてEFSF、欧州中央銀行(ECB)、IMFが連携して緊急救済融資を行うが、それには厳しい緊縮財政、また民間金融機関の債権圧縮(秩序あるデフォルト)が条件となった。緊縮財政には労働者、市民の強い反対があり、また民間の債権圧縮にも不同意の銀行が続出したが、危機の乗り切りを最優先とする支援策が強引に実施されていく。この過程で、IMFの欧州版となるESMが設立の運びとなったことは、危機対策が欧州統合深化の意味をもつことを示している。
2012年3月には、財政規律を高めるべく、法的拘束力の強い新たな財政協定条約がEU25ヵ国首脳によって調印された(イギリス、チェコを除く)。平時であればなかなか合意されないであろう財政統合がこれによって加速されることになった。さらに、銀行監督の一元化、銀行の破綻処理制度の統一、ユーロ圏予算の共通化、ユーロ共同債の発行など、経済・金融統合の課題がこれに続いている。
そうした動向の一環として、金融取引税の導入が位置づけられる。金融取引税には、EU独自財源の確保、共通税制の導入という統合深化の意味が備わっている。金融取引税の導入が差し当たり11ヵ国程度にとどまるとすれば、欧州には、EU加盟国27ヵ国、ユーロ圏17ヵ国、金融取引税導入国11ヵ国という三重構造が成立することになる。統合の程度に温度差を含みながら、全体として結束を強めていくことになるのであり、その先には軍事統合、政治統合のスケジュールがひかえている。
しかし、危機を契機としてしか統合を進められないのであれば、そこには強い反発が生じることは避けられない。南欧諸国に対する緊縮財政の強制にみられるように、負担が強引に押しつけられるならば、大規模な抗議行動、政権の動揺をもたらさざるをえない。危機のなかでの統合が平穏に進むとは考えられない。
金融取引税から国際連帯税へ
欧州の金融取引税は、2005年以来提唱されている国際連帯税とは異なる税であるが、重なる部分もある。特に、これまで国際連帯税構想を推進してきた欧州のNGO、労働組合などは、金融取引税を国際連帯税の一環として位置づけているようにみえる。以下、両者の関連を整理してみよう。
国際連帯税は、国連ミレニアム開発目標(MDGs)の実現のために、ODAを補完する革新的資金メカニズムとして構想されたものであった。フランスを中心にして、これに取り組むリーディング・グループが組織され、今や日本も含めて60ヵ国ほどが参加している。国際連帯税の要件は、第一に、グローバルな経済活動を課税対象とし、第二に、税収をグローバル公共財の調達にあて、第三に、税の管理をグローバル組織(超国家機関)が行うことである。つまり究極的には、国民国家から徴税権を取り上げ、グローバル社会を運営するためのグローバル・ガバナンスを実現するということである。
もちろん、現在の国民国家体制が消滅することは当面はありえない。とはいえ、欧州におけるEU統合の深化は、その先駆けとみることができるし、国連に代表される国際組織(諸国家の連合)を超国家機関に改造する試みも一部では進展している。
これまでのリーディング・グループの歩みをみると、航空券連帯税は2006年以来、十数ヵ国で実施され、税収はUNITAID(国際医薬品購入ファシリティ)という国際機関を通じて貧困国向けの医薬品購入にあてられている。UNITAIDの理事会には政府代表だけでなく市民社会代表も加わっており、小規模とはいえグローバル・ガバナンスの萌芽を示している。
航空券連帯税は導入が技術的に容易であったが、税収が数億ドル程度と小規模であるため、これに続いて取引規模の大きい外国為替市場に課税する通貨取引税の検討が進められた。外国為替市場は今や年間1000兆ドル規模に拡大しており、これにきわめて低率の課税を行うとすれば、投機的取引が抑制される一方、数百億ドルの税収は得られる見通しである。リーディング・グループは専門家委員会を組織し、通貨取引税の実現に向けて多角的な検討を行わせた。2010年にまとめられた報告書では、グローバル通貨取引税の導入という革新的な構想が提起された。その骨子は、世界の主要通貨取引に0.005%という低率課税を行うというものであり、技術的には主要17通貨の取引の決済を行っているCLS銀行(多通貨同時決済銀行)を通じて徴税可能とする。
この構想がそのまま直ちに実現する見通しはないが、その萌芽形態を欧州の金融取引税にうかがうことができる。すなわり、課税対象のなかに、通貨デリバティブが含まれており(通貨スポット取引は除外)、これが国際連帯税のなかの通貨取引税と重なるのである。もし、欧州通貨取引税が実施され、そのなかで通貨取引税が部分的に実現していけば、そこからグローバル通貨取引税に接近する道が開けてくる。それには、タックスヘイブン規制、オフショア金融市場規制など、課税回避を防止する関連した対策を講じる必要もある。
また、税収の使途は、欧州金融取引税の場合、フランスが一部を開発や環境の分野に向けると表明している以外は、国内あるいはEUの財源になるものであり、国際連帯税との距離は大きい。また、税収を一括管理する国際機関の構想も存在せず、2国間ODAの一部に組み込まれる程度である。
このように金融取引税と国際連帯税との違いは大きいものの、国境を越えた金融取引、通貨取引への課税が欧州規模で実施される意義は軽視できない。今後、国連スティグリッツ委員会等で取り上げられた諸構想の実現に向けた、確かな一歩になりうるであろう。
参考ウエブサイト
国際連帯税を推進する市民の会 http://www.acist.jp
欧州委員会 http://ec.europa.eu