変革期に入った国際課税制度  ―国連の国際租税協力枠組条約の進展―

 2023年11月、国連総会(第二委員会)において「国連における包摂的かつ効果的な国際租税協力の促進」と題するナイジェリア提案が、賛成125、反対48、棄権9で採択された。賛成したのはアフリカ・アジア・中南米の途上国(グローバルサウス)、反対したのは日本を含む先進国(OECD諸国)だ。国際課税制度はこれまでOECDがルール形成を主導してきたが、ナイジェリア提案は「国際租税協力枠組条約」を創設し、国連のもとに国際課税ルールを形成することを意図している。この国連決議は国際課税制度構築の主導権の歴史的転換を意味するかもしれない。

 以下では、国際課税制度の歴史的変遷をたどり、今回の決議の背景と意義を検討したうえで、今後の見通しを述べていきたい。

 

◆租税条約に関する二つのモデル

 「国際租税協力枠組条約」は、気候変動枠組条約の国際租税版であり、目標・原則などの大枠を取極め、具体的な内容は政府間交渉による議定書作成を通じて決定するという二段構えの条約形式だ。そこでまず、国際課税問題を扱う基本形態である租税条約の歴史を簡単にふりかえっておこう。

 経済活動の国境を越えた展開、先進国から途上国への資本輸出の増大とともに、多国籍企業への課税が1国の範囲を超える問題が生じる。途上国への事業投資の利益について、企業本社所在国(先進国)と投資先(途上国)がそれぞれ課税するという「二重課税問題」が発生する。この問題を調整するため、2国間の租税条約が締結されることになる。

 20世紀前半、国際連盟の時代に租税条約のモデルが提示された。当初は多国間条約モデルが模索されたが成立せず、1928年に2国間租税条約のマドリード・モデルが成立した。しかし、これは先進国優位のモデルであったため、途上国は対抗して1943年にメキシコ・モデルを成立させた。

このように国際課税ルールをめぐる対抗は早くも国際連盟のなかで生じていたが、第二次大戦後、先進国はOECD、途上国は国連を基盤としながら、一面では連携しつつ他面では対抗する状態に入っていく。主導権を握ったのはOECDだった。1963年、OECD財政委員会は「所得及び資本に関するモデル租税条約」を提示した。これに対して途上国は1970年代に入るとパワーを増大させ、1974年国連総会での「新国際経済秩序」宣言、その流れで1980年国連租税条約モデルの公表に至る。

冷戦終結後、経済(金融)グローバル化の進展とともに、多国籍企業や富裕層のタックスヘイブンを利用した租税逃れが活発になっていく。各国の税制の違いを利用して課税の抜け穴を見つけ出し、どこからも課税されない「二重非課税問題」の発生だ。OECD租税委員会は1998年、「有害な租税競争」と題する報告を作成し、悪質なタックスヘイブンのリストを公表して租税逃れ対策を強化していく。

それに加えてOECDは、途上国を巻き込んで税務行政の国際的ネットワーク構築に取り組んだ。第一に、1988年成立の税務行政執行共助条約であり、各国税務当局が連携して国境を越える納税者に関する税務情報の共有、文書送達、徴税代行などを行う仕組みを整えていった。第二に、「租税の透明性と情報交換に関するグローバル・フォーラム」の形成であり、2006年発足以降拡大を続け、いまや160カ国・地域の参加のもと、税務情報交換制度の強化、各国別審査や支援などに取り組んでいる。第三に、金融口座情報の自動交換制度であり、各国税務当局間で共通の報告基準に基づいて非居住者の口座情報を共有できるシステムが2014年G20サミットで承認された。

こうした課税権力の国境を越えた連携は、国際課税制度の構造的転換に向けた基盤づくりの意義をもつといえる。

 

◆OECDのBEPSプロジェクトの展開

 21世紀に入り、デジタル技術を駆使したGAFAなどのグローバル企業が急成長していく。インターネットを通じて国境を超えた情報サービスを提供し、高収益をあげていく新産業に対して、従来の製造業をベースにした国際課税制度は有効な対応ができず、各国の税務当局は連携して対策を講じる必要に迫られていく。

特に2008年のリーマンショック、それに続くユーロ危機のなかで、巨額の利益を計上しながら巧妙な課税逃れスキームを構築し、納税額がきわめて少ないグローバル企業に対する批判が強まっていく。税負担の不公平、格差の拡大、税収逸失額の増加を放置できなくなったOECD租税委員会は、国際課税制度の大がかりな見直し作業に着手する。それが2012年にスタートするBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトだ。OECDは先進国だけのグループであるため新興国・途上国を巻き込む必要があり、BEPSはOECDとG20の共同プロジェクトに格上げされ、約40カ国の参加のもと急ピッチで行動計画の策定が進展した。その結果、2015年には15項目の行動計画をまとめた最終報告書が公表され、G20サミットで承認された。

15項目の行動計画は、デジタル経済への対応(行動1)、租税回避を防止する国際的ルールの統一化・明確化(行動2~10、従来から存在する外国子会社合算税制・移転価格税制等の再定義)、多国籍企業情報の収集・開示・文書化(行動11~13)、相互協議・多国間条約(行動14~15)に大別される。このなかで注目されるのは、多国籍企業グループの経営実績(売上高、利益、従業員数、納税額等)の国別報告書作成だ。これは課税逃れの実態把握にとって重要な情報の提供という意義がある。

BEPS行動計画全体は比較的短期間にまとめられたが、肝心のデジタル経済への対応(行動1)は積み残しとなった。そこで2016年、デジタル企業への新たな課税制度を創出すべく、参加国・地域を約140に広げ、「BEPS包摂的枠組」(BEPS2.0)が開始された。OECD事務局は、各国の様々な提案を集約し、論点整理をしたうえで2本柱の新しい国際課税制度の提案を行った。

第1の柱はデジタルサービスを消費する市場国への一定の課税権の配分だ。従来のルールでは事業所・支店などの物理的拠点が存在しない国には課税権はないという原則だったが、デジタル経済の時代には拠点のない市場国も一定の課税権をもつとした。対象となる企業は、年間売上高200億ユーロ超かつ利益率10%超のグローバル企業(約100社)に限定し、通常の利益率とみなされる10%を超える超過利益について、その25%を売上高に応じて各市場国に課税権を配分した。

第2の柱は世界の法人税率を実質15%以上とするグローバル・ミニマム課税だ。対象は売上高7.5億ユーロ以上の多国籍企業(約1000社)で、仮に子会社が税率15%以下の軽課税国で納税したとしても、15%との差額は親会社から徴収することにし、タックスヘイブンの利用を無意味にする。これによって国際的な法人税切下げ競争に一定の歯止めをかける意義がある。

2本柱の提案は各国政府・関係団体の意見をふまえ、2021年10月に最終合意となった。それに続くプロセスをみると、第2の柱は実施に向けて動きつつあるが、第1の柱は米国議会の反対が強く、米国が不参加となれば成立しないことになる。多国間条約の締結予定期限は過ぎており、このままでは不成立に終わるかもしれない。

 

◆SDGsと国際課税の結合

 BEPS2.0は140カ国・地域に拡大した「包摂的枠組」だが、途上国は概して批判的だ。手続面では課題設定、意思決定がOECD主導で行われ、途上国が実質的に関与できない、実体面では途上国にメリットが少なく、ルールが複雑すぎて実施できないといった点だ。

それゆえ途上国は、国連によるより包括的な国際課税ルールの創出を目指すことになる。日本では国際課税問題といえばOECD主導のデジタル課税のことだと思われているようだが、国連を舞台とするルール作りの胎動が生じている点に注目すべきだろう。

起点はBEPS成立と同じ2015年だ。この年、国連で2030年に向けた17項目のSDGsが採択され、目標17は持続可能な開発に向けたグローバル・パートナーシップの活性化と設定された。そして目標17の1には、課税・徴税能力向上のための途上国への国際的支援が書き込まれた。

また、これに先立って、第3回国連開発資金会議がエチオピアで開催され、そこで打ち出された「アディスアベバ行動目標」のなかに、国際租税協力による課税・徴収能力の強化が盛り込まれている。ここに途上国が関心を寄せる開発資金と国際租税協力の結合を見ることができる。2016年には、国連・OECD・IMF・世界銀行が連携し、途上国の税制改革、税務能力向上を支援する「税の協力プラットフォーム」(PCT)が組織された。

一方、国連には経済社会理事会のもとに以前から国連租税委員会(租税協力専門家委員会)が設置されていたが、そのデジタル課税小委員会が2019年にBEPS2.0に対する意見書を提出した。そこでは、途上国への課税権配分、簡素な制度設計、執行能力への配慮などを要請している。

2020年には国連総会議長のもとにFACTI PANEL(SDGs達成のための、国際的資金の説明責任・透明性・公正性に関するハイレベル・パネル)が17人の委員によって組織された。このパネルは2021年に14項目の勧告を含む報告書を作成している。その勧告2には、多国間国連租税条約の締結、勧告14Bには、各種の租税協力機構の国連のもとへの統合という文言が書き込まれた。

このような動きをふまえ、特にアフリカ諸国は活発な活動を展開し、2022年12月、二つの国連総会決議に至る。一つは12月14日採択の「持続可能な開発促進のため、不正な資金の流れに対抗し、資産回収を強化する国際協力の促進」だ。「不正な資金の流れ」とは、不公正な貿易や資金貸借、脱税、密輸、汚職などの不正行為によって、本来途上国の開発に投じるべき資金が国外に流出しているという問題であり、かねて途上国が対策に悩んできた課題だ。

もう一つは12月30日採択の「国連における包摂的かつ効果的な国際租税協力の促進」だ。このナイジェリア提案は、途上国のルール形成への参加を実質的に保障、持続可能な開発のための資金確保、不正な資金の流れの抑止、価値創造地点での課税等を骨子とするものだった。具体的なプロセスとして、包摂的な政府間フォーラムによる国際租税協力の枠組創出、国連事務総長による選択肢を示した報告書の作成を提起している。

ナイジェリア提案に対して、ルール形成の主導権がOECDから国連に移ることを懸念したためか、米国は修正案を提出したものの失敗に終わった。

 

◆国際租税協力に関する枠組条約への道

 2022年末の国連総会決議に基づき、国連事務総長は「国連における包摂的かつ効果的な国際租税協力の促進」と題する報告書を作成し、2023年8月に公表した。報告書はまず、国際租税協力における国連とOECDの役割を実体面と手続面から比較検討し、OECDのBEPS2.0は途上国の参加のうえで問題があると指摘する。実体面では途上国の課題・能力などの状況に適合しない取組みであり、包摂性・実効性に問題があると述べる。手続面ではOECD非加盟国は課題設定や意思決定に実質的に参加できていないと批判する。一方、国連については包摂的かつ効果的な国際租税協力の促進が可能だと評価する。

 そのうえで、進め方について三つの選択肢を示している。第1は「多国間租税条約」の締結であり、法的拘束力のある標準的な多国間条約の成立を想定する。第2は「国際租税協力に関する枠組条約」の締結であり、国際租税協力の原則、ガバナンスなどの大枠について法的拘束力のある条約を成立させ、そのうえで具体的な内容は政府間交渉を通じた議定書採択をもって決定するという二段構えの構想だ。第三は「国際租税協力に関する枠組」の設定であり、主要な原則や取組みについて法的拘束力をもたない形で策定するという選択肢だ。いずれの場合も政府間特別委員会が草案を作成すると提案している。

 こうした2023年夏までのプロセスを経て、冒頭に記したように秋の国連総会の場で、事務総長報告書の第2の選択肢をベースにしたナイジェリア提案が採択された。これに対して先進国側は、すでに国際租税協力の機構はいくつも存在しているし、OECDのプロジェクトが進展しているので、新たな仕組みを作る必要はない、無駄な行為であるとして、英国が修正案を提出したが、賛成55、反対107、棄権16で否決された。なお日本はナイジェリア提案に反対、英国提案に賛成している。

 ナイジェリア提案では、枠組条約の付託事項の草案を策定する政府間特別委員会の設置を求めている。特別委員会委員は地域やジェンダーのバランスを考慮して20人以内で構成し、2024年8月までに各国政府・国際機関・市民社会組織等の意見をきいて草案を作成、9月の国連総会に提出するとした。

 2024年1月、特別委員会は設置され、4~5月、7~8月の2回の集中審議を経て8月16日に草案採択(賛成110、反対8、棄権44、日本は反対)に至った。この間、多数の意見が寄せられ、審議の様子はオンラインでライブ配信されるオープンな方式だったことも特筆されてよい。

 予定では2024年末に付託事項が総会で承認され、2025~27年に枠組条約本文が交渉・決定されることになる。また枠組条約の交渉と並行して、デジタルサービス税、グローバル富裕税等の議定書交渉が進められる可能性がある。

 このプロセスが順調に進むのか、OECD側の抵抗や非協力がどのようになるのか、予断を許さない。とはいえ、グローバルサウスの台頭により、先進国主導だった国際課税制度が変革期を迎えていることは間違いあるまい。     (季刊『言論空間』2024年秋号)

【紹介】国連租税協力枠組条約を通じて国際課税の構造を革新する

 Streamlining the Architecture of International Tax through a UN Framework Convention on Tax Cooperation

  By Abdul Muheet Chowdhary and Sol Picciotto

  South Centre, Tax Cooperation Policy Brief, No.21, November 2021, www.southcentre.int 

 国際課税のグローバルな機構(ITO:International Tax Organization, 国際租税機構)の必要性は、2001年の「国連開発資金に関するハイレベルパネル」(UN High-level Panel on Financing for Development)の報告書で提起されていた。経済のグローバル化とデジタル化が進むなか、多国籍企業のタックスヘイブンを利用した租税回避に直面し、先進国はOECD租税委員会を中心にして取組を進め、「税の透明性及び税務目的の情報交換に関するグローバルフォーラム」(Global Forum on Transparency and Exchange of Information for Tax Purposes)を発足させ、租税情報の交換システムを機能させることになった。続いて、BEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトをG20と協働で立ち上げ、15項目の行動計画を策定した(40カ国)。さらにそれを包摂的枠組へと拡張し、多国籍企業課税の革新的ルール(デジタル課税、最低法人税率の2本柱)の創出を進めている。

こうした先進国主導の国際課税改革に対して、グローバルサウスはルール形成に実質的に参加できず、不利益を被っていると批判している。BEPS包摂的枠組は140カ国が参加するフォーラムへと拡大したとはいえ、事務局はOECD租税委員会が掌握しており、決して民主的ではない、その結果、2本柱の改革案ではアメリカ、イギリス案が採用され、インド案が採用されず、グローバルサウスはメリットを得られないといった批判だ。

そこでグローバルサウス側は、国連租税委員会(UNTC: The Committee of Experts on International Cooperation in Tax Matters)を拠点にして対抗策を打ち出そうとしている。その流れのなかで、SDGsを推進する国連FACTIパネル(UN High Level Panel on International Financial Accountability, Transparency Integrity for Achieving the 2030 Agenda)報告書に示されるように、現存する様々な租税機構・租税条約を包括する国連租税協力枠組条約(UNFCTC: UN Framework Convention on Tax Cooperation)という構想を提起していく。これは気候危機に関する国連気候変動枠組条約(UNFCCC: UN Framework Convention on Climate Change)と同様に、締約国会議(COP: Conference of Parties)を通じてすべての参加国が意思決定に参加することを可能にする仕組みだ。

Abdul Muheet ChowdharyとSol Picciottoは、UNFCTCはUNFCCCと同様にCOPを通じて法的正当性、政治的裏付けを獲得し、様々な国際課税ルール・租税条約を統合して税制におけるグローバルガバナンスを実現できるだろうと主張する。この提案に対しては、すでに機能している機構との整合性がとれない、余計な負担が増えるだけだ、政治的利害が優越して課税主権が侵害される、などの批判が想定されるが、国際的協力と協調を実現しようという政治的意思を結集すれば、そうした批判を乗り越えられるだろうと論じている

多極化時代のグローバル税制の展望

2024年に入り、ウクライナ戦争、パレスチナ戦争の先行きが見通せないなかで、米国ではトランプ再選の可能性が高くなっている。世界は分断と混迷を深めているが、長期的にはグローバルサウスの動向に注目すべきだろう。1月22日の日経新聞1面には、「サウス台頭「旧秩序」突く、米中「世界二分論」に異議」という見出しの記事が掲載された。グローバルサウスは経済力を増大させ、発言力を高めつつある。以下、グローバル税制をめぐる最近の動向に即して、サウス台頭の展望を記してみたい。

 

◆国際連帯税の再構築

 国際連帯税は、2000年の国連ミレニアム開発目標(MDGs)の資金調達を目的にしてフランス主導でスタートした。その要件は、①国境を越える経済活動に課税、②税収は国際機関が管理、③使途はグローバル課題に充当というもので、2006年の航空券連帯税が第1号となった。国際線を利用する旅客に少額課税、税収は国際機関UNITAIDが管理し、貧困国への医薬品供給にあてるという方式で、現在も継続している。

これに続いて2011年、EUで金融取引税が提起された。この税は、国境を越える金融取引(株式、債券、デリバティブ等)に低率課税し、税収は各国政府とEUが管理・使用するもので、課税対象が国際連帯税に近いといえるが、金融業界の反対が強く現在まで実現をみていない。

そうしたなかで、気候危機に対する資金調達策として新たな取組が開始された。2022年のCOP27(エジプト)では、グローバルサウスの気候危機に対処するための「損失と損害基金」設置が合意された。その具体化に向けて、様々な試みが追求されていく。

2023年6月、フランス、バルバドスの呼びかけで、「新グローバル金融協定サミット」がパリで開催され、国際課税を通じた資金調達を検討するタスクフォース設置が提起された。  9月、ケニアでのアフリカ気候サミットを経て、11~12月、COP28(アラブ首長国連邦)が開かれ、「損失と損害基金」の制度の大枠が決定された。財源には公的資金、民間資金、革新的資金源等が広くあげられ、その一環として、「開発、気候、自然の資金調達のための国際課税に関するタスクフォース」立ち上げに至った。そこでは炭素税、海上・航空輸送税、金融取引税などが扱われるが、この間の経緯のなかにグローバルサウスの発言力の増大を確認することができる。

 

◆多国籍企業課税改革の紆余曲折

 多国籍企業への課税は本国、進出先のいずれでなされるべきか、二重課税問題の扱いについては100年の歴史がある。第二次大戦後はOECDと国連で取り組みが続いたが、ルール形成の主導権は先進国クラブであるOECDが握ってきた。

 21世紀に入り、グローバル化、デジタル化の進展とともに、タックスヘイブン等を利用する多国籍企業の課税回避(二重非課税)が横行する事態となった。2012年、OECDはG20との共同作業として、BEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトを立ち上げ、2015年に15項目からなる行動計画を策定した。約40カ国が参加したBEPSをさらに発展させ、140カ国参加の交渉を続けた結果、2021年10月に2本柱からなる新たな課税ルールで合意に達した(第1の柱は、売上高200億ユーロ超、利益率10%超のグローバル企業(約100社)を対象に、10%を超える利潤のうち25%について市場国(消費者のいる国)に課税権を配分、第2の柱は法人税の最低税率を各国共通して15%に設定)。

 当初の予定では、2022年に多国間条約、法改正を成立させ、2023年実施を目指したが、多国間条約の締結は現時点でなお実現していない。特に米国議会(共和党)が反対の意向であり、米国が条約に批准しないとなれば、この合意は不成立に終わるかもしれない。

 

◆国連主導のルール形成へ

 2本柱の新ルールについては、先進国に有利な決め方だとしてグローバルサウスから反発の声が上がっている。最低税率が低すぎるというNGOからの批判もある。アフリカ連合などがルール形成の場をOECDから国連に移すべきだと声を上げてきた結果、国連事務総長は2021年7月、25カ国の専門家からなる国連租税委員会の設置を決めた(期間は2021~2025年)。

また2022年12月の国連総会では、国際課税ルールは国連の場で取り組むべきとの決議がなされた。米国は修正を試みたが失敗に終わっている。さらに2023年11月22日、改めて国連第二委員会で「包摂的で効果的な国際課税協力の推進」に関する議題が取り上げられ、アフリカ連合提案が賛成125、反対48、棄権9で採択された(12月22日総会で決議)。イギリスは修正提案を提出したが、賛成55、反対107、棄権16で否決された。日本は前者に反対、後者に賛成だった。ここにはグローバルサウスが多数派、G7が少数派になった現実が示されている。

 2024年9月には国連未来サミットが開かれる。この決議を受けて、2024年夏までに一定の案をまとめるべく、20カ国ほどの政府間協議体が組織される。その先はかなり長い道のりになると思われるが、世界が多極化へと進んでいくなかで、多国籍企業課税、さらには超富裕層へのグローバル課税の具体化が進むことになるのだろう。

(POLITICAL ECONOMY, No.254、2024年2月1日)

世界のNGO紹介シリーズ 第1回 ICRICT

世界のNGO紹介シリーズ 第1回

ICRICT(The Independent Commission for the Reform of International Corporate Taxation;

         国際企業課税改革独立委員会) https//:www.icrict.com

 

◆設立趣旨:グローバル時代における公正な企業課税(多国籍企業課税)の実現に向けて提言を行う国際NGO。2015年設立。

◆主な委員:ジョセフ・スティグリッツ(コロンビア大学教授、ノーベル経済学賞受賞)

       2022年共同議長

       『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』徳間書店、2002年

       『プログレッシブ・キャピタリズム』東洋経済新報社、2020年

      ジャティ・ゴーシュ(マサチューセッツ大学教授)、2022年共同議長

      ホセ・アントニオ・オカンポ(元国連事務次長、コロンビア大学教授)前議長

      トマ・ピケティ(社会科学高等研究院EHESS教授、パリ経済学院教授)

       『21世紀の資本』みすず書房、2014年

      ガブリエル・ズックマン(カリフォルニア大学バークレイ校教授)

       『失われた国家の富:タックスヘイブンの経済学』NTT出版、2015年

       『つくられた格差:不平等税制が生んだ所得の不平等』(エマニュエル・サエズとの共著)光文社、2020年

◆主な報告書と概要

 *An Emergency Tax Plan to Confront the Inflation Crisis, September 2022

  [はじめに]

  ・世界経済はコロナ禍でエネルギー、食料等の価格高騰、成長率の低下、財政赤字と債

務の拡大といった危機に直面している。その負担は、特に脆弱な貧困層、貧困国に加

重されている。

・一方、巨大多国籍企業や富裕層は巧妙に課税を逃れて富を蓄積しており、課税を強化することが求められている。

  [超過利潤税]

・世界経済がインフレに進むなかで、エネルギー、食料、製薬、金融等の価格支配力をもつ独占的多国籍企業は、超過利潤を取得している。それに対する課税は国際協調のもとで進めるべきであるが、その交渉は遅れている。

・我々は、そうした交渉の妥結を待つことなく、緊急に超過利潤税を実施すべきであると考える。

   [グローバル課税交渉は前進しているのか]

  ・多国籍企業の課税逃れは年間2400~6000億ドルに達し、特に中低所得国の喪失額が大きい。

  ・2021年10月に合意された2本柱のグローバル企業課税ルールは、従来の方式の転換という意義をもつとはいえ、きわめて不十分な内容だ。グローバル最低税率15%では、増収が少ないばかりか、むしろそれが国際標準とされ、法人税依存度の高い途上国にとってマイナスに作用する恐れがある。

  ・合意が前進しているかといえば、EUと米国内に抵抗があり、実施が遅れている。それゆえ、各国は自国でできる公正な課税を実施すべきだ。2本柱の多国間合意が実行段階に入るまでは、それに代わる1国ベースの措置をとるべきである。

  [第1の柱の代替案]

  ・第1の柱(課税権の配分)は、物理的拠点のない市場国にも一定の課税権を配分する考えを打ち出した。しかし、対象企業が総売上高200億ユーロ以上、売上高利益率10%以上の巨大企業(およそ140社)に限定され、しかも課税権の配分は10%を超える超過利潤のうちの25%に限られ、利潤の大部分は従来の方式で課税される。新方式での税収はせいぜい60~150億ドルだろう。

  ・新方式での課税は多国籍企業の総利潤に適用するユニタリータックスとすべきである。その場合、国別配分の基準は売上高のみでなく、従業者数、物理的資産も指標に加える必要がある。現行案は、小規模、複雑性、不平等などの点で是認できない。加えて、各国議会での承認のハードルは高い。

  ・次のような代替案が考えられる。

  1. 累進的デジタルサービス税。すでにいくつかの国で採用されており、新方式実施に際しては廃止されることになるが、それまでは活用できる。
  2. サービス支払の源泉徴収課税。自動的デジタルサービスにも源泉徴収はできる。
  3. サービスの純利益への課税。
  4. 無形資産を利用した所得移転への課税。
  5. 租税政策と租税条約の修正。

  [第2の柱について]

  ・第2の柱であるグローバル最低税率は、法人税切下げ競争に歯止めをかける意義をもつが、実効税率15%に満たない場合の追加課税は多国籍企業本国で徴収され、価値が創出される途上国は利益を得られない可能性がある。途上国は代替策を検討する必要がある。

  ・代替ミニマム税は利益に代わって売上高や資産を対象に課税する方式であり、脱税や租税回避を抑止するうえで有効性をもつ。

  ・既存の優遇税制の見直しも有効であり、多国籍企業誘致のための税制優遇は、国内企業と同等とするように改められるべきである。

  [だれがルールを決めるのか]

  ・多国籍企業課税ルールの決定は、公平性、透明性、説明責任、安定性等の原則が尊重されるべきである。OECD/G20は途上国を含めた「包摂的枠組み」へと拡大してきたが、途上国の参加は行動指針が合意された後であり、途上国の意向は軽視されている。国際課税のルール策定は国連のもとでの国際条約交渉へと発展させるべきである。また、国連にグローバル租税機構を創設する議論も進めるべきである。

  [結論]

    ・今回の合意は先進国に有利で途上国に不利なものだが、より包括的な解決策への足掛かりになりうる。この合意が実施されないようであれば、各国は独自の代替案を導入し、真に公正なグローバル税制に向けて圧力をかけるべきである。途上国の経済危機に立ち向かうためには、公正なグローバル・ガバナンスが必要とされている。

 

  *It is Time for a Global Asset Registry to Tackle Hidden Wealth, April 2022

  コロナ危機とウクライナ戦争、世界的な物価上昇のなかで、オフショアに隠された富への課税が急務となっている。グローバル資産台帳という一種のデータベースの構築が求められている。その特徴は第一に、富のあらゆる形態を包括すること、第二に、資産の真の所有者を特定すること、第三に、情報が公開されることである。1国レベルでの資産台帳はEU、米英などで整備が進んでいる。1国単位の資産台帳は、EUのような地域レベルの台帳へと発展させる必要がある。

 

 *Who Owns What?  Making UK Wealth Ownership More Transparent through a National Asset Register, December 2020

   「グローバル資産台帳」は世界的な富の分布、不正な資金移動を把握し、効果的な課税策を講じる有効なツールとなる。それは各国の資産台帳を統合して作成される。この報告では、イギリスにおける資産台帳創出の試みとして、各種の登記情報、公式記録などを総合し、不動産・無形資産・金融資産等の資産状況の概要を検討している。

   

 *International Corporate Tax Reform, October 2019

    公正で包括的な多国籍企業課税はユニタリータックスでなければならない。現在OECDが提起している案は、それにはほど遠い。国際最低税率は25%とすべきである。現在の案では、通常の利益への課税は従来通りであるし、超過利益の課税権配分は売上のみを基準としている。

   また、今回の合意は終着点ではなく、さらなる改革への入口である。それはOECDでなく、国連システムのもとでなされなければならない。

 

 *A Roadmap for a Global Asset Registry, March 2019

   世界的に貧富の格差が拡大するなかで、富裕層の富は巧妙に隠されている。各国の税務当局間の情報交換システムは近年整備されてきているので、そうした現存するデータを結合し、隠された富を表に出す「グローバル資産台帳」の設置を提案したい。

   ピケティ、ズックマンの提起を受けての提案。

 

 *The Fight against Tax Avoidance, January 2019

   多国籍企業は価値を生み出すところで税を納めず、低税率国に利益を移転している。OECDのBEPSプロジェクトは多国籍企業の国別報告書作成などの成果をあげたが、子会社間の「価格移転システム」を利用した税逃れは放置している。これを防ぐには、多国籍企業グループ全体に対するユニタリータックスを導入するべきである。同時に、グローバル最低実効税率20~25%を設定すべきである。

 

 *A Roadmap to Improve Rules for Taxing Multinationals, February 2018

   BEPSプロジェクトによる多国籍企業の国別報告書は有益であり、その一般公開が望まれる。多国籍企業課税では、従来の子会社ごとの課税方式(独立企業原則)を捨て、単一統合課税(ユニタリータックス)に移行すべきであり、課税ベースの国別配分は資産、雇用、売上等の要素を組み合わせた公式を用いることが望ましい。長期目標がそうであるとして、短期的にはEUの共通連結法人税(CCCTB)を採用することを要請する。また多国籍企業課税問題は先進国主導のOECDでなく、国連で扱うべきである。

 

 *Four Ways to Tackle International Tax Competition, November 2016

  国際課税問題の解決のためには、グローバルな最低税率の設定、タックスヘイブンなど税逃れの仕組みの廃絶、海外企業への優遇税制廃止、市民への企業課税情報の公開という4項目を実現していく必要がある。

バイデン革命とグローバル・デジタル課税の新局面

◆コロナ禍から「バイデン革命」へ

 コロナ禍を契機に、世界的に新自由主義、市場原理主義の見直しが進行している。WHOの提案するコロナワクチンの特許権停止は以前では考えられなかった策であるし、米英の増税政策への転換もそうである。特にバイデン政権は、1980年代のレーガン財政に始まった小さな政府路線を覆し、大きな政府路線に進もうとしている。

バイデン政権はまずコロナ禍対策の「米国救済計画」として、1人最大1400ドルの追加給付など総額1.9兆ドル散布を打ち出したが、これだけならばコロナ対策の大型財政出動として各国で実施されている。だが、バイデン政権はそれを超えてさらなる財政拡大を提起した。第一に、インフラ投資(道路・鉄道、EV設備、半導体供給網等)を柱とする2兆ドル超の「米国雇用計画」である。財源は法人税の増税であり、連邦法人税の21%から28%への引き上げ、多国籍企業の海外収益への増税などで15年間に2.5兆ドルの確保を目指すという。第二に、所得格差是正をねらった「米国家族計画」であり、10年間で財政出動1兆ドル(幼児教育、介護支援等)、子育て世帯減税8000億ドルを見込み、その財源として富裕層への増税(所得税、キャピタルゲイン増税等)10年間1.5兆ドルをあてるという。5月28日に公表された2022会計年度予算教書は歳出総額6兆ドルと戦後最大規模となった。

この「バイデン革命」、バイデノミクスともいわれる野心的な提案には議会、大企業、富裕層の抵抗が予想され、その通りに実現するものではないだろう。実際、法人税の28%への増税は25%に削減する動きも出ている。また、インフレ、金利上昇による混乱の懸念も指摘されている。とはいえ、減税、小さな政府路線が格差を拡大してきた現状を転換させる意義は大きい。加えて、法人税増税はOECDが提起している多国籍企業課税構想を前進させる画期的な意義をもっている。

 

◆OECDの多国籍企業課税構想の進展

 課税は1国主義が原則であるため、国外に事業展開する多国籍企業への課税をめぐっては長い歴史がある。20世紀には本社立地国と海外子会社立地国との間で二重課税問題が生じたため、これを解決する2国間租税条約が締結された。21世紀になると、経済のグローバル化、デジタル化によって、タックスヘイブンを利用した多国籍企業の課税逃れ、二重非課税問題がクローズアップされた。20世紀型の製造業中心の課税モデルでは、無形資産が価値を生むGAFAなどの新興デジタル企業の巧妙な利益移転作戦に対応できなくなったためである。

 2000年代初頭には、タックス・ジャスティス・ネットワークなどのNGOが問題を提起し、多国籍企業の課税逃れは年間5000億ドルに及ぶという推計を発表した。対策として、多国籍企業の利益合算課税(独立企業原則の否定)、法人税の最低税率の設定などのアイディアが早くも提出されていく。

2008年のリーマンショック以後、各国政府も問題の重要性を認め、本格的に取り組むようになった。ここで中心的役割を担ったのはOECD租税委員会である。2011年、財務省国際租税課長であった浅川雅嗣氏が租税委員会議長になり、その幹部会(ビューロー)で米国の委員が二重非課税を許してはならないと問題提起したことが発端であった(浅川雅嗣『通貨・租税外交』日本経済新聞出版、2020年、191頁)。OECD租税委員会は2012年に「税源浸食と利益移転」(BEPS)プロジェクトをG20と共同で46カ国の規模で開始し、2015年に15項目の行動計画を作成した。このなかには、多国籍企業に税務当局への詳細な経営情報の提出を義務づけるといった画期的な内容が含まれている。

 

◆巨大デジタル企業への課税

2016年以降、BEPS行動計画で積み残されたデジタル課税問題についてBEPS包摂的枠組み会合(IF)が組織され、参加国は140カ国・地域へと拡張した。この取り組みのなかで、巨大デジタル企業への課税方式として、利用者の企業利益への貢献度に応じて各国で課税する英国案、収益を生む無形資産が作られた国で課税する米国案、売上高・資産・従業員数などに応じて各国で課税するインド案の3案が提起され、2019年10月には米国案をベースにして、連結売上高7.5億ユーロ以上のグローバル企業を対象にして、3段階で課税する方式(1.通常の利益率10%を超過する無形資産による利益を抽出、2.その利益を各国の売上高に応じて分割、3.分割された利益に対して各国で課税)にまとめられた。また、それに合わせて、タックスヘイブン対策として、各国共通の法人税最低税率を設定する案も提起された。

これらの案が2020年には正式に140カ国の間で合意されるはずであったが、2020年1月、米国が現行課税方式と新方式を企業が選択できるとする提案を持ち出し、合意は遠のくことになった。これはトランプ政権の米国第一主義を反映した提案だが、この結果各国がばらばらにデジタル課税を導入する動きが強まっていった。

こうして2011年以来のOECD租税委員会の取組みは中断しかけたが、バイデン政権の登場により、米国国内の法人税引上げに合わせて、国際最低税率の設定、グローバル企業への新課税方式が復活することになった。米国は最低税率を21%とする案を示したが、アイルランドなど低税率国の反発に配慮して15%へと下げるもようである。グローバル企業への課税では、売上高100億ドル以上、利益率15~20%以上などの基準で世界100社程度を想定した提案となっている。

この提案に対して、最低税率は15%では低すぎる、対象企業が100社では少なすぎるなどの批判が寄せられている。2021年中の合意に向けて各国政府・NGOの間で折衝が進行するだろう。

 

◆グローバル税制への第一歩

 GAFAの課税逃れは巨額である。世界の主要企業5万社の平均税負担率25.1%と比べて、15.4%と6割しか負担していない(日経新聞2021年5月9日)。米国をはじめ各国が新方式に取り組むのは、グローバル企業の課税逃れへの対策を確立し、増税政策を全体として推進していくためだろう。

 米国の新提案は不十分だという批判もあるが、長期の視点でみれば、新方式は国際法人税の課税原則の大転換を意味している。もちろん、旧方式は存続しており、新方式はごく一部に導入されるにすぎないが、少なくともグローバル企業への課税が1国主義から多国間主義へと転換することは、グローバル税制への一歩前進を意味する。

 企業活動のグローバル化に対応して、課税権力もグローバル化する必要がある。その方式には、課税権力のネットワーク化と超国家機関の創出の2ルートがあるといわれるが(諸富徹『グローバル・タックス』岩波新書、2020年)、その第1ルートが現実化しつつあると考えられる。第2ルートについては、EUが近い将来財政同盟をつくるとしても、それは国民国家の拡大であって超国家機関とはいえない。第2ルートは第1ルートが実績を積み上げた後に、いずれ姿を現すことになるだろう。

(POLITICAL ECONOMY, No.190, 2021年6月1日に加筆)