変革期に入った国際課税制度  ―国連の国際租税協力枠組条約の進展―

 2023年11月、国連総会(第二委員会)において「国連における包摂的かつ効果的な国際租税協力の促進」と題するナイジェリア提案が、賛成125、反対48、棄権9で採択された。賛成したのはアフリカ・アジア・中南米の途上国(グローバルサウス)、反対したのは日本を含む先進国(OECD諸国)だ。国際課税制度はこれまでOECDがルール形成を主導してきたが、ナイジェリア提案は「国際租税協力枠組条約」を創設し、国連のもとに国際課税ルールを形成することを意図している。この国連決議は国際課税制度構築の主導権の歴史的転換を意味するかもしれない。

 以下では、国際課税制度の歴史的変遷をたどり、今回の決議の背景と意義を検討したうえで、今後の見通しを述べていきたい。

 

◆租税条約に関する二つのモデル

 「国際租税協力枠組条約」は、気候変動枠組条約の国際租税版であり、目標・原則などの大枠を取極め、具体的な内容は政府間交渉による議定書作成を通じて決定するという二段構えの条約形式だ。そこでまず、国際課税問題を扱う基本形態である租税条約の歴史を簡単にふりかえっておこう。

 経済活動の国境を越えた展開、先進国から途上国への資本輸出の増大とともに、多国籍企業への課税が1国の範囲を超える問題が生じる。途上国への事業投資の利益について、企業本社所在国(先進国)と投資先(途上国)がそれぞれ課税するという「二重課税問題」が発生する。この問題を調整するため、2国間の租税条約が締結されることになる。

 20世紀前半、国際連盟の時代に租税条約のモデルが提示された。当初は多国間条約モデルが模索されたが成立せず、1928年に2国間租税条約のマドリード・モデルが成立した。しかし、これは先進国優位のモデルであったため、途上国は対抗して1943年にメキシコ・モデルを成立させた。

このように国際課税ルールをめぐる対抗は早くも国際連盟のなかで生じていたが、第二次大戦後、先進国はOECD、途上国は国連を基盤としながら、一面では連携しつつ他面では対抗する状態に入っていく。主導権を握ったのはOECDだった。1963年、OECD財政委員会は「所得及び資本に関するモデル租税条約」を提示した。これに対して途上国は1970年代に入るとパワーを増大させ、1974年国連総会での「新国際経済秩序」宣言、その流れで1980年国連租税条約モデルの公表に至る。

冷戦終結後、経済(金融)グローバル化の進展とともに、多国籍企業や富裕層のタックスヘイブンを利用した租税逃れが活発になっていく。各国の税制の違いを利用して課税の抜け穴を見つけ出し、どこからも課税されない「二重非課税問題」の発生だ。OECD租税委員会は1998年、「有害な租税競争」と題する報告を作成し、悪質なタックスヘイブンのリストを公表して租税逃れ対策を強化していく。

それに加えてOECDは、途上国を巻き込んで税務行政の国際的ネットワーク構築に取り組んだ。第一に、1988年成立の税務行政執行共助条約であり、各国税務当局が連携して国境を越える納税者に関する税務情報の共有、文書送達、徴税代行などを行う仕組みを整えていった。第二に、「租税の透明性と情報交換に関するグローバル・フォーラム」の形成であり、2006年発足以降拡大を続け、いまや160カ国・地域の参加のもと、税務情報交換制度の強化、各国別審査や支援などに取り組んでいる。第三に、金融口座情報の自動交換制度であり、各国税務当局間で共通の報告基準に基づいて非居住者の口座情報を共有できるシステムが2014年G20サミットで承認された。

こうした課税権力の国境を越えた連携は、国際課税制度の構造的転換に向けた基盤づくりの意義をもつといえる。

 

◆OECDのBEPSプロジェクトの展開

 21世紀に入り、デジタル技術を駆使したGAFAなどのグローバル企業が急成長していく。インターネットを通じて国境を超えた情報サービスを提供し、高収益をあげていく新産業に対して、従来の製造業をベースにした国際課税制度は有効な対応ができず、各国の税務当局は連携して対策を講じる必要に迫られていく。

特に2008年のリーマンショック、それに続くユーロ危機のなかで、巨額の利益を計上しながら巧妙な課税逃れスキームを構築し、納税額がきわめて少ないグローバル企業に対する批判が強まっていく。税負担の不公平、格差の拡大、税収逸失額の増加を放置できなくなったOECD租税委員会は、国際課税制度の大がかりな見直し作業に着手する。それが2012年にスタートするBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトだ。OECDは先進国だけのグループであるため新興国・途上国を巻き込む必要があり、BEPSはOECDとG20の共同プロジェクトに格上げされ、約40カ国の参加のもと急ピッチで行動計画の策定が進展した。その結果、2015年には15項目の行動計画をまとめた最終報告書が公表され、G20サミットで承認された。

15項目の行動計画は、デジタル経済への対応(行動1)、租税回避を防止する国際的ルールの統一化・明確化(行動2~10、従来から存在する外国子会社合算税制・移転価格税制等の再定義)、多国籍企業情報の収集・開示・文書化(行動11~13)、相互協議・多国間条約(行動14~15)に大別される。このなかで注目されるのは、多国籍企業グループの経営実績(売上高、利益、従業員数、納税額等)の国別報告書作成だ。これは課税逃れの実態把握にとって重要な情報の提供という意義がある。

BEPS行動計画全体は比較的短期間にまとめられたが、肝心のデジタル経済への対応(行動1)は積み残しとなった。そこで2016年、デジタル企業への新たな課税制度を創出すべく、参加国・地域を約140に広げ、「BEPS包摂的枠組」(BEPS2.0)が開始された。OECD事務局は、各国の様々な提案を集約し、論点整理をしたうえで2本柱の新しい国際課税制度の提案を行った。

第1の柱はデジタルサービスを消費する市場国への一定の課税権の配分だ。従来のルールでは事業所・支店などの物理的拠点が存在しない国には課税権はないという原則だったが、デジタル経済の時代には拠点のない市場国も一定の課税権をもつとした。対象となる企業は、年間売上高200億ユーロ超かつ利益率10%超のグローバル企業(約100社)に限定し、通常の利益率とみなされる10%を超える超過利益について、その25%を売上高に応じて各市場国に課税権を配分した。

第2の柱は世界の法人税率を実質15%以上とするグローバル・ミニマム課税だ。対象は売上高7.5億ユーロ以上の多国籍企業(約1000社)で、仮に子会社が税率15%以下の軽課税国で納税したとしても、15%との差額は親会社から徴収することにし、タックスヘイブンの利用を無意味にする。これによって国際的な法人税切下げ競争に一定の歯止めをかける意義がある。

2本柱の提案は各国政府・関係団体の意見をふまえ、2021年10月に最終合意となった。それに続くプロセスをみると、第2の柱は実施に向けて動きつつあるが、第1の柱は米国議会の反対が強く、米国が不参加となれば成立しないことになる。多国間条約の締結予定期限は過ぎており、このままでは不成立に終わるかもしれない。

 

◆SDGsと国際課税の結合

 BEPS2.0は140カ国・地域に拡大した「包摂的枠組」だが、途上国は概して批判的だ。手続面では課題設定、意思決定がOECD主導で行われ、途上国が実質的に関与できない、実体面では途上国にメリットが少なく、ルールが複雑すぎて実施できないといった点だ。

それゆえ途上国は、国連によるより包括的な国際課税ルールの創出を目指すことになる。日本では国際課税問題といえばOECD主導のデジタル課税のことだと思われているようだが、国連を舞台とするルール作りの胎動が生じている点に注目すべきだろう。

起点はBEPS成立と同じ2015年だ。この年、国連で2030年に向けた17項目のSDGsが採択され、目標17は持続可能な開発に向けたグローバル・パートナーシップの活性化と設定された。そして目標17の1には、課税・徴税能力向上のための途上国への国際的支援が書き込まれた。

また、これに先立って、第3回国連開発資金会議がエチオピアで開催され、そこで打ち出された「アディスアベバ行動目標」のなかに、国際租税協力による課税・徴収能力の強化が盛り込まれている。ここに途上国が関心を寄せる開発資金と国際租税協力の結合を見ることができる。2016年には、国連・OECD・IMF・世界銀行が連携し、途上国の税制改革、税務能力向上を支援する「税の協力プラットフォーム」(PCT)が組織された。

一方、国連には経済社会理事会のもとに以前から国連租税委員会(租税協力専門家委員会)が設置されていたが、そのデジタル課税小委員会が2019年にBEPS2.0に対する意見書を提出した。そこでは、途上国への課税権配分、簡素な制度設計、執行能力への配慮などを要請している。

2020年には国連総会議長のもとにFACTI PANEL(SDGs達成のための、国際的資金の説明責任・透明性・公正性に関するハイレベル・パネル)が17人の委員によって組織された。このパネルは2021年に14項目の勧告を含む報告書を作成している。その勧告2には、多国間国連租税条約の締結、勧告14Bには、各種の租税協力機構の国連のもとへの統合という文言が書き込まれた。

このような動きをふまえ、特にアフリカ諸国は活発な活動を展開し、2022年12月、二つの国連総会決議に至る。一つは12月14日採択の「持続可能な開発促進のため、不正な資金の流れに対抗し、資産回収を強化する国際協力の促進」だ。「不正な資金の流れ」とは、不公正な貿易や資金貸借、脱税、密輸、汚職などの不正行為によって、本来途上国の開発に投じるべき資金が国外に流出しているという問題であり、かねて途上国が対策に悩んできた課題だ。

もう一つは12月30日採択の「国連における包摂的かつ効果的な国際租税協力の促進」だ。このナイジェリア提案は、途上国のルール形成への参加を実質的に保障、持続可能な開発のための資金確保、不正な資金の流れの抑止、価値創造地点での課税等を骨子とするものだった。具体的なプロセスとして、包摂的な政府間フォーラムによる国際租税協力の枠組創出、国連事務総長による選択肢を示した報告書の作成を提起している。

ナイジェリア提案に対して、ルール形成の主導権がOECDから国連に移ることを懸念したためか、米国は修正案を提出したものの失敗に終わった。

 

◆国際租税協力に関する枠組条約への道

 2022年末の国連総会決議に基づき、国連事務総長は「国連における包摂的かつ効果的な国際租税協力の促進」と題する報告書を作成し、2023年8月に公表した。報告書はまず、国際租税協力における国連とOECDの役割を実体面と手続面から比較検討し、OECDのBEPS2.0は途上国の参加のうえで問題があると指摘する。実体面では途上国の課題・能力などの状況に適合しない取組みであり、包摂性・実効性に問題があると述べる。手続面ではOECD非加盟国は課題設定や意思決定に実質的に参加できていないと批判する。一方、国連については包摂的かつ効果的な国際租税協力の促進が可能だと評価する。

 そのうえで、進め方について三つの選択肢を示している。第1は「多国間租税条約」の締結であり、法的拘束力のある標準的な多国間条約の成立を想定する。第2は「国際租税協力に関する枠組条約」の締結であり、国際租税協力の原則、ガバナンスなどの大枠について法的拘束力のある条約を成立させ、そのうえで具体的な内容は政府間交渉を通じた議定書採択をもって決定するという二段構えの構想だ。第三は「国際租税協力に関する枠組」の設定であり、主要な原則や取組みについて法的拘束力をもたない形で策定するという選択肢だ。いずれの場合も政府間特別委員会が草案を作成すると提案している。

 こうした2023年夏までのプロセスを経て、冒頭に記したように秋の国連総会の場で、事務総長報告書の第2の選択肢をベースにしたナイジェリア提案が採択された。これに対して先進国側は、すでに国際租税協力の機構はいくつも存在しているし、OECDのプロジェクトが進展しているので、新たな仕組みを作る必要はない、無駄な行為であるとして、英国が修正案を提出したが、賛成55、反対107、棄権16で否決された。なお日本はナイジェリア提案に反対、英国提案に賛成している。

 ナイジェリア提案では、枠組条約の付託事項の草案を策定する政府間特別委員会の設置を求めている。特別委員会委員は地域やジェンダーのバランスを考慮して20人以内で構成し、2024年8月までに各国政府・国際機関・市民社会組織等の意見をきいて草案を作成、9月の国連総会に提出するとした。

 2024年1月、特別委員会は設置され、4~5月、7~8月の2回の集中審議を経て8月16日に草案採択(賛成110、反対8、棄権44、日本は反対)に至った。この間、多数の意見が寄せられ、審議の様子はオンラインでライブ配信されるオープンな方式だったことも特筆されてよい。

 予定では2024年末に付託事項が総会で承認され、2025~27年に枠組条約本文が交渉・決定されることになる。また枠組条約の交渉と並行して、デジタルサービス税、グローバル富裕税等の議定書交渉が進められる可能性がある。

 このプロセスが順調に進むのか、OECD側の抵抗や非協力がどのようになるのか、予断を許さない。とはいえ、グローバルサウスの台頭により、先進国主導だった国際課税制度が変革期を迎えていることは間違いあるまい。     (季刊『言論空間』2024年秋号)