タックスヘイブンとグローバル資本主義の制御

タックスヘイブンとグローバル資本主義の制御

                       (『月刊社会民主』2016年9月号)

 

◆はじめに

 2016年は、後世から振り返ってみると、歴史の転換点であったと評価されるかもしれない。国内政治では、7月参院選の結果、改憲勢力が衆参ともに3分の2を超える議席を獲得するに至った。国際政治のうえでは、6月の国民投票によって英国のEU離脱が選択されたことが数十年スケールでの歴史的事件といえる。11月の米国大統領選挙は、現時点では結果はわからないものの、トランプのような人物が共和党の候補となったこと自体、米国政治史では稀有のことであり、仮に当選となれば、米国中心の国際政治秩序を揺るがす決定的転換になると考えられる。

 以上のような内外情勢の大変動の底流には、1980年代以降の新自由主義イデオロギーに主導されたグローバリゼーションの帰結として、世界的に貧富の格差が拡大し、その不満の捌け口として排外主義的ナショナリズムのうねりが生じていることを指摘しなければならない。冷戦終結後の福祉国家の終焉、格差拡大に対して、排外主義のような否定的な反応が目立っているが、そうではなく、グローバリゼーションの欠陥を根本から是正し、公正な社会を目指して格差縮小に転じるために、革新的なビジョンが提示されるべきであろう。

 その点で注目されるのが、2016年4月に公表された「パナマ文書」である。これもまた格差拡大への憤りをバネとした内部告発によって現出したと思われるが、この事態を契機にして格差をもたらすグローバル資本主義を制御する可能性がわずかながら開けてきたように感じられる。以下では、グローバル資本主義の負の側面を象徴するタックスヘイブン問題に焦点をあて、「パナマ文書」の意義、OECDの総合的なタックスヘイブン対策(BEPS)の特徴と限界を検討したうえで、より踏み込んだグローバル資本主義の制御方法について論じてみたい。

 

◆「パナマ文書」の意義は何か

 2016年4月に公表された「パナマ文書」は、タックスヘイブンにペーパーカンパニーを設立する業務を行うパナマの法律事務所「モサックフォンセカ」の40年におよぶ内部資料の集積である。厳格な秘密保持がなされていたはずの内部資料が流出した意義はとてつもなく大きい。

 第一に、公表の主体と形式が画期的である。公表したICIJ(国際調査報道ジャーナリスト連合)は世界65カ国のジャーナリストが参加する非営利のネットワークであり、これまでも国境を超える犯罪などにかかわる情報を暴露し、不正の追及を行ってきた。今回の「パナマ文書」では、400人もの人々が1年以上の時間をかけて資料を整理・分析し、データベースの形式で公表に至った。入手された情報のすべてがオープンになったわけではないが、作成されたデータベースに基づき、タックスへイブンに関与した人物、金融機関などの個別の情報を追跡することができる。特に、世界各国の政治指導者(プーチン、習近平、キャメロンなど)の本人または周辺人物の情報がまとめて明らかにされたことは衝撃的であった。

アイスランドの首相、スペインの閣僚など、辞職に追い込まれる政治家が相次いだ。

 第二に、公開された情報の量が前例のない膨大なものだったことである。総量2.6テラバイト(文庫本2万6千冊相当)という情報量は、2013年に暴露された「スノーデン・ファイル」の1500倍にあたり、過去40年間に21のタックスヘイブンに設立された21万4千社の関係書類が含まれている。ペーパーカンパニー設立を仲介した会計事務所、法律事務所、銀行、信託会社の総数は1万4千に達し、香港とスイスに集中していることが明らかにされた。タックスヘイブンを利用した資金の流れは、これまでもマクロ的レベルでは指摘されていたが、今回はミクロの情報が詳細に示された点が高く評価できる。

 第三に、これを契機にして世界的にタックスヘイブン規制の潮流が台頭している点をあげることができる。タックスヘイブンに集積する資金量、租税回避の金額については、従来種々の推計が積み重ねられてきた。たとえば有力なNGOの「タックス・ジャスティス・ネットワーク」では、タックスヘイブンには30兆ドルほどの資金が集まっていると指摘している。OECDは、多国籍企業の租税回避行動により、年間1000億~2400億ドルの法人税収の損失(総額の4~10%)が生じていると推算している。またトマ・ピケティの弟子にあたるガブリエル・ズックマンは、富裕層の個人資産残高の推計に基づき、年間1900億ドルの税収漏れが発生しているとみている。こうしたマクロの推計の一方、スターバックス、アップル、アマゾン、グーグルなどの多国籍企業が、巧妙な租税回避策を駆使して、高収益に比べてごくわずかな税金しか払っていない事実が明らかにされ、市民の憤激を招いている。このようなタックスヘイブン問題への関心の高まりに対して、「パナマ文書」公表は規制強化に向けて追い風となるだろう。

 タックスヘイブンの問題点とは何か。マネーロンダリングなど犯罪につながる行為の温床を提供する点はこれまでも指摘されてきたが、税制に即してみれば第一に、本来徴収されるべき法人税、所得税などが納められず、各国の税収減、財政運営の困難を招くことである。第二に、大企業、富裕層が巧妙な税逃れを行う一方、中小企業や庶民はそうした行動をとれず、格差のさらなる拡大をもたらすことである。税逃れの穴埋めは、消費税増税などに転化されることになる。第三に、そうした不公正な事態の発生により、公正であるべき税制に対する信頼感が喪失することである。換言すれば、税制民主主義の空洞化を招き、社会不安をもたらすことが深刻な問題なのである。

 

◆BEPSの特徴と限界

 そのような事態を前にして、先進国中心の国際機関OECD(経済協力開発機構、34カ国加盟)は本格的なタックスヘイブン対策に着手した。OECD租税委員会は2012年にBEPS(税源浸食と利益移転)対策プロジェクトを開始し、G20のOECD非加盟国がこれに加わり、2015年に最終報告書をまとめた。

 BEPS報告書は、「実質性」「透明性」「予見可能性」という三つの基本原則を掲げている。「実質性」とは、価値が創造される(利益が生まれる)地点での課税を意味し、タックスヘイブンに利益を移転し、法人税削減を図る企業行動を抑止しようとする考え方である。「透明性」とは、政府・多国籍企業が情報を共有し、過度の租税回避をチェックする仕組みを作ろうという理念である。そして「予見可能性」とは、租税回避をめぐる税務紛争を防止するために、課税ルールや紛争解決手続きを明確にしておこうとすることである。

 BEPSプロジェクトでは、以上の三つの原則のもとで、15の行動計画を作成した。「実質性」にかかわる領域は、①電子経済への対応、②各国税制の協調・統一、③国際基準の効果の回復の3分野から構成される。①では、急速に発達するデジタル経済(電子サービスの取引)に対処できるように、税制のあり方を見直していくことが課題とされた。②は、各国の税制が不統一であるため、そのズレにつけ込んだ租税回避が横行する事態に対して、ズレをなくして不当な税逃れを抑止する諸方策を検討、実施していく計画である。③では、これまでの国際課税ルールであるモデル租税条約や移転価格ガイドラインを見直し、より実効性のある課税手法を整備していくことを目標とした。

 「透明性」にかかわる領域では、現実の租税回避の実態・規模・経済的影響度等を測定・分析する方法の確立、租税回避手法の税務当局への報告の義務化、多国籍企業の事業内容・利益・納税状況等の報告の制度化など、野心的な取り組みが打ち出された。タックスヘイブンの問題点には、税の軽減と並んで情報の不透明性があげられるが、透明化を通じて行き過ぎた租税回避を押さえ込もうというねらいがある。

 「予見可能性」の領域では、国際税務紛争を効果的に解決していく仕組みの構築、2国間租税条約の限界を克服する多国間協定の創出など、BEPSの内容を安定的かつ迅速に推進していく方法に取り組むことが提唱された。

 以上のようなBEPSプロジェクトに加えて、非居住者の金融口座情報の自動的交換制度といった税務当局間の実務的取り組みも進展しつつある。これは、外国人名義の金融機関口座について、氏名、住所、納税者番号、口座残高、利子・配当等の受取総額などの情報を国別に集約し、各国間で相互に自動的に交換する仕組みであり、富裕層の租税回避を抑制する効果が期待されている。

 OECDのBEPSなどの一連の取り組みは、タックスヘイブン問題を放置できなくなった国際経済システムの危機の現局面を表しており、包括的な15の行動計画のなかには、これまでにない踏み込んだ制度づくりが提起されている。しかし、取り組みが画期的であるだけに、その限界にも注意しておくべきであろう。

 第一に、実効性に疑問がある。行動計画はあくまで勧告であって、強制力がどこまで働くか、見通しがあいまいである。当然ながら多くの国が参加しなければ有効性を発揮できないが、参加国が多くなればそれだけ多様な国内法、条約を抱え込むことになり、その整合性・統一性を実現するのは容易でない。また、米国のデラウエア州などは一種のタックスへイブンであるが、BEPSの対象外とされている。

 第二に、タックスヘイブン規制自体が徹底していない。各国の課税主権には手をつけられず、軽課税国の存在は容認されている。また、多国籍企業のグローバル事業の展開は自明の前提とされ、税制が国際取引の阻害要因となってはならないという立場からのルール作りとなっている。

 結局、経済のグローバル化と国民国家システムとの乖離が問題の根源にあるにもかかわらず、税制は主権国家の専権事項という立場を崩していないことがBEPSの本質的な限界といえる。

 

◆国民国家システムからグローバル・ガバナンスの時代へ

 経済活動が国境を超えている以上、税制をはじめとするガバナンス(統治)体制もグローバル化しなければ、それに対応できるはずがない。これまでは、国家主権を前提に、条約によってグローバルな経済活動を制御しようとしてきた。国際課税の領域では、2国間の租税条約を通じて対処してきたわけだが、BEPSはその延長線上に位置づけられる手法であり、決して国民国家システムを超えたグローバル・タックスを目指しているものではない。

 にもかかわらず、BEPSにおける国際課税ルールの共通化の試みは、将来的には国境を超えた税制の創出に接近する可能性を有している点を見逃してはなるまい。国境を超えた税制としては、すでに国際連帯税(グローバル連帯税)というアイディアが実施されつつある。グローバル連帯税とは、課税対象、税収管理機関、税収の使途の3要素がいずれもグローバルな性格をもつ税制であり、課税自体は1国単位でなされるが、そこから先は国家主権から離れたグローバル性をもっている。すでに10カ国以上で実施されている航空券連帯税がその代表的事例であり、国境を超える人の移動に若干の課税を行い、税収はユニットエイドという国際機関が管理し、国際医療分野に使用する仕組みである。

 航空券連帯税は導入が簡単である(しかし、韓国が実施しているにもかかわらず、日本は導入できていない)半面、税収規模は大きくない。より期待されるのは国際金融取引税であり、実体経済から遊離して大規模な取引がなされている国際金融市場に対する課税によって、巨額の税収と投機的金融取引の抑制という一石二鳥の効果が見込まれる。2012年に打ち出されたEUの金融取引税は、グローバル連帯税そのものではないが、それに接近する性格を備えている。その試みは野心的であるだけに、当初は2014年導入を想定していたものの、未だに実施段階に至っていない。英国のEU離脱の背景には、こうした金融規制を嫌った事情も考えられる。英国離脱によってEUは一時的な混乱に陥るかもしれないが、むしろ金融取引税導入に有利な状況を生み出したともいえよう。

 国際金融取引税の先には、グローバル富裕税、グローバル法人税など、グローバル資本主義の作り出す格差を是正し、公正な社会を目指す壮大な構想が存在する。グローバル富裕税は、『21世紀の資本』で著名になったトマ・ピケティが提唱している。グローバル法人税は、すでに何人もの提唱者があり、ピケティの弟子にあたるズックマンもその一人である。ズックマンによれば、多国籍企業が世界全体で稼ぎ出す利益を集計し(BEPSによってこれは可能になる)、その利益総額を販売量・賃金総額・資本金などの要素を織り込んだ配分式に基づいて各国に分配し、各国がそれぞれ配分された利益に法人税をかけることができるという。これによって、実体のないタックスヘイブン子会社に利益を移し、法人税を免れる行為を防止できるとする。

 こうしたグローバルな税制の実現は遠い将来のことかもしれない。しかし、内外に格差をもたらすグローバル資本主義を制御し、公正な社会を実現していくためには、1国単位での対応の限界を見すえ、様々なレベルでグローバルなガバナンスに向けた取り組みを強めていく以外に方法はない。「パナマ文書」公表、BEPSプロジェクトを活用し、タックスヘイブン規制を通じてグローバル・ガバナンスへの道を追求していくことが求められている。