バイデン政権の税制改革とグローバル・タックス

2021年1月に成立した米国のバイデン政権は、格差是正に取り組むなかで抜本的な税制改革を提起し、同時に多国籍企業に対する新たな課税ルールの創出を主導しつつある。その意義と限界について検討してみたい。

◆バイデン税制改革は米国経済に何をもたらすか

 バイデン大統領は就任直前に1.9兆ドル規模(約200兆円)の「米国救済計画」を打ち出した。これはコロナによって打撃を受けた低中所得層の支援を目的としたもので、現金直接給付、失業保険給付期間の延長のほか、子育て世帯に対する税額控除を使った「子ども手当」の毎月支給など、ベーシックインカムに近い給付の実施を目指している。3月に、共和党が反対したため民主党単独で可決した。

続いて打ち出されたのが、中長期の「米国雇用計画」と「米国家族計画」である。「米国雇用計画」は8年間に2.3兆ドルを投じ、インフラ整備(高速道路、通信網、水道等)、産業強化(電気自動車、半導体、クリーンエネルギー等)、生活基盤向上(学校、保育施設、低所得者住宅等)を図るという。「米国家族計画」は10年間に1.8兆ドルを投入し、教育支援(幼児教育、コミュニティカレッジ、マイノリティ教育等)、育児・介護支援、家計支援(子育て世帯の税額控除)を進める構想となっている。

3つの計画を合わせると総額6兆ドル、日本のGDPを超えるほどの大きさになる。財源はどうするのか。「米国雇用計画」では、法人税の引き上げ(21%から28%へ)、多国籍企業の海外収益への課税強化などで10年間1.75兆ドル、15年間2.75兆ドルの税収を確保する目算だ。「米国家族計画」では、個人所得税の最高税率引き上げ(37%から39.6%へ)、キャピタルゲイン課税の引き上げ(20%から39.6%へ)のほか、税務当局による徴税強化などによって10年間1.5兆ドルを調達するという。

1930年代のニューディール期に匹敵する財政の大膨脹、大企業・富裕層に増税し、中低所得層に回す所得再分配政策、これはまさに1980年代のレーガン政権時代に始まった新自由主義、市場原理主義、「小さな政府」路線の180度転換であり、格差是正、「大きな政府」路線への回帰といえる。こうした転換は、米国社会の格差拡大が極限まで達していることの帰結にほかならない。

しかし、これらの計画はどこまで実現可能なのか。民主党左派の主張に近い増税政策に対して、共和党だけでなく民主党の一部議員も同意していない。「米国雇用計画」について、超党派の上院議員団は、8年間1.2兆ドルに圧縮、使途は道路等の旧来型のインフラ整備を主とし、財源には法人税増税をあてないといった妥協案を早くも作り上げた。

今後の見通しとして、おそらく大幅な増税は議会が認めず、財政赤字が膨らむことになるだろう。しかしそうなると、インフレの高進は避けられず、といってFRBが金融引締め、金利引上げに動けば金融危機を招きかねない。FRBの舵取りをめぐって米国経済は混迷を深めていくかもしれない。

 

◆なぜ国際課税ルールは革新されなければならないのか

バイデン政権による法人税引上げ政策は、多国籍企業に対する国境を超えた新たな課税ルールの実現を促すことになる。新たなルールへの道筋をふり返ってみよう。

戦前の国際連盟の時代から、国境を越えた事業活動に対する課税の問題は検討が重ねられてきた。そこでは、多国籍企業の本社所在国と海外子会社立地国の課税権の配分が焦点になり、二重課税の調整を図る2国間租税条約のモデルが作成された。第二次大戦後、多国籍企業の活動が活発になるにつれて、二重課税を回避しつつ課税権を確保する租税条約と国内租税法体系の整備が図られていった。国際的な議論の場としてはOECDと国連の二つがあったが、主導権は先進国クラブであるOECDが握っていた。

この当時の国際課税の原則は、製造業を想定して、独立企業原則(多国籍企業グループの子会社を独立した企業とみなす)と、PE原則(PE=物理的拠点の存在する国に課税権がある)が柱になっていた。ところが21世紀に入り、GAFAというグローバル・デジタル企業が登場すると、こうした原則では税収を確保できないことが明らかになっていく。GAFAはPEをもたずに世界中で売り上げを伸ばし、利益をあげていく。利益源となるのは無形資産(ビジネスモデル、ブランド、知的財産権)であり、これは開発した本社からタックスヘイブンの子会社に移転できるため、企業グループ内の取引を通じてタックスヘイブンに利益を集め、課税を回避できる。最近の調査によれば、世界の主要企業5万社の税負担率平均25.1%に対して、GAFAは15.4%と6割しか負担していない(「日本経済新聞」2021年5月9日)。

このような状況に対して、英国を拠点とする有力NGOのタックス・ジャスティス・ネットワークなどが問題を提起し、多国籍企業の課税逃れは年間5000億ドルという推計を発表した。対策として、多国籍企業グループの利益を合算したうえで各国に一定の方式で合算利益を配分し、それぞれ課税する方法(独立企業原則、PE原則の否定)、各国の法人税率の共通最低ラインの設定(タックスヘイブンの否定)などの提案を行った。

リーマンショック以後、問題を放置できなくなったOECDは2012年にG20と共同して46カ国の規模でBEPS(税源浸食と利益移転)プロジェクトを立ち上げ、2016年に15項目の行動計画を策定した。これによって多国籍企業の活動・納税実績の国別報告書作成が義務づけられるなどの成果が生まれたが、税逃れを十分に捕捉する実効性あるルール制定は残された課題となった。

そこでOECDとG20は139カ国・地域が集まる「拡張された枠組み」を創出し、多国籍企業課税の新ルールの形成を目指した。2018年には、①多国籍企業の総利益に対する課税権の国別配分、②法人税の国際最低税率の設定という2本柱からなる方策がまとめられた。ところが、米国のトランプ政権がこれに同意せず、新ルールの実現は暗礁に乗り上げた。そこにバイデン政権が登場し、国内の法人税増税政策に連動する形でOECD提案を米国主導で推進することになった。新ルールは、①法人税の共通最低税率を15%以上とする、②多国籍企業の超過利潤のうち20~30%について、売上のある各国に課税権を配分するというもので、2021年10月のG20サミットで最終合意に至る見通しである。

 

◆新しい国際課税ルールはどこまで評価できるか

新しい国際課税ルールは、これを求めてきた国際NGOや労働組合からはあまり評価されていない。

第一に、対象となる多国籍企業の範囲が狭く、税収増加が見込めない。現時点の案では、年間売上高200億ユーロ(約2.6兆円)以上、利益率10%以上の巨大高収益企業のみが対象になる。業種では銀行・保険、資源企業は除かれている。該当企業は世界全体で100社程度と想定されている。GAFAのうちアマゾンは利益率が10%未満であるため除外される。

第二に、課税範囲が限定され、利益配分方式が偏っている。新方式は利益全体に及ぶのでなく、利益率10%までの利益および10%を超える超過利益の70~80%は従来の課税方式のままであり、超過利益のうち20~30%にしか適用されない。この部分が売上高に応じて各国に配分され、各国の税率で課税される。すでに独自にデジタル・サービス税を導入して売上高に課税しているインドなどからみれば、減収になるかもしれない。

第三に、最低税率が低すぎて、タックスヘイブンを容認することになる。現時点では少なくとも15%以上という低いラインが設定されている。そのうえ実効税率を計算する分母にあたる利益の算出に抜け道が用意され、従来どおりの税負担でも計算上の税率が高くなり、最低法人税率が意味をもたないことになる。

第四に、総じて途上国の声が反映されていない。現在の案が実施された場合、途上国側に税収増加のメリットはあまり期待できない。先進国主導のルール作りでなく、国連のもとで途上国の発言力が保障された場でルールが策定されるべきだという批判がある。

このような問題点をあげて、いま拙速に決定してしまうと今後当分の間変更されないため、もう少し時間をかけて検討すべきだとして、早期妥結に反対する意見が提起されている。しかし、現在の改革機運を逃すならば、現状を変える機会が失われ、現行の欠陥ルールが生き続けることになる。今回の新ルールは様々な限界をもつとしても、法人税切下げ競争にブレーキをかけ、多国籍企業の課税回避を抑制する第一歩として意義をもつのではないか。

グローバルに活動する多国籍企業に対して、課税権力も主権国家の枠を超えてグローバル化していく必要がある。諸富徹『グローバル・タックス』(岩波新書)は、グローバル化の方式には、課税権力のネットワーク化と超国家機関の創出の2ルートがあると論じているが、その第1ルートが現実化しつつあると考えられる。グローバルな課題に対処するためには、1国主義を超える様々なグローバル・ガバナンスの道が開拓されなければならない。課税問題にとどまらず、多国籍企業規制(「ビジネスと人権」)、気候変動、感染症などの課題に連携して取り組んでいくことが求められている。(「テオリア」107号、2021年8月)

香港の悲劇に便乗する東京国際金融都市構想

  • 近視眼的な税制改正大綱

12月10日に2021年度与党税制改正大綱が公表され、12月21日に閣議決定となった。コロナによって緊急に財政資金をばらまいている中での税制改正であり、将来の財政再建をどう展望するのか、そのための税制体系をどのように築いていくのか、その方向性が示されるべきであったが、実際には景気対策的な細々とした減税措置、それに脱炭素化、デジタル化を誘導する企業優遇税制が大半であり、減税色に染め上げられた、選挙を意識した近視眼な内容に終始していた。新型コロナなどの感染症には国際社会が協働して取り組むべきであり、その財源として国境を越えた活動に課税する国際連帯税を導入する好機のはずだが、そうしたことを検討した形跡はない。

その中で目を引いたのが国際金融都市に向けた税制上の措置である。海外から高度金融人材を受け入れるためとして、国外財産を相続税からはずす特別措置、海外の資産運用会社を招致するためとして法人税を優遇する措置など、現行の税体系の例外とする規定が、法人税、相続税、所得税の各項目に盛り込まれた。

これらは12月8日に閣議決定された「総合経済対策」のなかの「世界に開かれた国際金融センターの実現」という政策課題に対応している。そこでは、日本国内に蓄積されている1900兆円の個人資産に着目し、これを運用する資産運用業者と専門人材を呼び込み、金融資本市場の拡充を図ることが狙いとされている。

 

  • 国際金融センター構想は実現可能か

1985年の大蔵省外国為替等審議会の答申「円の国際化について」では、日本の経済大国化、都市銀行の世界ランキング上昇を背景に、円をドルに続く国際通貨に押上げ(当時、ユーロは存在しなかった)、東京をロンドン、ニューヨークと並ぶ国際金融センターに発展させる構想が描かれていた。しかし、バブル崩壊を契機とする低成長時代に東京は、シンガポール、香港に差をつけられてしまう。円の国際化、東京センター構想はその後何回も検討されたものの、目立った成果はあがらなかった。

最近の動きとしては、2017年11月に東京都が公表した「「国際金融都市・東京」構想」があげられる。この報告書では、「今回がラストチャンスとの危機感を持って、・・・必ずや具体的な「行動」に結び付けていかなければならない」と強い決意を表明している。報告書のポイントは、海外から高度専門人材、資産運用業者を受け入れて東京金融市場を活性化させる、そのための税制、手続、生活環境等を整備するというものである。政府の「総合経済対策」の狙いを先取りしている(政府が東京都の構想を引き取った)ものといえる。

この構想の可能性を考えるために、外国資本の日本への進出実績をみておきたい。2019年の外国資本の対日直接投資残高は2225億ドル、世界で28番目である。香港は世界第3位1兆8679億ドル、シンガポールは世界第6位1兆6976億ドルであって、日本との差は大きい。日本の順位は1995年には18位であったので、それよりも低下している。この事実をふまえるならば、海外の金融業者や人材を多少受け入れたとしても、東京の地位が目覚ましく上昇するとは考えられないのではないか。

 

  • 香港の悲劇を利用した格差拡大でよいのか

国際金融センター構想は1980年代から掲げられ、一向に進展しないテーマであるが、ここにきてにわかに国策として登場してきたのは、2020年の香港をめぐる政治状況の変化が契機であることは間違いあるまい。香港の自治が否定され、国際金融センターの地位が失われることを見込んで、脱出する人材、企業の受け皿を用意しようとする目論見であろう。

 そもそも、国内の富裕層の資金を海外の業者に運用させることが目下の優先課題になるのだろうか。与党税制改正大綱は「成長なくして財政再建なし」として、相変わらず成長神話に呪縛され、分配面を無視している。コロナ禍での失業者の増加、マイナス成長であっても株式市場だけは異様に好調であり、ますます格差が拡大している。金融所得課税に手をつけることは急務と考えられるが、その発想はない。

富裕層の資産を増やすための海外業者の受入れ、そのための税制の優遇、このような国際金融センター構想は、目的も手段も格差拡大そのものではないか。しかもそれを香港の民主化運動圧殺をチャンスとみて推進することがあるべき政策といえるのだろうか。

(Political Economy No,181, 2016年1月16日)

コロナ危機と日本の財政・金融システムの危機

コロナ危機と日本の財政・金融システムの危機

                               2020年5月15日

                                   金子文夫

 

 新型コロナウイルスの大流行で日本も世界も大混乱になっている。日本政府は4月8日に「緊急事態宣言」を発出し、1年間の政府予算を上回る規模の「緊急経済対策」を発表した。その総額は117兆円、日本のGDPの2割にあたると安倍首相は自慢した。総額117兆円のうち、真水の財政支出は約48兆円、その中にはすでに決められていた昨年度の予算分約10兆円と特別会計の約12兆円、合わせて約22兆円も含まれている。というわけで、4月末に国会通過した補正予算は約26兆円にすぎない。補正予算の目玉は1人10万円の給付金で、これだけで13兆円となる。

財政支出が限られているのは、日本の財政赤字が主要国のなかで最悪で、臨時の支出をする余裕がまったくないからだ。現在の国債発行残高は1人1000万円に達している。臨時の支出の財源は国債発行しかなく、それは結局日本銀行によって引き受けられる。

インフレにならない限り、国債をいくら発行しても問題ないという主張もある。本当にそう考えてよいのか。日銀は無尽蔵の宝箱をもっているわけではないので、財政も日銀もいずれは破綻してしまうかもしれない。コロナ危機のなかで日本の財政・金融システムはどこに進もうとしているのだろうか。問題点と展望を考えてみたい。

 

◆「緊急経済対策」の問題点

 「緊急経済対策」117兆円には見かけを大きくするトリックがある。117兆円は政府の用語で「事業規模」というもので、財政支出以外の民間資金も多く含まれている。民間資金に相当するものは、第一に、金融機関から中小企業への資金繰り支援融資37兆円だ。これは金融機関の資金を融資する際に、政府が利子補給・信用保証をするというもので、融資であるからいずれ返済する必要がある。第二に、企業に対する税・社会保険料支払の1年間猶予26兆円だ。これは1年後には支払わなければならないが、それを延滞金なしという救済の意味をもたせ、対策の1項目としている。

こういう金額を差し引いていくと、正味の財政資金は48兆円になる。米国の300兆円にはるかに及ばないのは当然として、ドイツの90兆円、イギリスの45兆円に比べても見劣りがする。しかも、48兆円のなかには、2019年12月に閣議決定された総合経済対策費9.8兆円、2020年2月に決められた緊急対応費0.5兆円、特別会計の財政投融資資金12兆円などが含まれており、それらを除くと、「緊急経済対策」として4月の補正予算で新規に決定したのは約26兆円にとどまる。これは117兆円の2割にすぎない。

補正予算26兆円の内訳をみると、医療提供関係1.8兆円、(医療設備、マスク、ワクチン開発等8000億円、地方自治体への交付金1兆円)、経済支援19.5兆円(1人10万円給付金13兆円、中小企業支援6兆円)、経済活動回復1.8兆円、強靭な経済構造構築0.9兆円、予備費1.5兆円などとなる。

 「緊急経済対策」の問題点の第一は、経済支援の規模が小さいことだ。生活給付金は最初の案では低所得世帯に30万円、総額4兆円だったが、その後一律給付で13兆円に増額された。それでも主要国と比べて多いとはいえない。また支給までに時間がかかり、困窮している人を救済する意味が薄くなっている。

 第二は、医療関係が少なく、経済関係にかなりの額が配分されていることだ。国内ワクチン開発費は100億円にすぎず、これでは1000億円規模の米国や中国に太刀打ちできるはずがない。経済活動回復と称して、Go To キャンペーン(観光振興など)に1.7兆円をあてているが、そういう経費はもっと先の話ではないか。

 第三に、抜け落ちている項目があり、追加給付の見通しが明らかでないことだ。「緊急事態宣言」が長期化する、あるいは解除後の再発動といった事態があるとすれば、第二次補正予算を組む必要があるだろう。

 

◆コロナ危機と日銀の出動

 補正予算26兆円は全額国債発行によってまかなわれる。それはまず市中銀行が引き受け、その後日本銀行が買い取ることになる。しかし、それだけではコロナ危機に対処する資金が足りないため、日銀は3月に第1弾、4月に第2弾の資金供給政策を打ち出した。第1弾の総枠は国債購入80兆円、民間資産購入28兆円、第2弾は第1弾に上乗せしたもので、国債無制限購入、民間資産55兆円購入ときわめて大きい規模だ。この金額は日銀が供給しうる資金の上限を示すもので、市場に安心感を与えるねらいをもつ。

第一弾は、3月15~16日の金融政策決定会合で決定された。この会合自体、当初の18~19日の予定を、米国の中央銀行にあたるFRB(連邦準備制度理事会)会合に合わせて前倒しするという異例の開催だった。そこでの決定は、量的緩和策として、①国債買入れ(年間80兆円)、米ドル資金の潤沢な供給(貸出金利0.25%引下げ)、②「新型コロナ対応企業金融支援特別オペ」の導入(民間企業債務を担保にゼロ金利資金8兆円を金融機関に供給)、③CP(短期借入証券)・社債購入枠を2兆円拡充(CP3.2兆円、社債4.2兆円まで)、④ETF(上場投資信託=株式)を年間12兆円、J-REIT(不動産投資信託)を年間1800億円まで購入とし、金利政策は従来の短期マイナス0.1%、長期ゼロ%の方針を維持した。全体として量的緩和の規模をさらに拡大するとともに、特にコロナ対策として②を導入したことが目新しい。

 これに続く第二弾として、4月27日、緊急経済対策の補正予算の国会通過を目前にして、日銀は金融政策決定会合を開き、さらなる金融緩和策を決定した。要点は、①国債の無制限購入、②社債・CP購入枠を3倍に拡張、③新型コロナ対応資金のゼロ金利供給オペの拡充である。①国債に関しては、従来年間80兆円購入を掲げつつも、実際は10兆円台まで減額してきたところ、今回は無制限購入へと一気に舵を切った。これは国債を低金利で発行させるための財政への援護射撃であって、いよいよ「財政ファイナンス」の姿が露骨に現れることになった。②では、CP・社債の買入れ上限を20兆円まで一挙に拡大するだけでなく、1発行体の発行残高に占める日銀保有割合の上限をCP50%、社債30%に引上げており、日銀が民間企業のメインバンクになった形だ。③は3月に新設された方式の拡充であって、担保額を8兆円から23兆円に3倍増、利用残高に相当する当座預金へのプラス0.1%付利など、大盤振る舞いといえる。

 こうして、日銀は、「緊急経済対策」の財政資金総額48兆円を超える55兆円を民間企業に供給する枠組みを創出した。日銀が民間企業救済機関に変質した姿を現している。

 

◆日本銀行の金融政策の変質

 日本銀行が中央銀行としての本来の業務を逸脱し、財政支援機関、さらには民間企業支援機関へと変質していった歴史は、1990年代までさかのぼる。それ以前の日銀は、中央銀行の「伝統的金融政策」を、節度を保って実行し、通貨量を調節して景気変動を調整してきた。金融政策の手段としては、次の三つが使われていた。①公定歩合操作(金利政策、市中銀行に貸し出す際の金利を上下させることで、市中に出回る通貨量を調節し、景気変動を調整する)、②公開市場操作(国債・公社債など、主に短期の有価証券を市中銀行との間で売買することにより、市中の通貨量、景気変動を調整する)、③支払(預金)準備率操作(市中銀行の預金の一定割合を支払準備として中央銀行に預金させ、その割合(準備率)を上下させることにより、通貨量を調節する)。

1970~80年代の日銀は、公定歩合を2.5%から9.0%までの間で上下させ、景気調整の役割を果たしていた。1985年のプラザ合意によって急激な円高が進むと、日銀は円高不況を警戒して金利を5.0%から2.5%まで低下させ、市中に大量の資金を供給したが、それは土地や株式の投機に向かい、バブル景気になった。そこで日銀はあわてて金利を6.0%まで引き上げると、今度はバブルが崩壊して不況に陥ったため、1995年には0.5%まで引き下げた。それにもかかわらず景気は回復せず、日銀は「ゼロ金利政策」の時代に入り、その後若干の変動を含みながら超低金利状態は現在も続いている。金融政策の三つの手段のうち、支払準備率操作は事実上廃止され、また超低金利状態が続いたため公定歩合操作も機能しなくなり、公開市場操作のみが「量的緩和政策」という言い方で使われるようになっている。

 低金利下の金融緩和政策は、それまでの経済学の教科書に書かれていない「非伝統的金融政策」とされ、2000年前後に小規模に実行されはじめた。当初は日銀当座預金残高が5兆円程度になるように市中銀行に資金を供給していくが、市中銀行は民間企業への貸出を増加させることができず、国債購入に向かったため、資金が日銀から市中銀行を経由して政府に流れる回路が形成され、量的緩和の資金量は次第に増加していった。

 2008年のリーマンショックの後、FRBやECB(欧州中央銀行)は金融危機からの脱出をはかる目的で猛烈な勢いで量的緩和政策を実施し、通貨供給量を拡大した。一方日銀は、やや控えめな姿勢でそれに追随したが、緩和の程度が小さかったために円高を押し付けられ、円相場は1ドル=79円まで跳ね上がった。

その後、2013年にアベノミクスの柱として異次元緩和政策が開始され、日銀は国債の年間80兆円購入を打ち出した。日銀のねらいは、通貨供給量を一気に増やしてインフレを引き起こし、経済成長率を上げることだったが(2年で通貨量を2倍にして2%の物価上昇)、国債購入によって市中銀行に渡った資金は市中に出回るのでなく、日銀にある当座預金口座に積み上げられたままになり、2%の物価目標は達成できなかった。そのため2016年になると日銀は、当座預金の一部にマイナス金利をつけて無理矢理資金を押し出そうとしたが、これも成果をあげたとはいえない。

 一方、超低成長が続き、税収が伸びないなかで社会保障費が増大する日本の国家財政は、国債発行によって税収不足をカバーする道をとらざるをえなかったが、日銀の低金利、国債購入政策のおかげでたいした抵抗もなく、毎年国債発行を続けることができた。その結果、日本政府の国債発行残高(国庫短期証券を含む)は2000年末に500兆円あまりであったのが、2010年度末に884兆円、2019年末に1132兆円と、GDPの2倍以上に積み上がった。

 ここで注意を要するのは、そうして増加した国債の大半を日銀が抱え込んだ点だ。2010年度末の時点で、国債発行残高に占める日銀の保有割合は8.9%だったが、2019年末には43.7%まで上昇した(朝日新聞2020年4月28日)。この間の国債残高増加は248兆円、日銀保有額の増加は416兆円と計算されるので、市中銀行等が保有する国債を日銀が買い上げ、政府の低金利国債発行を支援したことになる。

 戦後制定された日本の財政法は、戦時期に日銀が国債を際限なく購入し、軍事費を捻出するとともに激しいインフレを引き起こしたことを反省し、日銀による国債の直接引き受け(財政ファイナンス)を禁止した。現在もこの法律は生きているが、政府発行の国債は市中銀行を経由して日銀に流れており、国債増発に歯止めがかからず、もはや財政法は空文化したというしかない。

 

◆日銀金融政策の何が問題か

 日銀の資産規模は10年前には100兆円程度だったところ、現在はその5倍以上に膨らんでいる。資産の大半は国債だが、政府と日銀を一体とみる「統合政府論」の立場からは、大きな政府内部での資金の循環であって特に問題はないとする。はたしてそうだろうか。

 現在の日銀の超緩和政策の問題点を整理すると、次のような点を指摘できる。

第一は、金融市場の価格形成の歪みだ。かつて日銀は短期資金市場の動きはコントロールできても長期資金市場は制御できないとみられていた。しかし、日銀が長期国債の独占的な保有者となったため、長期金利もそのコントロール下に入った。2016年以降の長短金利操作政策はそれなりに機能している。しかし、その結果、長期金利が、実体経済の動向の指標となるべき役割を果たせなくなっている。

さらに問題なのは、日銀がETF(上場投資信託)の大量購入を続けていることだ。日銀のETF購入はリーマンショック後の2010年12月が最初で、年間4500億円という控えめな上限が設定された。ところがアベノミクスが始まった2013年4月に1兆円、14年10月に3兆円、16年7月に6兆円に増額され、2020年3月についに12兆円に達した。日銀は株価下落傾向が生じるとETF買いに出動し、アベノミクスの看板である株価を維持する役割を果たしている(官製相場、GPIF=年金積立金管理運用独立行政法人の株式購入も同様)。そのため、海外のファンドは安心して日本株を売買し、利益をかすめ取っている。そして株式市場もまた実体経済から遊離してしまい、バブル化する危険性を増している。

なお付け加えれば、日銀が株式を大量保有したため、日銀が筆頭株主になる企業も増えてきており、それに今回の社債・CP大量購入も合わせると、日銀が民間企業との関係を異常に深めることになったと考えられる。

第二の問題点は、以上にみたような有価証券大量購入が、日銀の財務構造を悪化させ、債務超過を引き起こしかねないことだ。黒田総裁は国会で、株価(日経平均)が1万9500円を割ると、日銀の保有株式に含み損が発生すると発言した。今回の金融政策では社債の大量購入を打ち出していて、そのなかには「堕天使債」(投資不適格債)という格付けの低い社債も含まれるもようだ。このようなリスク資産の購入は、緊急事態として正当化されるのだろうが、日銀の信用に不安を抱かせる。これに財政危機、金利上昇、国債価格下落の重圧が加わった場合、日銀の信認が低下し、円が暴落する危険性をはらんでいる。

第三に、2016年以来の日銀のマイナス金利政策は、民間金融機関、特に地方銀行の経営を圧迫してきた。地域経済を支えるべき地方銀行の経営悪化は、地方の衰退を加速させる。コロナショックはその趨勢に追い打ちをかけており、今後地方銀行の合併・統合、それに伴う地方金融サービスの低下は避けられなくなるだろう。マイナス金利政策は評判が悪いが、それを改めるタイミングを見出せないままにコロナショックに突入してしまい、事態はますます悪化せざるをえない。

第四に、財政規律の喪失、財政の国債依存度の上昇を招いている。財政健全化、歳入歳出バランスの回復のためには、経済成長が見込めない以上、増税策を採用せざるをえないが、これは選挙で票を失う結果になるため、政府・与党は安易な国債発行に向かう傾向がある。日銀の低金利政策は国債の金利負担を非常に低くしているため、国債発行に歯止めがかからない。この状態が長く続いた結果、日本の国債発行残高はGDPの2倍以上という、主要国のなかで最悪の状況をもたらした。

第五に、過剰な通貨供給がインフレを引き起こすリスクを高めている。緩やかなインフレをねらって通貨供給を増やしてきたものの、一向にインフレは起こらず、大量の通貨は日銀の当座預金に眠ったままである。しかし、何かのきっかけで眠りから覚めた時には、制御の困難なインフレに突入する可能性がある。傾向的にモノの値段が上がる、カネの価値が下がるという判断が成立すれば、日銀当座預金は市中に堰を切って流出していくだろう。

MMT(現代貨幣理論)では、インフレが起こるまでは通貨供給を増やし、インフレになれば増税で通貨を吸収すればよいというが、リアリティーがない。通貨供給は日銀の裁量でできるのでやりやすい。通貨量の縮小は日銀が保有国債を売却しておこなうことが本筋だが、インフレで金利が上昇すると国債価格は下落するため、日銀の国債売却には困難がともなう。MMTのいう増税は政治的行為であって、日銀のオペレーションとは次元が違う。まして現在の税収60兆円を仮に10兆円増税したところで、数百兆円に膨らんでいる通貨の吸収はたかが知れている。おそらく経済成長率は今後も上がらないだろうから、ハイパーインフレにはならないとしても、低成長下のインフレ、つまりスタグフレーションの時代になることが想定される。

 

◆ポストコロナの展望

 アベノミクスの構想では、短期的には金融政策でデフレ脱却を図り、長期的には成長戦略で経済成長を実現するシナリオだったのだろう。しかし、人口減少下で消費は伸びず、企業の投資は海外に流出していくため、成長戦略は成果を出せていない。その一方、本来は2年という短期方針であったはずの超金融緩和政策は、止めるに止められず7年も経過してしまった。コロナ危機によって、当面は財政と金融の拡大をするしかないが、その先には現在とは違う社会経済システムを構築していかなければいけない。その議論はこれから盛んになっていくだろうが、ここでは2点ほど指摘しておきたい。

 第一に、財政・金融政策の改革、特に税制改革だ。財政破綻、円の暴落を招かないように、長期にわたって慎重に、日銀資産の縮小、国債残高の減少を図っていく必要がある。そこでまず取り組むべきは、包括的な税制改革だ。現在は消費税ばかりに目が向いて、議論の幅が狭い。歴史的にみると所得税、法人税が減税され、その穴を消費税が埋めてきた。その結果、格差社会が深刻になり、社会が分断されてきた。今や所得税、法人税の増税を強力に実施すべき時だ。所得税の累進性、高所得者がより多くの税負担をすることは、税の垂直的公平の観点から正当化しうる。累進税率を以前の水準に戻し、合わせて株の配当などの金融所得への税率を上げることが重要だ。金融所得を分離課税でなく総合課税にすることが望ましいが、とりあえず金融所得の税率引き上げが急がれる。そもそも低成長下で金利がゼロにもかかわらず、高率の配当が実現できていること自体がおかしい。高配当の一方、実質賃金は低下しており、格差拡大のメカニズムが働いている点に目を向けるべきだ。

 高額所得者に増税すると海外に逃げるというが、それを補足する情報技術、税務行政の国際的連携は進化しており、逃げても得なことはないという制度を作ればよい。法人税もまた、相次ぐ減税によって企業に恩恵を与えてきたが、その結果400兆円を超える膨大な内部留保を生み出した。税率を上げると企業が海外に逃げるというが、OECDを中心にして法人税率の最低ラインを決める国際ルール作りが進んでおり、タックスヘイブン対策の国際連携は着実に進展している。また、今回のコロナショックで、過度に海外サプライチェーンに依存する経済システムは不安定なことが明らかになった。企業のやみくもなグローバル化に歯止めがかかったとみるべきだろう。

 なお、付け加えれば、法人税減税では租税特別措置が大きな意味をもっていることも指摘しておきたい。その情報開示は不十分であって、この措置が特定の企業にどれだけの恩恵を与えているか、制度の透明性を高めれば、行き過ぎた減税にブレーキがかかるだろう。

 第二に、地方・国家・世界の関係の見直しだ。これは大がかりな問題設定だが、コロナ危機はこのテーマを考えるよい機会を提供してくれた。本格的な議論はこれから進めるとして、ここではごく簡単に要点を述べておこう。

 地方・国家関係では、コロナ危機に対応する政府の無策・無能と地方の首長の活躍が好対照をなした。PCR検査一つとっても、現場の状況を把握できず、権限だけ握って離さない中央政府の劣化が明らかにされた。この際、地方分権を一気に推進し、権限と財源を地方に移していく好機だろう。これに対応して、経済システムも地域自立型に転換するチャンスだ。過度に資源・食料を輸入に依存するグローバル化に歯止めをかけ、エネルギー自給・食料自給の方向に進むこと、製造業の国内回帰も促進すべきだろう。また、在宅勤務の有効性が示されたことの意義も大きい。人口の大都市集中から地域分散への契機が創出されたことに注目したい。

 国家・世界関係では、当面は1国主義、反グローバル化の流れが強まるだろう。強権的国家が並立し、国家間分断が深まる事態が想定される。しかし、感染症にしても、気候変動にしても、貧困・難民問題にしても、1国単位で解決できるものではない。国境を越えて利益をあげるGAFA(グーグル、アップル、アマゾン、フェイスブック)などの巨大IT企業に対しては、各国連携の課税ルールの策定が進みつつある。長期的には、新自由主義的なグローバル化に歯止めをかけつつ、国際協調・国際連帯をさらに進める方向が今後の世界潮流になるだろう。その先には、世界共通ルール、世界共通課税を実現する超国家機関(世界政府)の展望が開けてくるはずだ。

経済産業省の相次ぐ失態

安倍政権の経済政策を主導しているのが経済産業省であることは広く知られている。首相側近の今井秘書官を筆頭に、アベノミクスの成長戦略は経産省を中心にして立案、実行されてきた。しかし、2018年の終りにきて、経産省の失態が相次いでいる。

第一は、産業革新投資機構(JIC)の崩壊である。JICは、2003年設立の産業再生機構、それに続く2009年設立の産業革新機構を引き継ぐ形で2018年9月に発足した国策投資ファンドである。成長戦略の目玉として2兆円規模の政府資金を動員し、革新的な産業・企業の育成を推進することが目的とされた。しかし、発足直後に、役員の高額報酬(業績連動報酬を含め1億円超)の約束が撤回されたことが発端になり、取締役11人(社外取締役5人を含む)中、官僚出身の2人を除く9人全員が辞任という異例の事態を招いた。経産省の約束撤回は、菅官房長官の意向の反映という指摘もみられる。

辞任の原因は、報酬をめぐる対立だけでなく、官民ファンドという仕組みに対する認識のギャップも大きかったようだ。経産省側は、政府資金を活用する以上、投資先の選定に対する認可権限を行使し、子ファンド、孫ファンドの情報開示を求める姿勢を示した。それに対して民間出身の経営陣は、投資事業に対する政府の介入、以前の官民ファンドにみられた国策的な不採算企業救済の圧力を感じたようである。結局、官と民との「いいとこ取り」をねらいながら、官民間のギャップを埋められず、成長戦略の推進装置と期待された大型ファンドの試みは、あえなく頓挫することになった。

第二は、原発輸出戦略の破綻である。国内の原発新規建設ができないなか、経産省と原発メーカーは輸出に活路を求めていたが、何年もかけて合意に持ち込んだ案件が次々に断念に追い込まれている。福島原発事故以前から話が進んでいた案件では、2012年リトアニア(日立)、2014年台湾(日立、東芝、三菱重工)、2016年ベトナムなど、計画中止が続いた。にもかかわらず、その後も、トルコ(三菱重工)、英国(東芝、日立)の計画は推進された。

しかし、2018年12月に至り、トルコ原発は建設費高騰のため中止せざるをえなくなった。英国についても総事業費がふくらみ、英国側に追加支援を要請することになったが、まず実現は無理とみられる。トルコ、英国の挫折によって原発輸出計画は全滅状態になった。世界的に再生可能エネルギーへと転換が進む状況下、時代遅れの事業の挫折は当然

といえる。

 以上2件の失態に加えて、これから問題になりそうな事案として、消費増税対策としてのポイント還元策と日産のゴーン追放事件があげられる。今回の消費増税では、はじめて食品など一部の商品に軽減税率が導入され、制度が複雑になる。それに加えて消費の落ち込みを回避すべく、様々な対策が盛り込まれる。そのなかで経産省は、キャッシュレス決済の促進という別の目的を紛れ込ませ、クレジットカードや電子マネーによる支払に5%のポイントを付ける奇策を提起した。ポイント還元の期間は2019年10月から2020年6月までの9ヵ月間に限定されており、2019年10月にそれまでの8%から5%に減税された後、2020年7月には5%から10%へと一気に増税される仕組みである。このような税率の激変はとうてい健全な税制とはいえない。それだけでなく、準備が間に合わずキャッシュレス化に対応できない零細商店、あるいは低所得層にとっては不利益以外のなにものでもない。

日産のゴーン追放事件は、ゴーン独裁、ルノーへの従属を嫌った社内勢力のクーデターであり、社外取締役に経産省出身者が就任しているとはいえ、経産省の関与は薄い。基本的には日産のガバナンスの問題だが、それに東京地検特捜部が司法取引を通じて介入したこと、またルノーの筆頭株主がフランス政府であることから、政府間の事案に発展する可能性がある。

おそらく経産省には、ゴーン逮捕の事前連絡はあっただろう。事件発覚直後に経産大臣が登場し、フランス政府との間でやりとりをしている。今後、金融商品取引法違反(役員報酬の有価証券報告書虚偽記載)、会社法違反(特別背任)の2件で裁判がはじまるとして、果たして有罪となるのか、専門家の評価は分かれている。仮に無罪となれば、経産省も相当の影響を受けざるをえない。

2018年末、東京株式市場は大暴落に見舞われた。それに先立って生じた経産省の相次ぐ失態は、2019年の安倍政権の厳しい前途を予兆しているのではないだろうか。

(Political Economy 2019年1月1日)

【概説】日本のODA―歴史と特徴

【概説】日本のODA―歴史と特徴                

                                                                  2017年9月

 ODA(政府開発援助)とは、先進国が発展途上国に対して、経済開発や福祉の向上を目的として資金や技術を提供することである。先進国グループのOECD(経済協力開発機構)のもとにあるDAC(開発援助委員会)が枠組みを決めており、ODAの形態には2国間の贈与(無償資金協力、技術協力)と貸付、国際機関(世界銀行、アジア開発銀行等)への出資・拠出などがある。

 ODAの目的は、建前としては貧困国に対する人道的な支援であるが、実際には先進国の国益追求の手段という性格が強い。日本の場合、友好・協力国の拡大という外交的目的と、輸出振興を通じた経済成長の促進という経済的目的があり、経済大国として国際的発言力を高めるというねらいをもっている。

 日本のODAは、第二次大戦後の東南アジア諸国に対する戦争賠償からはじまった。賠償は本来、敗戦国が戦勝国に支払う補償金であったはずだが、日本の賠償は無償資金・技術協力の意味をもち、その後のODAにつながっていった。日本の高度成長を通じた経済大国化とともにODAの規模は増大し、1990年代にはアメリカを抜いて世界最大の供与国の地位についた(ODA大国)。しかし、その後は経済成長の停滞、財政赤字の拡大のためODA予算は縮小し、世界第5位に後退している。

 日本のODAの特徴は第一に、アジアへの集中である。2国間ODAの地域別分布をみると、1960年代はアジアが90%以上を占め、その後徐々に比率を下げたものの、2000年代半ばまで50%以上に達していた。アジアのリーダーになろうとする外交的目的、また企業進出、貿易などを通じたアジアとの経済関係強化を果たす目的で、ODAが利用されたためである。アジアのなかではインドネシア、タイ、フィリピン等が中心であったが、1990年代には中国、2000年代に入るとベトナム、インドの割合が高くなっていく。

 第二に、分野の経済インフラづくりへの集中である。医療、教育等の社会インフラづくりの割合は低く、道路、鉄道、港湾、空港、発電所、通信施設など、経済活動の基盤づくりが優先された。それを前提にして外国企業の進出が促進され、工業化と経済成長が達成されていくことになった。

 第三に、貸付が多いことである。ODA供与国の大部分は、貸付ではなく贈与を中心としており、日本は例外的に貸付が多かった。貸付の場合、いずれ利子をつけて返済されるため、少ない資金で多くのODAを提供できる。途上国からみれば債務が生じるわけで、負担が重くなる。日本のODA拡大は貸付中心であったため、アメリカを抜く規模に達することができた。しかし、贈与比率を高めるべきだというDACの方針に従い、1990年代半ば以降、贈与が貸付を上回るようになった。その背景には、返済期限の到来とともに、新規貸付から返済分を差し引いた正味の資金供給が減少するという事態があった。実際、2000年代に入ると、タイ、インドネシア、フィリピン、中国など、かつて最も多くのODAを受け取っていた諸国は、いずれも返済が新規受取を上回る状態に転じている。