欧州金融取引税の歴史的意味

欧州金融取引税の歴史的意味

                   POLITICAL ECONOMY 16号

                   2014年4月30日

 

 2011年9月、EUの行政府である欧州委員会が、EU加盟国に対して金融取引税の導入を要請するEU指令案を発出した。2008年のリーマン・ショック、2010年以降のユーロ危機のなかで、金融機関に対して大量の公的資金を投入してきた見返りとして、応分の税負担を求める趣旨の指令案である。要点は、EU域内の金融機関が取引する金融商品(株式、債券、デリバティブ等)に広く薄く課税し(税率は証券0.1%、デリバティブ0.01%)、金融危機に備える財源とすることであった。当初の予想税収はおよそ570億ユーロとされた。

 グローバル金融危機を発端とする金融機関への新規課税案は、まずG20の場で提起され、IMFが様々な手法を検討したが、時間が経ち、危機感が薄れるにつれて取り組みは曖昧なものになっていった。そうしたなかで欧州委員会は、EU独自の課税案を提起したわけである。

 この提案に対して、イギリスを筆頭として反対の声があがり、EU全体としての実施は無理となったものの、積極的な11カ国が先行実施することになった。そのなかには、ドイツ、フランス、イタリア、スペインなどEU内の主要国が含まれており、国の数でこそ過半数に満たないが、GDPでは9割に達するという。

 

  • ドイツとフランスが主導権を発揮

実施時期は2014年1月と設定されたが、課税範囲、課税回避対策などの課題の詰めに時間がかかり、先延ばしとなっている。しかし、導入に強い意欲を示すドイツとフランスが主導権を発揮し、5月中に具体策が明確にされる見込みである。

 欧州金融取引税には4点の目的が込められており、それぞれに歴史的意味を有していると考えられる。第一は、金融危機対応として金融機関に負担を求めることである。金融のグローバル化のなかで、金融取引は投機的な様相を深め、好況時には巨額の利益をあげる一方、危機に際しては実体経済に深刻な損害を与え、自らは公的資金で救済された。こうした金融セクターのあり方に対する欧州市民の批判の声は強く、救済措置への弁済、および今後起こりうる危機に備える保険の意味で、課税案が提起された。

 第二は、EU統一税制の整備である。統合過程にあるEUでは、財政や税制の共通化が課題になっており、課税主権は各国に残しながらも、共通課税制度によって実質的に税制統一に一歩前進を図る意味がある。税収の使途の面でも、一定割合をEU独自財源とする構想があるが、詳細は未定のようである。いずれにせよ、ユーロ危機を欧州統合のバネにしようとするEU指導部の目論見がうかがえる。

 

  • 投機的取引に規制

第三は、投機的金融取引の規制である。かつて投機的な通貨取引を抑制するトービン税が提起されたことがあったが、今回の金融取引税では通貨取引はデリバティブを除いて対象外とされている。しかし、株式の高頻度取引など、投機的な金融取引が横行している現状を規制する意味は大きいと思われる。結果として、わずかな税率であっても取引量そのものは相当減少すると見込まれる。

 第四は、国際連帯税として税収が地球規模課題に振り向けられる可能性である。国際連帯税は、国境を越える経済活動に課税し、税収を貧困・開発・環境等のグローバルな課題に投入する趣旨であり、欧州金融取引税はそれとは異なるが、フランスなどは税収の一部を地球規模課題にあてる意図を表明している。その意味で、金融取引税を拡充できれば、国際連帯税の実現に向かう可能性を秘めている。

 日本ではまだあまり関心が高まっていないが、もしEU11カ国で金融取引税が実施されれば、その金融機関と取引する日本の金融機関も納税義務を負うことになる。今後の成り行きに注目したい。