アベノミクスの破綻とグローバル資本の繁栄
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- 公開日:2017年12月02日(土)13:52
アベノミクスの破綻とグローバル資本の繁栄
(『季刊ピープルズプラン』72号、2016年3月)
2年、2%、2倍。2013年4月、アベノミクスの切込み隊長、黒田日銀総裁は2年間で日銀が供給する通貨量を2倍にし、2%のインフレ目標を達成して、日本経済を成長軌道に復帰させることを宣言した。しかし、それからすでに3年が経過し、日銀の通貨供給量(マネタリーベース)は3倍に達したにもかかわらず、2%のインフレ目標は達成されず、経済成長率は低迷を続けている。
2015年9月、戦争法制の成立直後、安倍政権はアベノミクスの第2ステージへの移行を表明した。第1ステージの総括を抜きにした、なしくずしの目標変更である。結局、アベノミクスとは、「成長幻想」をふりまき、政権支持率を確保し、戦争法制を成立させるための道具だったのか。確かに、支持率確保の役割を果たしたとはいえるが、それだけではない。3本の矢、特に第3の矢は、「世界で一番企業が活躍しやすい国」に向けて、日本社会の形を根底から変えるねらいをもっていた。そのねらいは、第2ステージにも貫徹している。
以下では、アベノミクスの第1ステージについて、特に第1の矢(異次元の金融緩和)に絞ってその経緯を振り返り、想定されるマイナスの効果を検討したうえで、第2ステージをどのように捉えるべきなのかを考えていきたい。
◆第1の矢は目標を達成できたのか
アベノミクスを構成する3本の矢とは、「大胆な金融政策、機動的な財政政策、民間投資を喚起する成長戦略」だった。このうち財政政策は従来の手法の繰り返しであって、目新しいものではない。成長戦略は小泉政権以来の規制緩和路線であり、さまざまな問題をはらんでいるが、いずれにせよ短期間で成果が出るものではない。結局、アベノミクスの目新しさを表していたのは、第1の矢、日銀の異次元金融緩和であった。
2013年4月に日銀が打ち出した超金融緩和政策の要点は、長期国債の大量購入(政府の新規国債発行額を上回る年間50兆円規模)を通じて市中銀行に通貨をばら撒き、人々に2年で2%物価上昇という予想(期待)を抱かせることだった。この衝撃を受けて、1年後には円が対ドル90円から100円に下落、株価(日経平均)が1万2千円から1万5千円に上昇、消費者物価上昇率は1.5%を記録した。ところが、2014年4月の消費税引上げ、さらに原油価格の低下に影響され、消費者物価上昇率はダウンしてしまう。
そこで日銀は2014年10月、「黒田バズーカ」第2弾を発表、国債購入量の80兆円規模への増額、ETF、REITなどリスク性資産(投資信託)の購入規模拡大など、追加のショックを与えた。この決定と同じ日に、公的年金資金を運用するGPIFが株式運用比率を拡大する方針を発表しており、両者は株価テコ入れで連携していたとみられる。しかし、追加緩和を決めた日銀の金融政策決定会合は賛成5、反対4という僅差だった。決定会合メンバー9名のうち総裁と副総裁2名は執行部であるから、他の6名のうち4名が反対した意味は大きい。反対理由は、こうした金融緩和策は効果が見込めず、むしろ副作用が大きいといったことだった。その後、円相場は120円台まで下落、株価は2万円を超えたものの、物価目標達成時期の見通しは、逃げ水のようにその時期が近づくと先延ばしされ、2015年度半ば、16年度前半、16年度後半、17年度前半へと4回にわたって修正された。
2発撃ったバズーカが効果を表さなかったため、2016年1月、ついに日銀は「禁じ手」ともいうべきマイナス金利の導入に踏み切った。この決定も5対4の僅差だった。しかし決定の効果は数日間しか続かず、ねらいははずれて為替は円安から円高へ、株価は上昇から下落へと反転し、デフレ、マイナス成長への逆戻りの流れが生じた。アベノミクス第1の矢の破綻が明らかになった。
◆なぜ第1の矢は失敗したのか
日銀の異次元緩和がもたらした目に見える変化としては、企業収益の上昇があげられる。
2015年度の東証1部上場企業の経常利益は、年度の後半に落ち込みをみせたとはいえ、過去最高となる見込みだ。しかし、それは円安という為替効果、株価上昇という資産効果が作用したためと考えられる。輸出数量の増加、国内消費・設備投資の増加がみられない中での業績向上であるため、一時的であって持続性がない。円安は日銀の異次元緩和の効果、株高は海外の投資ファンドの動向に影響されたものであり、いずれにせよ2012年ころの水準が日本経済の実態からずれていたため、本来の水準に戻った程度のことであって、今後の効果は想定できない。
アベノミクス第1の矢が失敗した理由は、第一に日本経済の長期的・構造的変化への認識を欠いていることであろう。「失われた二十年」という表現は、それ以前の時期が「常態」であって、バブル崩壊以後は異常な時期とする見方に基づいている。しかし、1990年代以降、少子高齢化(生産年齢人口の減少)、グローバル化(IT革命、中国の台頭を含む)によって、日本経済は構造的に新しい段階に移行したのであって、それ以前の「常態」に戻ることはありえない。そのことを認識せず経済成長率をあげようとしても、できるはずがない。にもかかわらず、政策をうまく打てば実体が動く、インフレ期待をもたせれば消費や投資が拡大すると期待しても、空回りするしかない。
第二に、通貨供給量を増加させてインフレを起こすというインフレターゲット論が誤っていた。日銀が市中銀行から大量に国債を購入してマネタリーベースを増やしても、それは日銀当座預金を膨らませるだけで、市中銀行の貸出し増加、マネーストックの拡大には直結しない。因果関係は逆であって、貸出しの増加がマネタリーベースの拡大をもたらすとみるべきである。また、将来のインフレ予想に働きかける「期待形成論」も現実から遊離している。仮に将来の物価上昇が予想されるとして、高くなる前に買うという消費行動をとる人もいるだろうが(消費税引上げ前の駆け込み需要)、将来に備えて今は消費を控えようとする人もいるわけで、だれもが同じ行動に出るわけではない。こうした理論も、経済成長、所得増加を自明とする思考枠組みに縛られているとみるほかない。
◆超金融緩和の危険な末路
それでは、異次元の金融緩和をこのまま続けていくとどうなるのか。「出口戦略」はあるのか。黒田日銀総裁は、2%の物価目標を達成するまで緩和政策を続ける、できることは何でもやる、いまは「出口戦略」を語る時期ではない、という。しかし、国債を新規発行額の2倍の規模で買い続けると、あと1~2年で国債市場が枯渇してしまう。しかも2018年には黒田総裁の任期が(さらに安倍自民党総裁の任期も)満了になる。すでに現状でも、政府の国債を日銀が引き受ける事実上の「財政ファイナンス」状態になっており、いまの方法を無期限に続けることはできない。日銀の国債大量購入は、財政規律を弱め、財政健全化を妨げる意味をもつ。プライマリーバランス(基礎的財政収支)の黒字化目標は先送りが繰り返され、国の借金は積み上がるばかりだ。
超金融緩和の行き着く先は不透明である。マイナス金利の負担は特に地方銀行の経営を悪化させるだろう。格付け機関が日本国債のランクを一段と引下げ、海外の投機筋による国債売却が引き金になって、長期金利上昇=国債価格下落が生じるかもしれない。日銀は短期金利を管理する方法をもっているが、長期金利をコントロールする手段に乏しい。長期金利の乱高下は、金融機関、財政(国債発行当局)を大混乱に陥れるかもしれない。
また、いずれ日銀が「出口戦略」をとる段階になると(そもそも「出口戦略」をとれない恐れもあるが)、国債購入中止、国債売却、金利引上げなど、これまでとは逆の金融政策をとるわけであるから、長期金利上昇=国債価格下落は避けられない。その時、国債発行の困難、国債を保有する日銀および市中銀行の損失が生じうる。特に大量の国債を抱える日銀は債務超過に陥りかねず、今から引当金を積んだとしても、とても足りそうもない。そうなると政府から救済を受けなければならず、財政赤字を拡大する懸念もある。国債暴落を防ぐために、日銀は再度の国債大量購入(「出口戦略」の中止)に追い込まれる危険性がある。
結局、大量の国債発行、日銀の国債抱え込みは、財政と日銀の一体化(財政による金融の従属)、両者の信認の低下に行き着くだろう。その先には、円の大幅な下落、輸入物価の上昇、消費税大増税、スタグフレーション(成長なきインフレ)といった厳しい事態が待ち受けているかもしれない。臨界点に達する前に、無謀な異次元緩和からの撤退に舵を切るべきではないだろうか。
◆新3本の矢のねらいは何か
2015年9月、戦争法案成立直後、安倍政権はアベノミクスの第2ステージへの移行を宣言し、新しい3本の矢を提起した。60年安保から所得倍増計画へと転じた55年前の手法を持ち出してきたわけである。総括的タイトルは「1億総活躍社会」、3本の矢は「希望を生みだす強い経済」、「夢をつむぐ子育て支援」、「安心につながる社会保障」とされた。あまりにも内容が漠然としているが、数値目標として、名目GDP600兆円、希望出生率1.8、介護離職ゼロが掲げられた。
しかし、こうした数値目標は実現する根拠を欠いている。2020年にGDP600兆円を達成するには、実質成長率2%、名目成長率3%を継続する必要があるが、これまでの実績をみればありえない目標であることは明らかだ。GDPの算出方法を変えるなどして、目標達成を可能にしようとしているものの、見かけが変わったところで実体が変わるわけではない。子育て支援については、保育所の定員を50万人拡大する計画だが、保育士の確保の見込みがない。介護サービス50万人増加計画にしても、職員不足が深刻な状況を打開する可能性はほとんどない。職員の待遇改善に逆行する介護報酬の引下げなど、ちぐはぐな政策をとっている。
これらの目標は、達成年次が先のことなので、とりあえず選挙対策として打ち出されたものといえる。それと同時に、第1ステージ以来の成長戦略の増補版でもある。第1ステージの本命は第3の矢「民間投資を喚起する成長戦略」だった(2015年12月に発表された「日本再興戦略改訂2015」では、第1ステージの第3の矢を「岩盤規制改革」と表現している)。第3の矢は第2ステージの第1の矢に引き継がれており、「岩盤規制」の緩和、新産業創出、イノベーションによる生産性向上の多彩なプログラムが列挙されている。
第2と第3の矢は、社会政策的内容ではあるが、経済成長に必要な労働力を確保するという意味で、第1の矢を支える位置づけでもある。生産年齢人口が減少していくなかで成長率を上げていくには、生産性の上昇とともに、雇用を拡大していく必要がある。そこで、女性も介護離職者も高齢者も動員することになる。外国人労働者については、高度人材受入を進める一方、単純労働導入には消極的であって、問題の多い外国人技能実習制度の拡大(枠の増加、期間の延長)で切り抜けようとしている。
◆グローバル資本のためのアベノミクス
経済成長率を上げる基本は消費増大であり、消費が増えるのであれば企業は設備投資を増やす。消費増大のためには、雇用の増加と賃金の引上げが必要だが、企業の利益を優先させ、格差是正を後回しにする安倍政権にできるはずがない。
安倍政権は、アベノミクスの成果として、企業業績向上と合わせて、雇用増加、失業率低下、有効求人倍率上昇を自慢しているが、増えるのは非正規雇用ばかりで、正規雇用はほとんど伸びておらず、実質賃金は低下を続けている。最近になって非正規から正規への転換を奨励するポーズ(それはそれで問題の多い限定正社員、キャリアアップ助成金など)をみせているが、企業側にとって使い勝手のよい労働法制推進の姿勢は一貫している。2015年9月に成立した改定労働者派遣法は、1986年派遣法の趣旨を大幅に転換するものであり、派遣労働を拡大する方向に機能するだろう(「生涯派遣」)。また、「岩盤規制」打破の主軸として、労働時間の規制緩和(「残業代ゼロ」)、解雇の規制緩和(金銭解決制度、「解雇自由法制」)を執拗に追求している。
非正規雇用が全体の4割にも達し、その待遇が正規職とあまりにも格差があるため、格差是正を求める声が上がっていることに対して、政権側もさすがに放置できなくなった。そこで「同一労働同一賃金」の検討を表明することになったが、現政権に抜本的な対策を期待できるわけがない。2月5日の衆議院予算委員会で塩崎厚生労働大臣は、政府のいう「同一労働同一賃金」は「同一価値労働同一賃金」とは異なる、つまり正規と非正規とでは職能給と職務給という給与原理の違いがあり、同じ仕事で同じ給与になるものではないと言明している。
こうした労働政策における企業寄りの姿勢は、税制面でも貫徹している。大企業優遇税制は、租税特別措置、政策減税として従来から続けられてきた。2011年度から公表されるようになった政策減税総額は12年度の5千億円から14年度の1兆2千億円へと膨らんだ(「朝日新聞」2016年2月14日)。その恩恵は大企業に集中している。なかでも研究開発減税は6746億円と巨額であり、トヨタ1社だけで1083億円も享受している。
そのような優遇税制に加えて、法人税減税である。2016年度には実効税率を30%以下に切下げ、財源は外形標準課税の拡大でまかなうという。このことは赤字企業に増税し、黒字企業に減税する操作であり、企業間の格差拡大を意味する。法人税減税の名目は、外資の呼び込み、国内企業の海外移転抑止とされるが、企業が立地判断をするうえで税率が主たる要件でないことは各種調査から明らかであり、そうした効果は見込めない。むしろ減税分は内部留保となって積み上がり、やがて海外投資の原資として使われることになろう。
グローバル資本にとって、成長力を判断基準にして日本国内よりも海外に投資するのは当然であって、2011年以降対外直接投資は年間10兆円以上の高水準を続けている。2014年末の直接投資残高は140兆円を突破した(日銀「国際収支統計」)。日系製造業企業の海外従業員数は1990年から2013年にかけて314万人増加して438万人に達した(経済産業省「海外事業活動基本調査」)。同じ期間に国内製造業従業者数は377万人減少して740万人になった(経済産業省「工業統計表」従業員4人以上の事業所)。戦争法制のもと、自衛隊の海外出兵は、グローバル資本の安全保障を視野に入れているのだろう。
グローバル資本は日本の国民経済から遊離しつつあり、一部の企業の繁栄が日本全体に波及するわけではない(トリクルダウンの幻想)。現在の日本では、グローバル経済とローカル経済との間に隙間が生まれている。大都市の繁栄が地方に及ばないのはそのためだ。TPPは一部の大企業に多少の恩恵をもたらすかもしれないが、日本農業には壊滅的打撃を与える。大企業の利益を優先するアベノミクスの成長戦略が幻想にすぎないことに多くの人々はすでに気づいている。もはや経済成長を自明の目標とする時代ではない。ゼロ成長下の社会経済システムをどのように構想していくか、この課題への取り組みが求められている。