米中複合覇権とグローバル資本主義

米中複合覇権とグローバル資本主義

 

(『季刊ピープルズプラン』67号、2015年1月)

 

 2014年11月に北京で開催されたAPEC(アジア太平洋経済協力会議)では、主催国中国の超大国としての振舞いが強い印象を与えた。習近平とオバマの米中首脳会談は長時間に及び、地球温暖化問題では共同して新しい目標に挑戦する姿勢を示した。2001年9.11以後、アフガン・イラク戦争の失敗とリーマンショックによって米国のグローバル覇権国の地位が揺らぐ一方、高度経済成長と軍拡を続ける中国は新たな覇権国への道を歩みつつあるようにみえる。

はたして米中2強時代は到来するのだろうか。仮に米中が2大覇権国になるとすれば、両者の関係は協調的なものなのか、あるいは「新冷戦」ともいうべき対立的な性格を帯びるのだろうか。以下では、イアン・ブレマー『「Gゼロ」後の世界』の問題提起を手がかりに、米中の覇権構造の見通しについて、グローバル資本主義の現況と関連づけて検討してみたい。

 

◆中国は覇権国になるのか

覇権国になるには、経済力、軍事力、政治力を柱とする総合国力(能力)を備えていること、また国際システムの運営に責任をもつ意志が必要である。

総合国力の点で中国は、現時点では覇権国の要件を備えているとは言いがたい。しかし、経済力に限るならば、すでに一定の要件を満たしていると考えられる。経済規模を表すGDPはどうか。高度成長を続けた中国のGDPは、2010年には日本を抜いて世界第2位となり、今や第3位に下がった日本の2倍の規模となっている。近い将来、米国を抜くことは間違いないだろう。購買力平価で測ると、2014年に世界第1位になったとの指摘すらある。貿易規模ではすでに2013年に世界第1位の座についている。外貨準備高は4兆ドルに及び、他を引き離した地位を築いている。しかし軍事力では、米国の軍事予算が財政上の制約から削減傾向にある一方、中国の軍事費は年々大幅な増大を続けているとはいえ、少なくとも現時点ではなお質と量の両面で米中間には大きな差が存在する。

国際システム運営の意志はどうか。経済力の躍進を背景として、中国は国際機関への発言力の拡大を追求し、同時に新たな機構の創出にも踏み出している。これまでIMFや世界銀行における出資比率の増加を要求してきたが、それがすぐには実現しないとみるや、BRICS開発銀行、アジアインフラ投資銀行(AIIB)など、新たな国際金融機関の設立を主導しつつある。アジア開発銀行と競合するAIIBには、シンガポール、タイ、サウジアラビアなど21カ国が参加する見通しだが、米国や日本は加わらない。また、2014年北京APECでは、APEC全域をカバーするFTAAP(アジア太平洋自由貿易圏)の実現に向けて主導性を発揮した。これは米国主導のTPPに対抗する意味をもつ。

 さらに、2001年に発足した上海協力機構は、正式メンバー国は中国、ロシア、中央アジア4カ国だが、これにオブザーバー等としてインド、パキスタン、イラン、モンゴル、アフガニスタン、トルコまで加わり、ユーラシア大陸の地域協力機構として拡大を続けている。中国、ロシア、インドといった大国をまとめることは容易でないが、中国は着実にユーラシア連合を推進する道を歩んでいるとみることができる。最近提唱されている海上と陸上のシルクロード計画も、そうした流れの中に位置づけられよう。

 こうしてみると、現時点ではなお、中国は米国に並ぶまでには至っていないものの、覇権国としての能力と意志を備えつつあることは否定できないように思われる。それでは、今後の世界の覇権構造は、米国1極から米中2極へと移行するのだろうか。その場合、米中関係は経済面では相互依存、軍事面では対立の構図が目立つが、総体としてはいかなる覇権構造が形成されるのだろうか。以下、イアン・ブレマー『「Gゼロ」後の世界』に示される四つのシナリオを手がかりに、論点を整理してみよう。

 

◆ブレマーの四つのシナリオ

 ブレマーは現代世界を、いかなる国も国際機関もリーダーシップを発揮できない時代、つまり「Gゼロ」と規定する。米国は、20世紀後半の世界ではG1の地位を誇っていたが、21世紀に入り、膨大な債務を抱え、国内政治は機能不全に陥り、もはやリーダー国の地位にないと断定する。その一方、米国に代わってリーダー役となる国家あるいは国際機関も存在しないとみる。世界はいかにしてGゼロに至ったのか、またGゼロ状態は世界にいかなるインパクトを与えているか、こうした問題が同書の前半で述べられる。

 そのうえで、Gゼロは持続不可能であるとして、次の世界で誰がリーダーシップをとるのか、その展望を試みる。その際、2本の問題軸を設定し、その組合せによって四つのシナリオを描き出す。問題軸の第一は、米中関係は協調的になるのか、あるいは対立的になるのかということである。第二は、米中以外の有力国が重要な独立した役割を演じられるのか否かという問題設定である。四つのシナリオは次のようになる。

 ①G2(米中協調、有力国が弱体)。米中は世界の二大経済大国であるとともに、米国は世界最大の債務国、中国は世界最大の債権国であって、両国は巨額の債権債務関係によって結合している。また、米中は経済と軍事を二大テーマとして戦略対話を積み重ね、戦略的パートナーシップ関係を演出している。しかし、中国が先進国入りをしておらず、リーダー国になる能力、意志を欠くこと、米中の利害関係が一致するよりも対立する可能性が大きいことから、このシナリオの実現性は高くない。

②G20(米中協調、有力国が強力)。Gゼロが引き起こす世界的規模での緊急事態、たとえば金融危機、感染症危機などが生じた場合、米中を含む主要国が結束してリーダーシップを発揮する局面が生じる。これがG20であるが、短期的には成立しても、長期的にこの枠組みが機能し続けることは難しい。主要国が永続的に協力せざるをえないほどの大規模な危機は想像できず、各国の危機から受ける影響と対処方法には差が生じるため、G20シナリオはG2よりもさらに可能性が低い。

 ③冷戦2.0(米中対立、有力国が弱体)。米中間の対立が、経済摩擦、サイバー攻撃、台湾問題などで深刻化し、しかも米中の国力と他の有力国の国力との間の差が開いた場合、このシナリオの可能性が高まる。かつての冷戦と比較してみると、米中間には経済の相互依存関係があること、中国が旧ソ連のように世界的軍拡を行い、イデオロギー的に同盟国を組織化する見込みがないことから、旧冷戦の再来はありえない。とはいえ、米中協調のG2シナリオよりは米中対立の実現性が高い。

④地域分裂世界(米中対立、有力国が強力)。米中以外の有力国が台頭し、地域覇権を確立する一方、どの国も世界的リーダーにはならない状態を指す。ヨーロッパのドイツ、中東のサウジ、南米のブラジルなどが地域のリーダーとして振舞うようになり、各地域間の連携や協調はみられるものの、グローバルなリーダーシップを発揮する国は見当たらない状態になる。このシナリオは最も実現性が高い。

 このようにブレマーは、④地域分裂世界、③冷戦2.0、①G2、②G20の順に実現可能性の序列をつけているが、はたしてそうだろうか。

 

◆米中関係の複合的構造

 ブレマーは四つのシナリオについて、多くのことをあれこれと論じているが、実現可能性に序列をつけるうえでの議論が緻密でなく、あまり説得力が認められない。地域分裂世界が最もありうるとするが、これとGゼロはどこが違うのか。Gゼロは持続可能でないと言いながら、第四のシナリオをあげるのは矛盾しているのではないか。

 覇権国の要件として能力と意志を考慮するならば、やはり米中両国が突出しており、G2あるいは冷戦2.0が想定されるシナリオではないだろうか。この可能性を低くみる彼の議論の根底には、中国の能力と意志への過小評価があるように思われる。

中国の能力に疑問を呈する根拠として、先進国市場への過度の依存、国内の経済格差、暴動などの社会不安、高齢化社会の到来、環境問題の深刻化、先端技術開発能力の不足など、しばしば指摘される論点があげられる。また国際環境に関して、周辺国との摩擦、輸入資源・食料の価格高騰、海外進出中国企業の進出先での紛争などが指摘される。しかし、並べられた問題点は多岐にわたるものの、いずれの論点も中国の覇権国化を否定するほどの決定的な意味をもたないのではないか。

意志の面はどうか。ブレマーは、これまでの中国の「韜光養晦」路線を根拠にして、覇権国化への消極的姿勢を論じているが、その後の「新型大国関係」の提起、新しい国際機関の提唱などの変化をふまえておらず、これも論拠が弱いといえる。

そうとすれば、可能なシナリオはG2あるいは冷戦2.0であるが、ブレマーは冷戦2.0の方がより実現性が高いとみている。協調面より対立面を重視しているわけであるが、そこには米中相互依存関係に対する過小評価があるのではないか。米中貿易は両国にとって死活的に重要であり、中国の輸出先第1位は米国、米国の輸出先第1位は中国である。米国の経常収支赤字の3分の2は中国との取引から発生しており、中国はまた世界最大の外貨準備の半ばをドル建て証券で運用し、米国の経常収支赤字をファイナンスしている。また2万社を超える米国企業が中国に蓄積基盤を設けており、米中貿易の核心は米国系多国籍企業の企業内貿易とみることができる。総じて米中経済関係の緊密度はきわめて高い。もちろん、経済摩擦、人民元の切り上げ問題、中国のドル離れの姿勢など、対立的要素も存在するが、協調面を凌駕するほどの決定的意味はもたない。

軍事面ではどうか。2006年に開始された米中戦略経済対話は2009年から閣僚級の大規模な会合へと格上げされ、これを基盤として米中間の軍事交流が実績を積み重ねている。中国は米国に対して2012年ころから「新型大国関係」を提起しており、そこでは競うことはあっても決定的衝突は回避し、双方の共同の利益を追求することを基本としている。米国もまた、中国の意図に懸念をもちながらも、協力的な関係構築に利益を認めており、敵対的関係に入ることを想定していない。こうしてみると、米中両国の覇権国としての能力と意志、また両国ともに対立より協調を優先させる戦略をとっていることから、G2シナリオが最も可能性があると考えてよいのではないか。

 

◆グローバル資本主義下の米中複合覇権

 対立の要素をはらみつつも協調を基本とするG2関係については、「チャイメリカ」といった造語が出回っている。ここでは「米中複合覇権」と規定しておこう。これを成立させているのは、グローバル資本主義の現段階にほかならない。覇権構造を問題とする場合、どうしても国家を単位とする発想に縛られてしまうが、現代世界を総体として把握するためには、それとは異なる視点、グローバル資本主義の観点から問題に迫っていくことが必要となる。

 グローバル資本主義は1989~91年の冷戦終結、1995年のWTO設立をもって新たな段階に入った。世界のGDP総額は1990年から2013年にかけて23兆ドルから75兆ドルへ3.3倍に増加、世界の輸出総額は3.5兆ドルから18.8兆ドルへ5.4倍に増加、そして世界の通貨(外国為替)取引量は148兆ドルから1666兆ドルへと11倍に増加したと推計される。各種指標をみると、実体経済から乖離した金融経済の爆発的増加をうかがうことができる。

 グローバル資本主義の中心的担い手は、世界的規模での資本蓄積を追求する巨大多国籍企業である。多国籍企業は、国家を超えてグローバルな事業展開をするが、国家から遊離したわけでなく、むしろ国家を徹底的に利用する。進化した多国籍企業は、国家間対立による世界市場の分断を回避し、国家間の協調に基づく世界市場の統合を選好する。

 米国が巨大多国籍企業の最大の母国であることは当然として、これに続く巨大多国籍企業産出国は日本から中国に移動しつつある。世界のトップ10社ランキングには中国が3社を送り込み、1社の日本を抜き去った。世界500社ランキングをみても、中国73社、日本68社となり、中国は急速にランキング上位企業を増やしている。米中両国は、グローバル資本主義システムを安定的に運営していくうえで共通の利害をもつに至ったと考えられる。

むろん、TPPとFTAAPとの対立のように、市場統合の進め方をめぐる主導権争いは起こりうるが、決定的対立を引き起こす類の話ではない。また経済の論理とは別個に、軍部の論理が強く押し出される場面もないわけではないが、軍事は究極的には経済の論理に従わざるをえない。

WTO体制のもと、原油・金属・穀物等の商品市場、為替・債券・株式・デリバティブ等の金融市場が幾重にも張りめぐらされたグローバルな市場構造のなかで、市場統合圧力はかつてなく高まっている。金融優位のグローバル資本主義の現段階において、とりわけその傾向が強いといえるだろう。

このように考えてくると、21世紀の世界の覇権構造は、米中2強の対立をはらむ協調、すなわち複合覇権構造が最もありうる形ではないだろうか。そうであるならば、米中の狭間にあって、過剰な対米従属、対中対決のスタンスをとってきた現代日本国家は、今後いかなる地政学的戦略をとるべきなのだろうか。

 

【参考文献】

イアン・ブレマー『「Gゼロ」後の世界』日本経済新聞出版社、2012年

矢吹晋『チャイメリカ』花伝社、2012年

大森拓磨『米中経済と世界変動』岩波書店、2014年

ベイツ・ギル『巨龍・中国の新外交戦略』柏書房、2014年