経常収支黒字の要因は何か

経常収支黒字の要因は何か

(『POLITICAL ECONOMY』99号、2017年9月)

 2017年1~6月の国際収支統計速報によれば、日本の経常収支黒字は10兆円を超え、年間では20兆円を上回る勢いである。過去を振り返ってみると、リーマンショック直前の2006、2007年に経常黒字が20兆円を超えたことがあったが、2008年以降は減少傾向をたどり、2014年には4兆円弱まで落ち込んだ。このままでは経常赤字に陥るかと予想されたが、2015年から急回復をして、2016年に20兆円を突破し、2017年はさらに伸びると推測される。

  経常収支変動の第一の要因は、これまでは貿易収支の動向であった。2007年の貿易黒字は14兆円に達し、経常黒字に大きな影響を与えていた。しかし、2008年以降、貿易黒字は減少を続け、2012~2015年は赤字を記録している。2016年以降は、原油価格の下落によって黒字に回復したものの黒字幅は大きくなく、もはや経常黒字の最大の規定要因ではない。また外国人観光客の急増によって旅行収支が黒字幅を伸ばしているが、これも経常収支を左右するほどの大きさではない。

対外投資の収益が最大の黒字要因

 それでは、何が最大の規定要因になったかといえば、第一次所得収支である。第一次所得収支とは主に対外投資の収益であり、直接投資収益(配当金、再投資収益等)と証券投資収益(配当金、債券利子)に大別される。第一次所得収支は2005年に貿易収支を上回って12兆円規模となり、以後も着実に増加を続け、2015年には20兆円を超えた。貿易収支は変動が激しい一方、第一次所得収支は安定的に推移しており、経常収支全体を支える役割を果たしている。2016年の第一次所得収支は18.1兆円、そのうち直接投資収益は7.3兆円、証券投資収益は10.3兆円にのぼっている。

 第一次所得収支の源泉である対外投資は長期的に増大を続けている。そのなかで、直接投資は安定的に拡大し、他方で証券投資はプラス・マイナスの振幅が激しい。2016年の年間フローでは、直接投資は14.6兆円、証券投資は30.4兆円、年末残高ベースでは、直接投資159.2兆円、証券投資452.9兆円に達している。

 2016年末残高の地域別・国別構成はどうなっているだろうか。直接投資については、北米34.6%(米国33.4%)、アジア27.1%(中国8.0%、タイ4.1%、シンガポール3.1%等)、欧州25.0%(英国8.9%、オランダ7.8%等)、中南米6.6%(ケイマン諸島2.2%、ブラジル1.8%等)である。

 一方、証券投資残高の構成は相当異なる。北米43.0%(米国41.1%)、アジア3.2%、欧州28.1%(フランス6.5%、英国4.3%、ドイツ3.2%等)、中南米19.3%(ケイマン諸島17.6%)などとなっている。アジアは直接投資中心、中南米(ケイマン諸島)は証券投資中心といった特徴がうかがわれる。

投資収益率が飛び抜けて高いアジア向け

第一次所得収支の地域別・国別構成比は、北米35.0%(米国33.5%)、アジア25.1%(中国8.4%、タイ4.1%、シンガポール2.1%等)、欧州13.9%(オランダ3.2%、ルクセンブルグ3.1%、ドイツ2.7%等)、中南米16.1%(ケイマン諸島12.7%)などである。

 大まかな計算だが、2016年の対外投資収益を2015年末の対外投資残高で割って、投資収益率を算出できる。総額では、直接投資収益率は4.8%、証券投資収益率は2.4%となり、直接投資の方が証券投資より収益率が高いことが明らかである。そこで、形態を分けて地域別・国別収益率を算出したいわけだが、第一次所得収支の項目ごとの地域別・国別データは公表されていない。とりあえず、第一次所得収支全体を対外投資(直接投資+証券投資)残高で割って、地域別・国別収益率を計算するしかない。

それによると、北米2.8%(米国2.8%)、アジア7.8%(中国10.1%、タイ10.7%、シンガポール4.6%)、欧州1.5%(オランダ2.1%、ルクセンブルグ4.1%、ドイツ2.7%)、中南米3.2%(ケイマン諸島3.0%)等の結果が得られる。アジア、特に中国・タイの投資収益率の高さが際立っている。アジアが直接投資中心であり、しかも全体の直接投資収益率4.8%を上回っていることが、こうした結果をもたらしたと考えられる。対外投資全体では北米がアジアより優位にあるが、投資収益率ではアジアが飛び抜けている点は、もっと注目されてよいのではないだろうか。