付加価値貿易統計の出現

付加価値貿易統計の出現

                         経済分析研究会メルマガ7号

                         2013年7月3日

                           

 2013年1月、OECDはWTOとの連携事業として、世界貿易を付加価値ベースで集計した新たな統計シリーズを発表した。その後の追加リリースを含めて、現時点では世界の主要57ヵ国(及びEU、ASEAN等)の付加価値貿易(物品・サービス)について、1995年、2000年、2005年、2008年、2009年における総額と18産業部門のデータが公開されている。従来の各国別輸出入統計は通関統計が基礎になって作成されているが、付加価値貿易統計は国際産業連関表をもとにしてかなり複雑な推計を行って算出したものと思われる。

 付加価値貿易統計は、これまでの貿易統計が提供するイメージとは異なった、より実質的な国際経済関係を示すことになる。たとえば、日本が中国に700ドルの液晶パネル(中間財)を輸出し、中国がこれを使って1000ドルのテレビ(最終製品)を製造して米国に輸出した場合、従来型の貿易統計では、日本から中国への輸出700ドル、中国から米国への輸出1000ドル、合計1700ドルの輸出が記録される。ところが付加価値貿易統計では、日本で創出された付加価値700ドルが、中国経由で米国に輸出され、中国は付加価値300ドルを米国に輸出し、合計1000ドルが計上されることになる。つまり、最終財の価額を付加価値ベースで創出国に分割し、そこから輸出された形に組み替えるわけである。

 

  • 貿易実態に近づける試み

 

今日のように工程間国際分業が複雑化し、サプライチェーンが国境を越えて肥大化した時代にあっては、中間財貿易額が何回も計上され、貿易額が過剰に記録されてしまう。重複計算を取り除き、より実態に近づけようとする試みとして、今回の新統計は大きな意義があると考えられる。これを用いた本格的な分析は今後の課題であるが、すでに新聞報道などで興味深い事実がいくつか指摘されている。たとえば、従来の貿易統計では日本の輸出先第1位は中国であるが、付加価値ベースでは米国が最大となる。また貿易収支では、米国、欧州に対する黒字幅が拡大し、逆にアジアに対する黒字幅は縮小する。日本が国内で消費する製品・サービスの付加価値のうち88%が国内で創出されており、この比率はOECD34ヵ国中の第1位という。

OECD事務次長の玉木林太郎氏(前財務省財務官)は、6月26日付「日本経済新聞」の「経済教室」に解説記事を寄稿し、日本貿易の新たな姿として3点指摘している。第一は、2国間貿易関係における従来型イメージとのズレである。すなわち、日本の輸出はアジア向けが米欧向けを上回る傾向があるが、付加価値ベースでは米欧向けが中心となる。第二に、日本の輸出に占める国外付加価値の比率はかなり低い。資源保有国はこの比率が低く、中間財を輸入する加工貿易型の国は高くなる傾向があるが、日本の場合は国内のサプライチェーンが発達しているといえる。第三に、サービス部門の付加価値創出への貢献が相当に大きく、特に製品開発、デザイン、マーケティングの役割が重要とする。

付加価値ベースでの個別的な分析もすでに行われている。たとえば、米国は2009年にアップル社のi Phoneを中国から19億ドル輸入したが、付加価値ベースでは中国はわずか7300万ドルで、日本6億8500万ドル、ドイツ3億4100万ドル、韓国2億5900万ドルといった構成になるという。付加価値ベースの情報は、国際経済における各国の地位の見直しに通じる。また、さらに進んで企業ベースで付加価値貿易情報が集積されていくならば、将来的には公正な(課税回避を防止する)国際課税システムの構築に可能性を開くものといえよう。(2013年6月、経済分析研究会メルマガ)