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高金利への移行が経済破綻を招く

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公開日:2022年12月06日(火)15:48
  • 金利引上げの連鎖 

 新型コロナによる経済難への対策として各国が財政・金融政策を通じて救済資金を潤沢に供給した結果、世界中に過剰資金が形成され、株価・不動産価格が上昇する一方、政府・民間の債務が膨張することになった。過剰資金の存在を背景に、コロナからの回復過程における需要と供給の不均衡、エネルギー資源と食料の価格高騰、それにロシアのウクライナ侵攻が加わり、インフレの波が世界を襲っている。

 迫りくるインフレに対して、米国FRBを先頭に、各国中央銀行は相次ぐ金利引上げで対処しており、引上げ回数は2022年9月までにのべ160回に達したという。金利引上げの影響で、4月から9月にかけて、世界の株式時価総額は24兆ドル(減少率22%)、債券残高は20兆ドル(14%)、合計44兆ドル減少した。これは世界GDPの半分に達する空前の規模だ(日経新聞10月2日)。

 低金利から高金利への転換は、過剰な債務を抱えた国家、企業、家計の破綻を招かざるをえない。その本格的発現は2023年になってからと見込まれるが、9月から11月にかけて発生した二つのショックはその先駆けといえる。

 

  • 二つのショック

 一つは9月にイギリスで生じたトラスショックだ。ジョンソン政権から交代したトラス政権は、エネルギー高対策として半年で600億ポンド(9.3兆円)の財政出動、総額450億ポンド(7兆円)と推計される50年ぶりの大型減税を打ち出した。その財源は国債発行しかない。しかし、イングランド銀行はインフレ対策として金利引上げ、国債売却を進めており、これに逆行する財政膨張は金融市場の混乱を招き、長期金利の高騰(国債価格急落)、ポンド暴落を引き起こした。緊急事態に直面してイングランド銀行は売却方針から一転して国債の無制限買入れに踏み切り、ひとまず混乱は収束したが、トラス政権は史上最短の

在任期間で崩壊した。危機の要因には、年金基金の破綻懸念があった。年金基金は低金利下で利益を出すためにリスクのある資産運用を行っており、金利急騰・国債暴落で資金繰りがつかなくなるという事態が進行した。MMT(現代貨幣理論)の破綻がここに現れたといえる。

 もう一つは、11月に発生した米国のFTXショックだ。仮想通貨(暗号資産)交換業大手のFTXトレーディングは、杜撰な経営実態が明らかになり、資金繰りに行き詰まって破産に至った。負債総額は現時点で不明だが 100~500億ドル規模と推定されている。これは

仮想通貨業界で過去最大の経営破綻という。担当弁護士は「米国の企業経営史上、最も突然で困難な破綻」と称した(日経新聞11月24日)。FTXには有力なベンチャーキャピタルが出資しており、ソフトバンクもその一つだ。全世界に100万人以上の顧客がいるとされ、影響は仮想通貨業界にとどまらず、金融市場全体に拡大する可能性がある。これも、低金利下で膨らんだバブルが、高金利への移行に伴って崩壊した一例だろう。

 

  • 日銀金融政策の転換が危機の端緒

 日本はどうなのか。日銀はイールドカーブ・コントロール(YCC)という低金利政策を2016年9月から6年も続けているが、すでに消費者物価は今秋連続して目標の2%を超え、10月には3.6%に達した。エネルギー、食料等の輸入品の高騰と日米の金利差拡大による円安が物価上昇の二大要因であり、この対策としての利上げ圧力はかつてなく高まっている。すでに住宅ローン金利は上がり始めている。

 日銀は、金利を引き上げた場合、新規国債発行の困難、既発国債の価格下落による日銀・民間銀行・保険会社・年金基金等の財務内容の悪化が生じることを懸念して、政策転換ができない。出るに出られない袋小路に追い込まれている。しかしいつまでも動かないわけにはいかず、近い将来、YCCを少し手直しして、若干の金利引上げに踏み切らざるをえないだろう。そのタイミングは最も早ければ2023年4月、黒田総裁が次の総裁に交代する時点と考えられる。

その時何が起きるのか。よほどうまく切り替えなければ、投機的な円・国債の売り浴びせが生じ、債券と為替の急落、さらには株式市場の混乱が起こりうる。日銀には当座預金付利が保有国債からの受取利子を上回る逆ザヤが生じうる。また国債価格の下落は日銀・民間銀行・保険会社の資産構成を悪化させるだろう。日本財政と円への信認が低下し、資本の海外逃避によって円安が一段と進行、輸入インフレが激化する可能性がある。

 円安の度合いは、経常収支の見通しにかかっている。経常収支黒字の存在が、巨額債務を抱える日本財政と日本円に対する信頼をこれまでつなぎ止めてきた。しかし、日本経済の輸出力は低下しつつあり、この先貿易赤字の拡大が所得収支の黒字(海外投資収益の還流)をもってしてもカバーしきれなくなれば、実力の低下した日本経済に厳しい試練が訪れるかもしれない。経常収支黒字を維持するために、長期的にエネルギーと食料の自給度を高めていくことが必要だろう。             (Political Economy, No.226、2022年12月1日)

 

国際課税ニュース(2022年12月1日)  国連総会、グローバルな課税ルールを国連のもとに策定する決議を採択

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公開日:2022年12月01日(木)11:21

 TAX JUSTICE NETWORKの2022年11月23日付の記事によれば、国連総会は、国連にグローバル税制の創設に向けて主導権を発揮することを義務づける決議を全会一致で採択した。米国は決議内容をあいまいにする修正を試みたものの、失敗に終わった。

国際課税のルール形成では、これまでOECD租税委員会が仕切り役を担ってきたが、これは先進国優位の方式であるとして、途上国やNGOからの批判を受けていた。この決議により、グローバル企業が先進国政府を通じて企業寄りのルール形成に影響力を行使する回路が縮小される可能性がある。

 今後は、多国籍企業や超富裕層による課税回避策の濫用に終止符を打つために、グローバルな税制を全面的に見直す国連租税条約の制定に向けて、政府間の協議が始まることになる。その成果が結実するにはかなり長期間の交渉プロセスが想定されるが、将来的にはグローバル課税機関の創設が見込まれており、グローバル・ガバナンスの新時代の展望が開けてきたといえる。

世界のNGO紹介シリーズ 第1回 ICRICT

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公開日:2022年11月03日(木)09:18

世界のNGO紹介シリーズ 第1回

ICRICT(The Independent Commission for the Reform of International Corporate Taxation;

         国際企業課税改革独立委員会) https//:www.icrict.com

 

◆設立趣旨:グローバル時代における公正な企業課税(多国籍企業課税)の実現に向けて提言を行う国際NGO。2015年設立。

◆主な委員:ジョセフ・スティグリッツ(コロンビア大学教授、ノーベル経済学賞受賞)

       2022年共同議長

       『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』徳間書店、2002年

       『プログレッシブ・キャピタリズム』東洋経済新報社、2020年

      ジャティ・ゴーシュ(マサチューセッツ大学教授)、2022年共同議長

      ホセ・アントニオ・オカンポ(元国連事務次長、コロンビア大学教授)前議長

      トマ・ピケティ(社会科学高等研究院EHESS教授、パリ経済学院教授)

       『21世紀の資本』みすず書房、2014年

      ガブリエル・ズックマン(カリフォルニア大学バークレイ校教授)

       『失われた国家の富:タックスヘイブンの経済学』NTT出版、2015年

       『つくられた格差:不平等税制が生んだ所得の不平等』(エマニュエル・サエズとの共著)光文社、2020年

◆主な報告書と概要

 *An Emergency Tax Plan to Confront the Inflation Crisis, September 2022

  [はじめに]

  ・世界経済はコロナ禍でエネルギー、食料等の価格高騰、成長率の低下、財政赤字と債

務の拡大といった危機に直面している。その負担は、特に脆弱な貧困層、貧困国に加

重されている。

・一方、巨大多国籍企業や富裕層は巧妙に課税を逃れて富を蓄積しており、課税を強化することが求められている。

  [超過利潤税]

・世界経済がインフレに進むなかで、エネルギー、食料、製薬、金融等の価格支配力をもつ独占的多国籍企業は、超過利潤を取得している。それに対する課税は国際協調のもとで進めるべきであるが、その交渉は遅れている。

・我々は、そうした交渉の妥結を待つことなく、緊急に超過利潤税を実施すべきであると考える。

   [グローバル課税交渉は前進しているのか]

  ・多国籍企業の課税逃れは年間2400~6000億ドルに達し、特に中低所得国の喪失額が大きい。

  ・2021年10月に合意された2本柱のグローバル企業課税ルールは、従来の方式の転換という意義をもつとはいえ、きわめて不十分な内容だ。グローバル最低税率15%では、増収が少ないばかりか、むしろそれが国際標準とされ、法人税依存度の高い途上国にとってマイナスに作用する恐れがある。

  ・合意が前進しているかといえば、EUと米国内に抵抗があり、実施が遅れている。それゆえ、各国は自国でできる公正な課税を実施すべきだ。2本柱の多国間合意が実行段階に入るまでは、それに代わる1国ベースの措置をとるべきである。

  [第1の柱の代替案]

  ・第1の柱(課税権の配分)は、物理的拠点のない市場国にも一定の課税権を配分する考えを打ち出した。しかし、対象企業が総売上高200億ユーロ以上、売上高利益率10%以上の巨大企業(およそ140社)に限定され、しかも課税権の配分は10%を超える超過利潤のうちの25%に限られ、利潤の大部分は従来の方式で課税される。新方式での税収はせいぜい60~150億ドルだろう。

  ・新方式での課税は多国籍企業の総利潤に適用するユニタリータックスとすべきである。その場合、国別配分の基準は売上高のみでなく、従業者数、物理的資産も指標に加える必要がある。現行案は、小規模、複雑性、不平等などの点で是認できない。加えて、各国議会での承認のハードルは高い。

  ・次のような代替案が考えられる。

  1. 累進的デジタルサービス税。すでにいくつかの国で採用されており、新方式実施に際しては廃止されることになるが、それまでは活用できる。
  2. サービス支払の源泉徴収課税。自動的デジタルサービスにも源泉徴収はできる。
  3. サービスの純利益への課税。
  4. 無形資産を利用した所得移転への課税。
  5. 租税政策と租税条約の修正。

  [第2の柱について]

  ・第2の柱であるグローバル最低税率は、法人税切下げ競争に歯止めをかける意義をもつが、実効税率15%に満たない場合の追加課税は多国籍企業本国で徴収され、価値が創出される途上国は利益を得られない可能性がある。途上国は代替策を検討する必要がある。

  ・代替ミニマム税は利益に代わって売上高や資産を対象に課税する方式であり、脱税や租税回避を抑止するうえで有効性をもつ。

  ・既存の優遇税制の見直しも有効であり、多国籍企業誘致のための税制優遇は、国内企業と同等とするように改められるべきである。

  [だれがルールを決めるのか]

  ・多国籍企業課税ルールの決定は、公平性、透明性、説明責任、安定性等の原則が尊重されるべきである。OECD/G20は途上国を含めた「包摂的枠組み」へと拡大してきたが、途上国の参加は行動指針が合意された後であり、途上国の意向は軽視されている。国際課税のルール策定は国連のもとでの国際条約交渉へと発展させるべきである。また、国連にグローバル租税機構を創設する議論も進めるべきである。

  [結論]

    ・今回の合意は先進国に有利で途上国に不利なものだが、より包括的な解決策への足掛かりになりうる。この合意が実施されないようであれば、各国は独自の代替案を導入し、真に公正なグローバル税制に向けて圧力をかけるべきである。途上国の経済危機に立ち向かうためには、公正なグローバル・ガバナンスが必要とされている。

 

  *It is Time for a Global Asset Registry to Tackle Hidden Wealth, April 2022

  コロナ危機とウクライナ戦争、世界的な物価上昇のなかで、オフショアに隠された富への課税が急務となっている。グローバル資産台帳という一種のデータベースの構築が求められている。その特徴は第一に、富のあらゆる形態を包括すること、第二に、資産の真の所有者を特定すること、第三に、情報が公開されることである。1国レベルでの資産台帳はEU、米英などで整備が進んでいる。1国単位の資産台帳は、EUのような地域レベルの台帳へと発展させる必要がある。

 

 *Who Owns What?  Making UK Wealth Ownership More Transparent through a National Asset Register, December 2020

   「グローバル資産台帳」は世界的な富の分布、不正な資金移動を把握し、効果的な課税策を講じる有効なツールとなる。それは各国の資産台帳を統合して作成される。この報告では、イギリスにおける資産台帳創出の試みとして、各種の登記情報、公式記録などを総合し、不動産・無形資産・金融資産等の資産状況の概要を検討している。

   

 *International Corporate Tax Reform, October 2019

    公正で包括的な多国籍企業課税はユニタリータックスでなければならない。現在OECDが提起している案は、それにはほど遠い。国際最低税率は25%とすべきである。現在の案では、通常の利益への課税は従来通りであるし、超過利益の課税権配分は売上のみを基準としている。

   また、今回の合意は終着点ではなく、さらなる改革への入口である。それはOECDでなく、国連システムのもとでなされなければならない。

 

 *A Roadmap for a Global Asset Registry, March 2019

   世界的に貧富の格差が拡大するなかで、富裕層の富は巧妙に隠されている。各国の税務当局間の情報交換システムは近年整備されてきているので、そうした現存するデータを結合し、隠された富を表に出す「グローバル資産台帳」の設置を提案したい。

   ピケティ、ズックマンの提起を受けての提案。

 

 *The Fight against Tax Avoidance, January 2019

   多国籍企業は価値を生み出すところで税を納めず、低税率国に利益を移転している。OECDのBEPSプロジェクトは多国籍企業の国別報告書作成などの成果をあげたが、子会社間の「価格移転システム」を利用した税逃れは放置している。これを防ぐには、多国籍企業グループ全体に対するユニタリータックスを導入するべきである。同時に、グローバル最低実効税率20~25%を設定すべきである。

 

 *A Roadmap to Improve Rules for Taxing Multinationals, February 2018

   BEPSプロジェクトによる多国籍企業の国別報告書は有益であり、その一般公開が望まれる。多国籍企業課税では、従来の子会社ごとの課税方式(独立企業原則)を捨て、単一統合課税(ユニタリータックス)に移行すべきであり、課税ベースの国別配分は資産、雇用、売上等の要素を組み合わせた公式を用いることが望ましい。長期目標がそうであるとして、短期的にはEUの共通連結法人税(CCCTB)を採用することを要請する。また多国籍企業課税問題は先進国主導のOECDでなく、国連で扱うべきである。

 

 *Four Ways to Tackle International Tax Competition, November 2016

  国際課税問題の解決のためには、グローバルな最低税率の設定、タックスヘイブンなど税逃れの仕組みの廃絶、海外企業への優遇税制廃止、市民への企業課税情報の公開という4項目を実現していく必要がある。

世界首位を走るトヨタの未来は安泰か?

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公開日:2022年08月28日(日)17:29

◆コロナ禍で他社を引き離す

 2020年から続く新型コロナの世界的大流行によって世界の自動車メーカーは苦戦を余儀なくされているが、トヨタ自動車は2021年の世界新車販売台数1135万台(ダイハツ、日野、スバルを含む)、前年比9%増を達成し、2年連続で世界首位の座を維持した。2位のフォルクスワーゲンが888万台(前年比5%減)、3位の日産・ルノー・三菱が768万台(前年比0%増)だったから、トヨタの強さは際立っている。

 米国市場でも2021年にトヨタはGMを抜いて販売台数首位に立った。米国市場で海外メーカーがトップになるのは史上初めてのことだ。2022年に入ってもトヨタは強さを維持し、上半期(1~6月)の世界販売台数は513万台と前年同期より6%減少したものの、2位フォルクスワーゲンが387万台(22%減)と大きく落ち込んだため、3年連続で世界首位を保つことになった。

 各社が苦戦した要因は、コロナ禍で工場の操業停止、サプライチェーンの寸断が生じたためだが、なかでもデジタル化の波のなかで半導体が圧倒的に不足したことが大きかった。トヨタは競合他社に比べて半導体調達難の影響をある程度回避できたように思われる。

 表1によって、国内大手8社の2021年度(2021年4月~2022年3月)における生産・販売実績をみよう。各社の世界生産台数では、トヨタ、スズキ、ダイハツ、三菱が前年度比プラス、ホンダ、日産、マツダ、スバルが前年度比マイナスを記録した。世界販売台数も同様の傾向であり、トヨタ、スズキ、三菱がプラス、他の5社がマイナスだった。また国内生産台数は三菱以外はトヨタを含めて7社がマイナスとなった。

表1 自動車8社の生産・販売台数(2021年度)

     
 

世界生産

 

国内生産

 

世界販売

 

国内生産

 

(千台)

(%)

(千台)

(%)

(千台)

(%)

比率(%)

トヨタ自動車

8,570

4.7

2,761

-5.4

9,512

4.7

32.2

ホンダ

4,143

-8.6

634

-7.7

4,363

-6.3

15.3

日産自動車

3,390

-10.7

446

-13.8

3,821

-9.0

13.2

スズキ

2,822

6.4

840

-9.7

2,707

5.3

29.8

ダイハツ工業

1,518

8.8

841

-8.4

907

-1.7

55.4

三菱自動車

1,025

25.9

421

14.7

937

16.9

41.1

マツダ

1,024

-12.6

696

-6.8

1,251

-2.8

68.0

スバル

727

-10.3

455

-13.3

812

-11.3

62.6

出所:「朝日新聞」2022年4月28日

         

注:生産と販売の%は前年度比増減率

       

 

 トヨタ、ホンダ、日産の上位3社を比べると、世界生産と世界販売でトヨタのプラス、ホンダ、日産のマイナスが対照的であり、トヨタの一人勝ちといった様相だった。ホンダと日産は国内生産比率がきわめて低いことも、トヨタとの違いを示している。

 

◆空前の好業績はさらに続くのか

 表2によれば、2022年3月期(2021年4月~22年3月)のトヨタは営業収益、純利益とも空前の好業績だった。営業収益は31兆3800億円、純利益は2兆8500億円とかつてない規模に達した。販売台数は2020年3月期の水準に達していないにもかかわらず、利益を大きく伸ばすことができたのは、利幅の多い高級車の売上が増加したためだろう。

表2 トヨタの主要経営指標

     
 

2019年4月

2020年4月

2021年4月

2022年4月

 

~20年3月

~21年3月

~22年3月

~23年3月

営業収益(億円)

298,665

272,146

313,795

345,000

純利益(億円)

20,361

22,453

28,501

23,600

販売台数(万台)

896

765

823

885

従業員数(人)

361,907

366,283

372,817

 

平均臨時雇用人員(人)

86,596

80,009

87,120

 

税金費用(億円)

6,818

6,500

11,159

 

実際負担税率(%)

24.4

22.2

28.0

 

出所:トヨタ自動車「有価証券報告書」2022年3月期他

 

注:2022年4月~23年3月は2022年8月時点での決算見通し

 

 

 表3によって国内他社と比較してみると、売上高、純利益はスバルを除いて各社とも前年度に比べて増加しているが、増加率はトヨタが優勢であり、トヨタとホンダ以下各社との差が開いたことが明らかだ。なかでも純利益の増加率はトヨタが際立っている。

 利益増加の要因について、トヨタは販売台数の拡大とともに為替変動の影響を指摘し、資材高騰というマイナス要因をカバーした点をあげている。しかし、2023年3月期の業績見通しでは、最近の世界的な物価上昇、特に鉄鋼、樹脂原料等の原材料費膨張が円安というプラス要因を上回り、利益は落ち込むとみている。コロナ禍によるサプライチェーンの混乱は在庫を圧縮するトヨタ生産方式に打撃を与えており、原材料費の高騰はトヨタを支える部品企業群を苦境に追い込むだろう。

 

 

表3 自動車7社の経営実績(2022年3月期)

 
 

売上高

 

純利益

 
 

(億円)

(%)

(億円)

(%)

トヨタ自動車

313,795

15.3

28,501

26.9

ホンダ

145,526

10.5

7.070

7.6

日産自動車

84,245

7.1

2,155

ー

スズキ

35,683

12.3

1,603

9.5

マツダ

31,203

8.3

815

ー

スバル

27,445

-3.0

700

-8.5

三菱自動車

20,389

40.1

740

ー

出所:「朝日新聞」2022年5月14日

   

注:%は前年度比増減率。純利益の―は前年度赤字のため

  算出せず。

     

 

一方、表4によって地域別の事業実績をみると、生産台数・販売台数ともに日本はマイナス、海外はプラスだった。海外ではアジア、その他(中南米、オセアニア、アフリカ、中東)の伸びが北米、欧州を大幅に上回った。その結果、生産台数はアジアが北米に接近するまでに地位をあげた。営業収益では、全地域でプラスを記録したが、日本、北米は相対的にそれ以外の地域より低かった。営業利益はどの地域もかなりの伸びをみせたが、アジアが54.2%増の6724億円に達し、北米の5658億円を上回ったことが注目される。

表4 トヨタの地域別事業実績(2021年4月~2022年3月)

     
 

生産台数

 

販売台数

 

営業収益

 

営業利益

 
 

(万台)

前期比(%)

(万台)

前期比(%)

(億円)

前期比(%)

(億円)(億利益

前期比(%)

日本

374

-5.3

192

-9.5

159,914

7.0

14,234

23.9

北米

175

6.7

239

3.5

111,665

17.6

5,658

41.0

欧州

71

10.1

102

6.0

38,678

23.4

1,630

50.9

アジア

150

47.6

154

26.3

65,306

29.4

6,724

54.2

その他

46

51.3

135

31.7

29,282

56.3

2,382

298.0

合計

816

8.0

823

7.6

313,795

15.3

29,957

36.3

出所:トヨタ自動車「有価証券報告書」2022年3月期

     

 

ちなみに国別の販売台数を示せば、米国233万台、中国194万台が飛び抜けて多く、それに続くインドネシア、タイ、カナダ、オーストラリアなど20万台水準の国々と差をつけていた。

 

◆電気自動車への転換は進むのか

 世界首位の座にあるトヨタにとって、脱炭素革命への対応、ガソリン車から電気自動車へのシフトは簡単ではない。EU、中国、米国など世界の主要自動車市場では、2050年のカーボンニュートラルに向けて、2030年代にはガソリン車を禁止しようとしている。主要な自動車メーカーは一斉に電気自動車へのシフトを進めている。

 しかし、トヨタはこれまで電気自動車生産には消極的で、ハイブリッド車を広義の電動車と位置づけつつ、内燃機関を維持した多様な車種の開発を進めてきた。表5はトヨタが公表している電動車の生産実績だが、ハイブリッド車が大半であり、これは世界標準では「排ガスゼロ車」とは認められていない。トヨタがハイブリッド車の成功体験に囚われているうちに、世界では電気自動車の市場が急速に拡大しており、2021年の世界販売台数450万台が2022年には700万台へと急増する見込みだ。

表5 トヨタの電動車販売実績

         
 

2019

 

2020

 

2021

   
 

(台)

(%)

(台)

(%)

(台)

(%)

 

HEV

1,860,188

96.7

1,902,621

97.1

2,482,236

94.7

 

MHEV

4,602

0.2

3,320

0.2

7,482

0.3

 

PHEV

56,524

2.9

48,513

2.5

111,882

4.3

 

FCEV

2,494

0.1

1,770

0.1

5,918

0.2

 

BEV

0

0

3,346

0.2

14,407

0.5

 

合計

1,923,808

100.0

1,959,570

100.0

2,621,925

100.0

 

出所:トヨタ自動車ウエブサイト>企業情報>会社概要>販売・生産・輸出実績

 

 電気自動車のメーカーは、表6に示されるようにテスラを先頭に、上海汽車集団、BYDなどの中国勢がこれに続き、トヨタははるか後方の21位と出遅れている。またトヨタは、ガソリン車禁止政策を緩和させようと政治工作を行い、脱炭素革命を妨害しているとして、世界の環境運動団体から批判されている。有力な環境NGOのグリーンピースは、2021年11月、世界の自動車大手10社の気候変動対策でトヨタは最下位と評価した。また、2022年6月のトヨタ株主総会では、デンマークの年金基金から、トヨタの脱炭素の姿勢に対する質問状が提出された。

表6 電気自動車(EV)の会社別販売台数

会社名

販売台数(万台)

EV比率

 

2021年

2022年上期

(%)

テスラ

93.6

56.4

100

上海汽車集団

59.6

31.0

21

フォルクスワーゲン

45.2

21.7

5

BYD

32.0

32.4

43

日産・ルノー・三菱

24.8

13.3

3

現代自動車

22.3

16.9

3

ステランティス

18.2

11.6

3

長城汽車

13.5

 

11

広州汽車集団

12.0

10.0

29

浙江吉利集団

11.0

12.3

8

BMW

11.0

 

4

トヨタ自動車

1.4

 

0.1

出所:「日本経済新聞」2022年3月18日、7月28日

注:EV比率は2021年のデータ

   

 

こうした事態に対して、2021年12月、トヨタは2030年の電気自動車世界販売目標を200万台から350万台に引き上げ、4兆円(うち車載電池2兆円)を投資すると発表した。2022年5月には、初の量産型電気自動車bZ4Xを発売した。とはいえ、トヨタはホンダのように電気自動車一辺倒になるのでなく、水素エンジン車など、エンジン技術を残しつつ燃料の脱炭素化を進める戦略を堅持している。しかし、膨大な資金を要する電気自動車、水素エンジン車、燃料電池などの開発を並行して進めていけるのか。またこれまで協力してきた多数の部品メーカーを円滑に再編成していけるのか。自動車産業全体の大転換を前にして、世界王者トヨタの前途はかなり厳しいのではないだろうか。(2022年9月)

岸田政権の「新しい資本主義」はどこへ向かうのか

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公開日:2022年07月15日(金)11:21

◆どこが新しいのか

 参議院選挙は予想どおり自民党の圧勝で終わり、安倍元首相の急死による自民党内の政治力学の変化も含めて、岸田政権の「黄金の3年間」の行方が注目される。2021年9月の自民党総裁選で打ち出された「新しい資本主義」構想は、当初は金融所得課税の強化に象徴される分配重視、新自由主義からの転換を印象づけていたが、その方向性はすぐに修正されていく。新設した「新しい資本主義実現会議」による11月の「緊急提言」から2022年6月の「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(以下、「実行計画」と略記)に至る過程で、成長戦略重視の姿勢が一段と鮮明になった。

 確かに、「実行計画」の冒頭部分では、資本主義の歴史を、自由放任主義⇒福祉国家⇒新自由主義⇒新しい資本主義という流れで描き、新自由主義とは異なる段階(第4ステージ)に至ったとの認識を示し、新自由主義による経済的格差の拡大、気候変動の深刻化など、克服すべき課題を明示している。その点は評価すべきとしても、経済成長によってこうした問題を解決できるという立場に立つため、本来の分配政策である税制・社会保障制度の改革は検討課題から除外し、成長戦略に直結する「人への投資」を新種の分配政策として打ち出すことになった。税制は政府税制調査会、社会保障は新設する「全世代型社会保障構築会議」で扱うという。以下では、分配政策の位置づけを中心にして、二つの報告書の内容を検討してみよう。

 

◆「緊急提言」から「実行計画」へ――分配政策の成長戦略への埋没

 「緊急提言」は全文17頁であり、これを前文2頁、成長戦略10頁、分配戦略5頁に配分している。ここに早くも分配戦略軽視の姿勢が現れている。成長戦略は、科学技術立国、イノベーション・スタートアップ支援、デジタル田園都市国家、経済安全保障の4本柱で構成される。分配戦略は民間部門と公的部門に二分され、民間部門では男女間の賃金格差解消、賃上げ企業の減税、労働移動の円滑化・職業訓練、非正規労働者への分配強化、中小企業支援などの施策が列挙される。公的部門では、看護・介護・保育労働者の収入増加策、子ども・子育て支援、大学生奨学金の返済負担軽減などが提示される。

 ここで注目すべきは、分配戦略の副題に「安心と成長を呼ぶ「人」への投資の強化」が掲げられ、成長戦略との連結が強調されていることである。人的資本への投資策は労働移動の円滑化を扱う項目の中に書き込まれ、他の項目に比べて記述が詳細である。

 一方、「実行計画」は、全文35頁に増強され、構成が大きく組み替えられた。「緊急提言」にあった成長戦略と分配戦略の2部門構成は解消し、全体が成長戦略を基調とする7章建てに編成され、分配政策はそのなかに組み込まれた。全7章のうち、前文とまとめの3章を除く4章が本体部分であり、重点投資(人への投資、科学技術、スタートアップ、GX・DX)20頁、経済社会システム(法人形態、インパクト投資等)2頁、多極集中化(デジタル田園都市国家、仮想空間等)5頁、個別分野(経済安全保障、金融市場整備等)4頁といった構成となり、重点投資に過半の頁数をあてている。

 分配政策は重点投資の第一の柱「人への投資と分配」の中に置かれ、賃金引上げ、スキルアップを通じた労働移動の円滑化、資産所得倍増プラン、子ども・子育て・高齢者支援、多様性の尊重と選択の柔軟性等の項目が並べられた。このように分配政策すべてを重点投資項目に盛り込むのはかなり無理があるが、人への投資が成長と分配の両面をもつ点に着目したからだろう。

 

◆「人への投資」は格差を是正するか

 しかし、人への投資は格差是正に通じるのか。「新しい資本主義」構想の下敷きには、諸富徹『資本主義の新しい形』(岩波書店、2020年)があるのかもしれない。「新しい」という言葉が共通しているし、資本主義の非物質化が進み無形資産投資が重要性を増す、従って無形資産を生む人への投資が課題になるという筋書きも共通している。

 ただし、諸富氏の人への投資論はスウェーデンの積極的労働政策がモデルであり、それは同国特有の賃金決定制度、高負担・高福祉の社会システムが前提となっている。人への投資は成長戦略であるとともに分配政策でもあるが、格差是正策としては限界がある。高技能を身に着け、労働生産性をあげて高収入を得る人が出るとしても、全員がそうなるわけではない。

 格差是正という本来の分配政策を実行するには、所得税(金融所得課税を含む)の累進性強化、相続税強化、法人税引上げ(または累進課税化)等、財源の裏付けを確保しなければならない。社会保障制度の改革も先送りは許されない。「新しい資本主義」は税制・社会保障制度の改革を抜きにしてはグランドデザインたりえず、成長戦略一本鎗のアベノミクスの二番煎じに堕するしかないだろう。 (Political Economy 2022年7月15日)

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